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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)
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●北カナン〜光の神殿

 北カナン首都キシュは、いまだかつて経験したことのない危機にさらされていた。
 天空にぽっかりと空いたような黒い穴。そこから不定期にそそがれる巨大なレーザー光は、一瞬で国境の監視塔や外壁を蒸発させたレーザー光と比較すると、数発でキシュを壊滅状態へ陥らせることができるという。
 それを防ぐため、カナンの国家神イナンナ・ワルプルギス(いなんな・わるぷるぎす)は最初の攻撃のときからずっと、キシュ上空に防御結界を張り続けているのだった。
 はじめは世界樹セフィロトのある奥庭だったのだが、今は場所を神殿内にある礼拝室の1つへ移している。部屋の中央に描かれた魔法陣によく似た文様の円陣――神官の1人が言うには、それはイナンナの力をわずかながら増幅させる力があるらしい――の中央に立ち、まるで聖母マリア像のように両手を差し出して彼女はぶつぶつと祈りの言葉をつぶやいていた。
 それを、周囲を三重に取り囲んだ神官が奇妙なすり足で歩きながら輪唱のように追っていく。実際、母音による長音を多く含むその言葉は、こういった祀儀に精通していない者の耳には、歌のように聞こえた。そして彼ら1人ひとりが手にした法具が微弱ながらも光を放っており、その波動はイナンナが放出している聖光と同調しているようだった。
「なあいっちー。なんで神官たち同じとこグルグル回ってるんだ? 祈りって、こう、ひざついて両手の指組み合わせてぶつぶつやるもんじゃね?」
 2階フロアの手すりに両肘を預け、吹き抜けとなっている1階フロアを見下ろしながら新谷 衛(しんたに・まもる)がつぶやいた。
「さあな。この手のことは私にもさっぱりだ。が、あの動きはどこかで見たことがある気がするな」
 さっきからずっとそのことが引っかかっていた。どこでだったか……林田 樹(はやしだ・いつき)は記憶を探るように目をすがめる。
「――ああ。そうか、あれに似てるんだ。陰陽師がやる反閇」
「ヘンバイ? 俺、教会で花嫁さんがやるのに似てるなー、と思ったんだけど」
「ああ、あれも反閇だな」
「へ? そうなの?」
「あれは……ええと、あれも祈りの1つなんだそうです。歩行術って言うらしいですよ」
 少女の声が後ろから聞こえてきて、衛と樹は同時に振り返った。
 そこにはアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)がいて、手に飲み物が入ったコップが乗ったトレイを持っている。
「可憐からのまた聞きですけど、彼らはああして円陣に書かれている祈りの言葉の上を素足でなぞって歩いてるんです。地球にもありますよね、ほら、ガラガラみたいなやつで1周回ったら祈りを1回唱えたも同じ、って。グルグル回す経典。あんな感じですね」
 近くのテーブルに茶請けの菓子や紙ナプキンと一緒に置いて、空いた手でガラガラを振る真似をして見せた。そしてにっこり笑う。
「飲みませんか? ずっとそうしていらして、のどが渇いたでしょう」
「おおっ! サンキュー!」
「すみません。ありがとう。
 さあ、コタ。いただこう」
「う?」
 樹の腰にしがみついて、祈りの言葉を子守唄がわりにうとうとしていた林田 コタロー(はやしだ・こたろう)は、座席へ移されてストローのささったコップを渡される。まだ目が覚めきれていないのか、それが何かも分からないまま受け取って、なんとなく口元へあてた。
 と。
「う! ねーたん、おいしーれす」
「そうか。よかったな。お菓子もあるぞ。私の分も食べるか?」
 仲良く休憩をとっている3人と入れ替わりに、アリスは手すりへ近付き背を預けた。下を見ると、彼女のパートナーでコントラクター、そして北カナン神官の葉月 可憐(はづき・かれん)が、今まさに真下を通りすぎるところだった。
