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よみがえっちゃった!

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よみがえっちゃった!

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「さあ今度こそ全部終わりね」
「もう6時じゃん。どうりでおなか空いてるはずだよ」
「早く戻らねーと夕飯食いっぱぐれるぞ!」
「いやあ、意外といい汗かいたなあ」

 口々に言い合っていた仲間たちに、六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)が声をかけた。

「あのー、うちのエマーナ知りませんかね?」
「え? どうかしたの?」
「さっきから姿が見えなくなっているんですよ」

「あ、そういやいろいろあってすっかり忘れてた。
 彼女ならさっき――」
 きょろきょろと周囲を見回す鼎に真司が答えようとしたときだった。


 暗さを増した奥の闇から不穏な声が…。


「まさか大魔王リーラが裏切るとはね」
 カツンカツンとヒールの音を響かせて歩み出てくる1人の女性――いや、少女。
 子どもっぽい外見を一生懸命服でなんとかしようとしたのか、スリット入りのドレスにマラボーを巻いたりと、服装はかなり大人っぽい。
「私にまで出番が回ってくるとは、思ってもみなかったわ」

「……きみは?」

「私? フフ……そうね、昨日までの私は瀬乃 月琥(せの・つきこ)と呼ばれていたかしら。だけど封印が解かれ、かつての記憶を取り戻した私はもはや月琥ではない!
 私はレヴェン・フォース・ヴァイスリンジャー! 神界も人間界も、この世のありとあらゆるものを征服し、支配するという野望を果たすため、神をも殺した私をひとは尊崇と畏怖をこめて神殺(しんさつ)の覇者と呼ぶわ!!」

 ばばーーーーーん



(ふふっ。決まったわ。完璧よ。そうね、100点満点中150点というところかしら)
 われながら素晴らしい口上だったわ、と酔いしれる月琥。
 だがだれも、彼女の口舌に驚いたり感じ入ったりしている様子はなかった。

 ――いやもうここまでくると、かなりみんな面倒くさくなっているというかですね。


 ああまたか、という生ぬるーーい目で見ている者のなかには、彼女のパートナーの瀬乃 和深(せの・かずみ)もいた。


「月琥ーー、それ、おまえが以前書きためてた黒歴史ノートの登場人物の名前だろ?」


 瞬間、ぱぴゅんっ! という速さで月琥は和深の胸倉を掴んで引き寄せる。
 本当は吊るしたかったのだろうが、7センチヒールを履いても134センチにしかならない月琥では無理だった。

「きさま!! 言うにことかいて何てことを…っ!! ――とゆーか、なぜそれ知ってんのよ!! あなた、私の引き出し勝手にあさったの!?」
「思春期の妹が何を考えているか、知る権利が兄にはある!」
 えっへん。


「いーーーやーーー! 何それーーーっ!! 信じらんなーーーーーいっ!!」
 にーさんのばかーーーーっ!!


「見られてまずいものを机の上に広げたままうたた寝したりするんじゃないぞー。
 つか、おまえ正気だろ!」
「う…。ま、まさか。わた、私は超魔王なのよ…」
 狼狽しつつも月琥は和深から手を放し、マラボーをいじりながらさりげなく顔を隠して元の位置へ戻る。

「私はかつて全世界を征服した超魔王レヴェン!! この世界もまた、未来永劫私の支配下に置いてみせるわ!! もしも立ち向かってくる者あらば、何者であろうと決して容赦はしない!!
 そう、たとえそれが勇者の力に目覚める前の実の兄であったとしても!!」


「えっ!? 俺!?」


 和深は思わず自分を指差し訊き返してしまう。
 一応ほかのみんなを見渡してみたが、みんな「勇者」と呼ばれるのは敬遠してか、目を合わせまいとするか同意のうなずきを返すだけだ。

「自覚がないのはまだその力に目覚めていない証拠!! 覚醒する前にきさまを倒す!!」
「いやおまえ、それさっきの私怨入ってるだろ! ――って、うわっ!!」
 月琥が突然七曜銃で銃撃してきた。
 とっさに飛び退いて避けた和深をインビジブルトラップが吹き飛ばす。
「うわああっ!!」

 吹き飛ばされた先でしたたかに打ちつけた肩を押さえつつ、和深はなんとか立ち上がった。
「……マジかよ……あんなものまで仕掛けてあったなんて…」


「ふははははーーっ! 神をも殺すこの覇力(と書いてシルフィと読む)の威力、とくと思い知ったか! いかに勇者であろうとも、わが覇力を前にしては無力! 手も足も出ないとはこのことね!」


