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サラリーマン 金鋭峰

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サラリーマン 金鋭峰

リアクション

 案の定、次の日……。
 スタジアムの建設現場に出向こうとしていた金ちゃんは、山場建設の本社から呼び出された。昨夜のヤクザが大勢で会社に押し掛けてきたらしい。行ってみると、会社の表には黒塗りの車が何台も停まり、ヤクザたちが出張っている。山場建設の一般社員は遠巻きに恐る恐る様子を見ているだけだ。
 ルカルカとともに会長秘書の事務仕事をやっていたルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)が、金ちゃんを見つけてやってきた。彼女、外見もルカルカそっくりなのだが、金ちゃんはわかったらしい。どうした、と視線を向ける。
「ルカから話は聞いてるわ。ヤクザは今、ルースや某がのらりくらり対応しているけど、一般社員が怖がってるわ」
「手間をかけてすまない」
 金ちゃんは、それだけ言うとヤクザが待ち構えている応接室の扉を開いた。パラミタからやってきた潜入者たちが、すでにヤクザの組長と思しき人物と向かい合っている。黒服の組員たちも数人いて睨みつけてくる。緊迫した空気だ。
「あんたかい、金ちゃんってサラリーマンは? 俺は関東姫宮組組長の姫宮 和希(ひめみや・かずき)だ」
 地元ヤクザの組長、姫宮和希は、ソファーに腰掛けたまま顔だけ向けてきた。不敵な笑みを浮かべて言う。
「昨夜は、うちの組の者が世話になったらしいな。その相手を見たいと思ってこうやってやってきたわけだ」
「みっともない。今更大勢で出張か? あれはそちらのせいだろう」
 金ちゃんが冷ややかに言うと、和希はゆっくりと立ち上がりこちらへと近寄ってくる。
「まあ、確かにそうだ。昨日の組員たちはうちでもきっちりヤキ入れて破門にした。姫宮組は、強きを挫き弱きを助く任侠の看板を上げていてな、カタギのサラリーマンに手を出すなんざぁ、組の面汚しだぜ。だがな……」
 和希は金ちゃんの眼の前まで来るとぴたりと立ち止まった。
「それとこれとは話が別だぜ。姫宮組がサラリーマンにやられて引き下がったとあっちゃ、話にならねぇ。落とし前、つけさせてもらうぜ」
 言うなり、和希は思い切り金ちゃんを殴りつける。
「ぐ……っ!?」
 その威力は強力だったらしく、金ちゃんは派手に吹っ飛んだ。天下の団長が地面を背中につけるとはこれまた珍しい光景だった。
「立ちな。まさかそれでおねんねじゃねえんだろ?」
 ああ、と立ち上がった金ちゃんを、さらにもう一度和希は張っ倒す。
「ふっ……、まあこれで勘弁しておいてやる。話は仕舞いだ、じゃましたな」
 和希が帰ろうとしたときだった。
「待ちな、組長さん。話はまだ終わってない」
 金ちゃんは立ち上がり、去り際の和希の肩をつかみ呼びとめた。振り返った和希にいきなり頭突きをくらわせる。
「ぐぁっ……!?」
 のけぞる和希に、金ちゃんは親指を上を向けて立てて静かな口調で言う。
「ここじゃ物が壊れる。屋上へ行こうぜ……久しぶりに……きれちまったよ……」
 その目つきは、知的で冷厳な団長のものではなかった。暴れ者の野獣の輝きだ。
「面白れぇ、ただの生っちょろい男じゃないらしいな。相手になるぜ」
 和希はニヤリと笑うと、金ちゃんとともに部屋を出ていく……。

 その頃、社長室では……。
「ばかもん! ヤクザが会社に来ているだと、何をやっているんだお前らは!?」
 大石社長はあせりまくっていた。現場関係者ばかりではなく取り巻きの部下たちを集めて怒鳴り散らす。他人に危害を加えるのは大好きだが、自分に危害が及ぶのは断固ごめんこうむりたい。部下たちも、ただ冷や汗をかきながら弁解するのみだ。
「どうやら、昨夜スタジアム建設の連中がやらかしたそうで」
「しかも、武闘派で有名な関東姫宮組だと!? 私のバックには別のヤクザ、曼荼羅(まんだら)組がついているんだぞ。だからこれまでヤクザはうちの会社には来なかったんだが、これがきっかけでヤクザ同士の抗争になったら、こっちまで火の粉が飛びかかるじゃないか!」
