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海の都で逢いましょう

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海の都で逢いましょう
海の都で逢いましょう 海の都で逢いましょう 海の都で逢いましょう

リアクション


●Alive and Amplified

 ベアトップフリルのビキニで、色は薄い緑と白の合間のようなパステルカラー。その淡い水着には本来パレオがセットとなるのだが、神代 明日香(かみしろ・あすか)は現在、パレオを巻いてはいなかった。
 かわりにエプロンを身につけていた。
 なぜって今日は料理に集中するのだ。このほうが動きやすい。
 エプロンは胸まで覆うタイプのエプロンであり、肩紐のない水着のため、正面から見ると……裸の上にエプロンだけ着けているようにも見えてしまうことだろう。
 しかしそんなこと躊躇せず、本日、明日香は給仕として本領を発揮していた。
 こういった場においては、明日香はエリザベート校長や精神的に幼いパートナーといることが多い。そうした場合どうしても、彼らの面倒を見ることが優先となり給仕としての能力を活かしきれない。断っておくがそれはそれで、明日香は楽しんで面倒を見ている。それでいい、と思っている。
 しかし今日はたまたま一人だ。
 なれば普段、ヴェールに隠してきた真の能力を、存分に発揮してもよいのではないか。
 ゆっくりとバーベキューを焼き始めたのは、シーサーペント退治や漁に赴いた仲間が海産物を持ち帰るまでの時間稼ぎ、ウナギ味というシーサーペントの肉、あるいは大量の海産物が届いてからは、それこそ超人的な働きを明日香は見せた。プロの料理人が数人がかりでやっとこなせるような運動量を、わずか一人でしかも涼しい顔をしてこなしていく。
 明日香が指先で小さな円を描くと、赤いとんがり帽子を被った妖精が立ち上がったかのように、バーベキューコンロから勢い良く火が飛び出した。円を描くスピードを上げ下げして火を安定させると、もう次の瞬間には海産物を素焼きする作業に入っている。
 これは火術の魔法だ。イルミンスール生らしく魔法で料理を行っているのだ。
 称賛の声が上がった。
「おや、魔法ですね。なんとも巧みですね……さすがイルミンスールの方」
 アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)が小さく拍手したので、明日香は照れくさげに頭を下げた。
 もちろんコンロには薪がくべられており、魔法を使わずともライター等を使って調理はできるかもしれない。けれど明日香が魔法を使うのは、少しはイルミンスールの生徒らしいところを見せるためであり、また、そのほうが手慣れているからだった。
「ひとつ頂いてよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
 アルテッツァは明日香より焼き串をひとつ受け取り、その焼き具合に感心した。よくできたものだ。サザエのつぼ焼きなのだが、素材の味を生かすためにかあまり味付けせずに素焼きにしてある。調味料が軽く添えられているものの、このまま食べても十分に楽しめそうな出来映えである。
「ありがとうございます。イルミンスールの神代くんとおっしゃいましたか」
「はい。エリザベートちゃん……いえ、エリザベート校長の御付きメイドをしています」
「魔法の腕前、料理の腕前、いずれも素晴らしいと思います。エリザベート校長はお幸せですね。うらやましいくらいです」
「ありがとうございます。でも、まだまだ修行中です」
「奥ゆかしい方ですね……そして、いわゆる『ドレスコード』にもご協力いただいており感謝に堪えません」
 というアルテッツァもハーフパンツタイプの紺水着を着用し、白のパーカーを上着にしているのだった。彼は天御柱学院の教諭、生徒会のクレイジーな提案を聞いたときは頭を抱えたが、それでも教員としてサポートすべく、率先してこの扮装で着ているのだった。実際、かなりの参加者が『ドレスコード』に従ってくれているので安堵してもいる。
 かく穏やかに話していたアルテッツァだが、ふと振り返った。
「誰よ! ドレスコード水着って言い出したバカはっ!」