 腰に手をあて高笑いする月琥。
 ヘタすれば大けがするところだったのだし、これはこれで大変な事態なのだが、あんなクサいセリフを吐いて心の底からばか笑ってる妹を見ているうちに、なんだか、だんだん愉快な気持ちも沸いてきて。

 和深は思わずぷっと吹き出してしまった。

「よーし。やってやるか!
 超魔王レヴェンよ! 今、きさまは間違いを犯した!!」
「なに!?」

「あの攻撃により、俺はついに勇者として覚醒したのだ!! そして思い出した!! 俺の魂には、きさまが卑劣な罠でだまし討ちして殺した、命の恩人である女神の姉妹神より授かった光聖が刻み込まれていることを!!」
 昔読んだノートに書かれていたストーリーやセリフを思い出しつつ、和深は宣告する。

「いつかおまえが生まれ変わり、このような事態に陥ることを見越していた神々が俺に託したのだ!! 神殺の覇者を名乗るおまえを必ずや討てと!!」
「ぬうう…。
 しかし――そんな古き神々の力などで、はたして今のこの私をとめられるか?」
 そう強気を口にしながらも、月琥は警戒して距離をとろうと後ずさる。


「そう思うならば、いさぎよくこの力、受けてみろ!!」


 ここでたしか勇者は剣をかざしたハズ! とうろ覚えの記憶で22式レーザーブレードをかかげる。
 指にはめてあった光精の指輪から現れた精霊が、ピカッと効果的に照らしてくれた。


「うわあああああああっ…!! 私の目が…! 目がああっ!!」
 月琥は苦鳴を挙げ、顔をおおってよろめいた。

 光魔法を受けたわけではありません。自分の黒歴史ノートに書いた内容に沿ってるだけです。


「おのれ、勇者めええぇぇ…っ! 許さんぞ……決して……許しは、しない…」
 息絶え絶えに言葉を吐き出すと、月琥はその場にくずおれる。
 彼女を見下ろしつつ、和深は言った。

「第4部 完」



 ちなみに続きは書かれていないので、聖光を受けた超魔王レヴェンがこのあとどうなったのかは分からない。
 いわゆる未完の大作というものである。

 知りたかったら月琥に訊けばいいとは思うが、きっと彼女は口をつぐんで教えてくれないだろう。



*            *            *



 長かった戦いも、ついに終幕を迎えたかに見えた。

 しかしそうではなかった!!


「あーあー。どの魔王もみーんな口ばっかりでだらしがないったら」

 ぞろぞろ帰り始めた全員の耳に、そんな言葉が届く。
 それは、マイクを通して倉庫じゅうに響いていた。

「こうなったらいよいよこのあたしが出るしかないわね。
 ライトスイッチオーーーン!」
 軽快な少女の声とともにスポットライトが点灯する。スキップフロア上にいたのは、身長30センチのハーフフェアリー、ラブ・リトル(らぶ・りとる)だった。

「ハァーイ、みんなっ! あたしこそが全世界の女王、真の真の真のラスボス、みんなに愛されるラブちゃんよ〜〜〜〜〜〜」

 まるでここがコンサート会場であるかのようにマイクを持って、空いた手で目の横にVサインを寝かせる、アイドルポーズをキメる。


「……まだいたのか」
 ハァ、と重いため息が全員の口をついて出た。


「何よ何よー! みんなテンション低いわねーーー! もっと盛り上げていかなくちゃー!
 あたしはね、歌で世界を支配するの! その手始めにここであなたたちをやっつけて、あたしの子分にしてあげる!
 いでよ、わがしもべたち!!」
 ぱちん、と指が鳴らされて、ぱたぱたと軽い足音が聞こえた。
 ラブと同じライトの下に、テラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)エマーナ・クオウコル(えまーな・くおうこる)が現れる。

「ぎぁごろぅがげれぃぁ!」
「きゃおー!」
 いつもどおり恐竜の着ぐるみで両手を振り上げ威嚇するテラーは分かりにくいが、実は自分のことを本物の恐竜ティラノサウルスと思っている。
 エマーナはライオンだ。