「曼荼羅組……ですか。社長がヤクザも使っていたとは知りませんでした」
 秘書のレオが、ほう……と言った表情で頷く。大石は彼の姿を見て少々語調を抑えて言った。
「まあな、この業界じゃあ常識だよ。痛めつけたり脅したりするのに色々と役に立ってもらっているからな。だが、姫宮組は別だ。あいつらはカネで動かない、話にならない連中だよ」
「俺も少し……様子を見てきましょう……」
 レオは部屋を出ていく。
「とにかく、関係者を全員あつめろ! この件に関わっていた連中は上司も含めて全員クビだ!」
 そこへ……。
「下っ端の部下に全部預けて自分は雲隠れとは、大した社長だ」
 殴りあって、ぼろぼろになった金ちゃんが社長室へ入ってくる。
「社長さんよ、社員ってのはいわば子供だろう。子供の不始末は身体を張ってでも始末をつけるのが親の役目ってもんだろうが……」
 同じく喧嘩でダメージを受けたらしい和希もやってきた。後ろからは、某やアコたちも。全員ボロボロだ。二人の喧嘩を止めるのに、屋上で一騒動あったらしい。喧嘩シーンは割愛したが。
 金ちゃんは、喧嘩の眼そのままで社長の机の上にガンッと足を置く。襟首をつかみ上げ、大石の身体を持ち上げた。
「貴様は何をやっていた? 危ない敵が現れたら部屋に引っ込んでいて、後で部下いじめか? そんな人物に上に立つ資格はない」
「え、ええいっ! 離さないか! お前もクビだクビ! さっさと出て行け!」
 大石は怒鳴る。
「社長さんよ、俺たちは会社のことは知らねえよ、勝手にやってくれ。だがな……」
 和希は、バキリ! と一叩きでデスクを粉砕する。
「他のヤクザ使って、一般社員やカタギを傷つけたり脅したりしてみやがれ。この姫宮組が、黙っちゃいねえぜ!」
「け、警察だ。警察を呼べ!」
「おう、呼んでみろよ。喧嘩上等懲役余裕の姫宮組、そんなもんで止められると思ってんのか!?」
 その迫力に、大石は震えあがって黙りこんだ。
「金ちゃん、曼荼羅組はうちの組がシメておく。そっちに妨害が行くことはねえだろう。後は安心して仕事に取り掛かってくれや……」
「いいのか?」
「へっ……、サラリーマンにも骨のあるやつがいるじゃねえか。久しぶりに血が騒いだぜ。……おい、帰るぞ、お前ら」
 それだけ言うと、和希は手下を引き連れ帰っていく。
「金鋭峰君。君の監督職を剥奪します。今日から一作業員としてスタジアムで労働に従事しなさい」
 場を収めたのは人事部長の風見友人(かざみともひと:風祭 優斗(かざまつり・ゆうと))だった。大石派の重鎮の部長で社長の信用も厚い。今回の事件も金ちゃんの処分で穏便に済ませようとしているようだった。
「社長、この人物はまだ使えます。下手にクビにするのではなく、現場で重労働につかせ、反省を促すのが得策でしょう」
「もとよりそのつもりだった」
 金ちゃんは、大石社長を離すと部屋を出ていった。
 一騒動が片付くと、大石社長は不承不承ながらため息をつく。物わかりがよいというよりは、単にビビっただけらしい。
「風見君、まあ君がそういうなら今回は矛を収めるが、あの男……しっかりと監視していたまえ」
「それから社長。今後こんなことがないように、関羽君以外にも社長専属のボディーガードをつけましょう。テロリストたちも横行していることですし、24時間体制で警備いたします。……入りなさい」
 風見部長の紹介でやってきたのは、乃木坂 みと(のぎさか・みと)だった。ピシッと折り目正しく敬礼し、自己紹介する。
「パラミタ警備保障の乃木坂みと。社長の警護担当になりました。よろしくお願いいたします」
 同じく警備保障のもう一人で外見がちびっこい相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)も。
「子供にみせますけど実践経験は積んでます。少年自衛官上がりです」
 そして、エリス・フレイムハート(えりす・ふれいむはーと)
「エリスといいます。近接戦闘、及び防御はおまかせください。楯の守護者の資格はあると自負しています。以上」
