天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

最後の願い 後編

リアクション公開中!

最後の願い 後編

リアクション

 
 
「君に“博士”の呼称をつけてあげるよ」
「は?」
「昨日読んだ本で、常に研鑽を続ける人のことを言うらしい」
「……また胡散臭いものを……。というか、それは嫌味のつもりかな」

 呆れて言うと、病床の友人はくすくすと肩を揺らす。

「君、前に言ってただろう。
 何故自分が生きているのか解らない、って」

 シャンバラは滅んだ。
 大地は裂けて王都は跡形もなく崩壊し、
 偉大なる女王も、女王を護る屈強な騎士達も全て死んでしまったのに、
 非力な一シャンバラ人に過ぎない自分だけが何故、
 理を無視し、時が止まったかのように、今も成長もせずに生き続けているのか。

「考えたんだ。
 君は、再びシャンバラが復活する日を見届ける為に、生きているんじゃないかな。
 シャンバラの滅亡を、最も近いところで見届けた君だから、きっと。
 僕達は、この荒廃した世界で、ささやかに生きていくしかないけれど、君なら……」



 ――そう言った友の、顔も名前も、もう憶えてはいない。


 ふと思い出して墓参りへ行ってみれば、墓はおろか、当時の小さな村は痕跡すら残っていなかった。
 それほどに、昔のことだったのかと思い知る。


 長い年月の中で、失い、捨ててきた記憶は多く、
 彼の顔も名前も憶えてはいないのに、
 けれどその言葉だけが、今も自分を生かし続ける力のように、
 心の中に刻まれている



第6章 譲れない想いを、それでも

「ニキータ・エリザロフ士官候補生、到着しました」
 出迎えた叶 白竜(よう・ぱいろん)に敬礼する。
 ツァンダ地方の遺跡の調査から、ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)は、ヨシュアを護衛する白竜と合流する為に、空京郊外、ラウル・オリヴィエ自宅へ赴いた。
「こちらが、発見した本です」
 遺跡での調査結果を報告する。
「これ自体は、当時珍しいものではなかったと思われます。
 署名は、単に持ち主の名前を書いておいたものと推測します。随分悪筆ですが」
「つまり、あの遺跡は、昔の彼の住居だったということですか」
「恐らく」
 もう一度敬礼し、報告を済ませたニキータは、護衛対象のヨシュアと対面し、
「あーら、貴方がヨシュア・マーブルリング?」
 と、途端にコロリと態度を変えた。
「は、はい、初めまして……」
「可愛いじゃな〜い。……好みのタイプよ」
 くいっ、とガタイのいい男に指で顎を持ち上げられ、ヨシュアは青ざめる。
「あ、あの……」
「おっさん、ヨシュアが怯えてるからその辺でやめといたら」
「おっさんて誰のことよ」
「おばさん、ヨシュアが怯えてるからその辺でやめといたら」
「おばさんて誰のことよっ」
 周辺を見回っていた白竜のパートナー、強化人間の世 羅儀(せい・らぎ)が、いつの間にか戻ってきて、そう口を挟んだ。
「あ、あの、僕は別にその、あなたの趣向を否定しているわけではなくて……でもあの、すみません、慣れていないもので……」
 ヨシュアが慌てて言い訳する。
「あら、そうなの。
 じゃあこの機会にあたしが免疫つけてあげるわよ?」
「ヨシュアさん」
 白竜が口を開く。
「パートナー達に、飛空艇内部も見せて構いませんか?」
「は、はい。どうぞ。
 専門的なことは解らないので、自由に見て貰うことになりますけど……」
「それでいい。案内はして貰えるか?」
 羅儀が言うと、それくらいでしたらできます、と、ヨシュアは頷いた。

「それにしても、落ち着いてるな、ヨシュアは」
 歩きながら、羅儀は感心したようにヨシュアに言った。
 大物なのか性格なのか、それとも経験なのか。
「かつてはもっとすごい修羅場をくぐり抜けて来たりするのかい? 博士と二人で……」
「僕は、冒険らしい冒険をしたことはないです」
 ヨシュアは苦笑した。
「契約者に憧れて、パートナー探しの旅に出たりしたこともありますが……」
 ふ、と肩を竦める。
「……何だか、向いていないような気がしています」
「博士は何故、飛空艇をこの状態のまま、維持してきたのでしょう」
 動力部に案内されながら、白竜が言った。
「何かに利用できると考えたのでしょうか?
 博士になら、修繕できたのではないかとも思いますが」
 勿論、彼がただズボラだった、という可能性もあるわけだが。
「直せたかもしれませんが……」
 ヨシュアは苦笑している。どことなく寂しそうだった。
「あの人は、とりあえず住めれば何でもよかったんだと思います。
 もう長く居るつもりはなかったんでしょう。だから、此処に新しく家を建てるつもりがなかった……」
「長く居るつもりがなかった?」
「もう、戻って来るつもりがないんでしょうね」
 白竜はヨシュアを見つめた。
 彼は、知っていて、言っていないことがある。
「……研究室の方も、見せて貰っていいですか」
「はい」
 オリヴィエの身の潔白を証明するものが何か欲しい、と思った。
 彼の本当の意図を解明させる、何か。
「博士に、戻って来て欲しいものですね」
 案内するヨシュアが、その言葉に振り返る。
「はい」
 ふと微笑み、その笑みも哀しそうだと、白竜は思った。



