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第3章 狂った研究者たち

「ら、乱暴しないで下さい!!」
 雨宮七日(あめみや・なのか)の悲鳴が、檻の中に反響した。
 誘拐され、海京アンダーグラウンドに監禁されてから、もうどのくらい経っただろう。
 施設が海底にあるうえ、檻の中には窓もなく、時間の経過がわからなかった。
 監禁されているうちに、だんだん頭がぼうっとしてくる。
 そのぼうっとしてきた瞬間を、研究者たちは狙っているように思えた。
「静かにしないか。検査するだけだ」
 研究者たちは、暴れる七日の身体を押さえつけ、鉄のベッドに横たえて、大の字にさせ、手首・足首に枷をはめた。
「こんなに暴れるんじゃ、しょうがないな」
 そういって、研究者たちは、ハサミを取り出して、七日の着衣を切り裂き始めた。
「ど、どうしてこんなことを?」
 バラバラにされていく着衣の破片に目をやりながら、七日は、呆然として呟いていた。
「さあ、これで、検査しやすくなった。残念だが、替えの服はないから、しばらくこの姿でいることになるな。可哀想に」
 下着一枚の姿にされた七日を見下ろして、研究者たちはいった。
「け、検査って、何をするんですか?」
 問いかける七日に、鞭が振るわれた。
 びしいっ
「あ、ああっ」
 七日は、悲鳴をあげて、大の字に拘束されている身体をのけぞらせた。
 びしいっ
 びしいっ
 鞭は、情け容赦なく、何度も振り下ろされた。
 瞬く間に、七日の白い肌に痣が浮いてくる。
「いちいち口ごたえできないようにしないとな。まあ、素質はありそうだが」
 研究者たちは、ぐったりした七日を見下ろして、いった。
「検査結果は良好だ。いますぐ精神操作にとりかかれる」
 測定モニターに顔を埋めていた研究者がいった。
「よし」
 七日の頭にキャップのような装置がとりつけられ、作動させられる。
「あ、あああああ……ああ……」
 悲鳴をあげていた七日の目がとろんとして、虚ろになる。
「どうだ?」
「はい。気持ちいいです。ありがとうございます」
 七日は、虚ろな目で、答えた。
 研究者たちは、顔を見合わせて、ほくそ笑んだ。
 七日の実験は、かなり好首尾な結果に終わったようだ。
「これから、どうして欲しい?」
「はい。このまま、放置して頂いても構いません。全ての決定に従います」
 七日は、機械的に唇を動かして答えた。
「素晴らしい。この実験体は、美しいし、最高だ」
 研究者たちは、あらためて、ぎらぎらした視線を七日の肢体に注いでいった。
 七日の下着は破けてしまっていて、ほとんどの部分を露にさらしていた。

「こ、この変態ども! 寄るなぁ!!」
 井澤優花(いさわ・ゆうか)もまた、檻の中で、研究者の魔の手から逃れようと、走りまわっていた。
 狭い檻の中で、ニヤニヤ笑いながら手を伸ばしてくる研究者から逃げようとしても、身体のあちこちを壁にぶつけてしまうのがオチだった。
 ついに、足を引っかけられ、転ばされてしまった優花。
 研究者の一人が、その肩を力いっぱいつかんだ。
 ぐわしっ
「あ、ぐぐっ」
 優花は、歯を食いしばって、猛烈な痛みに耐えようとした。
「ははは。ほら、逃げてみろよ」
 研究者は笑って、優花の肩から手を外すと、その背中を突き飛ばした。
「くうっ」
 床に倒れ込んだ優花。
 身を起こしてうずくまるが、もう逃げまわったりはしない。
 涙ぐんだ目で、研究者たちを見上げるのみだった。
「どうした? もうわかったのか。無駄だって」
 研究者たちは、ぎらぎらした優花を舐めるようにみまわしていった。
「さあ、立て。立てよ!!
