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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)
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リアクション


●遺跡〜地上

 白いコートをなびかせ、深い緑の木々の間を直進する蒼空学園の男子生徒が1人。
「見つけたぞ」
 光る箒の上からクィンシィ・パッセ(くぃんしぃ・ぱっせ)はつぶやいた。どのような力を持つともしれない敵との警戒心から押し殺されてはいたが、かすかに勝ち誇った響きが感じられる。他の者を出し抜いて先手を取ったこと、そして標的である彼――松原タケシがまだ自分たちに気付いていない様子であること。それは、彼女を小気味よい気分にさせていた。
 己に都合よく事を運ぶには、まず先手を取らねばならない。そしてその優位性を保ち続けること。それさえできれば、うわさに聞いた例の石とやらを手中に収めることができるかもしれない…。
 数カ月前、蒼空学園を襲撃した謎の少年・ドゥルジの話はクィンシィも耳にしていた。彼の肉体を構成する不思議な石は、それに触れた者を誘惑し、あるいは悪夢を見せ、心を操ることができるらしい。
 それを聞いたときは内心歯噛みしたものだ。どうしてその場に居合わせなかったのか、と。もしいたならば、必ずやその石を手に入れていたであろうに。
 だが今、その少年と同じ姿をした者が再び現れた。これを逃す手はない。
「よいか、おまえら。今回入手を図る『石』とやらは謎が多いが、人を操る能力があることは確かなようじゃ。それらしい物を見ても、決して直接触れることだけはするなよ?」
 見下ろしたクィンシィに、名喪無鬼 霊(なもなき・れい)無名祭祀書 『黒の書』(むめいさいししょ・くろのしょ)ジズプラミャ・ザプリェト(じずぷらみゃ・ざぷりぇと)がうなずいた。
 そのなかの1人、霊のところでクィンシィの視線が長く止まる。どうも顔色が冴えないように見えた。となりの黒の書も本調子ではないようだ。
 いやな予感がしないでもなかった。だが石が手に入るかもしれないという欲目がクィンシィの判断をくらませた。
 ちゃんとああして立って、動けている。彼らとて自己判断はできる。もし支障が出そうであればそう言うはず。問題などあるはずがない。
「抜かるでないぞ」



 突然、何かが疾走してくる重い音がした。ぶるるといななきながら、全力でタケシ目がけて突っ込んでくる。
 四つ足の生き物。馬だ。
 タケシの右手が上がり、開いた手のひらで白い光が生まれた。エネルギー弾だ。そこに集束した力は小さいが馬の頭部を射抜く力は十分にある。発射される寸前、横合いから炎が彼を襲った。
 赤い火がタケシを飲み込むかに思えた瞬間、銀髪の少年が火とタケシの間に割り入る。火は彼の肌に触れることもできず、不自然な角度で折れ曲がった。まるでそこにある見えない壁のようなものにさえぎられてしまったかのように。
「現れたな。――張!」
 クィンシィの言葉に従って、張こと霊がランスを手に銀髪の少年へと突進をかける。チェインスマイトで強引にタケシと少年の間に距離を開けさせた。跳んで避けたところへすかさずランスを突き込み、ヒロイックアサルトを発動させ、息つく暇も与えない猛攻をかける。
 しかしあきらかにその動きは冴えを失っていた。少年の攻撃についていけず、防戦気味になっている。
 そうと気づいたジズプラミャがすかさずサポートに入る。霊を貫こうと少年が発したエネルギー弾を、ディフェンスシフトでどうにか耐えた。
「……霊、大丈夫…?」
 衝撃によろめいた彼女を、しかし霊はぎろりとにらむ。まるで、よけいなことをするなと言わんばかりに。
(ど、どうして?)
