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シボラあらまほし!

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chapter.9 二日目(二時間目・音楽) 


 ようやく壮太の愚痴から解放された生徒たちに待っていたのは、二時間目の音楽だ。
 既に教室には、数名の音楽教師が立っていた。
 音楽といえば、以前シボラの原住民たちも教わった覚えがある。先に出てきたリナリエッタや、今教壇にいる早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が彼らにそれを与えたのだ。故に彼らは、偉人と呼ばれ尊敬されていた。もっとも、リナリエッタの尊敬度は現在降下中であるが。
 それはさておき、彼らは音楽に対してかなりプラスの感情を働かせていた。
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
 呼雪は、教壇から生徒たちに話しかける。彼らが肯定の声を上げると、呼雪は口を緩ませてから、手を広げた。彼の周りには、ギターなどの一般的な弦楽器から、アフリカあたりにありそうな民族楽器まで様々な楽器がずらりと並んでいた。
 どうやら呼雪は、彼らのため、わざわざこれを全部自力で持ち運んできたらしい。ドラゴンアーツでも使ったのだろうが、それはとてつもない重労働のはずである。
 それでも彼にそこまでさせたのは、ひとえに、彼らが音楽の楽しさをもっと知ることができるようにという思いからだろう。
「今日は、色々な楽器を持ってきた。ついでに色々な国の民族衣装もだ。今から学んでほしいのは、地球とパラミタの文化、そして歴史に根付いているものの共通性だ」
 何やら難しそうな話題に、たじろぐ生徒たち。だが呼雪は軽く手を振った後、「そんなに難しく考えなくても大丈夫だ」とフォローする。
「それは、おしゃれの共通性ってことですか?」
 偉人に対してはパパリコーレも敬語なのか、質問が飛ぶと、呼雪はそれに答えた。
「ああ、それを知るのも大事だな。そのために今日はこんなに衣装を持ってきたんだ」
 ベベキンゾのためには、肌や肉体の美しさを引き立てるような装飾具を。パパリコーレのためには、きらびやかな衣装を。呼雪はそれらと楽器を手にとりながら言った。
「この衣装や楽器の中に、シボラでも使われているものに似たものがあるかもしれない。そういう点でも、みんな、ここから好きなものに触れ、共通性を感じ取ってほしい」
 呼雪から許可が出ると、生徒たちは一斉に各々興味を持った衣装や楽器を眺め、触り、そして実際に使ってみた。そのどれもが経験したことのないもので、共通性こそ感じなかったものの、代わりに新鮮さを彼らは味わっていた。

 一通り彼らが衣装や楽器に触れ終えた頃、生徒たちに向かって呼雪が話を振る。
「どうだ? 世の中には、色んな楽器や衣装がある。その中から好きなものを選んで音楽を生み出せば、それはきっと楽しいはずだ」
「オト、ウミダス」
「そうだ、それが音楽だ」
 言って、呼雪は黒板に字を書いた。音楽、という二文字。
「見ての通り、音楽は音を楽しむと書く。さあ、今まで触れたもので、今度は、実際にパフォーマンスをしてみよう。表現するのは何でもいい。自分の感情であったり、伝えたいことであったり。とにかく、自由に楽しんでほしい」
 呼雪が手を広げると、生徒たちは思い思いの衣装と楽器を手にし始めた。が、いかんせん不慣れな楽器に戸惑いは隠せない。
 それを助けたのは、パートナーのヌウ・アルピリ(ぬう・あるぴり)だった。
「難しく考えなくて、大丈夫! ヌウを見てて!」
 言うと、ヌウは近くにあったマラカスを手に、しゃかしゃかと振り始めた。音に合わせて踊るヌウは、なんだかとても楽しそうだ。
「みんなも、一緒に音を生む! きっと楽しいぞ!」
 ヌウに誘われるように、ひとり、またひとりと演奏を始める。それはぎこちないリズムと音階だったが、その不器用さが逆に面白く、みんなで笑った。
