天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

ひとりぼっちのラッキーガール 後編

リアクション公開中!

ひとりぼっちのラッキーガール 後編

リアクション




第43章


 ブレイズ・ブラスは未来からの使者 フューチャーXと共にアニーの入ったカプセルを武神 牙竜とレン・オズワルドに任せ、四葉 恋歌を探していた。
 結果として、道中で佐々木 弥十郎や天貴 彩羽らと合流し、目覚める直前の四葉 探しあてることに成功した。

 レンカに魂を引きちぎられ瀕死だった恋歌には過去の『恋歌』達の魂がひとつになって入り、命を繋いでいた。
 さらに駆けつけた師王 アスカのパートナー、ルーツ・アトマイスや七枷 陣の尽力、さらには七刀 切の放送により辛うじて気力を取り戻した恋歌は、ブレイズとフューチャーXに連れられ、四葉 幸輝の元へとたどり着いたのである。

「やめて……もうやめて……四葉 幸輝……」
 恋歌は呟いた。その呟きを、幸輝の冷笑がかき消していく。
「ふ……のこのこ現れたかと思えば、今さら命乞いですか……?」
 だが、恋歌は首を横に振った。
「違うよ……その力は……もう使っちゃいけないんだ……。
 いくらレンカがいるからって、その能力は仮初めのもの……長く使うと危険なんだ……だって……」
 しかし、幸輝はその言葉に耳を傾けない。
 その力をより誇示するかのように、炎の勢いを増した。
「ふ、ははは!! 何を言い出すかと思えば……そんなデマカセに……!!」

「だって……あたしはもう……目覚めたんだから……バランスは、崩れちゃったんだよ……お父さん……」

「――ぐっ!?」
『!?』
 レンカが驚きの声を上げた。
 一瞬、炎が揺らいだかと思うと、幸輝の口から激しく血が溢れ出たのだ。そのまま咳き込む幸輝。
「どういう……ことだ……っ!?」
 驚愕する幸輝だが、恋歌の傍らに付き添った陣が叫んだ。

「どうもこうもねぇ、恋歌ちゃんはもう目覚めたんだ……てめぇに与えられた『四葉 恋歌』っつう名前じゃねぇ。
 たくさんの『恋歌』達から受け継いだ命を抱えて、新しい自分の人生を『四葉 恋歌』として生きることを選んだんだ。
 今まで……てめぇが出来損ないと呼んでいた段階ですらてめぇと同等の能力を持っていたんだから……」
 陣の言葉に、幸輝は驚きを隠しきれない。
「ま……まさか……!!」

 恋歌は、静かに言い放った。
「そのまさかだよ、四葉 幸輝さん。あたしはもうこの『能力』を自分の力としてコントロールできる。
 レンカがあたしから剥ぎ取っていった能力は一部にすぎないよ……そして、あたしの能力であなたの能力の反動はもう抑えない」
 その続きは、陣が継いだ。
「そういうこった……つまり、もうてめぇの能力の反動はレンカでも抑えきれないってことだ!!
 今まで受けた恩恵の分だけ、揺り戻しの不幸が一気に降りかかってくるって寸法だよなあああぁぁぁ!!!」

 信じられん、と幸輝は呟いた。

「もうやめようよ、四葉 幸輝……あとはみんながアニーを助け出してくれれば、終わる。
 今すぐ能力を使うことをやめれば、まだ助かるかもしれない……だから……」

 しかし、幸輝がその恋歌の提案を易々と承諾するわけもない。
「ふ、ふざけるな……、まだ終わらない……まだあのカプセルを破壊すれば、パートナーロストで恋歌を封じられる……」

 幸輝が視線をカプセルに向けた時、一人の男がカプセルの傍に立った。


「やれやれ……この期に及んでまだ人に助けてもらおうとか思っているのか……呆れたな」


 男が持つ銃から、カプセルに向けて弾丸が発射された。
「アニー!!」
 恋歌が叫ぶ。
 銃を撃った男は、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だった。

「な、何をするのです!!」
 カプセルの比較的近くにいた天神山 清明は抗議の声を上げた。
 しかし、いつの間にか接近していたフューチャーXがそれを止める。
「いや、止める必要はない」
「あ……おじいさん……」
「優しき少女よ、アニーのことで心配をかけた。
 しかし幸いにして恋歌は目覚めた……自分の意志で。これで……アニーを救うことができるだろう……」
 フューチャーXはエヴァルトの様子を見詰める。
「え……じゃあ……」
 清明もまたその様子を見る。
「ああ……アニーを真の意味で救出するには、恋歌もまた真の意味で目覚める必要があると踏んだ……。
 これでおそらく……」