 研究者たちが、床を思いきり蹴りつけて叫ぶ。
 優花は、屈辱に肩をわななかせながら、立った。
 研究者たちにいわれるまま、両手首を差し出す。
 かちゃ
 手枷が、はめられた。
「数値をみたが、過去にも、いじられたことがあるな?」
 研究者の一人の問いに、優花は、はっとした。
「相当なトラウマらしいな。そうだ。まずは、同じことをやってやろうか」
「あ、ああ!!」
 思わず後じさりかけた優花は、手枷から伸びる鎖を強く引かれて、前のめりになり、よろけた。
 倒れた優花の身体を、研究者の一人が抱き締めるようにして、受け止める。
「柔らかい身体だな」
 両手で優花の脇腹をつかんで、その研究者は笑った。
 歯を食いしばって全ての扱いに耐えながら、優花は脳裏で必死に助けを求めた。
(助けて……助けて……勇平……)

「聞こえる……みんなの泣いている声が……みんな、ひどいことをされている……あたしは……」
 檻の中にうずくまって、他の檻から響いてくる悲鳴や泣き声に耳を澄ませながら、カノンは呻いていた。
 耳だけではない。
 精神感応によって、カノンは、虐待される生徒たちの心の声でさえも、まざまざと聞くことができた。
 自分も同じことをされるのではないかと思うと、カノンは背筋に悪寒が走るのを覚えた。
「カノンさん、大丈夫です。カノンさんが何かされるようなら、そのときは、私が身代わりになります」
 同じ檻の中にいる白石忍(しろいし・しのぶ)が、カノンに寄り添っていった。
 カノンは下着一枚の姿だったが、忍はまだ、そこまでの姿にはされていない。
「忍さん、そんなことしなくても、忍さんに誰かが手を出そうものなら、そのときは、あたしがそいつを殺します!」
 カノンは、忍の身体を抱きしめて、いった。
 いいながらも、自分で自分の言葉を、白々しく感じるカノン。
 超能力を封じられたカノンには、いま、何の対抗策もとることができないのだ。
「カノンさん、私は、本気です」
 忍は、カノンを抱き返しながら、耳元に囁いた。
 そのとき。
「おっ、ずいぶん仲がよさそうだな」
 研究者たちが、檻の前に現れた。
「何ですか? カノンさんに何かするつもりですか?」
 忍は、カノンをかばって立ち上がった。
「忍さん!!」
 カノンは、うずくまったまま、呻いていた。
 次第に、恐怖が自分を支配してきていることに、カノンは気づかざるをえなかった。
 研究者たちは、精神的に相手をいたぶり、徐々に屈服させるのが得意なようだ。
「そろそろ、頃合いかな。チーフが、お前を呼んでいる。集中治療のときだ。チーフは、自分にお前を専属にさせて、侍らせるつもりらしい。ある意味、出世だな」
 カノンの怯えた様子をニヤニヤ鑑賞しながら、研究者たちはいった。
 カノンは危険だと聞いていたが、次第に、手玉にとれるようになってきている。
 もしかしたら、カノンを支配できるかもしれない。
 チーフであるキイ・チークのことが、うらやましくさえ思える研究者たちであった。
「やめて下さい。その前に、私を、実験台にして下さい。おとなしく、身を差し出しますので」
 忍は、けなげな口調でいった。
「忍さん……いいんです。あたしが……あたしが……」
 カノンは、言葉を失った。
 肩が、恐怖で震えるのがわかった。
 研究者たちに、全てをみられている。
 忍はカノンの顔をみやると、首を振った。
「何をいっている? どけ。お前はいい」
 顔をしかめて手を振る研究者たち。
 そのとき。
 決心した忍は、自ら、着衣に手をかけ、脱ぎ始めた。
「う、うん!?」
 研究者たちは、目を丸くした。
 自ら下着姿になった忍の身体は、これまで誘拐してきた女生徒たちの中でも、とりわけ嗜虐の心をそそるものだった。
 はかなさを漂わせるその肢体に、研究者たちの目が釘づけになる。
「これで、検査を受けやすい状態になりましたよね。連れていって下さい」
 忍は、いった。
「ああ、待て。その前に、ゆっくり、一回転してみせろ」
