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chapter.6 一日目(給食兼家庭科) 


 喧嘩の後、結局少納言は「あたしの勝ちだし!」と勝手に勝利宣言をして教室を出ていった。
 同時に、時間割は給食の時間を迎えていた。これには生徒たちも大喜びだ。
 家庭科の授業も兼ねているとはいえ、おいしいものを食べることができ、しかもそれを学べるのだ。彼らにとってこんなに嬉しいことはないだろう。
「そろそろみんな、お腹が空いてきた頃だよね?」
 教室の前に出てそう問いかけたのは、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だった。彼女は秋葉原四十八星華リーダーとして、アイドルらしく料理をすることで教えようと思っていた。それは良い。それは良いが、彼女の格好がちょっとおかしなことになっていた。
「き、君それは……?」
 メジャーが思わず質問する。詩穂は、ほぼ裸だった。ほぼ、というのは、全裸の上からエプロンだけを身につけていたからだ。俗にいう裸エプロンである。
「普通の衣装じゃ、気合が足りないかと思って、こんな感じにしてみました!」
 本人的には両部族に敬意を表したつもりなのかもしれない。メジャーは止めようとしたが、今まで同じくらい歌劇な格好の者が何人もいたため、「もうこのくらいは仕方ない」と思うようになっていた。感覚の麻痺である。
 そんな中詩穂は、元気にそう話す。
「今日詩穂が作るのは、カレーライスです☆」
 なるほど、カレーであれば香辛料が必要であり、そのための材料もここならば採取しやすい。詩穂のチョイスは的確なものと言えるだろう。
 だがまだこの時点では、なぜ彼女がカレーを選んだのか、その本当の理由は分からなかった。
「カレーは、薬膳とも言うので健康にいいんですよねっ」
 詩穂が明るい声で言う。が、せっかくの給食の時間なのだから、カレー以外のメニューも出来ればほしいところである。と、そこに丁度良く声がかかった。
「じゃあ、俺たちは豆腐料理をつくるよ。カレーと一緒に、実習を交えながら作れたらいいな」
 言って、詩穂のところにやってきたのは椎名 真(しいな・まこと)とパートナーのお料理メモ 『四季の旬・仁の味』(おりょうりめも・しきのしゅんじんのみ)――通称四季さんである。
「指示は、四季さんがしてくれると思うから……」
 真が四季を見る。彼が豆腐料理を選んだのは単純に好みからだろう。真の顔は心なしか嬉しそうだった。そんな彼に四季は言う。
「まことん、好きな食べ物だからってはしゃいでるけど、場所は考えなきゃ」
「場所?」
「たぶんここだと豆腐は手に入らないわよ?」
「あ、それもそうか……」
 ぴんと指を立てて言う四季に、真はがっくりと首を落とした。しかし、四季はそれを見て微笑んだ。
「大丈夫よまことん。豆腐が手に入らなさそうなら、作ればいいんだから」
「豆腐を作るか……うん、それも面白そうかな」
 四季の言葉はその通りで、真も「その方が実習らしい」と納得した。
 こうして、詩穂や真、四季によるお料理実習がスタートしたのだった。



「豆腐を作る工程は、こんな感じかな」
 真はさらさらとメモを書き、それを黒板に貼った。生徒たちの目に飛び込んできたそれは、分かりやすく、丁寧に作業工程が書かれている。

1・大豆を水につけて柔らかくする
2・柔らかくした大豆に新しく水を追加しかき混ぜる
3・鍋に2と、水を追加し沸騰させる
4・布でこして、絞って豆乳に
5・豆乳を加熱してにがりを加える
6・ざるに入れるなりすくって食うなりご自由に

