校長室
四季の彩り・冬~X’mas遊戯~
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24−12 「……大丈夫か?」 「は、はい。平気です……」 高円寺 海(こうえんじ・かい)の差し出した手に掴まりながら、杜守 柚(ともり・ゆず)は若干ふらふらと立ち上がった。何というか、まだちょっと、平衡感覚が戻らない。ジェットコースターは苦手だから少し気合を入れて目を瞑って。それでも充分過ぎる程にスリルがあって思い切り声を出して。 でも、一瞬だけ目を開けたらそこは丁度連続ループの真っ最中で。 『きゃああああああっ!?』 最前列にいた人よりは――声は出していなかったと思う。けれど、終了後のこの感覚ばかりはどうしようもなかった。 「あんまり大丈夫じゃないような……」 「ご、ごめんなさい……海くんと一緒なら乗れるかなって思ったんですけど……」 「え?」 「え?」 くらくらしつつ思いつくままに言ってから我に返る。はた、と海を見たら不意を打たれたような彼と目が合い、柚は慌てた。 「えっと、ほら……私、友達と一緒ならコースターも乗れるんですよ! 前も、三月ちゃん達と乗って、大丈夫だったんです」 「そ、そうか……」 硬直していた海は、数度瞬きしてからまた歩き出す。手を繋いだまま外に出る途中で、柚は背後を振り返った。 「でも、目を開けて見えた景色は新鮮で、思い出すと、やっぱり楽しかったです」 自然に浮かぶ笑顔に、それを見ていた海の口元にも笑みが生まれた。近くのワゴンに目を留め、柚に言う。 「何か、飲み物を買ってくるよ」 そして、妖精の絵の入ったペットボトルを2本買って戻ってくる。お礼を言って受け取った1本を飲む頃には気分もすっきりしていて、2人は並んでデスティニーランドを散策する。 「クリスマスなだけあって、やっぱり、あの時とは雰囲気が違いますね」 目に映る場所の多くがこの時期だけの限定仕様となっていて、歩いているだけでも特別な日を過ごしているという気持ちになれる。スタッフを含めた園内全体が高揚感に満ちていて、そんな遊園地で1日を過ごそうと訪れた人々の数もキャンペーン外の時より多く、見通しが悪いから気をつけていないと逸れてしまいそうだ。 「ほら」 歩幅の大きい海についていこうと小刻みに歩いていると、海が腕を出してきた。ここに掴まれ、という意味らしい。 「ありがとうございます」 肘の内側をちょこんと掴む。クリスマスの遊園地を好きな人と一緒に巡る。恋人じゃないしと大人っぽくない場所を選んだけれど、2人でこうしていられるだけで、何だか幸せだ。デスティニーランドに来るのは初めてではないし、他の場所よりも自然体でいられるような気がする。 「そうだ海くん、私、メリーゴーランドに乗りたいです」 「メリーゴーランド……ああ、あれか」 「いえ、あれじゃなくって……、普通のも出来たので」 海が指した先には、馬が競走するという特殊なメリーゴーランドがあった。そちらではなく、柚はもう1つの方に足を向ける。お城の白馬のようなデザインの馬が、のんびりとまわるタイプのものだ。夜になって電飾が灯り、暗い中で白く輝き回転している。周囲には、沢山の女の子や子供達が集っていた。 「う、これは……」 海は思わず、列の前で足を止めた。回れ右しそうになった。白馬に乗っているのも、見事な程に女子ばかりだ。きらきらと光るメリーゴーランドは具現化したオルゴールのようで、これに乗るのは流石に、恥ずかしい。 「やっぱり、一緒は駄目ですよね……」 その思いが伝わったのか、柚は下向き加減に残念そうな顔をしている。彼女のその表情を見ていたら『外で見てるから』とも言いにくい。 「いいよ、乗ろう」 彼女の手を引いて列に並び、スタッフの誘導で白馬に乗る。海は外側の、柚の斜め前の馬だった。後ろを見ると、柚が嬉しそうに手を振ってくる。前を向くと女性スタッフがにこにこ顔を向けてきていて、「可愛い彼女さんですね」とひとこと言った。男子ソロじゃないのは分かってますから恥ずかしくないですよ、という意図が伝わってきたが、何故か無性に顔が熱くなってくる。 周回の間、海は周囲の人々ではなく頭上を見るように努めてたまに柚を振り返った。彼女は楽しそうな笑顔を浮かべていて、断らなくて良かったか、という気分になった。 