 研究者たちは、生唾を飲み込んで、いった。
「はい」
 いって、忍は、ゆっくりと、身体を回転させた。
 研究者たちは、その全身を仔細に観察して、ため息をついた。
 いまカノンを連れていっても、チーフの実績になるだけである。
 だが、いま目の前にいる忍なら、自分たちで直接、いろいろやってしまえるのである。
「よし。チーフには、カノンはまだ十分でないと伝えよう。来い。俺たちの誰かに、専属してもらう」
 研究者たちは、誘惑に負け、忍をまず連れていくことにした。
 檻の外に出た忍の露な肩を、研究者ががしっとつかむ。
 まるで、自分のものにするとでもいわんばかりである。
 別の研究者は、忍のお尻をわしづかみにして、自分の方に引き寄せようとする。
「ま、待って! 忍さん!! ああ!!」
 カノンは、立ち上がって、膝をわななかせながら、鉄格子にかじりつき、忍に向かって手を伸ばした。
「カノンさん。できるだけ時間を稼ぎます。海人さん、カノンさんを助けて下さい。お願いします……!!」
 それだけいって、忍は、研究者たちに身体のあちこちをつかまれたまま、連れていかれた。
 研究者たちの脳裏には、忍を誰の専属にするかで、仲間割れが起きそうな予感さえあった。

「そんな。ああ……忍さん!! やめて、やめて!! もう!!」
 檻の中に取り残されたカノンは、涙を流して、拳を床にうちつけた。
 恐怖している自分を研究者たちにみられたことも、ショックだった。
 ひとしきり泣いてから、カノンはふと気づいた。
 それにしても、忍が最後にいった、「海人」とは?
 そのとき。
 カノンの脳裏に、またしても、何者かからのメッセージが届いた。
(カノンよ。忘れたか、同じ学院の強化人間である海人を。お前の身を案じていたはずだ)
(誰? 海人……ああ、想い出した。あの人は、説教するようなところがあるので、無意識のうちに、精神感応も拒否してたように思いますけど)
 カノンは、古い記憶を何とか呼び起こして、いった。
 海人。
 車椅子に乗った強化人間。
 いまごろ、どこでどうしているだろう?
 しばらく姿をみかけなかったので、死んだのかもしれない。
 コリマとも対立していたようだから。
(いまも、拒否しているのか?)
 謎の声の主は、いった。
(はい。あの人は、嫌です。上から目線でいろいろいわれるの、ムカつきますから)
(……)
 声の主は、嘆息しているように思えた。
(カノンよ。いまのおぬしに、手を貸してやることはできぬ……。だが、みながおぬしの身を案じている。そして、コリマも、海人も、同様だ。そのことを忘れるでないぞ。わしたちは、みなの想いが届いているからこそ、おぬしを見守っているのだ)
 そういって、その声は、消えていくように思えた。
(待って下さい。あなたは、誰なんですか? こないだ話しかけてきた人と同じですか? せめて、名前を……)
 カノンは、焦っていった。
(では、わしの姿を一瞬だけみせよう。おぬしには、はっきり知覚できるだろうからな)
 そういって、次の瞬間、カノンの脳裏に、あるイメージが閃いた。
 本当に、一瞬だった。
「結局、名前はダメなんですか? わかりました。書きとめます」
 カノンは慌てて、指を少し噛んで血をにじませると、その血で、檻の中の壁にいまみたイメージを簡単にスケッチしてみた。
「いまは手を貸せないって、どういうこと? 本当に、みんな、ムカつくったらありゃしない!!」
 スケッチはしてみたものの、声の主の正体はわからないし、カノンはイライラして、拳で床を殴りつけた。
 そこに。
「はっはっは。ここにいたか、カノン!!」
 洪笑とともに、悪夢のような人物が現れたのである。
 国頭武尊(くにがみ・たける)であった。

「どういうこと? なぜ、あなたがここに!!」
 勝ち誇った様子で檻の中に入ってきた国頭に気圧されるように、カノンは後じさっていく。
「うん? まあ、座れよ!!」