 ちなみに最初の工程に関しては、料理番組よろしく、既に真が準備済みである。
「次は……あれ、これってもしかしてミキサーがないと……」
 さすがに豆を固形のままは使えない。そう思い真が辺りを見回すが、この大自然シボラにそんな文明の利器はなかった。
「どうしたの? まことん」
「ああ四季さん、ちょっとミキサーがなくて」
「ああ、そうねえ。でも大丈夫。まことんいい体してるんだし、男の子なら拳ひとつで!」
「拳ひとつで!? え、まさか砕けってこと?」
 驚く真と対照的に、四季はにっこり笑って頷く。真は「まあ、他に方法がないなら」と仕方なく材料を袋に入れた。そこにゲンコツをあてようとする真だったが、それを四季が止める。
「ん? どうしたの四季さん?」
「それじゃダメよ。気合が足りないわ」
「え、き、気合!?」
「そうよ。ここは、気合を入れるために脱がなきゃ。ほらアレよ、私のメモにも、ここで『上半身を脱ぐ』って書いてるし!」
「書いてあるの!? そんなこと書いてあるの!? それ本当に料理メモ!?」
 一気にまくし立てる真だったが、結局何を言ったところでやるしかないのだ。なぜならそれが、豆腐を作る唯一の道だからだ。
「はあ、やるしかないのな」
 溜め息と共に、真が服を脱いだ。そして必殺の一撃を放つと、見事作業工程2をクリアしたのだった。と同時に、四季が声を出す。
「あ、今思ったら、すりこぎって手もあったわね。棒ならこの辺りにもありそうだし」
「ええっ!? は、早く言ってよ四季さん……」
「まあ、出来たんだからいいじゃない! ほら早く服着て、続きやるわよまことん!」
 マイペースな四季に振り回されながら、真は次なる工程へと進むのだった。

 一方、カレーを作っていた詩穂はと言うと。
「ふーふふふんふんふーん☆」
 何やら楽しげな鼻歌を歌いながら、順調にカレー作りを進めていた。生徒たちと一緒にご飯を炊き、ルーを作っているその様子は微笑ましい。
 が。彼女は時折鼻歌に混ざって、何か言葉を乗せ歌っていた。始めのほうこそよく聞き取れなかったものの、次第にボリュームが増してきたためその歌詞が明らかになった。
「台所に立って〜 あなたの大好き謎料理〜私が初めておぼえた謎料理〜」
 どこかで聞いたメロディとフレーズ。おそらくかなりギリギリのラインかと思われるが、詩穂は気にせず歌い続けている。
「たったそれだけだよ〜 今の私はそれがすべて、空京に来てからのすべて〜 わかってます わかってます」
 なるほど、彼女が裸エプロンをしていた理由はこれだったのか。何人かがそこで気付いた。
 カレーライス、裸エプロン、どこかで聞いたメロディ。それらから導きだされるものは、ひとつだった。
 まあ、その答えをここでは書けないけれど。わかってます、わかってますじゃない。彼女はこの危険さをわかっていない。
 仮にわかってやっているとしたら、とんでもない問題児である。これ以上彼女の様子を観察するのは危険極まりないため、真たちに場面を戻そう。

「次は、豆乳を加熱して、にがりを加える、と……」
 どうやら真は無事工程5までたどり着いていたようだ。生徒たちに豆腐がなぜ固まるのか、その原理を軽く説明しながら進めている。
「タンパク質を凝固できるなら、代用できるのも色々あるけどね」
 そうこうしているうちに、見事真は調理器具の少なさを克服し、豆腐を完成させた。
「よくやったわね、まことん。あ、そうそう、生徒のみんな?」
 四季が真を褒めつつ、原住民たちに話しかける。
「今回は大豆があったから良かったけれど、もしなくてもくず粉や自称片栗粉を使えば出来ないことはないのよ」
「自称!? ちゃんとした食用片栗粉だよな!?」
 最後まで四季の発言に翻弄される真であった。
 そして、カレーライスの女、詩穂もどうやらカレーを作り終えたようだ。が、何か様子がおかしい。
 何やら、怒鳴り声が聞こえてくるのだ。
「お前たち! 俺がどうして怒ってるのか、まだわからんのか!」
 詩穂たちの方を見る。するとそこには、パートナーの清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)が生徒たちを叱っている景色があった。
 わからんのか、と言われている生徒たちだったが、彼らには心当たりがまったくなかった。カレーもちゃんと、詩穂たちと作っている。故に、正直まったくわからなかった。
 青白磁はそんな生徒たちの様子を見て、さらに怒りをヒートアップさせていく。
「それは、気持ちだ!」
「キモチ……?」
 ベベキンゾの生徒が繰り返すと、青白磁は深くを語った。
「カレーを作った? そういうことじゃない! カレーを作っていた時の、どうでもいいやっていう、お前たちの心が許せん!」
「マジメ! カレー、マジメニツクッタ!」
 口答えするベベキンゾを、青白磁は問答無用で引っ叩いた。とんでもない暴力教師である。というかたぶん彼は教師ではない。
「カレーを作るにはな、並大抵の努力じゃ作れないんだぞ! 血反吐を吐き、死ぬほどの努力をしなきゃならん! どんなに苦しくても言い訳はきかないんだぞ!」
 ええー、と生徒たちはどん引きした。
 ならそんなもの授業の一環で作らせるなよという話である。そもそもカレーを作ろうと言い出したのは、青白磁の契約者、詩穂だ。
 生徒側からしたら、完全に殴られ損である。しかし青白磁は何かやりきったような表情で、涙を流していた。泣きたいのは生徒たちだ。
 青白磁の言い分としては生徒たちとの絆を深めるためにやったというものだが、暴力は暴力である。それにきっと、彼は熱血っぽいことをやってみたかっただけなのだろう。
 情状酌量の余地なしで、彼は退室を促された。
 出来上がったカレーと豆腐の料理が教室に良い匂いをもたらす中、青白磁はひとり何も食べれずお腹を空かせるのだった。