 オリヴィエ博士が負傷して行方不明、という情報がヨシュア達の所に入ってきたのと、その襲撃は、殆ど同時に近かった。
「博士が……」
 ヨシュアは狼狽したが、教導団の三人は、流石にうろたえたりはしない。
(侵入者を確認)
 羅儀のテレパシーが白竜に届いた。
(場所は?)
(現在地下2階。応戦を開始する)
「すぐに向かう。
 ニキータはヨシュアの脱出方法を確保の後、続け」
「了解」
 不安げなヨシュアに、ニキータはにこりと笑い掛ける。
「心配しなくても、しっかり護ったげるわよ」
「よ、よろしくお願いします……」


「ふうん、此処がラウル・オリヴィエとやらの工房……」
 鏖殺寺院からの刺客、エナリアは、ゴーレムの調査の為に目をつけた地下を探っていた。
 地下三階の工房をざっと見て、二階に戻る。
 特に目を引くようなところはない、普通の工房だった。
 価値のありそうなものといえば、無造作にゴロゴロ転がっている大小の機晶石だが、そんなものには興味を示さない。
 むしろ、何も無い倉庫である二階の方に関心を引かれた。
 機晶石による光源で、広々とした倉庫は常に明るい。
「何か、秘密っぽいものはないのかしら? ……あら」
 エナリアは振り返る。
「そこまでだ、不法侵入者――っと!」
 投げ放たれた目の前の短剣を、羅儀は叩き落した。
 しかし立て続けてエナリア自身が飛び込んで来る。
 叩き落したはずの短剣がその手にあった。羅儀は跳び退く。
「いい反応じゃないっ!」
「問答無用かっ」
 敵味方の判断をするまでもない攻撃だ。
「こんなの任務外なんだけど! 邪魔しないでくれない!?」
「生憎こっちは任務内だ。邪魔しないで貰おうか!」
 躱されると同時、再び短剣を投げ付けながらエナリアも跳び退き、距離を置いた。
 ふと、その姿を見失って羅儀は気配を探る。
 死角からのエナリアの攻撃を、躱しきれずに受け、羅儀の反撃は避けられた。
 大したダメージではない。掠り傷だ。
 エナリアは腰の銃を抜きながら再び距離を置き、そして、はっ、と足元を見た。
「余所見か!?」
 羅儀はサイコネットを使って、網状の力場を作り出した。
「きゃっ!? あいたたっ!!」
 力場に縛られ、エナリアの動きが止まる。
 そしてはっと、現れた白竜に気付いた。彼は既に銃を構えている。
「ちょっ……!」
 イコンを撃墜することもできるほどの威力を持つ銃。
 白竜は躊躇わず、狙いも外さなかった。
「ウーリア様っ……!」
 連射される銃撃に、燃え上がるエナリアは、か細く悲鳴をあげ、倒れる。
 歩み寄った白竜は、エナリアにまだ息があるのを見て訊ねた。
「こちらの質問に答える気があるのなら、とどめはささないが?」
 ふっ、と、虫の息で、エナリアは嘲笑う。
 答えを知って、白竜は懐銃を抜いた。


「この辺の足元を気にしていた……」
 羅儀は、戦闘中のエナリアの様子を思い出して、倉庫の床を探った。
「何か解るか?」
 白竜に問われ、ニキータが周囲を調べる。
 こつこつと床を叩いて、首を傾げた。
「特に変なところは無いけど……確かにひっかかるものがあるわね」
「あと、最初に見た時、あの辺りの壁を気にしてたっぽかった」
 エナリアと対峙した時に居た場所を示す。
 ニキータは、調べて唸った。
「何かありそう、なんだけど……」
 余程上手く隠している。
「サイコメトリしてみたら?」
 白竜は、その言葉に壁に手をあててみた。

 旅支度をしたオリヴィエとハルカが、階段を降りてくるのが視える。
 彼は別の壁に向かい、また別の壁に向かってからこの壁に向かって、最後に残された壁に向かう。
 床の隅が開き、下への階段が現れて、降りて行った。
「順番があるようです。
 ニキータ候補生、まずは北側の壁へ」
 指定された場所を丹念に探り、ようやく見付けたスイッチを順番に押す。
 すると、最初に調べた床が開き、階段が現れた。
 階段は長く、三階には降りずに、更に深い場所まで降りて行く。
 やがて到達したところは、天井が高く、光源が少なく薄暗い。
 だが、そこにあるものは確認できた。
「これは……」
 三人は驚く。
「他にもあったの?」
 ニキータが呟いた。
 そこには、巨大な騎士甲冑がずらりと並んでいる。
 例の、搭乗型の巨大ゴーレムだった。