 国頭はニヤッと笑うと、カノンの腕をとらえて、突き飛ばした。
「ううっ」
 檻の床に倒れ込んだカノンは、身を起こして、国頭を睨みつける。
「何だよ、その目は。俺はここの、警備係をやることになったんだ。反抗的な奴にはお仕置きするぜ」
 国頭の目が、ギラッと光った。
 研究者たちの目にはない、野獣の荒々しさを秘めた光であった。
「どういうこと? ここの連中に協力して、何をするつもりなの?」
「おうおう、相変わらず勝ち気で、かわいらしいことで。くう、興奮しちまうなあ」
 国頭はカノンの肩をつかんで、うつぶせにさせると、その上に馬乗りになって、お尻をピタピタと叩いた。
「やめて……やめろ!!」
「うっせえよ!!」
 国頭に怒鳴られて、カノンはうなだれる。
 全て、されるがままであった。
「へへ。精神操作のノウハウを盗むつもりできたんだが、俺は難しいことはわからないんでな。又吉に解析させているんだ」
 国頭は、檻の外からこちらをうかがっている、猫井又吉(ねこい・またきち)を指していった。
「ところで、お前、きったねえ下着してるな。ここでは、洗濯とか、してもらってるのか?」
 国頭は、カノンのパンツにいろいろなものが沁みていて薄汚れているのを目にして、異様な興味をかきたてられたようだった。
 このパンツは、価値がある。
 国頭は、欲望がうずくのを感じた。
「……」
 カノンは、唇を噛んだまま、答える。
「おい、いえよ。パンツは洗濯してるのか? あとよ、ここでお風呂とか、トイレとか、どうしてんだよ? このパンツ、臭いもすごそうだからよ。ははは!」
 国頭は、いたぶるような口調でいった。
 実はこれも、研究者たちの作戦なのである。
 わざと、カノンの下着が汚れるようにして、気力が萎えるように仕向けているのだ。
 もちろん、最低限の衛生管理はしているが、下着の処理はわざとおざなりにしていた。
「くう。殺す。殺してやる……」
 呻いたカノンの頭を、国頭は思いきりひっぱたいた。
 すこーん
「はっ、やってみろよ! 無様だな。けどよ、このパンツは、本当に、なんていうか、惜しいよな……」
 国頭は、我慢できなくなってきた。
 カノンのパンツの、ボロボロ具合。
 これ以上放置したら、本当にビリビリになって、原形をとどめなくなるだろう。
 そうなる前に。
 国頭は、カノンのパンツに手をかけた。
 そのとき。
 国頭は、壁に何か描いてあるのに気づいた。
 先ほど、カノンが脳裏に浮かんだイメージを、指の血でスケッチしたものだった。
 その絵をみるや否や、国頭の目が驚愕に見開かれる。
「こ、これは!? おい、これをどこでみたんだ? お前は、これが何だか知っているのか?」
「……。知らない。頭の中に、話しかけてきたから」
 カノンは、それだけいった。
「こ、これは……これは、俺も夢の中で会ったことがある、愛の英霊、パンツァー・イタチューンだ!! どういうことだ、お前は、パンツァーのメッセージを受け取れるのか? というより、パンツァーはもしかして、この内部にいるのか?」
 想定外の事態に、国頭は、ひどくうろたえた。
 このとき、国頭は、わりと最近施設にやってきた自分にパンツァーがついてきていたのだと、気づくことはできなかった。
「知らない。早くどいて!!」
 カノンは、自分の上に馬乗りに乗ってわめいている国頭に、心の底からの憎しみを込めていった。
「パンツァーは、俺がこの絵をみることを予知して、カノンに姿をみせたのか? カノンに何を期待している? 残念だが、パラミタパンツ四天王として、ここでパンツを奪うのは諦めておいた方がよさそうだ。パンツァーが、カノンを守るつもりでいるのなら」
 国頭は、カノンの上からどいた。
「守る? 冗談じゃない。あたしがどんな目にあおうと、みんな、上から見下ろして笑っているだけなんだから」
 カノンは、うずくまり、膝に顔を埋めて、呟くようにいった。