「カレー、ウマイ!」
「この豆腐、角張ったデザインが冷たい印象をもたらすけれど、その実味はあたたかいね。気に入ったよ」
 みんなで食事を食べながら、ベベキンゾやパパリコーレの生徒たちが口々に感想を告げる。それは概ね高評価で、詩穂や真たちは嬉しそうにその様子を眺めていた。

 一通り生徒たちが食べ終わった頃。
「みんなー! デザート食べたくない?」
 そう生徒たちに声をかけたのは、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だった。隣にはパートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)もいる。
 慣れない勉強で頭を使った生徒たちは、お腹が減っていた。カレーと豆腐でそこそこ満たされはしたが、おいしそうな美羽の誘いを受けないという選択肢は彼らにはなかった。何より、デザートはここシボラでも別腹なのだ。
「じゃあ、今からアイスクリームつくろっ!」
 生徒たちの反応を受け、美羽が提案する。
 おそらくシボラに冷蔵庫のようなものはないだろうと思った美羽は、ならばアイスも食べたことがないはずと考え、ぜひ食べさせてあげたくなったのだ。
 となると、もちろんコンセプトとしては、「冷蔵庫を使わずに出来るアイスクリーム」ということになる。美羽はやり方を説明し始めた。
「まず用意するのは、タライだよ!」
 タライ。そう、芸人御用達のあのタライである。が、もちろん今はそんなことに使わない。このタライの使用用途は、こうである。
「ここに、水を張ってー……っと」
 アイスを作るのが楽しいのか、美羽は目をキラキラさせながら作業を進めていく。タライに水が溢れない程度に入ると、美羽は次に氷と塩を投入した。
 ちなみに、冷蔵庫がないのになぜ氷が? とお思いの方もいるだろう。そのへんは氷術がさらっと解決してくれた。ビバ氷術である。
 ということは彼らに氷術を教えるのが先では? という話題については、ノータッチでいくことにする。
「みんな見て! このタライの中は、今とっても冷たいの!」
 美羽が言うと、生徒たちが一斉に覗き込んだ。確かに、塩水と化したタライの中は氷が浮いていて冷たそうだ。
「ここに、ボウルを浮かべて……」
 美羽が金属ボウルをタライに入れる。そのボウルには、アイスの材料となるであろう牛乳や練乳、ペーストした果物が入っていた。
「今から、これを混ぜるね!」
 持参してきたと思われる泡だて器をかざし、美羽が言う。彼女はその言葉通りボウルの中をかき混ぜた。すると、周囲の冷えも手伝い、中の材料は次第に固まっていった。
「コケイ! コケイ!」
 はしゃぐベベキンゾ族に、美羽は笑って答える。
「うん! これを続けて、ちょうどいい固さになったらアイスクリームの完成だよ! みんなもやってみてね!」
 初めて食べるアイスにカルチャーショックを受けるだろうなあ、なんて楽しそうなことを想像しながら、美羽が言う。生徒たちは彼女の言葉に従い、各々の入れ物に水を入れていく。
「……あ、そっか」
 案の定、生徒たちは誰も氷術が使えなかったため、美羽は結局ひとりひとりを回って氷を与えるはめになった。
 それでも、生徒たちにアイスを味わってもらうためなら微々たる労力である。

