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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第25章


 四葉 幸輝と武神 牙竜、そしてレン・オズワルド達がアニーのカプセルを護り交戦している間、すでに壁も壊されてただの広い空間となってしまったパーティ会場では、また別の戦いが繰り広げられていた。


「うわっとおぉ!?」
 レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)のパートナー、ウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)は思わず声を上げた。
 共にアニーを救うためにビルに潜入していたはずの博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)が突然暴れ出し、パーティ会場へと走り去ってしまったからである。
「博季さん……亡霊に憑依されてしまったようですね」
 レイナの言葉を待つまでもなく、パーティ会場で四葉 幸輝を探して暴れまわる博季の姿からも、それは明らかだった。

「ちっ……」
 もとより博季は充分に経験を積んだコントラクターで、仮に亡霊がその実力の何分の一かでも使うことが出来るならば、厄介な相手になることは間違いない。
「というわけで……頑張ってください、ウルさん。私はまだ憑依できていない亡霊と周囲の警戒に当たりますので」
 涼しい顔で継げるレイナに、ウルフィオナは軽く咳き込んだ。
「ちょ、いやそれはさすがに無茶振りってヤツだろぉ?
 アレを一人で止めろって……? っていうかさ……アレ……」

 ウルフィオナの言葉にレイナが視線を送ると、今まさに博季が幸輝を探してパイーティ会場を飛び回っている最中だった。
 その様子は非常に軽やかで、無理やり身体を動かされているようにはとても見えない。

『幸輝……お父さん……コろす……この身体が、協力してくれるうちに……!!』

「……完全にシンクロしてますね……博季さんともあろう方が、憑依にまったく抵抗できないとも思えませんが……?」
 ウルフィオナは、『絶空』を抜き、両手に二本構えた。
「あのヤロウ……亡霊に協力してやがんな……。
 しょうがねぇ、アイツにゃあアイツなりの考えがあってのことだろうし……。
 とりあえずあのバカを止めながら時間稼ぎ……イザとなれば、しばいて戻してやんねぇとならねーし……やれやれ世話の焼ける……」

 ぶつぶつ文句を言うウルフィオナに、レイナがそっと告げた。
「そうですね……でも、頑張りましょう。
 あぁ、それと手加減はあまりしないほうがよろしいかと思いますよ?
 仮に亡霊に積極的に協力しているのであれば、かなりの戦力があるでしょうし……」
 レイナは封魔の錠前の封印を外した。最初から二個――全力だ。
 ウルフィオナもまた両手の刀を握り、意識を集中しているのが分かる。
「あぁ? どっちみち加減する気なんてさらさらねぇぜ!?」

 まるでロケットのような推進力で、ウルフィオナが跳ねた。その先は博季。一直線にターゲットを補足し、その胴体に協力な蹴りを叩き込む。

『!?』
 不意を突かれたのか、博季に憑依した亡霊は真一文字に飛来したウルフィオナの蹴りをまともに受け、数m飛ばされた。

 しかし。

「ち……やっぱ厄介なヤツだよ。アンタは」

 軽やかに着地したウルフィオナは博季を睨む。
 激しく飛ばされたはずの博季はそのまま空中でくるりと回転して、何事もなかったかのように着地した。
『……すご……い、この身体、スごい!!』
 むしろ驚いたのは憑依した亡霊だった。博季自身が無意識下で肉体を制御し、ウルフィオナの蹴りを軸をずらして受け止めたのだ。
 派手に飛ばされたように見えて、その実博季が自分から飛び、ウルフィオナの蹴りを軽くいなしたのだった。

「……ふぅ……何の因果かねぇ……ま、無茶振りされなくてもやる事に変わりはねぇし……同じか。
 そっちがそのつもりなら、時間稼ぎどころじゃねぇな。
 こっちも全力だ!!」

 両手の刀を振りかざして、ウルフィオナが獣人の猛スピードで博季に迫る。
 対する博季は自らの守護剣を手に、ウルフィオナの鋭い残撃を受け止めていった。

 その様子を見守りつつ、レイナは呟く。
「……博季さん……私たちならあなたを止められると踏んでのことでしょう……。
 何か策があるなら、お願いしますよ……」


                    ☆


「これは……」
 南條 託(なんじょう・たく)はパーティ会場の床に両膝をついて、呻いた。
 自分が亡霊に憑依されたであろうことはわかった。
 その身体が勝手に動き出そうとしていることも。

 徐々に意識が遠のいてくる。自分とて、それなりに修行を積んだコントラクターのつもりだったが、こうまで容易に意識を奪われそうになっていることに、驚きを覚えていた。

「このままじゃ……恋歌ちゃんを殺しに向かってしまうねぇ……ま……ずい……な……」

 意識が薄れると同時に、徐々に託の中に膨れ上がってくるものがある。
 託に憑依した『恋歌』の亡霊の感情。

 それは重く狂おしいほどの、憎しみと嫉妬の感情だった。


 幸輝が憎い、自分達を娘として迎えておきながら、能力の生贄として使った。偽りの愛情を与え、騙した男を許すことが出来ない。


「そうだよね……本来の自分とは違う名前で扱われ……結局は欲望の道具としてしか使われず……そして死んでいった……。
 憎む理由としては充分だよね……うん……わかるよ……」
 理屈ではなく、亡霊である『恋歌』の感情が流れ込んできた。どんな言葉で伝えられるより、その憎しみ、悔しさが伝わってくる。

「でもね……」


 恋歌が憎い。自分と同じ運命をたどるはずだったのに、特殊な力を生まれつき持っていたというだけで、自分は与えられなかった社長令嬢という立場、そして自由を手に入れた。


「そうだよね……自分だって手に入れられたかもしれないものね……ちゃんとした生活……欲しかったよね……。
 それを手に入れてしまった恋歌ちゃんが許せない……羨ましい……妬ましい……うん、わかるよ……」
 薄れゆく意識の中、片膝をつく託。
 愛剣である『花嫁の想い』を杖代わりに支えにし、何とか倒れこむことを防いだ。

「でもね……」


 その剣の先端が視界の端に写ったとき、託に一瞬だけ意識が戻る。ここで倒れ、亡霊に意識を支配されるわけにはいかない。
 この感情に身を任せることは、更なる不幸を呼ぶことになることは分かっていた。
 それだけは防がなければならない。

 そう、この剣に込められた想いにかけて――。

「……ふざ……ける……な……!!」

 気付いたら剣の先端を膝に突きつけていた。
「……ははっ……やっぱり……痛いや……でも……」
 軽口と共に熱い息が漏れる。
 痛みを感じている間は意識を保っていられる。

 けれど、身体の自由が利かなくなってきていることに、託は気付いていた。

「……憎いから殺したい……羨ましいから……殺したい……そんなことして……なんになる……!!」

 その反面、亡霊の感情の支配から逃れ、託の内側に湧き上がる感情があった。
 亡霊の感情を押し留め、少しずつ、託の意識を取り戻していく。

 それは怒りかもしれない。
 それは悲しみかもしれない。
 それは同情かもしれない。

 このままの形で亡霊の想いを遂げさせるわけにはいかない。
 だがまだ足りない。亡霊の感情を押し留め、身体の自由を取り戻したところで、事態の解決にはならないのだ。


 その時、ふと何かが聞こえた。

「……?」
 託の耳に一瞬聞こえたそれを、最初は何だか分からなかった。
 けれどすぐ、託に憑依した亡霊の方が理解した。


『呼んでる……私を……歌……』