メリーゴーランドを降りて観覧車に乗る頃には、パレードが近いのか沢山の人が道に集まっていた。観覧車が一周する間に、上から見物できそうだ。 「わあっ、綺麗ですねー!」 窓に両手を当てて、柚は眼下に広がる夜景に目を輝かせた。前にも一緒に乗った観覧車だけれどその時はちょっと、切なくて。景色を楽しめるような心境にはなれなかったから。 けれど今回は、心置きなくイルミネーションを眺めることができた。 「ああ、綺麗だな……」 そう言う海の横顔もどこか穏やかで。 彼のことが好きだから、楽しんでくれているのかつまらないと思っているのかは表情で分かるつもりだ。今の彼の表情は、柚を嬉しくさせてくれるものだった。 でも、と。 2人きりの空間で、海をそっと眺め遣りながら、柚は思う。 ――海くんの夢が叶った時、私は傍に居るのかな? 叶って欲しいけれど、彼が遠くに行ってしまう気がして不安になる。 ――不安が、雪と一緒に溶けてくれたらいいのに……。 伝えられない思いを胸に抱えたまま、柚はじっと、夜の中の光を眺めていた。 ◇◇◇◇◇◇ 「あ、フィル君、雪……」 「……本当だ。ホワイトクリスマスですね」 ブーケを手にしてからも、遊園地でめいいっぱい遊んだフレデリカとフィリップは、腕を組んだまま2人で空を見上げた。雲に覆われた藍色の空から、白い雪がちらほらと降ってきている。彼女達は1日の締めくくりに、と観覧車に乗りに来たところだった。すぐに1台のゴンドラが乗車口に停まり、2人を迎え入れる。向かい合って座ると扉が閉まり、ゆっくりとした上昇と共に視界が徐々に広がっていく。 先程まで目の高さにあったものが下方へと遠ざかり、それぞれの屋根が見えてくる。沢山の電飾の光が、建物やアトラクションを型取り闇に浮かび上がらせていく。その中で、ジェットコースターの光だけが空中で高速移動していた。雲に覆われた空の下で、消えることなき流れ星を演じるように。 「雪の中の夜景も、綺麗ですね……。フリッカさんと恋人になって初めてのクリスマスがホワイトクリスマスになるなんて、僕は幸せです」 「フィル君、これ、クリスマスプレゼント……」 夜景を見て、そしてフレデリカに向き直ってフィリップは微笑む。その彼に、フレデリカは用意してきた長方形の箱を差し出した。やっとの思いで手に入れたプレゼント――気に入ってもらえるかな、とドキドキしながら、上目遣いで様子を伺う。 「ありがとうございます。……開けていいですか?」 「う、うん……」 頷くと、フィリップは丁寧に箱の包装を解き始めた。リボンを外し、破かないように気をつけながら紙を広げていく彼の手元を、フレデリカは真剣な瞳でじっと見つめる。 「フ、フリッカさん……?」 「あ、ご、ごめんなさい、つい……」 顔を上げると、フィリップは困ったような苦笑いを浮かべていた。肩に入れていた力を抜き、慌てて姿勢を正す。あまり注目されていても、開け難いだろう。 「これは……懐中時計ですね」 アムール・アンジェ――『天使の愛』と名付けられた時計の箱には、『Since』から始まる製造年が書かれていた。それは、遥か昔を示すもので――このアンティークの懐中時計が、古代シャンバラ王国の時代に作られた由緒正しいものであるということが分かる。 「まだ、動いているんですね。これは凄いな……」 驚きながら、フィリップは同封されていたメッセージカードを開いてみる。そこに書かれていた『これからも二人で、ずっとずっと同じ道を歩き続けられたら嬉しいです』という一文に、彼は優しい笑みを浮かべる。カードを箱に仕舞い、懐中時計を首にかけてフレデリカと目を見交わした。 「……そうですね。5000年以上の時が経っても変わらずに在るこの時計のように……、僕達はきっと、いつまでも一緒です」 そして、フィリップもフレデリカにプレゼントを渡した。真珠色の箱に入ったそれは、星飾りがついた赤い精霊石のブレスレットだった。 「危険を遠ざけてくれると言われているお守りです。いざという時には、石から放たれる光が持ち主を守ってくれるそうです。おまじないみたいなものですが、この赤い精霊石と星飾りがフリッカさんのイメージにぴったりだと思ったので……」 「フィル君……ありがとう」 フレデリカは本当に大事そうに、愛おしそうに小箱を胸の前で抱いた。ニコニコと満面の笑みを浮かべて、フィリップにお礼を言う。 彼から貰った物は、それだけで何物にも代え難いものだった。