 この三人がしばらく社長の警備に着くことになった。その代わり、関羽は外れてもらうことになった。というか、これまで何もしておらず完全に空気だったわけだが。
「関羽くん。君は金さんの元へと戻りなさい。共にスタジアムの作業に従事するように」
「……」
 関羽は無言で頷いただけだった。慣れないサラリーマン生活でストレスが溜まりまくり、うつ病寸前かもしれない。ふらふらと部屋を出ていく関羽を見送ってから、風見部長は大石に向き直る。
「ところで、先ほどのヤクザがデスクを壊してしまいましたが、ノートパソコンも落下して壊れてしまいましたね」
「全く、どうしてくれるんだ! 大事なデータがたくさん入っているんだぞ!」
「システム部門の担当者を呼びましょう。すぐにこちらにやってくるはずです」
「そうしてくれ。……全く、面白くない!」
 怒りの収まらない大石を残して、風見部長は他の大石派の社員たちを連れて去って行った。
 みとと洋孝は部屋の外でがっちり警備だ。社長が本格的に動き出すまでは、じっと待つ。
 あたりに平穏と静寂が戻ってくる。
「……くそっ!」
 椅子から立ち上がり忌々しげに舌打ちする大石。どういうわけか事がうまく運ばなくなってきた。何が起こっているのだろうか、不気味だった。イライラしながら葉巻に火をつけていると、事務処理を任せていた秘書の一人が、やってくる。大石の好みそうな色気たっぷりの女性だ。
「大変な目にあいましたわね、社長。お気持ち、お察しいたします。全く……、なんなんでしょうあの乱暴な連中は」
 社長の新人秘書という肩書で上手く潜り込んでいた宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、レオとは別に陰で地道に事務処理をこなし大石社長を助けてきた。おかげで信用を得つつある。大石は、彼女の姿をみて少し心を落ち着けたようだった。
「やつらにはわからんのだ。私がこの山場建設を大きくするのにどれだけ尽力してきたか。私は私利私欲で動いているんじゃない。すべてはこの愛する山場建設のためなんだ」
「もちろん存じておりますわ、社長。本当の功労者というのは、理解されないものなのかもしれませんね」
 祥子は労わるように言いながら、大石に微笑みかける。
「少し息抜きされてはいかがですか? 社長は頑張りすぎですから」
 同じく秘書として潜り込んでいたパートナーの同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)が派閥の取り巻きからの贈答品を運んできた。こちらもお色気がえらいことになっている。理性とか平常心とか関係ない、男の官能を直撃する美しさだった。
「大石社長、役員の方からオール・ダージュのアルマニャックが贈られてきました……パ・アルマニャック産のようですね」
「うむ、気がきくな。彼は後でよいように取り計らってやろう」
 差出人を確認した大石は満足げに笑う。すっかり気分は戻ってきたようだった。
「お召し上がりになりますか? この後はオフにしてありますので差し支えはありませんよ」
「そうだな……、少しいただこうか。この私が少々酒をたしなんだところで仕事に支障はない」
 大石は、グラスを受け取ると、午前中から酒をちびりとたしなむ。
「ところで大石社長。買っていただきたいものがあるのですが」
 祥子は意味ありげに社長の傍らに寄り添う。どういうわけか胸元がいい具合にはだけており、谷間が誘っているように覗かせていた。そこに封筒が挟んである。
「ほう……?」
 と大石は非常に強い興味を見せる。胸に対してか封筒に対してかは知らないが。
「どんな内容だ。概要だけでいいから教えてくれ。そうでないと、返事すら出来ない」
「山場会長の秘書、ルカルカ・ルーとその一味の身辺調査書……等。私の手元にあるのですけど」
「なんだと……?」
「買っていただけませんこと? 彼女らの正体さえわかれば社長に怖いものはなくなりますよ」
 大石は真剣に考えているようだった。先日の役員会でのサオリの言葉を思い出す。何か証拠さえあれば、山場会長を追い出す決定的手段になる……。もしや、あの秘書が何かやらかしていれば強力な材料となるだろう。
「いくらだ?」