 可憐もまた、己の法具を手にすり足で歩いている。右に1歩、足を揃えて、今度は左に1歩、また足を揃えて。決して後足を前足より先に出さない。一瞬の静止をはさんだ円の動き。ゆったりとした、水のなかを進むような……その動きそのものが彼らをトランス状態へいざなっているのか、半眼を閉じ、唇は途切れなく聖なる言葉をつむぎ続ける。その祈りが法具に溜まって力の波動となって輻射され、中央に立つイナンナへと結集しているのだった。
 イナンナは神。位置についたときから微動だにせず、おそるべき集中力で防御結界を張り続けているが、ただの人間である神官の方はそうもいかない。長期戦のかまえで彼らは数時間おきに交代していた。
 壁に並べられた椅子につき、休憩をとっている神官たち。彼らの面倒を見る者のなかに、カルロス・レイジ(かるろす・れいじ)の姿があった。
 飲み物や果実を運んだり、足やのどを冷やすための濡れタオルを配ったり。その恵まれた大きな体でかいがいしく世話を焼いている。さすが教導団員か、アリスの見ている限り、彼はここへ来たときから休むことなく、むしろ率先して神官たちの面倒を見、回復に努めていた。
 多分、彼としてはイナンナも同じように面倒を見たいのだろう。あえて口にしたりはしていなかったが、とても控えめながらにちらちらと様子をうかがっている視線が多くを物語っていた。
 おそらく、できるものなら神官に加わって、彼女を支える一助になりたいと思っているに違いなかった。だが彼はソルジャーであり、護る者であって祈る者ではない。今のイナンナを直接助けることはできない。さぞ歯がゆく思っていることだろう。
 アリスは、もう少ししたらあそこへ下りて、可憐と一緒に祈りの輪に加わる予定だった。自分は聖騎士。可憐とつながった絆もある。きっと祈りの輪に加わる資格はあるはずだから…。
「ほら、コタ。食べかすがいっぱいついてるぞ」
「うう? ……う〜っ」
 そんな声が聞こえてきて、つい、そちらに視線を向けたときだった。
 ズン、と重い縦揺れが起きた。
 テーブルや壁際に配置されてあった観葉植物の鉢が浮かび上がり、転がるほどの衝撃。
 立っていた者は残らず足をすくわれ、床に手をついた。
「い、一体何が…?」
 下では神官たちの悲鳴が上がっている。バラバラと下へこぼれ落ちている大小の物体が見えた。ほぼ同時に、それが砕けた天井の欠片と分かる。
 目を瞠り、手すりにとびついたアリスの横を樹と衛が飛び降りた。
「落ち着け!! パニックになるな!! ……と言っても無駄か」
 ち、と舌打ちをして上を見上げる。3階分はある高天井。美しい装飾がほどこされていたそこには今穴が空き、巨大な骨の龍がなかを覗き込んでいた。まだ右目とその範囲が少し見えるぐらいしか開いておらず、鉤爪で周囲を崩して穴を広げようとしている。巨体のわりになぜか苦労しているようだったが、じきに大穴を開けてなかに入ってくるだろう。
 ここにいる神官は、クラスは神官でも神官軍に所属する神官とは違ってイナンナや光の神殿に仕える者たちであり、非戦闘員とほぼ代わりない。それがいきなりあんな化け物を間近で見て、混乱しないでいろというのは難しかった。
 イナンナは突然全神経を集中していた儀式が断ち切られたせいで、少し朦朧としているらしい。額に手をあて、ぱちぱちとまばたきをしている。
「イナンナさまをお護りするのです!」
 部屋のあちこちで悲鳴が交錯するなか、凛とした声が発せられた。
 それは可憐だった。
「われらはイナンナさまをお護りするのが役目! 混乱していてはその務めを果たすことはできません!」
 部屋中の視線が集まるなか、彼女は毅然とした態度を崩さず言い切った。
 その迷いのない堂々とした姿と言葉が神官の混乱に浸食されかけていた心を静め、落ち着きと理性を取り戻していく。
 彼らの表情からそれと確認して、可憐はアリスを呼んだ。
「アリス、イナンナさまたちを別室へご案内して」
「はい」
 それは、万一のことを考えて警備の者たちであらかじめ準備済みの、別の礼拝室だった。
 イナンナや年老いた神官、神官長たち、戦えない者を避難させるための部屋だ。そこで儀式を再開してもらわなければならない。
「俺が行こう」
 腰が抜けて立てないでいる老神官をすくい上げて、カルロスが申し出た。
 アリスも内心は可憐のいる戦場を離れたくはなかったので、ありがたくうなずく。
「衛、おまえもついて行け」
 と、樹はコタローを預ける。
「え? でも――」
「派手すぎる上に時間がかかりすぎている。穴から敵が入り込んでくる気配もない。とすると、これは陽動の可能性がある。別働隊が入り込んでいるかもしれない」