 やがてそれぞれのアイスが出来上がると、今度はベアトリーチェが口を開いた。
「アイスが出来たら、それを今度は皆さんが好きなように、アレンジしてみましょう」
「アレンジ? ここからさらにおしゃれになると言うのかい?」
 パパリコーレの生徒が尋ねると、ベアトリーチェはにっこりと微笑んで首を縦に振った。
「たとえば、ここにイチゴが入ればイチゴアイス、溶かしたチョコを入れたらチョコアイス……といった感じで、バリエーションはたくさんあるんですよ」
 彼女の話を聞いた生徒たちは「おお……」と感嘆の声を上げ、美羽らが持ってきた材料を貰うと、それぞれ好きなアイスを作り出した。
 中には、一旦教室を出て、名前も分からない奇怪な生物を捕ってきてはそれを混ぜ、アイスだと言い張る者もいたが、概ねほとんどの生徒はアドバイス通り色とりどりのアイスを完成させていた。
「わー、おいしそうだね!」
 生徒たちが作ったアイスを見て、美羽が今にも涎を垂らしそうな顔をする。
「美羽さん、一応今日は教師ですから……」
 教えにきた自分が一番はしゃいでいることに苦笑しつつ、ベアトリーチェが言う。しかし美羽は、聞いているのかいないのか、大きな声で生徒たちに言った。
「いただきまーっす!!」
 美羽も生徒たちも、自分の作ったアイスを頬張る。「ツメタイツメタイ」とはしゃぐベベキンゾの生徒たちを見た美羽は、嬉しそうに二個目のアイスを口に運ぶのだった。
「あれ、そういえば……」
 教室の窓を見ながら、ベアトリーチェがふと何かを思い出した。それは、つい一時間ほど前までさんざん邪魔をしてきた少納言だった。
 あれほど妨害しようとしていた彼女が、こんな和気藹々とした楽しそうな時間に出てこないなんて。
 そう不思議に思っていたのだ。
 が、笑顔でアイスを食べる生徒たちや美羽を見ると、そんな不安もどこかへ消えた。
 きっと、彼女もお昼を食べているんだろう。そう思うことにした。



 生徒たちがカレーや豆腐、アイスなどに舌鼓を打っていたその時。
「参ったな……こんなことなら、屋台なんて持ってくるんじゃなかったな」
 ガラガラと大きな屋台を引っ張りながら、渋井 誠治(しぶい・せいじ)は学校へ向かっていた。もう給食の時間はとっくに始まっている。
 誠治は、本格的な調理場を用意してきたことを若干悔いていた。
「この分じゃ、着いたところでもう他の人が何か作ってて、それを食べてるんだろうな……」
 その予想通り、教室では絶賛カレーと豆腐、そしてアイス祭りが開催されている。
 誠治はラーメンの文化を広めるべく屋台を持ち込んでまで生徒たちに食べさせようとしていたが、その夢が遠のいていくのを彼自身感じていた。
 ところが、天は彼を見捨てはしなかった。
「おぬし、さてはラーメン屋じゃな?」
「え?」
 突然の声に振り向く誠治。するとそこには、種モミの塔の精 たねもみじいさん(たねもみのとうのせい・たねもみじいさん)が立っていた。
「ラーメン屋っていうか、まあ、ラーメンは好きだけど」
「ならばその腕、存分に振るうが良い」
「え? え?」
 戸惑う誠治をよそに、たねもみじいさんは「こっちじゃ」と手招きする。誠治は一瞬迷ったものの、後を付いていくことにした。
「どうせこのままじゃ、無駄足になりそうだし。行ってみるか!」
 そうして、誠治は行き先をシボラの学校からたねもみじいさんの歩く先へと変更した。その先に何が待っているのか、今の彼には分からない。

 たねもみじいさんは、地祇である。
 では、そのたねもみじいさんの契約者は? その答えは、たねもみじいさんの行く先にあった。
 南 鮪(みなみ・まぐろ)
 それがたねもみじいさんの契約者である。
 彼は、立川 るる(たちかわ・るる)のパートナーであるラピス・ラズリ(らぴす・らずり)の協力を得て、あることを行っていた。
「……っていうのが俺の計画だぜ。そこで必要なのが、お前だ!」
「すごい! それとっても面白そう! 僕やるよ!」
「ヒャッハ〜! そうと決まれば早く作業を進めるぜ!!」
 一体、鮪はラピスと何をしているのだろうか。ラピスの周囲にいる施工管理技士たちとその手にある工事用ドリルから察するに、何か大掛かりな工事をしようとしているのだろうと思われる。気になるのは、ラピスが作業をしながら呟いた一言だ。
「ふーん、ヘイアン建築って、寝殿造っていうんだね。なるほど、壁がなくて庭に池がある、自然と一体化したお家のことか。これはきっと、ベベキンゾ族の人たちに受けるはず……!」
 ラピスと鮪がそうして秘密裏にことを進めていると、そこにたねもみじいさんが戻ってきた。もちろん、その後ろには誠治がついてきている。
 誠治は彼らの姿、そして彼らがやろうとしていることを目の当たりにして驚きの声を上げた。
「こ、これは……っ!」

