蒼空学園

リアクション

　アエーシュマとの戦いは熾烈を極めた。
　集中的に足を攻撃することでなんとか機動力は半分ほどに減らすことができたが、上半身の動きは健在だ。ゴッドスピードをもってしても、わずかに遅い。繰り出されるこぶしは鋼鉄の壁を打ち抜き、まともに受ければ両腕でガードしていても背後へ吹っ飛ばされた。蹴りにしても同じだ。防御が甘ければ龍鱗化した肌の下で骨にひびが入る。
（何本かイったか？）
　鴉は指で肋骨を探り、判断する。
　今、彼の前では真が歴戦の飛翔術を用いての揺さぶりをかけていた。
　壁を蹴り、天上を蹴って撃ち出されるエネルギー弾を避け、美しい螺鈿細工のカード型暗器霜橋を投げつける。今のところすべてバリアで弾かれてしまっているが、彼はあきらめずに隙と見れば投擲し、攻撃をしかけた。
　異様にギラギラした、赤い光を放つ両眼。アエーシュマは狂っており、見るからに力配分など一切考えずに動いていた。何もかも全力で攻撃し、防御している。打技も蹴技もあったものではない。ひたすら目前の敵を攻撃することに終始している。
　こんなでたらめな動きが続くはずがなかった。機械であれば内部がイカれ、人間ならばスタミナ切れで動けなくなる。そしてドルグワントなら……エネルギーを使い果たし、崩壊する。
（本当はその前に捕縛できればいいんだけど…）
　残念ながら、その余裕はだれにもなさそうだ。すでに全員がなんらかの傷を負い、消耗している。荒い息を吐きだし、鉛のように感じられる手足で、それでも武器をかまえていた。
　そしてそれは真も同じだった。
「！」
　着地したとき、わずかに足が床ですべって跳ぶのが遅れた。
　――ガアアッ！
　掴みかかってくるアエーシュマをダブルデリンジャーで撃つが、てのひらに当たってもアエーシュマはひるむ様子も見せない。
「真！」
　カガチが血相を変える。
「くっ…！」
　真は後ろへ逃げず、反対にアエーシュマの足元へ飛び込み前転をかけた。股の間をくぐって背後に抜けたところで霜橋を投擲する。
　――ガアッ！
　肩甲骨の辺りに刺さったカードに、アエーシュマはのけぞった。
「うおおおおおっ！」
　それを隙と見た鴉が突進をかけるが、振り回された腕が当たり、壁まで飛ばされる。
「……皆、ミスが目立ち始めたな…」
　ぽつっと甚五郎がつぶやいた。それを耳にして。
「甚五郎、当機ブリジットの自爆を承認しますか？」
　ブリジットは訊いた。だが甚五郎からの返答はない。
　戦闘中、何度か折に触れては承認を求めてきた。しかしそのたび承認は得られないか無視だった。
「…………」
　灼骨のカーマインをしまう。そしてコアを背後の勇に預けると、おもむろにアエーシュマの背中へ向けて突貫した。
「ブリジット！？」
　驚く甚五郎の前、存在に気付いたアエーシュマがバリアを張り巡らせる。アエーシュマには近づけない。これであきらめるだろうと思われたのだが。
　ブリジットはそのバリアにしがみつくように両手ではりつき――自爆した。
　耳をつんざく爆音が轟いて、通路中が一瞬で黒煙に満たされる。爆風とともにブリジットの破片が飛び散った。
「なにっ！？」
「うわっ！」
　驚き、全員身をかばって退く。甚五郎以外は。
「ブリジットーッ！！」
　立ち尽くす甚五郎の足元に、ガランガランとブリジットの頭部が転がった。
「ブリジット…。
　――く……くぅ…っ！　わしの、わしの気合いが足りないばかりにッ！！」
　歯噛みし、こぶしを固める。
　黒煙のなか、ゆらりと立ち上がる影があった。
　アエーシュマだ。ブリジットの自爆を近距離で受けたにもかかわらず、健在だ。四肢どころか指１本欠けていない。
　しかしあきらかに様子がおかしかった。赤い目の光は不規則な波となり、明滅している。足元もおぼついていないようだ。
「……ホリイ、行くぞ！」
「はいっ！」
　甚五郎はアエーシュマに真正面から突撃をかけた。そのまま殴りかかるかに見えた、直前でホリイが魔鎧化を解除する。
　猫だましのようなものか。
「とうっ！」
　そのまま馬跳びでアエーシュマを跳び越え、背後に下り立ったホリイは甚五郎とともにがっきとアエーシュマに組みつく。
　なぜかバリアは展開されなかった。もしかすると、ブリジットの自爆がその機能に影響を及ぼしたのかもしれない。
　しかし、いつ復活するともしれない。
「いまだ！　やれっ！！」
　彼らは迷わなかった。
　このチャンスを逃せばもう二度とないかもしれないと、全員が悟っていた。
「いくぜ、アエーシュマぁあっ！！」
「これで終わり！！」
「やすらかに眠れや！」
「…………」
　４人の武器が一斉に四方から突き込まれる。

　――グオオオオオオオオオオオーーーーーーーッッ！！

　アエーシュマは猛り狂った猛獣のような咆哮を上げ、腕を振り回し――――…………
　沈黙した。



「……死んだのかな？　兄さん」
　床にひざをついたと思ったらみるみるうちに石となり、崩れた元アエーシュマを見下ろして、真が言う。
「さあな」
　崩壊なのか崩壊死なのかは見た目では区別がつかない。
　勇が傍らにひざをつき、石の１つを持ち上げたが、すぐに首を振った。
「そうか」
　そして言葉は途切れる。
　しん、と静まったなか、こほっとカガチが空咳をした。
「さ、俺らもあっちへ入ろうや」