校長室
年の初めの『……』(カギカッコ)
リアクション公開中!
●教導団の閲兵式(本編四) 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が壇上に上がった。 彼を知る者であれば、真面目な発言が出るものと思ったであろう。小次郎自身、それは分かっていた。 (「任務で失敗しないようにします、とか、テロ組織の撲滅を図ります等、皆の発言はそういった主旨が多いな……それはそれでいい」) だが! と彼は双眸を見開いた。眼光が、レーザー光線のように迸り出た。 (「公的な発言ばかりでは意味があろうか!」) 様々な発言があったほうがいい、小次郎は硬くそう信じていた。強いて言えば天海北斗の、恋人に捧げるような宣言は珍しいが、基本的には公的な発言が多いのである。公的発言も結構、しかし、力の限り私的発言するのもまた、新春らしくて良かろう。良いはずだ。良いのだ。 彼は、身体を張ってその雰囲気作りをする決意であった。 (「見るがいい、俺の覚悟! 俺に続く者よ、来たれ!」) 「〜所属、戦部小次郎!」 視界のルカルカ・ルーが溌剌と述べ、壇上の小次郎に脚光が当たった。 小次郎はマイクを握った。台座から引き抜き、コードをブンと振って鞭のようにしならせ叫んだ。 聞くがいい、彼の魂の叫びを聞くがいい! 「今年の抱負は……おっぱい星人の名に恥じぬようおっぱい道を精進する、以上!」 キィィィン、と語尾がマイクハウリングを起こした。 末尾の『おっぱい道を精進する』にはとりわけ力が籠もったため、発言は残響音となり嵐のように谺した。 「え……」 さしものルカも絶句する。 列席のお偉方も石地蔵と化した。 「な……っ」 小次郎のパートナー、リース・バーロット(りーす・ばーろっと)は硬直してしまった。彼女も、事前に小次郎が何を発言するかは聞かされていなかったのだ。 無意識のうちにリースは、自身の胸部に両手を添えてしまっていた。いわゆる巨乳である。おっぱい星人、おっぱい星人おっぱい星人おっぱい星人……リースの脳裏では、彼の電撃シャウトがリピートしまくっていた。これまでの小次郎がこうしたカタストロフな発言をしたのを聞いたことがない。朴念仁なくらい、そういうことに興味のない人だと思っていた。 (「私の胸も……そういう目で見ておられたのでしょうか……?」) じわっ、と熱が心臓から、バストを経由し顔に向けて上がってくる。 ところがこの、参加者総氷結(フリーズ)思考停止状態のなか、金鋭峰団長は身を起こしていた。 「ジン、私が……?」 羅英照が彼に問いかけるも、鋭鋒は軽く首を振って自らマイクを取って立った。 「壮士、その発言の意図を聞いておきたい」 色々な意味がある言葉だが、『壮士』とはこの場合、威勢の良い奴、くらいの褒め言葉であろう。怒るかと思いきや鋭鋒は苦笑気味であった。 大真面目な顔で小次郎は返答した。 「ハッ。ここでの宣言は皆、自由と考えます。任務や義務について述べるも自由、しかし、そうした発言ばかりでは場が硬直化し、皆が皆口を揃えて同様の事を繰り返すばかりとなりましょう。そこで、ここは体を張って硬直化を破壊するのが本当の意味で必要とされる行為である、という勝手な解釈の元、発言した次第です」 「否、それくらいは判っているつもりだ」 ところが鋭鋒は首を振った。 「その……おっぱい道を精進するというのは本気で言ったかどうかという意味で問うた」 さすがの鋭鋒も『おっぱい』云々はいくらか言いづらそうだった。 「戯れではありません。無論、本気で精進していくつもりです!」 「ならば良し。励め!」 静かなれど雷鳴のように鋭鋒は断じ、着席した。 その隣では英照が拍手している。さざ波のように拍手は拡がり、やがて喝采となった。 司会のルカルカもそれなりにはあるわけで……というか、平均的な女性に比べればうんと大きいので、なんとなく胸を隠すようにしながら、恐る恐る小次郎に問うた。 「えーと、その……道を精進するにあたっては、具体的にはどういうことを……?」 小次郎は、爽やかな笑みで返答する。 「……それは秘密です。でも、犯罪はしませんよ?」 軽く咳払いして彼はとうとうと自説を述べた。 「そもそもおっぱい道というのは神聖なものであって下劣なものではありません。おっぱいについてあらゆることを極めるのが目的であり、究極は胸を触らずに見ただけで形、大きさ、カップ数、さわり心地を見極められるようにすることであります。実学的なものでもあり、男性からは偽乳の見分け方、女性からは胸を大きくする方法の伝授のニーズが高……」 ゴンッ。 硬い杖で後頭部を一撃され、小次郎はへなへなとその場に崩れた。 「あの……ご迷惑をおかけしました」 杖を片手に、返り血で頬を濡らしながらリースが愛想笑いした。 「どうぞ、進行してください」 ずるずると小次郎は、引きずられながら退場していった。小次郎の流した血糊がべったりと、轍のように床に赤いラインを描いた。 「そ、それでは次のかたー!」 ルカルカが取り繕うように明るく声を上げ、式は続いた。