「へへ、カノン! 後で、お前の身体データを全てもらってやるぜ!! どこが感じるかもわかっちゃうだろうな。楽しみだ!!」
 神妙な顔で檻を出た国頭の脇で、又吉がカノンを睨みつけて吠えていた。

「国頭め。やりすぎなくてよかった」
 モニターでカノンの檻の様子を監視していたキイ・チークは、国頭とカノンの一連のやりとりをみて、ホッとしたようにいった。
「大事な被験体なのだ。別に、助平心でもてあそんでるわけじゃない。その辺のけじめはつけてもらわないと困る。確かに、そそる身体だが、な」
 キイは、カノンをみるたびに胸が高鳴る自分を戒める意味でも、そうひとりごちた。
「それにしても、パンツァーとは!! おおいなる主に敵対する存在のひとつではないか。汚らわしい!! しかしカノンは、予想以上にアンテナが鋭くなっているようだ。用心するに越したことはない」
 キイは、席を立つと、研究室の一隅に設けられている祭壇の前にひざまずき、一心に祈りを捧げた。
「主よ。あともう少しです。きたるべき新しい次元を切り開く、絶対忠誠の兵士は、着々と生み出されております。どうぞ、研究の成就をお見届け下さい」
 祈りながら、キイは、なぜカノンには自分たちの「主」の声が聞こえないのだろうと思った。
 おそらく、カノンの精神レベルはまだ、そこまで高くはないのだ。
 せいぜい、パンツァーのような、キイからみれば「低次」の存在と波長がときたま合うというレベルなのだ。
 キイは、カノンの限界をみたように思った。
 キイにすれば、おおいなる「主」とは、精神レベルが突き抜けて高くなければ感応できないはずだ、という想いがあったのである。
 実際には、波動と波動が調和するかどうかの違いだったのだが。
 カノンは、パンツァーの声を聞けるぐらいのよい波動をまだ持っていたのである。
 キイが、もの想いにふけっていた、そのとき。
 コンコン
 研究室の扉がノックされた。
「うん? 誰だ? 入りたまえ」
 キイは、促した。
 ガチャ
「ワハハハハハハハハ!! 深海、この、太古の昔の記憶を伝える淵にうごめくものどもよ、待ちかねておったかな? 我が名は、秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者のドクター・ハデスである!!  おお、苦しゅうない、ちこうよれ!! こうして我からたずねてきたやったぞ!! 感謝感激雨霰で迎えるがよい!!!! ハハハハハハハハハハ!! ハアハア」
 扉を開けるや否や、けたたましい洪笑とともにドクター・ハデス(どくたー・はです)が踏み入ってきたのである。
「うん? 何だ、お前は!! ちゃんと許可をとってここにきたのか?」
 キイは、「入れ」といったことを心の底から後悔していた。
「ハアハア。ああ? そ、そうだ。技術交流の提案をしたくて参った!! まあ、堅苦しいことは抜きだ。無礼講でいこうではないか!!」
 大きな声でしゃべり過ぎて息切れしながら、ハデスは片目をつむって、キイに握手を求めた。
「ぶ、無礼講でいこうとは、それこそ無礼な!!」
 キイは、憮然とした面持ちだ。
「握手をせんのか?」」
「消毒してからにしてもらおう」
 キイは、この状況で最も優しいと思われる言い方で答えた。
 落ち着け、落ち着け。
 自分は、科学者なのだから。
 うん?
 そういえば、こいつも科学者なのか?
「技術交流とは、どういうことだ?」
「フフフ。特に改造技術について、諸君らは卓越したノウハウを持っているそうではないか。だが、我らがオリュンポスでも、戦闘員開発のため、独自の改造技術を発展させているのだ。ここはひとつ、手に手を取り合って、相互利益を図ろうではないか。ああ、百聞は一見にはしかず。いまから、我が研究・開発を行った、世界に誇るオリュンポスのスーパー戦闘員軍団をご披露しよう!!」
 ハデスがパチンと指を鳴らすと、全身黒タイツの、オリュンポスの戦闘員さんたちが大挙して部屋に押し入ってきた!!