「対価は貴方が持っている鏖殺寺院イコンの情報。私どもの依頼主達が鏖殺寺院との繋がりやイコン産業への足掛りを欲していまして」
「イコンだと……? 何者だ、お前たちは……?」
 大石は急に警戒する目つきになった。スケベ心満載とはいえ、仮にも社長にまでなった男である。ちょっと突付くくらいならいいが、本当に深いところの話は用心するようだ。
「あら、私たちはただの秘書ですわ、社長のお味方の。ただ……蛇の道は蛇といいますか、私にもそれなりの情報網はありまして、そこから手に入るのですよ。どうです、お買いになりません?」
「依頼主とは……誰だ?」
「まだお教えできません。社長のお返事をいただくまでは」
 と祥子は返す。
「あなたにとっても、決して悪いお話ではないですよ」
 同人誌 静かな秘め事が、胸を押し付けるように迫ってくる。
「先に依頼主に会わせてほしい。言っちゃ悪いが、その話からするに君たちは依頼主の使い走りだろう。下っ端には話せんさ」
 大石はあくまで突っ張る。事が事だけに慎重に進めたいと思っているようだった。
「まあ、さすがは社長。その用心深さ感服いたします。……社長がそうおっしゃるだろうと思って、すでに呼んであります」
 祥子は微笑んでから、もう一人の人物を招き入れる。
 入ってきたのは、先ほどの乃木坂みとと相沢洋孝、エリスのマスターである相沢 洋(あいざわ・ひろし)であった。
 彼はどこぞのエージェントらしいニセの身分を明かしてから単刀直入に言う。
「私も危惧しているであります。鏖殺寺院側の秘密を握っている大石社長が秘密を元に消されるのではなかろうか、と。彼らは社長が考えているよりはるかに危険な連中であります。その護衛のためにあの三人を社長の元へとつけたのでありますよ」
「……なるほど、そうだったか」
 大石は納得したと同時に不安そうな表情も見せた。
「実のところ、私も彼らと直接会ったことはないのだ。いくつかのダミー中継サイトを経てメールで連絡を取り合っている。さっきの乱暴な連中のおかげでそのパソコンも故障してしまったようだが。口座も知っているが、どうも架空口座らしい。私は、連中が役に立ちさえすればどちらでもいいがね」
「社長、彼らを利用しようなどとは考えないことであります。彼らはそんなに甘い連中ではありません。むしろ用済みになったら消されるのは社長でありますよ」
 洋は重々しく言う。これはハッタリでも何でもなかった。鏖殺寺院も利用価値があるから大石と付き合っているのだ。人格に惚れたマブダチ同士では絶対にない。
「イコンについては……息子の方が詳しい」
 大石は、メカには興味無さそうな表情で言った。祥子と洋は顔を見合わせる。息子がいたとは知らなかったからだ。
「いずれにしろ、私から話せるのはこれくらいだ。君たちは詳しいんだろ? あとはそちらの情報網を使って調べたまえ」
 大石は挑戦的に笑って、祥子の胸元に手を伸ばす。封筒に入った資料を抜き取ると、後は、帰ってよしというように手を振った。
 これ以上はどう頑張っても聞き出せないらしい。手を変え別の方向から当たってみるか……。祥子と同人誌 静かな秘め事、それに洋は社長室を退出する。
 ほどなく。
「失礼します、社長。新しいデスクとパソコン、お持ちしました」
 システム部の諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)だった。彼は大型のデスクの搬入業者とともにやってきて、最新のノートパソコンを設置する。
「……」
 孔明がセットアップとネットワーク接続の初期設定を行っている間に、大石は祥子から手に入れた資料に目を通していた。その顔がみるみる青ざめていく。彼は、しばらく部屋の中をうろうろとしながら何かを考えていたようだった。
「パソコンの設置完了しました。いつでも使えますよ」
 孔明と搬入業者が去って行った後、大石は新しいデスクの上の電話に手を伸ばし……かけて止める。部屋の中を見回す。見たところ、盗聴器は付いていないようだが……。
 彼は社長室を出ると、会社近くの電話ボックスに飛び込んだ。
「社長、危険ですので勝手に出歩かれては困りますわ」
 もちろん、護衛としてみとと洋孝、エリスもついてくる。それを無視して、大石は資料に目を通しながら、急いで電話をする。