 いくら威嚇で牙をむいたところでどれもこれもちびっ子で迫力に欠けるているのは否めないが、当人たちにはまるでそのことに気付けている様子はない。

「しもべ?」
「ふふん。いいでしょ。毎日ケーキ5個あげるということで契約したのよ。もちろんあんたたちも逆らったりせずにおとなしくあたしの子分になるっていうなら、契約してあげてもいいわよ」
 だがせっかくのその申し出を快諾する者はいなかった。

 ――ケーキ毎日5個も食べてたら太るでしょ。


「あたしはアイドルだからいくら食べたって太ったりしないもーん。
 さあ、テラー、エマーナ、やっておしまいなさい!!」


「ぅがぁ!」
「がおがおっ!」
 ラブの命令を受けて、2人が襲いかかっていく。
 その姿を見ながらラブもまた、マイクをかまえた。

「ふっふっふ。こうして最強(さいつよ)アイドルにして世界の真なる女王ラブ・リトルさまが本当の自分に目覚めた以上、もはやあんたたち下等なる地球とパラミタの人類どもは、あたしにひざまずいて毎日かかさず1人10種類のスイーツを貢ぎ続ける道しか残されてないのよ!」
 
 そしておもむろに自らが(勝手に)名付けた歌『ミラクル・サッド・ドリーミング』を歌い始める。
 四方に設置されたスピーカーを通して、悲しみの歌が倉庫じゅうに満ちた。

「くうっ…! こ、こんな…っ」
 胸に迫る悲しみに意気消沈した彼らのなかで、テラーとエマーナが暴れる。
「ぐぎゃるぐるるるぅっ」
「がおがーーーっ」
 それを見て。


「おのれ、悪の組織め! 正義のヒーロー、イングリットがぶったおすにゃ!!」


 イングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)は熱いハートを燃え立たせ、奮起した。

「グリちゃん!?」
 驚く秋月 葵(あきづき・あおい)のとなりから、猛ダッシュで走り出す。

 イングリットが向かった先にはエマーナがいた。
 占い師の術で自分が実はライオンだったことを思い出し、噛みつき、引っ掻きでヒット・アンド・ウェイ攻撃をしているエマーナ。しかし彼女は未来人であって獣人ではないためその攻撃力はかなり低く、動きも早くないので簡単に避けることができる上、当たったとしてもせいぜいが猫並でしかない。


 むしろ猫っぽい仕草がかわいくさえ見えてしまう、そんなエマーナの前に、イングリットが雄々しく立ちふさがった。


「そこのおまえ! よーく聞くんだにゃっ! これ以上ひとを傷つけるのは、この牙と爪にかけて許さないんだにゃっ! 猫の爪は悪事に使うものではないんだにゃ!」
「がうっ?」
「にゃーーーーーっ! まだやるというのにゃら、イングリットが相手になるにゃ! わいるど☆たいがーは決して悪を許さないんだにゃ!!」


「わいるど☆たいがーって、グリちゃん、それこの前貸してあげた漫画の主人公…。
 え? グリちゃんも術にかかってたの??」


「行くんだにゃっ」
 決めポーズをつけたイングリットによる、シャシャッと猫ひっかき攻撃!
 これをエマーナはひらりとかわし、距離を取ったあと、走り込んで死角からやはり爪をシャシャシャッとする。

「にゃっ☆」
「がおー!」
「にゃにゃにゃにゃにゃっ! にゃんっ」
「がおがおっ」
 本人たちはいたって真面目なのだろうが、はたで見ているとどこかほほ笑ましい、猫ぱんちや猫ひっかきの応酬が始まる。


「やだ……なんかこう、ぎゅーって抱き締めたくなっちゃうんだけど…」

 そんな声も漏れ聞こえてくるなか、葵1人はらはらしてしまう。


 イングリットはここでの戦いに備えてパワードスーツを着用していた。今は同じネコ科同士のじゃれ合いを楽しんでいるようだが、ネコ科の気まぐれでいつ本気になるともしれない。


「本気で怒りの猫ぱんち出したりしたら、エマーナちゃん吹っ飛んじゃうよ…」
 いや、それだけじゃすまないかもしれない。そうなったら目もあてられないことになるかも…。

 そこで葵は一計を案じた。



 ぷーんと漂ってきたおいしそうな香りに、イングリットはシャシャッとひっかこうとしていた手を止めた。
「にゃ!?」
 ピタッと動きをとめて背を正し、鼻をヒクヒクさせて周囲のにおいを嗅ぐ。