 不快という言葉をグツグツ煮込んで出てきた煮汁を、ぐっと一気飲みした直後とでもいうかのような声で不満を言いながら、ヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)がこちらに向かってすたすたと歩いてくる。なお、このときのレクイエムの装いは、バミューダパンツ型深紅の水着に白のフリル付きシャツといういくらか浮世離れしたものであった。
 その隣に並んでいるのは六連 すばる(むづら・すばる)だ。こちらは天学水着に長めのパーカーという落ち着いた服装だ。
「現生徒会副会長、平等院鳳凰堂さんの提案です」
 荒れ気味のレクイエムとは対称的に、風のない日の大海原のようにすばるの声は落ち着いていた。
「ああそうだった……あの十円玉、何考えてるのかしらっ! おかげでやること増えちゃったじゃないのンモ〜ッ!」
 これを聞いて「十円玉?」と明日香が問うた。
「我が校の生徒会副会長のあだ名ですよ。二人いるうちの、今日この提案をしたほうの生徒です。さて、それでは失礼しますね」
 楽しんでいって下さい、と明日香に一礼して彼は二人を迎えた。
「少々お冠のようですね」
 教師らしく穏やかな笑みを今日のアルテッツァは浮かべている。コインに両面があるように、彼にも白と黒のモードがあり、本日は学校内であるゆえ完全『白』なのだ。
「オカンムリなんてもんじゃないわよ。ったく、あの十円銅貨、後のコトなんてさして考えずにこんな話出してくるもんだから、ご存じと思うけどアタシに服の手配のお鉢が回って来ちゃったのよねっ!」
 入口のところにある更衣室と、販売コーナーにとりそろえられた各種様々な水着はすべて、レクイエムが用意したものなのである。
「『アトリエ・オートマタ』に聞いて、使えそうな水着かき集めてきたわよ。あと、BBQ用の簡易エプロンの手配もね」
 前日までに準備しただけではレクイエムの仕事は終わらなかった。当日、講義室の前にて水着の選択に迷う者には、販売員よろしく見立ても行い、ルール違反気味な水着を着ている輩は強制着替のために追いかけもしてきた。
 したがってレクイエムは、来場者が落ち着くまでずっと入口付近で仕事をするはめになったのだった。空腹にも耐えて働き、新たに来訪する者もほぼなくなったので、自分のポジションを他の天学生に回し、ようやく合流できたというわけだ。
「ヴェル、落ち着いて下さい」
 彼の怒りを十分理解した上で受け止め、アルテッツァは穏やかに告げた。 
「ボクたちにできるのは生徒の自主性を重んじながら、ある程度の提案を実現させてあげることですよ。まったく、校長にかけ合うのも一苦労だったんですから……」
 副会長たちはこのドレスコードの提案が、すんなり通ったと思っているに違いない。わざわざ自分の功を言うつもりはないのでアルテッツァは黙っているのだが、当初「水着で参加することにどのような意味が?」とあからさまな難色を示したコリマ校長を、じっくり時間をかけて説得してこの案を通してもらったのは、教師たる彼なのだった。
「よろしいですか?」
 片手を挙げてすばるが発言を求めた。
「次に会計の話を申しましょう。……水着の販売及びレンタルの売り上げを回せば、交流会の予算はオーバーすることはなさそうです」
 頼もしき会計係として、すばるは入口そばの更衣室前にて店番をしていた。
「それは頼もしい」
 すばるが計算した報告書を読み、アルテッツァはうなずいた。予算に関しても彼は、コリマに「絶対赤字にはしない」と断言してきたのだ。
 しかしすばるは顔を曇らせた。
「ただもう一つ、予算上の懸念があります」
「懸念……どのような?」
「風紀委員の月谷さんがどれだけBBQを食べてしまうか……です」
 天御柱の食欲王こと月谷要の、恐ろしい食べっぷりを想像してアルテッツァはいくらか肝を寒くした。
「おっと、食材の方の懸念もありましたか……。その辺りはシシィにお願いしておいたはずですが……」
「シシィ? アンタのサポートしている娘?」
「実験指導助手、って立場ですよヴェル」
 レクイエムが眉間にシワを寄せ、これにアルテッツァが回答したところで、まるでそのタイミングを待っていたかのように、
「パパーイ、とりあえず食材第一段運んできたわ」
 太陽のように明るい声がした。
 のっしのし、そんな効果音が似合いそうな元気娘だ。黒のフリル付きビキニにカーディガン、そしてパレオを巻いている。
 見た感じは丸きり普通なのだが、腕力は随分あるらしい。彼女は、海でラルク・アントゥルースらが取った海産物の追加を、ぎっちり詰めたコンテナで運んで来たという。実際、コンテナはぎょっとしそうな大型で、これを頭上に担いで歩いてくるのだ。
「……って、重量が人一人分有るんだけど、下ろすの手伝ってくれない?」