「シボラ、大好き! みんな、大好き!」
 はしゃぐヌウを見て、呼雪も顔をほころばせる。本当なら、パフォーマンスの製作時間を与え、順番に発表してもらおうと思っていたのだが、楽しそうな生徒たちを見ているとそれは後回しでもいいように思えてきた。
「しかし、演奏を楽しんでくれるのはいいが、こうなると歌もほしいな……」
 呼雪が呟く。その声に応えたのは、彼以外の講師陣であった。
「ここは、魔法少女の出番ですねっ!?」
「ううん、蒼空学園のアイドル、ラブちゃん……いいえ、ラブ先生の出番よ!」
 競いあうようにしてずい、と前へ進み出たのは、遠野 歌菜(とおの・かな)、そしてラブ・リトル(らぶ・りとる)だった。
「あーっ、ひとりだけアイドル名乗ってずるいですっ! 私も、魔法少女ってさっきは言いましたけど、ほんとは魔法少女アイドルなんですよ!」
「ま、魔法少女アイドル!? 聞いたことなーい! じゃああたしは、音楽の先生アイドルだもんねー!」
「む、むううー……! じゃあじゃあ、私もただ名乗るだけの女じゃないってとこ、見せてあげますっ!」
 なぜか張り合い始めるふたり。そして歌菜は、言うが早いか変身し、見事な魔法少女……もとい、魔法少女アイドルとなっていた。
「魔法少女アイドル、マジカル☆カナ! 今日は皆さんに、歌を教えに来ました!」
「あたしも! あたしも教えに来たのよ! あたしがあんたたちに、歌うってことの最初の一歩を教えてあげる!」
 どうやらふたりは共に、呼雪の求めていた歌を教える講師としてやってきたらしい。が、張り合い続けるふたりは、両者譲らず、なかなか授業が進まなかった。そこに颯爽と登場したのが、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)だった。
「みんな、争ってなんかないで、一緒に歌って踊ろ?」
「はっ……た、確かに! つい張り切っちゃって……」
「そ、そうよね。あたしってかあたしたちで教えればいいか!」
 彼女の登場で、ふたりの意地の張り合いはあっという間に沈静化した。ノーンの無邪気さに軍配が上がった、というところだろうか。
 そのままノーンは、契約者であり、今はシャンバラにいる御神楽 陽太(みかぐら・ようた)から届けられた太鼓を教室に並べた。
「細かいことは気にしないで、ただ好きなリズムに乗ろう!」
 ノーンが誘うと、生徒たちは目の前の太鼓を思うまま叩き始めた。どん、どどん、どん。心地良い低音が響くと、居ても立ってもいられなくなった歌菜とラブがどこからかマイクを取り出した。
「まずは、私が一曲歌いますねっ! みなさん、付いてきてくださいね! 羽純くん、ギター!」
 歌菜が言うと、パートナーの月崎 羽純(つきざき・はすみ)が持っていたギターをかき鳴らす。太鼓のドラムとギター、そのセッションを感じながら、歌菜は喉を震わせた。
「楽しい音楽の時間がやってきた☆ さぁ、手を叩いて……」
 と、歌い出しのところで急にラブが乱入してきた。
「ちょーっと待ったああ! やっぱりあたしも歌うっ!」
「え? えっ?」
 戸惑う歌菜だったが、もう演奏は止まらない。もうこの際歌菜は、流れにすべてを任せることにした。歌菜が歌詞を音に乗せると、すぐ後を追うようにラブも歌声を響かせる。
「さぁ、手を叩いて、かかとで音を刻み〜」
「さあ、あんたたち! 声をだして!」
「音に身を任せて〜」
「楽器をかき鳴らして!」
「ほら、聞こえてきた、あなただけの音」
「未完成で! 完璧で! 歪で! でも美しい!」
「愛と夢を歌おう〜」
「思いを! 魂を! 解き放てー!!」
 意図せずコーラスみたいな形になったラブの歌だったが、奇跡的に歌詞はうまいこと繋がっていた。ほぼノー改変なのだから、本当に奇跡である。
 これには生徒たちも、一際大きな拍手を送った。
「ウタイタイ! ソレ、ウタイタイ!」
「おしゃれな歌だね。僕も歌いたいな」
 次々と生徒たちから要求が来る中、歌菜は大慌てで歌詞カードを配り、ラブは「音楽は宝よ! パワーよ! 愛よ!」と声高に主張していた。