「こ、これはまさしくイングリットの大好物! うな重のかおりなのにゃ!」


 時刻はちょうどお夕飯時。ひととおり運動もこなしたあとなので、イングリットはすきっ腹だった。
 においの出所を求めて振り返ったイングリットの視界に入ったのは、つっかえ棒とカゴで作られた罠の中央に置かれたうな重…。

 コテッコテの罠なのはだれが見てもあきらかだ。多分、本物のネコでもこれが罠だということぐらい分かる。

「そ、そんな罠にはひっかからないにゃ……ああでもおいしそうなのにゃ…」
 見えない糸で引っ張られるように、体がそちらへついふらふらと。
「ああ……駄目にゃ。体が言うことをきかないのにゃ…。せ、せめてひと口……ちょこっと食べて、パッと離れれば、きっと大丈夫なのにゃ…」 

 しかしひと口でも口にしてしまえば、それは至高の味。ハラペコが手放せるはずもなく。
 イングリットは何もかも忘れて、うな重にかぶりついた。

「えいっ」
 と、棒にくくりつけてあった紐が引かれて、イングリットはカゴの中に閉じ込められる。けれど、イングリットにはもううな重以外、何も見えていなかった。

「おいしい? グリちゃん」
「おいしいのにゃ! おいしいのにゃ! おいしい……のにゃ…」
 ヒプノシスが効いて、イングリットは眠りにつく。カゴの網目から見える、カラッポのお重を抱えて幸せそうに眠るイングリットを、葵は笑顔で見守った。



 そしてエマーナの方はというと。
 イングリットがうな重に走ったのに合わせて、が呼びかけていた。

「チッチッチ。ほらほら、こっちですよ。こちらへおいでなさい」
 野良ネコを呼ぶように、しゃがみ込んで指を動かす。
 それを見たエマーナは警戒を露わにしてうなったりもしていたが、ライオンになっても鼎のことは記憶に残っているのか、彼が気になって仕方がないようだった。どうするか逡巡するようにウロウロと周回したあと、ついに覚悟を決めたのか、まっすぐ走ってジャンプする。

「危ない!」
 勢い、押し倒されて仰向けになった鼎を見て、あわてて和深が駆け寄ろうとしたが、鼎は手を振って平気だと伝えた。


「大丈夫です。襲われてるわけじゃありません。じゃれつかれてるだけです」
 その言葉どおり、鼎を押し倒したエマーナは一心不乱にほおをこすりつけてマーキングすると、舐め始める。

「ちょっ…! あぁもう、いい子だから舐めるのはやめてください! くすぐったいじゃないですか」
「がおがおっ☆」
「はいはい。ライオンなんですね。
 いいから少し離れて」
 自分の上で箱座りしようとするエマーナを押しやって、鼎は立ち上がる。鶯の白衣についた汚れをぱんぱん払っていると、エマーナはおとなしく彼の足元にちょこんと座っていた。

 足にすりすりと肩をこすりつけ、何かを期待する眼差しでまっすぐ見上げてくる。

(こんなに素直なエミーは初めてですね)
 ぼんやりそんなことを考えつつ、頭をなでてやると、もっとなでてと言わんばかりに自分の方から頭を押しつけてきた。
「にゃーっ」
 抱き上げた彼女は想像していた以上に軽くて小さい。


「やれやれ。寒くなってきたことだし、服を新調してあげようと思ってたんですけどねえ…」
 これは出直しかな、間違いなく。

 赤子をあやすように背中をぽんぽん叩いていると、いつの間にかすうすうと小さな寝息が鼎の耳元でしていた。
 はしゃいで騒いで、イングリットと遊び疲れたのだろう。
 すっごく楽しかったと言わんばかりに笑顔でぐっすり眠り込んでいるエマーナを見下ろして、今日はこのまま抱いて帰ろうかと思う。


「本当に大丈夫か? すごい勢いで飛びつかれたみたいだけど」
「ええ。ちょっと頭をぶつけたぐらいです。もう痛みもありません」
 気にして寄ってきた和深に、そう答えた。それでも和深はちょっと心配げだ。

「申し訳ありませんが、先に失礼させてもらいますよ。この子が起きてまた面倒をかけるかもしれませんから。
 あ、謝罪はまた後日伺います」
「いや、それはいいよ。だれもけがしたわけじゃないから」
「そうですか?」
 会釈をして、鼎はおもむろに入り口へ向かって歩き出した。



 家への道すがら、ふとあることに思い至って言葉が口をつく。

「ああ、通販という手があったんだった」
 と。