 にらまれたことにとまどいつつも、ジズプラミャは防御を続けた。余計な世話なのかもしれないが、そうしなければ霊が危ない。
 もう一体、先の少年を援護するように少年と双子のようにそっくりな少年が背後から現れて2人をはさみ、同時攻撃をしかけてくる。それを、ジズプラミャはチェインスマイトとディフェンスシフトで懸命に防いだ。
 一方で霊もまた、とまどっていた。
(……ナンダ、コレハ…。意識が、ハッキリしない。朦朧……収まラない)
 攻撃を繰り出すうち、視界がかすんでときどき面前の敵の輪郭がぼやけてくる。それは、どんどんひどくなってくるような気がした。
(だガ、戦闘ニは関係ナイ)
 目が見えなくなったわけではない。手も足も動く。まだまだ戦える。
 霊の突き込むランスと少年のバリアが激突し、激しい火花が散った。
「クィンシィ様! 新手です!」
 クィンシィに近付けまいと、馬を排除したのち向かってきた少年の攻撃を退けていた黒の書が、木の上にいるもう1人の少年の姿を見つけて叫んだ。
 今は木の下にいるタケシの守護に徹しているようだが、いつ攻撃に出てくるかも分からない。
「守護者が何人いるか不明です。一度退いた方が良いかも――」
「かまうな! おまえも妾に続け!」
 クィンシィはもとより短時間で一気に攻勢をかける気でいた。黒の書の放った火術に合わせて氷術を放ち、混合魔法で少年をバリアごと背後へ押しやって、生まれた隙に禁じられた言葉の詠唱を口早に口ずさむ。すぐさま黒の書も続いた。人の耳には言語化不能なその言葉をあえて訳すとすればこうか。
「異形なる神々よ、我が命に応えその片鱗を分け与えよ」
 威力を増した火術と氷術が体勢の崩れた少年へと向かう。しかしその魔法は別の少年の張ったバリアによってあっけなく相殺されてしまった。
 もちろんそれは木の上にいた少年でも、霊やジズプラミャが相手どっている少年たちでもない。また別の新手だ。
「――くっ…!」
 クィンシィはタケシを振り返った。真っ向からにらみ据える。
「一体きさまらの目的は何じゃ! あの遺跡で何をしている!?」
「なぜそれを会ったばかりのおまえたちに話さなくてはいけない? 訊くのはそちらの勝手だが答える義理はないな」
 どうやら戦いはピークを過ぎたようだ。ほかの2人の直線的な攻撃もドルグワント2体がほぼ押さえ込んでいるのを見て、タケシは木を押して背を離す。
「そこをどいてくれるか?」
 タケシは返答を待った。しかしクィンシィは歯噛みして彼をにらんでいるだけだ。
「そうか」
 おもむろに手が持ち上がる。
「だ、だめ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
 弱々しい制止の声がどこからともなく聞こえるなか、エネルギー弾は発射された。
 歴戦の防御術を発動させるクィンシィの前、彼女を守るように左右から影が飛び込んでくる。エネルギー弾を受けたのは、マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)桐条 隆元(きりじょう・たかもと)だった。
 手のなか、盾としたフルムーンシールドが砕け散る。勢いに押されてずずずと後ろへ擦ったものの、なんとか受け止めることができた。
「だ、だめです、タケシさん…っ」
 現れた2人と違い、その声は頭上から降ってきていた。振り仰いだ先に、声の主らしき女性が空飛ぶ箒スパロウに乗って浮かんでいる。
 タケシの無感動なグレイの目が自分を映した瞬間、リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)の緊張は頂点に達した。かあぁっとほおが上気して、心臓が今にも飛び出しそうなほどバクバクいっている。言葉を発するどころか息も満足に吸えないような状態だったが、リースは懸命に勇気を振り絞った。
「タ、タケシさんが何をしようとしてるのかは分からないですけど、い、いきなり暴力で解決なんて、い、いい、いけないと、思います!」
「そうよ!」
 蚊の鳴くような弱々しい訴えを補うように、マーガレットがめいっぱい声を張り上げる。彼女に勇気づけられる思いでリースは深呼吸すると、今度は先よりもう少ししゃんとした声で訴えた。
「どうしてこんな……皆さんに怪我させるような事、するんですか?」
「攻撃してくるからだ」
「じ、じゃあ……「通してください」ってお願いしたら、と、通してくれるんですか?」
「もちろん。通るのはきみたちの自由だ。わたしの行く手をふさがなければ、こちらもきみたちの邪魔はしない」
「「ただし」がつくのじゃろう?」
 クィンシィが苦々しい声でつぶやく。横目でタケシが冷笑した。
 外見的にはここにいるだれよりも幼いが、中身が砂糖菓子でできているとしか思えないあの少女よりもこちらの方がずっと現状を把握している。
「当然だ。きみたちは自分の領域に入ってきた侵入者を排除しないのか?
 警告してあげよう。ダフマ――きみたちの言う『遺跡』には防衛システムがある。ドルグワントも残してきた。近付く者は攻撃される」
「そ、そんな…っ」
 そのとき、タケシの言葉を裏付けるように遺跡の方角で砲撃音が続けざまに起きた。弾幕らしきものが西の空を白くけぶらせている。
「あれは…」
「対空防衛システムを作動させた。近付きすぎだ」
 淡々と語るタケシに、マーガレットがキッと向き直った。
「今すぐやめさせて!!」
「こちらの領空から出て行けば深追いはしない」
「彼らはただ調査隊を迎えに行ってるだけなんだ! 彼らを連れ帰りたいだけで、他意はない!!」
「それはそちらの言い分。それを信じるに足る証拠も信頼もわたしたちにはない。事実、先にわたしは攻撃を受けたばかりだ」
「でも……たくさんの人が死んじゃうかもしれないんだよ!?」
 答えたのはまたもクィンシィだった。
「無駄じゃ。こやつに泣き落としなど効かぬ。人命を尊ぶやつであれば、あのような目をしたりはせぬわ」
 先までと違って赤い人工の光を発している両眼を見れば、それが作り物であることはだれの目にもあきらかだった。
 クィンシィは会話の間中、注意深く彼を見ていた。爆発が起こるとほぼ同時にあの目が赤い光を発し、ヘッドセットが反応した。おそらくあの義眼からなんらかの指示を出して操っているのだ。言ったではないか「作動させた」と。
 きっとあれが例の石とやらに違いない。
(ますます欲しいぞ、あの目!)