 その言葉に衛の面が引き締まった。――多分、今2人が考えていることは同じだ。
「分かった!」
「イナンナたちをきっちり護れよ」
「OK!」
「よし。行くぞ。みんな遅れるな」
 先頭をカルロスが行き、それにイナンナや神官長たちが続く。後背を護るように一番最後を衛が駆け出した。
「衛、頼んだぞ」
 その背が角を曲がって見えなくなるのを見届けて、樹は灼骨のカーマインを手に部屋の中央へ戻る。そこでは神官たちが法具をそれぞれメイスに持ち替えて、可憐の周囲に集まっていた。
 パニックが去り、落ち着いてしまえば、彼らもこの光の神殿に仕える神官としての矜持を取り戻す。そして樹やコタローたちがあらかじめ伝えてあった防衛計画をぶつぶつとつぶやいて、それを再びパニックに陥らないための支えのひとつとしているようだった。
 彼らの周囲には今も雨のようにパラパラと天井の一部が落ちてきている。
 もうほとんど時間がない。
「皆さん、歌を歌いましょう」
 両脇についた神官の手をとり、可憐はやさしく告げた。
「わたしたちは神官。祈りましょう、苦難の時も、至福の時も。
 そしてわたしたちの祈りは歌でもあります。歌と祈りはわかちがたきものです。
 決してあきらめることなかれ。私たちは何のためにここに神官としてあるのか、皆にその道を示しましょう。
 今、ここに神官としてあれることに誇りを持って歌い、祈り、戦いましょう!」
 先んじるように、アリスが歌い始めた。
 彼女は神官ではないし、その歌に効力もない。だがそんなことは関係ない。
 歌を歌おう。歌は祈りとともにある。
 喜びを歌おう、今ここにともにある喜びを。
 ともに祈り、心ひとつにして戦える喜びを。
 歌いながら彼女はオートバリア、オートガード、パワーブレスを次々と発動させる。彼女に追随し、幸せの歌が広がるのに合わせて、彼らはアリスの守護の光で輝いた。
 部屋が歓喜の歌声で満ちる――――…………
「今を謳歌せよ!
 今を生きよ!
 声高らかに歌い上げよ!
 今をあきらめぬならば! なんじらはいかにも美しい!
 リベル・ミラビリス……禁じられた言の葉を紡ぎ! その結実たる力の限り! 想いの限り!
 私の光で、全てを貫いてみせましょう!」
 力強い宣言とともに、可憐のガトリングガン型強化光条兵器ピアッシング・レイが敵死龍に向けて光弾を連射した。




 その部屋には歓喜と破壊が同時に存在していた。
 声の限りに歌う神官たちは歌によって結ばれ、多でありながら個だった。
 飛び散る瓦礫片からはオートガードが護ってくれている。
 穴が大きくなって、天井のほとんどが崩れ落ちて、死龍がその姿を現しても畏怖する者はいない。
 もはや彼らのなかにおそれはなく、あるのは歓喜に満ちた光だった。
 駆けつけた神官戦士とともに前衛で死龍を攻撃している樹やアリスたちのため、バニッシュを放つ。可憐は禁忌の書<リベル>を片手に常に彼らを鼓舞し続け、そして自ら率先してピアッシング・レイを撃ち続けた。
 だが死龍はもともと死んだ龍の骨が動いているにすぎない。痛覚や恐怖心といったものはなく、骨が多少砕けたところで動きを止めることはなかった。
 いまや死龍は肩の先まで礼拝室のなかへ入り込んでしまっている。鉤爪を振り回し、身を護るように流動する水を撃ち出した。
 おそるべき圧力で先端を槍の穂先のようにした水は高速で飛来して、床も柱もえぐって破壊する。こればかりはアリスのオートバリアでも防げなかった。
「――ぐあっ!」
「がはっ…!」
 傷つき、倒れていく神官や神官戦士たちを見て、アリスはさらにアイスプロテクトをかけた。
「……これでもきっと完全に防ぐのは無理だろうけど……ないよりは絶対ましだよねぇ」
 額の汗をぬぐって、彼女はウルクの剣を持ち直すと再び歌いながら死龍へ向かって行った。
「傷ついた者は通路に連れ出して! そこで回復魔法をかけるのです!」
「は、はいっ」
 可憐の指示に、若い神官が肩から血を流す神官戦士を通路へ引っ張り出す。
「決して無理をせぬように! われらは神官、回復ならば、私たちにかなう者はありません! 相手は神でなく、魔でもない、ただの龍の骨でしかないのです! 砕けぬ体ではない! 傷つかぬものではない! ならば回復できるわれらにこそ利はあります!
