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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~

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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~
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リアクション

 
 第12章

 アクアと朱里から少し遅れ、ファーシーもかき氷のカップを空にした。量は少なくなかった筈だがペースが落ちるということもなく、完食にもそう時間は掛からなかった。
「……その様子なら、経過は良さそうだな。おめでとう、ファーシー……幸せにな」
 それを見て、朔は柔らかい微笑みを浮かべる。その場で子供を抱いたファーシーの氷像を作り、彼女に見せる。
「これはささやかな餞別だ」
「わあ、綺麗……ありがとう!」
 店の灯りを反射させてきらきらと光る氷像に、アルミ蒸着の保護カバーをかけて手渡す。氷はかなり堅めに作ったが、これで、溶けても浴衣が濡れたりはしない筈だ。
「……私も、これからファーシーに負けないくらい幸せになるからな……」
 朔は自身のお腹を優しくさすりつつ、ファーシーに笑いかける。それは、嘗て――そして今、自分が浮かべるようになったのと同じ笑顔のような気がして。
「……うん。わたしも負けないわ」
 微笑み、ファーシーも言った。おめでとう、という言葉は、もう少しとっておこう。

              ◇◇◇◇◇◇

「金魚すくいがあるわ。次はあそこに行きましょう」
 白地に青い朝顔柄の浴衣姿で、パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)が跳ねるような足取りで金魚すくいのおっさんに声を掛ける。既に射的や型抜きで獲得した景品を持っていたが、まだ遊び足りないらしい。
「風流だな。よし、ひとつやってみるか」
 相馬 小次郎(そうま・こじろう)も、パビェーダに続き小さなプールの前にしゃがみこんだ。道具を受け取り、泳ぐ金魚の下にポイを潜らせていく。藍染めの大人びた印象の浴衣を着た小次郎は、茅野 菫(ちの・すみれ)に、メルセデス・アデリー(めるせです・あでりー)とパビェーダを楽しませるために、お供として来場した。2人に祭の楽しみ方を色々とレクチャーするつもりだったが、実際に雰囲気を感じたら“ルールなんてないな”と思い直し、今は、聞かれたら説明しようか程度に思っている。
 ――というか、英霊である小次郎自身、夏祭りは久しぶりで。
 楽しませる、というようは自分が思いっきり楽しんでいる。わたあめやたこ焼き、焼きそばから射的等の挑戦系まで、パビェーダと一緒に屋台の全てを網羅しそうな勢いだ。
 一方、メルセデスはそんな2人を後ろの方で微笑ましく見守っていた。初めての夏祭りの彼女は、急いで用意した子供っぽいデザインの浴衣を着ている。
「メル、お祭どう?」
 菫が隣に立ち話しかける。彼女は子供用の絵物浴衣ではなく、古風な模様が描かれた浴衣に身を包んでいた。祖母から母へ、母から子へと受け継がれている大切なものだ。
 ――『そうだ、メルにも日本風の夏祭りを見せてあげよう』
 たまには夏祭りもいいかも。そう思った時、一番に浮かんだのがメルセデスの事だった。でも、買い食いしている時は別として、メルセデスははしゃぐパビェーダ達の後ろを歩いている事が多い気がして。
 型抜きしてる時とか、遊んでいる時間より待っている時間の方が多かった覚えがあるし。
「楽しいわ。こうして、遊んでいるパビェーダと小次郎を見ているのも楽しいの」
 2人が自分そっちのけで楽しんでしまって、想像していた形とは少し違うけれど。
 お祭を楽しむ2人を楽しむ、というのも悪くはない。
「ぬぅ……うまくいかんな」
 何枚かの破れたポイをバケツにポイし、小次郎は立ち上がる。神田明神に祀られていて下町の祭はエキスパート……である筈の小次郎も、ポイの脆さには敵わなかったらしい。
「結構難しいものね。次はあれ行きましょう」
 パビェーダも立ち上がり、金魚達に小さく手を振り次の店目指し歩いていく。
「あ、あんまり早く行くと……。菫、行くわよ」
「う、うん……」
 メルセデスは菫の手を引き、2人を見失わないように急いで歩き出す。発掘したのは去年であり一番(?)若い筈なのだが――
(なんかメル、子供を見守るお母さんみたいね)
 と、菫は思った。

