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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第29章


「うた……ひかりを……」

 崩れた瓦礫で造られた空間の中、日下部 社は響 未来の声を聞いた。
「未来……分かったで……」
 社は立ち上がり、精神を集中した。
「どうする気?」
 未来を膝枕で寝かせている春美は、その様子を見上げた。それに社が応える。
「決まってるやろ、あれを見てみ」
 社が春美に指差した先には、同じように亡霊に憑依され、苦しんでいるノーン・クリスタリアがいる。そのノーンを励ますために、知りもしない子守唄を歌っているウィンターも。

「あの娘らと同じや、パートナーや親友が頑張ってるから、何とかして応援してやろうとする。
 そんな風に頑張っている人を応援するのが、本来はアイドルの仕事やと思ってる。
 そして俺は846プロの社長――アイドルを応援するのは社長の仕事や!!」

 春美の横から、スプリング・スプリングが手を出した。
「春美……握ってあげてピョン」
「うん」
 未来が苦しそうに伸ばした手を、春美がそっと握る。

 その様子を見た社は、叫んだ。
「未来にも聞こえてるんや、あの歌が!!
 俺は歌ってやることはできん、けれど――」
 集中した光術を、皆の上、覆いかぶさるように重なった瓦礫へと全力で放つ。


「そろそろ起きてもらうで未来!!
 ステージは――846プロの社長である、この俺が整えてやるからな!!!」



                    ☆


 そろそろビルそのものが倒壊を始めようとしている。
 未来からの使者 フューチャーXの破壊活動による火災、そして各階での亡霊とコントラクター達の戦い、更に白津 竜造による屋上の破壊などが度重なった結果である。

「急がないといけませんわ、理沙!!」
 セレスティア・エンジュは叫ぶ。五十嵐 理沙はセレスティアと共に何とかビルを最上階まで昇り、恋歌を探していた。

「わかってるよ――けど!!」
 やっと最上階へとたどり着いたかと思えばそこは瓦礫の山だ。
 パーティ会場はめちゃくちゃに壊され、あちこちで火の手があがっている。
 最上階の壁も無残に崩れ去り、元々広かったパーティ会場と他の部屋の隔たりがなくなって、ほとんど1フロア丸々瓦礫で埋められた様相を呈していた。

 その中で、アニーのカプセルが見えた。カプセルを守るように、数人のコントラクターが戦っているのが見える。その相手は四葉 幸輝だ。
 幸輝が次々に繰り出す攻撃はまるで無尽蔵で、腕利きのコントラクターといえども、苦戦を強いられているように見えた。

 何人か、瓦礫の上に立つコントラクター達がいる。それと対峙するように小鳥遊 美羽や遠野 歌菜たちの姿。どうも『恋歌』の亡霊に憑依されたコントラクターをとめようとしているようだが、この一瞬、何かに気を取られているように見えた。

「どこにいるの……恋歌さん……」
 セレスティアの声に焦りが浮かぶ。
 事件の鍵を握る何人かの人間の姿は確認できた。
 しかし、肝心の恋歌の姿がまったく見えないのだ。
 それに……。

「見つかったとしても……どうしたらよいのでしょうか」

 ぽつりと、セレスティアの口から疑問が浮かんでしまった。
 仮に恋歌を見つけたとしても、事態が進行していなくてはまだレンカが憑依している可能性は高い。
 とすれば、自分たちの実力でレンカを止めることができるだろうか。
 だが、そんなセレスティアの前で、理沙は胸を張った。

「何言ってるのよん、そんなことな見つけてから考えればいいことなのねん。
 今できることは、とにかく恋歌ちゃんを見つけて保護することよ。
 いつだってそうでしょ? 私達が何かをできることなんかほとんどない、けど――」
 理沙の瞳には、一片たりとも諦めの色など浮かんではいなかった。


