校長室
星降る夜のクリスマス
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●二人のブラウアヒメル、それぞれのヤドリギ ユマが葛藤しているその正反対の側では、 「ごめんな。もう夜も遅いのに呼びだして……迷惑だったか?」 七刀 切(しちとう・きり)がパティ・ブラウアヒメルををツリーの下に連れ出すことに成功していた。 「うん、迷惑。滅茶苦茶寒いんだけど、あと、ちょっと眠いし」 ぶすっとした顔でパティは言った。 「う……」 言葉を失ってしまう切である。あいかわらずきついなあ、パティは――まあそれが魅力ではあるのだけれど。 ところが悄然とする切を見て、「バカね」とパティは彼の背を叩いた。あははと笑っている。 「ホントにそう思ってるわけないでしょ。本気で迷惑と思ってたら来ないわ。それに私、寒さには強いのよ、忘れた?」 「あ……そうか。人が悪いなぁパティは! 俺、結構本気にしたぞ」 「ユーリがひっかかりやすすぎるのよ」 やはりパティは(主として二人きりのときは)彼を『ユーリ』と本名で呼ぶ。 切も彼女の前でだけは、心の仮面を外して『俺』という一人称を使う。 「あと、眠いというのも当然嘘だからね。これで眠いとか言ったらバチがあたるわ」 このときシンクロするように、ユマ・ユウヅキも『罰当たり』と同様の表現を使っている。本筋には関係がないが、これもクランジの共通性だろうか。 閑話休題。 「『これで』、って?」 「だってユーリ、私がローや煉、美羽とすごす時間を優先してくれたでしょ。自分は最後でいい……って、パーティが終わるまで待ってくれて……」 さくさくと白い雪を踏みながら歩いた。 「いや、そうとも言い切れない……実は、考えをまとめるために最後にしてもらったのかも」 切は自分の手が震えていることを自覚していた。緊張してる。正直、かなり。 唇をちょっと舐めて、言葉を続けた。 「で、回想したんだ。今までいろいろあったよな……って」 この言葉にはパティもしおらしく「そうね」と応じた。 途切れ途切れに彼は話した。 始めての出逢い。雪山で七夕兼誕生日をしたこと。 割と大変な時に好きだって言ったり、爆弾がどうたらときて次は魔剣騒ぎ。 ずっとパティを追いかけてた、そのことを。 後悔はしていない。むしろ、今となっては良い思い出だ。 「でもさ、俺は怖かったんだと思う。好きだ好きだ言ってるくせに大事なことをいつも後回しにしてた」 これまでの人生、切、すなわちユーリにとって、勇気が必要な場面は少なからずあった。パティに絡む話では、それこそ何度も。 けれど多分、この瞬間こそ最大の勇気が必要だったろう。 彼は言ったのである。 「好きだパティ。俺と付き合ってくれ、できれば結婚を前提に」 今まで好きだと言いつつも、彼女に返事をしてほしいとは言わなかった。 パティから返事は保留って言われてから時間はあったのに、改めて聞くことはなかった。 ――そうだ。 切にはわかっているのだ。 フラれるのも、今の関係や生活が壊れてしまうことも怖かった。 宙ぶらりんであろうとも、パティと一つ屋根の下、楽しく過ごせればいいじゃないか。満足じゃないか。そう己に言いきかせて、もう一歩を踏み出せなかったのだ。 ――けど、それでもやっぱり俺はパティが好きだ。 ヤドリギの下で話そうと思ったのだが、そんな計算はとうに吹き飛んでいる。ヤドリギ飾りなんか見えないけれど、切は想いをすべて吐き出していた。 「嫌じゃないなら……いや、俺が好きなら受け入れてくれ。そうじゃないならぶっ飛ばしてくれていい」 これで言うべき事は終わり。あとはパティの返事を待つだけだ。 パティは黙っている。 ユーリの人生で、最も長い数秒間がここから始まる。 黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)はイルミンスールの校門付近から、遠くに見えるクリスマスツリーを眺めている。本日のパーティで彼女は切に付き合い、彼の決意を聞いて発破をかけておいた。 今頃、決定的な瞬間が訪れているだろう。 先に帰ると切には告げたものの、立ち去りがたいのも事実だ。 しかし……いくら音穏が気を揉んだからからといって、上手く行くものでもないだろう。 「なるようになる、か」 ふっと息を吐いて、やはり音穏は帰路につくことに決めた。 ――まぁ失敗したら、慰めてやらんでもないさ。 数秒後。 パティ・ブラウアヒメル、かつてのクランジΠ(パイ)は、静かに微笑した。 「……ごめんね。その……ぶっ飛ばすことになりそう……」 切は愕然とした。だが、後悔はなかった。 ――いいんだ。かえってスッキリした。 あとはぶっ飛ばされるのみ。観念して目を閉じた。 「屈んでくれない? 届かないわ」 切が応じた。そのとき、 「あのね、私、その……経験ないわけで。これが正しいやり方かどうかわからないけど」 と早口に言って、パティは彼の唇にキスをした。 短いけれど唇が触れあう程度ではなく、舌と舌が接触するほどの接吻。 「え……?」 軽く屈んだまま、麻痺したように硬直した姿勢で彼は言った。 「……ぶっ飛んだ? まあ、別の意味でだけど」 「……う、うん……かなり」 「答えは『イエス』よおバカさん。……ホント、ユーリってひっかかりやすすぎるよね」 目を開けて彼は、パティを見た。 いじらしいほどに照れて、両手を背で組み、足元を爪先で掘ったりしている彼女を。 「大体、遅いってのよ、バカ。部屋は別だけど同じ家にいるんじゃない。さっさと告白しなさいってのもう。……それと、後悔しても知らないよ。私、かなり嫉妬深いんだから……浮気とかしたらマジぶっ殺すからね……こっちは文字通りの意味で!」 パティは妙に強がっているが、真っ赤になって顔を上げられないままなので、あまり脅しらしくなかった。 「しない! 浮気、ダメ、絶対!」 動転のあまり変な口調になるが、不意打ちを受けたままではいられないと彼は奮起した。 「じゃあ、約束のキスをさせてほしい」 二度目の口づけは、もう少し長く。 ローラと一緒にいるのは柚木桂輔だ。 結局、ローラを待っていたらパーティが終わってしまった。 「遅くなった。ごめん」 申し訳なさそうなローラだったが、桂輔は笑顔で彼を迎えた。 時間はかかったけれどそれでもよかった。だって今から自分は、あのローラを独占できるのだから。 「行こう」 彼が手を出すとローラは迷わず握った。無防備というか純真無垢というか……そこが彼女の魅力ではあるのだけれど。 ぱたぱたとベージュのコートをはためかせながらローラは歩く。先導する桂輔も正装のコート姿。なんだか愛の逃避行の図に見えないか――なんて考えると桂輔の頬は緩んだ。 それにしてもローラは、あまり落ち着かないようだ。 なんだかツリーの飾りを探しているように見える。 ――気になる物でもあるのだろうか? 飾り? 桂輔は見回してみる。 ミニチュアの星やトナカイ、赤ちゃんに履かせてあげたくなるようなブーツ、ヤドリギの束……。 そんなものが目についた。 まさかとは思う。 でも、ヤドリギの伝承を思い出したら、もういてもたってもいられなくなった。 桂輔は白い息を吐きつつ、ヤドリギ飾りを目指した。 「ローラ、キスしていいか?」 一か八か、ストレートに言う。 するとローラは急に、身を小さくして首を振ったのである。 「だ……ダメね。そういうの、よくない、思う」 「ヤドリギの伝承は知ってるだろ? これは言い伝えに乗っ取った話だから。やましい気持ちじゃないから。従わなかったら呪いがかかったりするかもしれないぜ」 彼とて自分でも滅茶苦茶言っているような気はしているのだが、そこは押し切ってみた。 「でも……」 ここで桂輔は我に返った。 パティがこれを知ったら……烈火の如く怒るのではないか。それどころかパティの超音波攻撃で、五体バラバラにされてしまうかもしれない。 なので多少冷静になって訊く。 「……そういえばキスのこと……パティに話してないよな?」 「チューしたなんて、ワタシ、恥ずかしくていえないよう」 もじもじする彼女は、なんだかとても可愛い。それはちょうど小さな子に、カメラを向けたときの反応のようだった。 まあとりあえずはセーフ、ということか。 「それで、キスなんだけど」 「だ……だったら、ほっぺなら、いいよ」 いくらか残念だが、それはそれでいいという気もする。 「よし、なら」 桂輔は彼女の、つやつやの肌にキスをした。 ――こうなったら勢いだ。もう言ってしまおう。ダメ元だけど。 「この前も言ったと思うけど、お前が好きだ! だからその……恋人になってくれないか?」 「えっ! だ、ダメ!」 どーん、という擬音がぴったりなくらい勢いよく、ローラは桂輔を突き飛ばした。これはたまらない。彼は勢いよく積雪の中に埋まってしまう。 「そういうの、もっとよく知り合ってからのこと、思う! ワタシ、まだ桂輔のことほとんど知らないよ! だからまだダメ、まだ今は……!」 埋まったままなので桂輔に彼女の表情は判らない。 けれど、きっと戸惑いと恥ずかしさと嬉しさ(多分!)がないまぜになったような顔をしているのではないか――そう思った。 脈がないわけじゃない。だから落ち込むのはよそうと桂輔は決めた。 だってローラは『まだ』ダメと言ったじゃないか。