「イー!!」
「イー!!」
 奇怪な駆け声を発しながら部屋中を走りまわり、バク転や側転を披露して派手に動きまわる戦闘員たち。
 パフォーマンスが終わると、全員横一列に整列して、ハデスに向かって敬礼してみせた。
「イー!!」
「おお、苦しゅうない。ちこうよれ!!」
 ハデスは、すっかりご満悦だ。
 ドヤ顔で、キイをみて、うなずく。
「やれやれ」
 キイは、呆れてしまったようだ。
「ククク、我の科学力の素晴らしさを前に、言葉も出ないようだな」
 ハデスは、深い満足感を味わっていた。
「……悪いが」
 出ていってくれないか、とキイがいおうとした、そのとき。
「兄さん!! いきなりこんなに部屋に戦闘員を入れたら、迷惑ですよ」
 高天原咲耶(たかまがはら・さくや)が部屋に入ってきて、ハデスを責めたのである。
 おお!?
 キイの目は、咲耶の肢体に釘づけとなった。
「む。改造人間サクヤか。このような深海にまで、ご苦労であった」
「兄さん!! いい加減、私を改造人間と呼ぶのはやめて下さい!! それに、この人たちと連携って、どういうことなんですか?」
 ハデスと咲耶のやりとりを聞きながら、キイは胸が高鳴るものを覚えた。
「おお、これがオリュンポスの改造人間か。素晴らしい。是非、我々に研究させてもらえないだろうか」
 キイの申し出に、咲耶は青くなった。
「ええ!?」
 だが、ハデスは大喜びだ。
「おお、よかろう。その代わり、そちらの技術も提供してもらうぞ」
「ああ。交渉成立だ」
 キイは笑って、ハデスと握手をかわした。
 だが、キイの目は、ずっと咲耶に向けられていた。
 咲耶の、胸に、お尻に、キイはいやらしい視線を向けていたのである。
「ちょ、ちょっと!!」
 抗議しそうになった咲耶に、ハデスは目で訴えた。
(作戦どおり、囮になるのだ)
(はっ!? そ、そうでしたね)
 咲耶は、作戦を思い出して、キイに歩み寄った。
「それでは、キイ様。ご命令により、私を提供いたします。まずは、どのようにすればよろしいですか」
 キイは、咲耶の手を握りしめて、いった。
「そうだな。さっそく、検査を行おう」
 いいながら、キイは、咲耶のスカートの裾に手をかけ、まくりあげる。
「きゃ!? や、やめ……」
 悲鳴をあげそうになった咲耶の口が、ハデスの手で塞がれる。
(耐えろ。向こうには向こうのやり方がある)
「素晴らしい。このように、身体がよくみえるような姿になって欲しい」
 まくりあげられた、咲耶のスカートの中身に目を注ぎながら、キイはいった。
(こ、こういう扱いに我慢しなきゃいけないんですか? もう、しょうがないですね)
 咲耶は、肚を決めた。
 これも、兄のためである。
「こっちにきたまえ」
 キイは、ハデスには目もくれず、咲耶の手を引いて、検査機器の前に咲耶を連れていった。
 キイが、咲耶の上着に手をかけたので、咲耶は慌てた。
「い、いいです。自分で脱ぎます」
「ああ、いいんだよ。私が脱がせてやろう。ほら、手は後ろで組んで。直立して、何をされても微動だにしないで欲しい」
 キイはニッコリ笑ってそういうと、咲耶の上着を脱がし、下着一枚の姿へと剥いていく。
 頬を真っ赤にして立っている咲耶の姿を眺めて満足しながら、キイは、その首に首輪をはめた。
「さあ、咲耶よ。這って歩くのだ。この施設を引き回して、案内してやろう。私の部下たちにも、お前をお披露目できる」
「え、ええ!! そんな……」
 絶句しながらも、咲耶は従った。
 これが研究?
 咲耶からみても、キイたちは狂っているとしか思えなかった。
「フフフ。いい格好だ。素材がいいと、やりやすい」
 キイは、咲耶が従順なのに喜んだ。
 キイは、カノンの治療を行うまで、咲耶で楽しもうと決めたのだった。