 クィンシィの手が動き、唇が小さく詠唱を始める。
「あ、ばかっ」
 彼らの背後について警戒していたナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)が真っ先に気付いて止めようとする。彼の伸ばした手の先で、氷術が放たれた。
「素直に渡してくれればいいのよ……大丈夫、殺さないわ。死にたくなるだけ」
 荒れ狂う氷雪にまぎれて距離を詰めた黒の書が背後からささやく。バリアは前面にだけ展開している。火術で焼こうというのか、炎をまとった手で掴もうとした彼女の腕は、しかしすぐさま横手から伸びた手に握りとめられた。爬虫類ほどにも無感動な少年の赤い目と、驚きに瞠った黒の書の目が刹那的に交錯する。
 次の瞬間、彼女の腕は容赦なくねじり上げられた。そのまま引き千切ろうとするかのように。
「ああっ…!」
「黒!」
「『死にたくなる』?」
 目を瞠るクィンシィの前、まるで面白い冗談でも聞いたように、タケシはクッとのどを詰まらせる。
「ああなるほど、人間は『痛がり』だからな。人間の思いつきそうなことだ。わたしにそんな感覚はないが……今は、この体を壊されてはプロジェクトに支障が出る」
 風もないのにざわりと周囲の緑がさざめいた気がした。
「まずいな」
 油断なく自分たちを囲む緑の影に視線を走らせていた隆元がつぶやく。
 この場には自分を入れてコントラクターが8人。普段の自分であればあるいはとも思えたが、今は分が悪かった。ここに来る以前から、今日はなぜか鉛をくくりつけてでもいるように体が重い。
 それに、どうやら不調が出ているのは彼だけではないようだった。隠しているが、張と呼ばれていた男も先からしきりとまばたきをしている。
「たかもっちゃん、大丈夫か?」
 彼の体調が崩れていることを敏感に察していたナディムが、敵の耳を気にしてこそっとささやいた。
 大丈夫でなくともやらねばならないだろう。敵はこちらの体調など考慮してくれない。
「……抜けるぞ」
 マーガレットとナディムが彼のささやきの意味を理解したのを確認して、隆元は口元に指をあて、指笛を吹いた。ピィッという鳥の鳴き声のような短い音色を聞き分けて、弓矢のように一直線に飛来した何かが黒の書の腕を握っていた少年の腕を襲う。それは、隆元の鷹の小糸だった。このような場合を想定し、死角となる位置へ前もって配していたのだ。
 少年の手がはずれる。
「今ぞ、小娘ども!」
 隆元の合図に、一斉にナディムとマーガレットが仕掛けた。周囲を囲む銀髪の少年たちにサイドワインダーで次々と矢を射かけ、風術で枝を揺らし足元をおぼつかなくさせる。
「来い!」
 隆元はクィンシィの腕を引っ張った。
「し、しかし――」
「これ以上ここにいても益はない! おぬしの相方どももうち2人は負傷しておるではないか!」
 体勢を立て直すのが先決。
 歯噛みしつつもクィンシィの決断は早かった。再び戦闘のかまえをとった霊やジズプラミャに合図を出す。
「撤退じゃ!」
 肩を押さえて膝をついた黒の書にはマーガレットが手を貸した。
「小娘、行くぞ!」
「えっ? えっ? あ、あのぅ――」
 1人、展開の早さについて行けないリースは箒の上で目をぱちぱちさせる。
「いいから来い!」
「でも……ま、まだ説得が…」
 リースはちらとタケシを見た。そしてけん制をかけつつ離脱していくパートナーたちを見て、このままでは自分1人が取り残されると気付いてあわてて箒の向きを変える。
 未練を断ち切れず、何度も振り返るリースの視界でのタケシは、先に口にしたとおり逃げる彼らに追撃をかけようとはしなかった。
(タケシさん……あなたは本当にタケシさんなんですか?)
 再び前進を始めたタケシに、リースは心のなかで呼びかけた。