 そうして4人で祭の空気を楽しんでいると、ふと菫が足を止めた。どうしたのかとメルセデスが様子を伺うと、菫は嬉しそうな目を集団へ向けている。メルセデスも知った顔が幾つかある。その中でも、記憶が朧気にしかない――自我が未だ完全では無かった頃に顔を見た――相手に、菫は駆け寄っていく。
「チェリー!」
「菫!?」
 菫の声を聞き、チェリーも驚いて振り返った。2人がこうして顔を合わせるのは、随分と久しぶりだ。そう、多分、空京で別れて以来だ。夏祭りの場で、まさかこうして会えるとは思わなかったからチェリーも嬉しくなった。
「良かった。会いたいな、と思ってたの。元気にしてた?」
「ああ……。今は、空京で暮らしてるんだ。ウェイトレスをしてる」
「ウェイトレス? ……あれ、それって、アクアと同じね」
「アクアと……?」
 意外な言葉についアクアの姿を探す。だが、先程盆踊りに行くと離れたのを思い出した。
「アクアちゃんはイルミンでウェイトレスしてるんだよ! お勉強も熱心だしね!」
 代わりというようにピノが言う。菫は彼女にも「久しぶり」と挨拶し、そしてラスにもにっこりとした笑みを向けた。
「ね。久しぶり」
「? ……ああ、そうだな」
 あまりにも社交的な笑顔に妙な違和感を覚えつつ、ラスは答える。しかし菫はそれ以上は何も言わず、その表情のままにチェリーやピノと話を始めた。内容は主にお互いの近況報告で、進む話の中、気のせいかと油断した時――
 それは来た。
 にっこり笑顔と再び目が合い、小さく飛び上がったかと思ったら“パァン!”と、いきなり平手打ちを食らった。いい音と共に、チェリー達の声がぴた、と聞こえなくなる。何事かと注目する彼女達の視線を受けつつ、笑みを崩さずに菫は言う。
「よくよく考えたら、あたし、あんたに叩かれてそのまんまだったのよね。ふふっ、だから、仕返し」
「…………。……ああ……アレか」
 目を丸くして、驚き覚めやらぬままに菫を見て。その言葉を聞いた数秒後にやっと理解が追いついた。悪戯っぽい響きを含んだ口調だったし、それなりに手加減はしたのだろう。だがそこそこ本気だったことは、少しずつ増してくる頬の痛みからも確かだった。
 覚えていた。覚えていたが。
「すげー今更……」
「だから、よくよく考えたらって言ったでしょ」
 ラスが菫を叩いたのは2021年の春の事で、今は2022年の夏。そもそもあれは――
(まあ、アクアのために叩かれたんだし、仕返しも何もないんだけどね)
 菫は、手を上げられたアクアをかばう形で間に立ったわけで、一方的にやられたというのとも、ちょっと違う。誰か注意しろよ、とラスは思うが、パビェーダはそわそわと屋台を気にしていて何か言う気配も無かった。いつもならこの辺りで小言を言う彼女も、祭の前ではそれどころではない。おざなりだ。
 ふふふ、と、してやったりというように笑う菫に、彼はやれやれと溜息を吐いた。
「……はー……まあいいか。俺はオトナだから許してやるよ。コドモに目くじら立ててもしょうがねーしな」
「おにいちゃん」
 そこで、ピノが見上げてきた。汚れのないまっすぐな瞳で、言う。
「上から目線で負け惜しみ言うのはいいけど、ほっぺた、思いっきり手形ついてるよ?」
「…………マジで?」
 何となくそんな気はしていたがやはりそうなのか、と、ラスの口元が引きつる。
「顔洗ってくる……」
 離れても、位置ならピノのGPSで把握出来る。洗面所はどこかと歩く途中、「チェリーも一緒に行くのね。じゃあ、私もついてこっかな」という菫の声が聞こえてげんなりした。
「ええ! 菫、遊ばないの?」
 というパビェーダの声もしたが、結局、菫達はチェリーとまわることにしたようだった。