 それに呼応するかのように盛り上がる生徒たちだったが、その中でひとり。いまひとつこのビッグウェーブに乗りきれていない生徒がいた。
 ラブの契約者、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)だ。
 コアはしばらく授業を聞いていたが、どうもさっきから目に入るのはラブの暴走っぷりばかりで、それが気になって仕方ない様子であった。
 当然、それはラブに見つかり、問答無用で歌わされることとなる。
「そこの図体だけのロボ!」
「わ、私か?」
「そう、あんたしかいないじゃないハーティオン! ちょっと立って歌いなさい!」
「私が歌うのか!? しかし私はオンチでとても聞かせられるような……」
「ごちゃごちゃ抜かさず、歌わんかーい!!」
 ラブの怒涛の勢いに押され、コアは渋々席を立った。
「わ、わかった歌う! 歌わせていただく!」
 こほん、と咳払いをひとつしてから彼は、歌のタイトルを口にした。
「そ……それでは……歌います。『ロボはつらいよ』」
 瞬間、驚くような歌声が教室中を覆った。コアの歌はなんというかその、味があるというか独特というか、個性的というか前衛的というか、まあわかりやすく言うととんでもなく下手だった。
 しかし、それはシボラの生徒たちの憶えたての楽器に、不思議とマッチしていた。上手な音楽が良い音楽とは限らない。コアの歌声とシボラの生徒たちの演奏は、それを証明するかのような懸命さがにじみ出ていた。
「聞こえる……あいつの魂の声が聞こえるっ! これが本気の歌が持つスーパーエネルギー! 魂の声の力!」
 ラブもすっかりテンションが上がり、ノリノリで再び歌い出した。
 当然、歌菜も負けじと声を混ぜる。今度はそこに、ノーンも加わった。
「みんな、太鼓の準備はいいかな?」
 おお! と生徒たちが雄叫びに似た声をあげると、ノーンはすう、と息を吐き幸せの歌をその口から紡ぎ出した。それまで熱気で溢れていた教室、そこにさらに充足感と幸福感が加わる。
 教室はもはや、ライブハウスのようであった。
「みんな乗ってきたな……もう少し派手めにいくか」
 羽純も、熱をもらいさらにギターのリズムを上げる。すると教室の中は、より激しいテンポに包まれた。
「羽純くん、いい感じだねっ!」
 少し離れたところでウインクしてみせる歌菜を見て、羽純は薄く笑った。
「最初はどうなるかと思ったが……楽しいものだな、こういうのも。勉強させられたのは、俺の方かもな」
 そう呟く羽純の言葉に、偽りはなかった。

 歌っては踊り、また楽器を奏でる生徒たちの中で、呼雪は、ちらちらと外に目を向けているヌウに気付いた。
「どうした?」
 近寄り、声をかけるとヌウはこの場に似つかわしくない、少し淋しそうな表情で答える。
「さっきの、女の人が気になる」 
「……ああ、清少納言か」
 あれ以降姿を現さない彼女の姿が、ヌウは気がかりだった。もしかしたらヌウも、自分の表情と同じくらい、彼女のことを淋しそうと感じていたのかもしれない。
 と、その時だった。
 鮪たちの元にいたはずの少納言が、ふらりと窓から顔を見せたのだ。鮪たちがいたところとシボラの学校は、そう遠くない。あまりに賑やかな音がしたので、気になって覗きにきたのだろう。
「あ! 見つけた! セイショウナゴン!」
 ヌウはパッと顔を明るくさせると、すぐさま彼女のそばへ駆けていった。慌てて去ろうとする少納言の背中に、声がかかる。
「どうして、逃げるんだ? あと、邪魔しようって思ったのはなんでだ?」
「……そ、そんなの言う必要ないし! いと余計なお世話だし!」
 それだけを返して去っていく少納言だったが、ヌウは諦めない。遠くなっていく背中に、もう一度声をかける。
「一緒におべんきょうすると、楽しいぞ! それに、素直になって笑った方が、きっとかわいいぞ!」
 返事はない。だが、彼女の走るスピードが少し早くなったのは、おそらく気のせいではない。その顔には今、どんな表情を浮かべているのだろうか。