 エヴァルトの弾丸はカプセルを掠る程度で、軽く傷がついた程度にすぎない。
 もとより目つきが悪いエヴァルトだが、こうしてアニーの入ったカプセルに銃をつきつけるその姿は確かに悪人にしか見えなかった。
 カプセルを攻撃され、冷静さを失った恋歌が叫ぶ。
「そんな、エヴァルトさん……どうして!?」

 しかし、恋歌も本来は知っていた。エヴァルトは敵であってすら女性には礼儀正しく礼節をわきまえた人間であることを。

「ふん……言ったとおりさ」
 だが、エヴァルトはその恋歌の想いを踏みにじるように言い放った。
「いつまでも死ぬの生きるのと、鬱陶しいんだよ……。
 貴女の依頼は、ここで反故とさせて貰おう。
 だが、せっかくのご縁だ……まだ死ぬ気があるなら、いっそのこと死にやすくしてやろうと思ってな……」
 エヴァルトは再び銃をカプセルに構える。
「やめて!!」
 恋歌が叫ぶ。
 エヴァルトは視線を恋歌に戻し、その瞳を見つめた。

「オール・オア・ナッシングさ……。二人とも死ぬか……どちらも生きるか……。
 もし、自分が生き延びて彼女を救いたいという想いがあるなら……」
 エヴァルトの言葉が、恋歌の耳の奥で響く。
「……何……?」
 世界が、ぐにゃりと歪んだ気がした。
 まるで自分と世界の間に、膜が一枚かかったような感覚。
 現状を認識はしている、アニーを助けなくては。
 そして理性ではエヴァルトがこんなことをする人物でないことも分かっている。何らかの意図があってのことなのだ。
 しかし、それとはまったく別のところで、新しい感覚が恋歌の中に生まれようとしていた。
 どこか身体の一部分が、痒いような痛いような、それでいて心地よいような不思議な感覚。
 自分の手が長くなったような気がする。空間把握能力がおかしい。距離感が狂う。

「自分の手で、彼女を救い出してみせろ!!」

 エヴァルトの声が引き金だった。
 恋歌の中で、ぱちんと何かが弾けたような音がした。

「あ……これ……ひょっとして……」
 恋歌は思わず両手を前に突き出した。
「……恋歌……?」
 横にいて恋歌を支えていたルーツが声を掛ける。
 恋歌の視線は動かない。真っ直ぐにアニーの入ったカプセルを睨み、目を見開いている。
「うん……これ……できるかも知れない……でも……ルーツさん……あのさ」
「?」

「たぶんあたし、ひどい顔になるから……ちょっと見ないでて……?」

 周囲の空気が少しだけ震える。
 恋歌が突き出した両手は彼女が持てる全力を込められ、強くこわばっている。
 頭と身体、精神と肉体が感じるエネルギーをイメージの通りに扱おうとするが、上手くいかない。
 それでも、恋歌は力を入れ続ける。

「……ん……ぎ……ぃ……」

 全力でかみ締めた歯から、苦しそうな声が漏れた。
 周囲のコントラクターには感じられた。恋歌の周囲に少しだけ、力が集まっている。
 だが、今までこの力を使えたことがない恋歌にだけは、それが分からない。
 誰に教わるでもなく、目覚める力。
 それは、地球人が契約を経て始めてパラミタに渡ったとき、味わう感覚であっただろう。
 しかし、恋歌はアニーとの契約時にもパラミタに来た時にも、それを感じたことはなかった。

 ゆえに、彼女は自分にはそうした力の目覚めはないものと思い込んでいた。

 だが今、四葉 恋歌は目覚めたのだ、自分の人生に。生まれて初めて自分の意志で、ここに立っていた。
 仲間が、トモダチが、その意志をくれた。
 エヴァルトの言うとおりかもしれない、と恋歌は思った。

「だって……私だけが……アニーを助けるために……何もしてない……!!」

 恋歌の呟きに、ルーツが背後から恋歌に手を貸した。
「落ち着いて……大丈夫……できるよ……」
「うん……!!」


 両手に力を込める。
 もうひとつの目が開くような感覚。
「くあああぁぁぁ……あああ……いぎあああ!!!」
 とても想い人の前で上げるような声ではない。しかし恋歌は構わず続けた。
 距離感が狂う。届かないはずの、手が届く。
 ぴし、と。
「!!」
 アニーが入っているカプセルにヒビが入る。
 それは、エヴァルトが撃った銃弾が掠った箇所だった。


 サイコキネシス。


 サイオニックにとっては初歩の初歩。ここに集まったコントラクター達にとっては思わず笑い飛ばしてしまうような、取るに足らない力。

 だが、それでも。
 恋歌にとっては、パラミタに来てからの最初の力。大きな一歩だった。


「んぎやあああぁぁぁあああぁぁぁっ!!!」


 これが恋歌の、パラミタであげた、最初の――産声だった。