「……腹黒先生の事務所かね? 私は大石だが、腹黒先生を……。……ああ、先生。大変ですよ、うちの会社にパラミタの連中が潜入しています。うかつでしたよ、いつの間に、どうやって……、まあそれはともかく彼ら鏖殺寺院のことを調べているようで……。ええ、私もすぐそちらに向かいます」
 大石はすぐさまタクシーを拾った。どこかへ出かけるらしい。これはチャンスだ、ということで、みとたちもあらかじめ用意してあった軍用バイクを起動させた。後をつけていく。
「どこへいくつもりでありますかね……?」
 あの後、オレイに乗り込んで離れて待ち構えていた洋がニヤリと笑う。
 多少の荒事は仕込んだ方が楽しいだろう? とのことで、派手にいくことにした。奇襲変わりの超長距離対物ライフル狙撃を実施してみせる。
「風速確認よし。流れから見て弾道計算よし。みとたち、気をつけろよ」
 その合図で、後を追っていたみとたちはタクシーを取り囲むように接近する。
「な、何事だ……!?」
 と後部座席の大石。
「まあ、タクシーのあんちゃんには悪いでありますが……、それそれ! 大石! 死ぬなよ!」
 洋は引き金を引いた。ライフルの狙いは車のタイヤとエンジンを集中して脅してやる。弾丸の何発かが道路に命中し火花を散らした。
「鏖殺寺院側からの狙撃! 得物は対物ライフル! 防御を!」
 装甲を活かして大石の盾になるがごとく車体を躍らせる。
「おいおい!聞いてないぞ!どこの世界に対物ライフルでヘッドショット狙うヤツ居るんだよ!こんなのじゃあ、意味ないじゃん!」
 と、これは洋孝。フューチャー・アーティファクトで弾幕を貼り、狙撃を止めようとする。
「対物狙撃砲です。射手の腕が悪くありません。また、弾が強力すぎます。楯を撃ち抜かれました。なんとかなりますが、状況は不利です。以上」
 エリスは弾丸の一発を盾で受け止めた。……あとでヒールしてもらおう……。
 ややあって……ドオン! と大石の乗っていたタクシーは破壊され、スピンして壁に衝突した。
「……」
 運転手も大石も、恐怖のあまりに虚脱状態になり声も出ないようだった。
 まもなくみとたちもやってくる。
「だ、だいじょうぶでしたか、社長!」
 みとは大破したタクシーから大石を助け出す。もちろん好意からではない。情報を得るためだ。
「社長、何か、鏖殺寺院側の何かヤバい秘密の情報でも握っているんでしょうか? そうじゃなければ都市部で堂々と対物ライフルなんて物騒なものを使いませんし。例えば新兵器とかの……」
 ヒプノシスを併用しつつみとは聞く。精神操作の間に、洋孝も。
「なあ、社長さん。どう考えてもこれって口封じだぜ。警備保障会社としては守るけどよ。あんたの秘密、知る権利ぐらいはあるだろ?例え、それが鏖殺寺院側のヤバい情報だとしても警備保障会社には守秘義務があるし、頼むよ」
「兵器のことは詳しくないので知らんが……」
 しばしの沈黙の後、大石は口を開いた。
「山場建設は……鏖殺寺院の施設の建設を請け負うことになっている。私と……、議員先生の手引きでな。もう土地も確保してある。そのためかもしれん。場所が知られることは、彼らにとっては死活問題だろうからな」
「……」
 みとは驚いたが口を挟まなかった。そのまま大石が喋るのに任せる。
「それらは表向きは普通の建設物だ。次の建物は、横浜の新しい埋立地に建設するタワーマンション。今ちょうど……設計部が設計を終えているころだろう」
「やばいでありますね、パトカーのサイレンが」
 大石は喋っているが、追いついてきた洋が辺りの様子を察知して撤退の準備をする。というか、交通がめちゃくちゃになっている。巻き込まれて、何台かが衝突し、他の車も立ち往生している。大事故だ、やりすぎてしまったか……。
「運転手さん、車壊してすまないでありますよ、これで新しいの買ってください」
 洋は小切手をタクシーの運転手の胸ポケットにねじ込んでから、みとたちをつれてさっさと立ち去……りかけて。一つ引っかかって振り返る。
「次の……建物? じゃあ、今建設している鏖殺寺院の建物があるでありますか?」
「決まってるだろう」
 大石は言った。
「あの、スタジアムだよ」