 その頃、学校に一切姿を見せていなかった少納言はといえば。
「……腹減った。根暗女と喧嘩して、腹減った。何あいつマジ、いと許すまじ!」
 まだ怒りが収まっていなかったのか、ぶつくさ言いながら持ってきたおにぎりを食べようとしていた。
 そこに、客人が現れる。
 食事を中断させられた彼女の前に姿を見せたその人物こそが、立川 るる(たちかわ・るる)。ラピスの契約者である。るるは少納言のぼやきを聞いていたのか、いきなりテンション高めで話しかけた。
「それはハイク……? いえ、流行の最先端、ワカね!?」
「え、え!? てかあんた、誰? いとわかんなしなんだけど」
 突然興奮気味に言われて、少納言は眉をひそめた。彼女にはまったく見当すらつかなかったが、奇遇にも、先程の彼女のぼやきは五七五七七の音になっていたのだ。しかも若干ラップ調で。
 平安歌人おそるべしである。
「時代の最先端に、こんなとこで触れることができるなんて!」
「最先端? え? え?」
 依然興奮しきりのるるに、少納言は戸惑うばかりだ。そんな彼女にるるは、「ヘイアン・カルチャーは時代の最先端!」と力説し始める。
 少納言からしたら意味が分からない話だった。
 自分のいた平安時代と現代のギャップに悩んでいるのに、平安文化が最先端?
 少納言の頭はこんがらがる一方だ。その様子に気付いたるるが、彼女に説明を始めた。
「あのね、今、ニルヴァーナってところの探索が進められててね、そのニルヴァーナはポータラ歌人って人たちの故郷なの!」
「ぽーたらかじん?」
 ますますハテナだらけになる少納言。どうやらるるが言うには、ポータラ歌人とやらの文化から、ニルヴァーナの謎を解いていく試みが今行われており、それに際し文化的類似点の多さから、日本の平安文化に注目が集まっているのだそうだ。ここで言う文化的類似点とは、主に歌を詠んだりということらしい。
 ちなみにポータラカ人はきっと、歌を詠むのが大好きというわけではないと思う。少なくとも僕にその情報は入ってきていない。もし大好きなのだとしたら、それはそれで済まない。
 ただおそらくは、るるが勝手にポータラカ人をポータラ歌人と勘違いしているというだけだろう。
 この勘違いのせいで、少納言、そしてタイピングの際かなり変換ミスが多くなった僕はるるに巻き込まれる形となる。
「……よく分かんないけど、何が言いたいの?」
 痺れを切らした少納言が尋ねると、るるは笑顔で答える。
「つまり、少納言さんは今時代の最先端を行ってるってことだよ!」
「ふ、ふうん」
 勢いに押され頷く少納言。とはいえ、彼女も何となく褒められた感じがして、悪い気はしなかった。そこでるるは、さらに話を進めた。
「そうだ! この流れで、ヘイアン文化の講義とかしたら面白そうじゃない? 十二単とか、パパリコーレの人たち好きそうだし」
「えー、だって、そういうのあの根暗女があっちでやってたじゃん。なんか二番煎じみたいな感じになるし。いとパクリしとかネットに書かれたらやだし」
 少納言が口を尖らせると、るるはどうにか彼女を乗り気にさせようと、言葉を足した。
「式部さんのことは気にすることないよ! なんかあの人、暗そうだし」
「あ、やっぱりそう思う? あいつマジいっつも本とか読んでてインテリぶってるし! いとムカつきし!」
「そうそう、そのエネルギーを、情熱をぶつけるの!」
「マジぶつけるし!」
 少納言がばっと立ち上がった。なんやかんやでるるに乗せられた少納言は、彼女に導かれるままその場から歩き始めた。そしてるるが案内した先には、先程の面子――鮪やたねもみじいさん、ラピス、そして誠治がいるのだった。
 彼らの計画は、密かに、しかし順調に進んでいる。