              ◇◇◇◇◇◇

「う〜ん! ちーは浴衣姿も可愛いな! さすが俺の自慢の妹やな♪」
 響 未来(ひびき・みらい)と事務所を出た日下部 社(くさかべ・やしろ)は、日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)に浴衣を着せてから祭会場に到着していた。前方に集まる少女達を見て、未来が一際明るい声を出す。
「むむ! 可愛い浴衣姿の子を発見! ……って、あら? ピノちゃん達じゃない?」
 そうと気付いた未来は、彼女達に小走りで駆け寄る。ピノが「あ!」と振り向いた。
「ミクちゃん! ちーちゃんも来たんだねー!」
「えへへー♪ ピノちゃん浴衣かわいいね! ちーちゃんも浴衣着てきたんだー♪」
 嬉しそうな笑顔を交し合って。浴衣姿の少女2人は手を繋いでにっこりと目を合わせる。
「一緒に色んなとこ行って遊ぼうね、ピノちゃん!」
「うん、お祭ってわくわくするよね!」
 ピノはそれから、何かを思い出したようにあれ? と言った。社の左手を見てから、彼と未来を同時に見上げる。
「今日は、ぴかーっ、とか、オンステージとかやらないの?」
「いつも召喚で登場するわけじゃないのよぅ……この間はマスターのタイミングが悪かっただけなの!」
「あん時は思いつきやったからな! 見たいならまたやってやるで?」
「やめてぇマスター! せめてちゃんと準備してる時にしてーー!」
 社の言葉に、恥ずかしそうにしていた未来は慌てた。以前にこの公園で花見をした時、社は自室で動画撮影中の未来を召還したのだ。ちなみに、その時の服装は猫耳アイドルコスチュームであった。
 そこで、ファーシーも彼女達の輪に加わって挨拶する。
「社さん、こんばんは!」
「お、浴衣姿か! ピノちゃんもファーシーちゃんも浴衣姿でこりゃ眼福眼福やな♪」
「がんぷく? ……うん、ありがとう!」
 陽気に笑う社に、ファーシーは一瞬きょとんとしてからお礼を言った。眼福の意味が分からなかったらしいが、褒められた事は解ったようだ。
「……そうや、未来もよぉ似合っとるな!」
 続けてそう言いつつ、社は一緒に来た未来の胸の辺りをチラ見する。そのからかうような視線に未来は思いきりジト目になり、決して厚くはない胸を押さえてずいっと社に詰め寄った。
「……マスター? 浴衣の女の子を褒めるのはいいけど、私のどこを見て言ってるのかしらぁ? ……あの子にも同じ事したら嫌われるわよ!」
 普段は貧乳はステータス! と豪語している彼女でも、怒る時は怒るのだ。
「……あの子?」
 誰の事だろう? と不思議がるピノに、「あ、そうそう!」と千尋が言う。
「ピノちゃん、実はねー、やー兄に『恋人』が出来たんだよー!」
「えっ、こいびと!?」
 それだけで何となく大人な響きがして、ピノは驚いて社を見た。一方、「わあ……おめでとう!」と、恋の話にファーシーはノリノリだ。
「すごいねー……」
「ちーちゃんもいっぱい遊んでもらったりするお姉ちゃんなんだけど、やっと恋人になったってミクちゃんが言ってた!」
「そうよ。それはもう時間掛かったんだからー!」
 未来は、社の恋模様をずっと覗いていた。恋人になった時も近くにいて、それで千尋に報告したらしい。やー兄のお嫁さんになる! と普段から言っている千尋だったが、恋人が出来たかどうか、というのはあまり関係ないようだ。
「ピノちゃん、ラッスンちゃんには恋人いたりするのかな?」
「え、いないと思うよ?」
 ていうか、いないよ? と、考える素振りも見せずにピノは言った。
「たぶんね、誰が好きとか、まだわかってないんじゃないかな、おにいちゃん」
「ピノ……。な〜に言ってんだ? 勝手に……」
「あ、おかえり」
 ゆらりとした気配を感じ、ピノは平然と背後を仰ぐ。途中から話を聞いていたラスが、珍しくピノに対して青スジを立てている。
「まだほっぺた……」
「……知ってる」
 少し冷やして何とかなるレベルでは無かった。非常に不本意だがやれることはやった。仕方ない。
「女の子の手形やな? なんや、怒らせるような事でもしたんか?」
「……したといえばしたし、してないといえばしてない」
 その答えに、社はん? と首を傾げる。それから、何かを思い出したように「おお!」と言った。
「もうそろそろ行くか! ラッスンも俺のバチ捌き、見てくか?」
「バチ捌き?」
「太鼓や、太鼓!」
 社はラスの腕を引っ張り、盆踊りの隣にある太鼓のパフォーマンス会場へ向かう。千尋も、ピノ達に声を掛けた。
「やー兄が太鼓叩くんだって! 一緒に見にいこうよー♪」