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あの頃の君の物語

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あの頃の君の物語
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語れない過去〜月音 詩歌〜

「お腹が目立ってきたわね」
「そろそろエコーでも見えるでしょ。男の子? 女の子?」
 友達の言葉に月音 詩歌(つきね・しいか)の母は幸せそうに笑った。
「どっちかはね、聞いてないの」
「え、聞かないの?」
「ええ、生まれてからのお楽しみって思って」
 そのお楽しみが、その数ヶ月後にどうなるか、詩歌はまだ知らない。


「検査ですか?」
 産後、母の体調が安定した頃、産科の長である医師が病室に来て、詩歌の母に詩歌を検査すると言いだした。
「あの、何か問題が……?」
「いえ、聴覚検査なども特に問題はありませんでした。一般的な出生後診断の話ではありません」
 出産後、一度、詩歌を抱き、保育器に入る詩歌と一時的に分かれた母だったが、一目見た感じでは、何か問題があるようには見えなかった。
 不思議がる母に、医師は言いづらそうに言った。
「その……出産状況に問題があったわけではないのです。ただ、気になることがありまして……ご許可を頂けますか?」
「あ、はい……」
 なんとなく納得いかない気がしたが、産後の疲れと、これまで妊婦検診を受けていた医師への信頼もあり、検査を承諾した。


 検査されることになった詩歌だが、検査の前に不思議なことが起きた。
「あれ、エコーが動きませんよ」
 新生児科の医師が困ったような顔をする。
 検査技師を呼ぶが、なぜ壊れたのかまったく分からない。
「まずいな、新生児にCTとかは使えないし……」
「うっ……」
「どうした?」
「いえ、急に頭痛が……」
 医師の1人が急に頭を抱える。
 仕方なく、その日は検査を打ち切った。
 後日改めて検査となったのだが。
「どうした、またおかしいぞ、これ」
「ああ、もう直したばっかりなのに……」
「やめてくださいよ〜、機材だって無料じゃないし、先生だって倒れられても代わりいないんですらね」
 病院の資金不足、医師不足を嘆く声に負け、詩歌の検査は打ち切られた。
「こちらでは検査は出来ませんでした」
 医師たちや詩歌の父母に正直に事情を話し、他の検査機関を紹介した。
「こちらの検査機関は、特殊なお子さんを扱うのに慣れてますのできっと……」
 紹介状を渡され、詩歌の両親は、退院後、そちらを訪ねてみた。
 しかし、そこに行っても、あらゆる機器が壊れてしまい、次に詩歌の両親は研究機関を紹介された。
「……研究機関ですか」
 その名称に抵抗を感じた詩歌の両親だったが、詩歌のためと諭されて、その研究施設に詩歌を預けることになった。
「お母さん……」
「また、一緒に暮らせるようになるからね。そのために治療がんばってね」
 母の励ましの言葉に、詩歌は自分は何かの病気なんだろうと思った。
 そして、それが治れば、また家にいられるのだと思い、寂しい気持ちをガマンして、研究施設で暮らした。


 詩歌が10歳になった時。
 それまでの診断データの裏付けを取るため、研究員は詩歌を『精密検査』することにした。
「大丈夫か、それ」
「仕方ないだろう……これくらいの量の麻酔を使わないと、また何を壊されるか分かったもんじゃない」
 注射器にたっぷり用意されたそれを、研究員は苦笑しながら見つめる。
「でも、まさかOKが降りるとはな。あの詩歌って子、親がいるんだろ?」
「それがいなくなったそうだ」
「いなくなった? 逃げたのか? 結構、かわいがってそうに見えたんだけどなあ」
「いや、違うよ」
 事情を知る研究員の子が低くなった。
「パラミタで殺されたらしい」
「殺された? 事件か?」
「いや、ほら、日本から新幹線が通じてるパラミタの空京って所あるだろう? あそこになんとか寺院とかいうテロ組織が招き入れた魔物が現れて、やられちまったんだとさ」
「え、本当かよ、そんなことテレビじゃ……」
「前に空京で事故が起きて……ってニュースしていただろ。あれは本当の事を揉み消して、事故って事にしたらしいぜ」
 …………。
 その話を、詩歌は聞いていた。
 たまたまその日廊下で、たまたま寝付きが悪くて変なところに入ってしまい、たまたま聞いてしまったその話。
 それはあまりに重大で。
 心の中で否定しようとするが、数日前にテレビで観たことを思い出す。
 空京で事故が起き、日本からの観光客数名が巻き込まれ…………。
 詩歌の頭が混乱した。
 否定したい感情と、状況を正確に理解して両親が死んだという情報の正確さを認めようとする理性。
 それらがぶつかり合い……。
「な、なんだ」
「うわああああ!!」
 研究施設内の機械が飛んだ。
 機械だけでなく、人も飛んだ。
 照明が壊れて、施設内が暗くなり、コードの千切れた物もあり、火気に近い物は大爆発を起こした。
「おい、何か爆発したぞ!」
「火が出てる! 誰か消化器!!」
 研究員たちは慌てまくり、詩歌が廊下にいても、誰も咎めなかった。
 混乱しながら、詩歌は走った。
 どこかでまたバリバリという音がして、詩歌は走る速度を緩めて、横を向いた。
 すると、そこには珍しい乳白金色の狼がいた。
 小さな狼を背に乗せたその狼は、詩歌をくわえると、ポイと背中に乗せ、走り出した。
 何か分からないまま、詩歌は研究施設から抜け出したのだった。