「私達の応援で選手を勇気づけられれば、逆転試合だって夢じゃないのよ!!」


「理沙……」
 その時、啖呵を切った理沙の耳に、微かに響くものがあった。
「ん? ……待って……」
 手でセレスティアを制して、耳を澄ます。

「こっちよ――!」

 理沙は走り出した。
 わずかな先、亡霊達を押しとどめようとしている美羽や歌菜がいる辺り――その先から。


「聞こえる……!! 歌だ……!!」


 瓦礫の中だ。
 理沙は直感的に理解した。助けを求める声ではない。
 それは、いつも球場での応援ユニットとして、アイドル活動をしている理沙には、聞き慣れたものだったかもしれない。

 技術や歌の上手さとかではなく、とにかく誰かを応援した気持ちが込められた歌声。

 がんばれ。
 がんばれ。
 がんばれ。


「がんばれーーーっ!!!」


 その叫びが驚きの歌になって、美羽や歌菜たちを通り越す。

 同時に、瓦礫の中から光が溢れた。
 社の放った光術が瓦礫の一部を吹き飛ばし、眩しい光を届けた。

 その一筋の光明が、事態を突き動かす。

「美羽!!」
 コハク・ソーロッドが叫んだ。
「分かってる!!」
 息の合った動きで、美羽とコハクは光の差した方向へとバーストダッシュを繰り出すした。事が起こってからの二人の動きは早い。

「いっけーーー!!」
 社たちのいる瓦礫の山に向かって力を合わせてのファイナルレジェンド。
 その強力な攻撃で、瓦礫のトップの部分が綺麗に削り取られた。

 途端、中からの眩しい光は輝きを増し、その中の人物――響 未来を浮き上がらせた。


 それはまるで、スポットライトのように。


 すぅ、と一息すった未来。
 一言ぽつりと呟いて。


「恋歌ちゃん達――聞かせて――貴女達の――音を――」


 それは、この戦場にまるで似つかわしくない。
 美しい、子守唄だった。


「……うたって……」


 亡霊に憑依されたコントラクター達の動きが止まった。
「――歌菜」
 月崎 羽純が歌菜を振り返る。
 歌菜も頷き返し、その歌声に自らの想いを乗せた。

 未来の後ろに立ち、ノーンとウィンターも歌った。
 歌声が周囲に響き渡り、亡霊に憑依されたコントラクター達が、少しずつ未来の方へと歩いていく。

「……!!」
 レイナ・ミルトリアやウルフィオナ・ガルムと交戦していた博季・アシュリングも例外ではない。
 博季の身体を操った亡霊が、ウルフィオナとの剣戟の合間に強力な魔法攻撃を放つ。
 ウルフィオナ一人ではその攻撃に対処しきえないが、レイナがそのタイミングにあわせて、博季の攻撃魔法を相殺する。
「隙ありぃっ!!」
 その余波も収まらないうちに、ウルフィオナが博季の胴体を蹴り飛ばす。
 蹴りの勢いで数m後方に飛ばされた博季だが、そのまま攻撃をせずに戦線を離脱する。
「!! 待ちやがれ!!」
 ウルフィオナがその後を追った。博季に憑依した亡霊は、まるで吸い寄せられるように駆けて行く。

「……聞こえる……」


 歌声が響いた。

 それは、とても優しく、力強い音色で。
 すべての想いをひとつにして。
 その場にいた者の、心に届いた。

 みんなみんな、ひとりじゃない――。

 だから、おかえり。
 何も知らなかったあの頃に。
 だから――おやすみ――


 紫月 唯斗は捕獲した亡霊達の変化を感じた。
「……これは……?」
 亡霊達が動きたがっている。もちろん自由にさせるつもりはないが、何が起こっているのか把握する必要はあった。


「呼んでいる……? そろそろ最終局面、てやつかな」


 かつて『恋歌』と呼ばれた亡霊たちが集まっていく。その心は憑依された者たちの心を通して、ひとつになっていった。