 さあ、歌を! みんなで心をひとつにして歌いましょう!!」
 彼らは一致団結して歌い、戦い続けた。
 だれも無理をして攻撃に出ることなく、防御主体で攻撃をはさむ。そのため戦いは長期戦となったが、回復魔法に長けた神官たちのおかげで戦闘不能の重傷者があふれることはなかった。
 一方死龍は室内へ乗り出した不自然な体勢であることもあって、水の防御で攻撃の全てを防ぎきることはできないでいた。体は少しずつ削れていき、砕けて役目を果たさなくなった骨も少なくない。
「……やはりタケシやほかのやつらはいない、か」
 樹は二丁拳銃で銃撃しながら全体を見渡す。
 ここにいるのは死龍だけだ。
 もはやこれが陽動であるのは間違いない。一刻も早く衛たちを追わなければならない。
(どこだ。こいつの弱点はどこにある?)
 目、口、胸、関節。さまざまな箇所を銃撃してみたが、どれも手応えはなかった。だがああして動いている以上、何か、どこかにあるはずだ。たとえ遠隔操作をされていると仮定しても、受信機というものがある。魔法であるなら媒体が。
 それらしいものを探して、注意深く見ていた樹は、やがて死龍が右の鉤爪だけで左の鉤爪を攻撃に用いないことに気付いた。左は室外にあって、肩先までしか見えない。
(あそこに何かあるのか?)
 ふとそう思った、そのとき。
 ついに天井の残っていた部位が全て崩落した。
「全員、後方退――」
「ひっ…!」
「うわああっ」
「ぎゃあああああっ!!」
 逃げるのが間に合わず、崩落に巻き込まれた神官や神官戦士の悲鳴が起きる。
 もうもうと舞い上がった粉塵が静かに沈み、視界が晴れてきたなか、よろめき立ち上がったのは可憐だった。
 傷つき、血を流し、ボロボロの体で、彼女は真っ向から死龍をにらみ上げる。
「……歌を……歌いましょう…。
 もう一度……何度だって、歌いましょう…。
 なんじら、だれ1人、あきらめることなかれ…!」
「……歌おう……喜びの歌を……驚きの歌を…」
 壁を支えに、アリスもまた身を起こす。
「私たちは生きているんだと! たしかにここにいるんだと! 命を喜び、歌おう!」
 立ち上がった神官たちが、再び歌い始めるなか、アリスは剣をかまえて跳ぶ。
「あの珠だ!」
 2階の手すりから樹が叫んだ。
「左の鉤爪にある、あの珠が、おそらく…!」
 そして自身もまた、よろめきつつもカーマインをかまえる。
 天井部位が完全に崩落した今、左の鉤爪は半分ほど見えていた。
 それを狙って撃つ。
 被弾と、水の防御を突き破ったアリスの剣が龍の持つ珠へ突き込まれるのがほぼ同時に起きて。そして。
 骨の龍はバラバラに砕けて落下した。
 破壊は去り、あとに残ったのは歓喜のみ――。