First |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
第1章 PV撮影!
「行ってみたいな」
2012年某日、846プロダクションの事務所の朝。
1枚のチラシを眺め、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)はそう呟いた。そこにプリントされているのは、ケーキやクッキー、チョコレートなどの甘いお菓子の数々。精霊指定都市イナテミスにある農場、イナテミスファームにある休憩所『チェラ・プレソン』で作られたスイーツだ。2月14日、バレンタインデーにオープン予定となっている。
ずっと気になっていたお店だけれど、忙しくってなかなか行く機会がなかった。それが今度、空京に支店をオープンするらしい。
若松 未散(わかまつ・みちる)とアイドルユニット『ツンデレーション』を組んで幾月か。デビュー時よりだいぶ人気も出てきた、と自分でも思う。仕事も選べるようになってきたし、何とか時間を作って行ってみたい。
「早いな、もう来てたのか」
打ち合わせに、とレオン・カシミール(れおん・かしみーる)が事務所に入ってきたのはその時だった。
「仕事の依頼がこれだけ来てるぞ」
衿栖の前に、仕事依頼の紙をどさっ、と置く。『ツンデレーション』への出演要請が大量だ。椅子に落ち着くと、レオンは依頼内容の吟味を始める。ラジオやテレビ、ライブと形態も様々だ。向かいでは、衿栖も依頼のチェックを始めていた。うーん……と、声を漏らしながら紙をめくる。どれにしようか悩んでいるのだろう。
依頼の量は人気の証。本人達の希望も含みつつ、効率良く仕事をこなしていくとしよう。
レオンがそんなことを考えていたら、衿栖がガタッ! と立ち上がった。なんですと!? という声が続きそうな勢いである。少々驚き、レオンは彼女を見返した。
「ん? どうした衿栖?」
「レオン、この仕事がやりたいです!」
「この仕事……?」
受け取った紙には、『チェラ・プレソン空京店 開店イベント』と印刷されている。その下にある仕事内容は。
「ふむ、キャンペーンガールか。悪い話ではないがそこまで熱望するほどのものか? まぁ、お前がやりたいのであれば私が止める理由も無いが」
「やった! じゃあ決まりですね!」
「おっすー、あれ? 衿栖、なんかいいことでもあったのか?」
遅れてやってきた未散が、そのはしゃぎっぷりに目をぱちくりとさせた。衿栖は輝く笑顔のままにチラシを見せる。
「未散さん! ケーキですよケーキ! ……じゃなかった。次の仕事ですよ!」
……それは、ケーキ写真いっぱいの店宣伝用の普通のチラシだった。
「遂に行くことができますよー!」
「え、えっと……仕事……だよな?」
「えっ!? も、勿論仕事ですとも!!」
キャンペーンガールだ、と慌てて説明する衿栖。改めて依頼の紙を見せると、それをざっと読んでから、未散は言った。
「ふぅん、うちの伊藤くんもイナテミスファームにはお世話のなってるしいいんじゃないか?」
「ですよねー!!」
「……べ、別に甘いものに釣られたわけじゃないからな!」
同志を見つけたというような衿栖の笑顔に、未散は急いで抗弁する。……まあ、甘いものは大好きだが。
一方、レオンは既に、店を盛り上げる方法を考え始めていた。やるなら、本気でやらねば意味がない。
(空京支店のイメージアップを図る為のPVを撮影するか。2人だけでも悪くはないが……何かこう、アクセントが欲しいところだな)
同日、午後。
「バレンタインか、懐かしいな。私も妻から貰ったものだ……。必ず見つけてやるからな、待っていろよ……!」
南大路 カイ(みなみおおじ・かい)は、バレンタイン一色の空京の通りを歩きながら生き別れになった家族を想う。呼び出されて向かう先は、チェラ・プレソン空京店。
「どうした? 急な用事と聞いたが」
店先に立っているレオンを見つけ、声を掛ける。
「ああ、PVに出演してもらおうと思ってな」
「私がか? ……まあ、私も846プロに所属している身。仕事というならば引き受けよう」
そして、用意されたのは――
「…………とは言ったが…………」
獣化したカイは、北海道犬の姿で愕然としていた。というのも、目の前にあるのがチョコレートの山だったからだ。本来、ドッグフードを入れるべき皿にチョコレートが積まれている。
(……くっ、1つならばまだしもこの量を一気に食べるのは……!!!)
「それじゃあ本番、撮りますね〜」
葛藤している間にも準備は進み、店員のシーラ・カンス(しーら・かんす)がカメラを回す。
「ええい、ままよ!!」
カイは、一気にチョコレートを食べ始めた。結果として出来上がったのは、衿栖達と一緒に愛らしい真っ白い犬が美味しそうにチョコを食べる、宣伝動画。
『チェラ・プレソン空京店!』
『イナテミス直送! 無添加自然素材だぜ!』
『バレンタインフェアもやってるぞ』
ちなみに、動画の下には『※獣人以外の犬にはチョコを食べさせないでください』と注意書きが入っていた。ダメ、ゼッタイ。
「よし、これでPVは大丈夫だな」
パソコンの前で出来上がったPVを見て、レオンは頷く。そして、846プロのホームページにイベントの告知を載せた。
ファンを大事にしてこそのアイドルである。
First |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last