 シシィ、ことセシリア・ノーバディ(せしりあ・のおばでぃ)は呼びかける。つまり、少なく見積もってもコンテナは、50〜60キロはあるということだ。
 するとレクイエムは即座に、
「アタシは力無いから、パスっ!」
 手をひらひらさせ、人工植林の椰子の木陰に逃げ込んだ。
「シシィ? マスター……っと、ゾディアック先生、新しいパートナーですか?」
 両者を見比べ不思議そうな顔をするすばるに、
「ああ、すばるは初めてでしたね、挨拶させましょう」
 と言いながら彼は彼女の手を取り、セシリアを手伝いに行くのだった。
 仕事が一段落して、すばるはセシリアをつくづくと眺めた。
 自分と同世代、年齢はやや上くらいだとすばるは見て取った。理知的な表情に綺麗なまなざし、栗色の髪には艶があり、東洋人……少なくともその血が入っていると思われる。
「レクイエム〜、あなた日かげにばかりいるともやしになるわよ!」
 とレクイエムに呼びかけ――そしてレクイエムから「イーっ」と歯を剥いてしかめっ面をされて笑って――そして彼女はすばるの方を向いた。
 すばるとセシリア、しばらく二人は無言で見つめ合った。
 先に口を開いたのはセシリアである。
「っと、貴方とは初対面よね。『初めまして』、セシリア・ノーバディって言うの、よろしくね」
 とくにセシリアの話し方が奇妙だったわけではない。
 しかし、『初めまして』、という言い方が、どうにもすばるには落ち着かないものに聞こえた。そのせいか、
「セシリア、あなたとは初めて会う気が、しないわ……」
 思っていたことがぽろりと出てしまった。はっとして口を閉ざすも、セシリアは「そうかしら?」と聞き流すことにしたようだ。改めて彼女は言った。
「やっぱりちゃんとした強化人間は違うわよね〜。わたしは、パラミタ化手術を受けたけれど、殆ど超能力が発言されなかったから早々に『廃棄』されちゃったのよ。よろしくね、『先輩』!」
 今度は『廃棄』と『先輩』だ。どちらもすばるの耳にはひどく奇妙なものに響いた。様子を窺うようにアルテッツァに視線を流すも、彼が違和感を抱いているようには見えない。とするとこれは自分だけなのか……気のせいなのか?
「そんな、先輩だなんて……あなたのほうが、年上でしょ?」
「違うよ〜。じゃあこれから仲良くしてね」
 特に気を悪くしたようでもなく一笑に付して、今度はくるりとアルテッツァを見たのである。
「そうそうパパーイ、わたしたちは店番なんでしょ? 合間にステージで演奏しない? 飛び入り参加自由だっていうし」
「……シシィ、学院内ではその呼び方はやめて下さい」
 困ったような、されど満更でもないような顔をしてアルテッツァはセシリアをたしなめている。彼は彼女に全面的に心を許しているかのように見えた。
 その一方で、すばるの落ち着かない感覚はさらに高まっていた。
 なぜ、セシリアは「あなたのほうが、年上でしょ?」という質問に対し「違う」と即答できたのか。
 事前にアルテッツァに聞いていたということもありえる。しかし、事前に聞いていたかどうかとはまるで無関係に、セシリアはその事実を『最初から知っていた』のではないかと、すばるには思えて仕方がなかった。
 なにより落ち着かないのは、『違う』というセシリアの回答が、ほぼ真実だとすばるは本能的に知っていたことだ……。
「そうですね、まあ仕事も一段落したようだし」
 とアルテッツァはシシィが、まるで本当の娘であるかのように優しく告げた。
「ならば生徒指導の合間に教員で演奏をしても構わなそうですね。シシィ、ヴェルディーの『乾杯の歌』でも演奏してみますか?」
「やるやるー! ヴァイオリン持ってくるね、パパ……いえ、先生」
 笑顔でセシリアは手を振り、彼の元より去った。
「その時にはヴェル、キミにも歌って参加してもらうことになりますよ」
 と、へばっているレクイエムにアルテッツァは呼びかけている。
「いーやー。こんな日に歌ったら、日焼けしちゃうわよっ!」
 とは言っているものの、その楽しそうな口調からして、結局レクイエムは参加するのだろうとすばるは思った。できれば応援してあげたいのだが……。どうもそれは無理なようだ。
「ごめんなさい、少し、疲れたみたいで……」
 地面が揺れているように思う。めまいを感じているのだ。額に手をやり、すばるはアルテッツァに一礼した。
「先に帰宅……します」
「大丈夫ですか? 付き添いましょうか?」
 黙ってすばるは首を横に振った。
 気の迷いだ。 きっと、明日になれば晴れるだろう――と、このときすばるは思っていた。