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chapter.4 会談 


 大部屋のふすまが開いた。
 瞬間、そこに座っていた謙二たちの背筋に、悪寒のようなものが走る。ただならぬ存在感。それをまとった住職、間座安が部屋へとゆっくり入室したのだ。
「ようこそ、Can閣寺へ」
 深くお辞儀をし、間座安は言った。その丁寧さが、逆に不気味である。
「……」
 間座安を無言で睨みつける謙二。その両脇には、同席を願いでた契約者たちが並ぶ。彼らもまた、間座安に厳しい目線を送っていた。
 しかし間座安は、それらを意に介する様子もなく、ゆっくりとした動作で謙二の正面へと座った。
「お元気でしたか?」
「……ここに捕われていた頃と比べれば、随分とな」
 間座安の問いに、皮肉で返す謙二。既に場は、ピリピリとした空気に包まれていた。
「それで、何をしにここへ?」
 間座安が尋ねた。
「まずは、拙者の代わりに捕らわれの身となった男を解放してもらおう」
「ここで乱暴を働いた者を逃がせと? それは都合の良い話ですね」
 謙二の要求を、間座安はあっさりと蹴った。立場を考えれば当然そのような反応になるのだろうが、謙二のそばにいた何人かは、目の前のこの住職に疑問を抱いていた。
 最初は謙二を監禁し、そして次はラルクを監禁した。
 なぜ、住職は次々と男を閉じ込めるのだろうか。
 その謎を解こうと、口を開いたのは謙二の斜め後ろに座っていた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だった。
「すみません、ひとつ聞いてもいいですか?」
「おや、随分とかわいいお客様ですね。なんでしょう」
「……貴方と謙二さんは、兄弟だと聞きました。なんで、兄弟なのに監禁なんてことをするような仲になってしまったのですか?」
「……」
 詩穂の言葉を聞いた間座安は、視線を謙二の方へ向けた。その目は、睨んでいるようにも見える。
「なるほど、そこまでもう話していたのですね」
 僅かに目を閉じ、そして開く。間座安は仕方ない、といった様子で答えを告げた。
「そこのお侍さんが、愛を理解してくれなかったからですよ。私が、せっかくその体をもって愛を教えようとしてあげたのに」
「……愛?」
 詩穂は首を傾げる。目の前の住職が言うそれが何なのか、詩穂は分からない。ただ、彼女は思った。それは、すぐ目の前にいる謙二の険しい表情を見て感じたこと。
「よくわかりませんけど、ふたりとも、昔から仲が悪かったわけではないでしょう? 愛というなら、まず兄弟愛を思い出してください!」
 言って、詩穂はすっと本を取り出した。どうやらそれは何かの漫画のようで、タイトルには世紀末のなんちゃら、と書かれている。兄弟愛に関係する書物なのだろうか。わからない。
 そして、それと同時に、謙二と間座安の前に一枚の紙を出したのは、詩穂のパートナー、清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)だ。
「わしからも、これを差し出そう」
 言って、青白磁が見せたのは血判書だった。よくヤクザ映画などで目にするアレである。
 目の前に並べなれた漫画本と血判書に首を傾げる謙二。すると青白磁は理由を話し始めた。
「兄弟が腹を割って話し合うというのなら、立会人も必要であろう。わしがうぬらの対話を見届けよう。それは、立会人であるわしの心遣いよ」
 要するに、これからの話し合いで何かしら決まり事が交わされた場合、これに署名し、男としての証を見せろということらしい。
 とはいえ、突如出されたその用紙、と漫画本に謙二は戸惑った。これをどうすれば良いのだ、と。
 そしてこの時、同席していた弥涼 総司(いすず・そうじ)もまた、戸惑っていた。
 ――オレは、なぜここにいるんだろう、と。
 様々なトラブルによって一時的に記憶を失ってしまった彼は、Can閣寺に記憶を取り戻す鍵があると突き止めていた。寺が現在男子禁制でなくなっていたのも、彼にとっては幸運だった。
 だが、肝心の記憶がまったく戻る気配がない。
 とりあえず周囲に流されるまま大部屋での階段に同席してみたものの、ここには手がかりはないような気がしてきた。
 仕方ない、と一旦あきらめ、謙二と間座安の話に耳を傾けるが、これまで彼らに関わってこなかった総司には、何の話だかさっぱりわからない。
 ただ、とりあえずひとつだけ、気になったことはあった。
「よくわからないが、あんたはハーレムを目指したかったのか? だとしたら羨まし……いや、ふざけているな」
 総司の言葉を聞き、最初に反応したのは間座安だった。
「ハーレム、ですか。ふふふ、考えたこともありませんでした。なるほど、煩悩にまみれていると、そのような発想が出てくるのですね」
「……何?」
 喧嘩を売られたような気がして、総司はガタッと立ち上がった。間座安がさらに挑発する。
「あなたの方こそ、なぜこの場に同席しているのです? あなたの瞳だけが、他の方たちと違って一際濁っていますよ。おおかた、ここの尼僧によからぬことでもしようと考えているのでは?」
 心を読んだわけでもなく、一番本人に効果的そうな言葉を選んだだけだったが、それは総司に思わぬ効果をもたらした。
「尼僧……?」
 その言葉が、彼の中のなにかに引っかかった。そうだ、オレが探していたのは、そんなようなものだった。
 総司は頭の中で考えを巡らせると、突然部屋のふすまを開け、部屋の外へと飛び出した。
「オレは、必ず探してみせる……!」
 叫んで姿を消した総司を、その場にいた誰もがぽかんと口を開けて見送った。
 彼の記憶が、この後無事に戻ったことを祈るばかりである。

「何やら変な邪魔が入ったのう。さあ、話し合いの続きをしてもらおう」
 静まり返った大部屋に、そんな青白磁の声が響いた。おかしくなりかけた雰囲気を元に戻したファインプレーである……かに思われたが、彼もまた、ちょっとおかしな方向へとずれ始めた。
「それとも、まだ男としての証が理解できんか? なら仕方ないのう……」
 言うが早いか、彼はなんと、自らの股間に手を当てている。いや、よく見れば、チャックを下げようとしているではないか。
 彼の言う男の証とは、まさかそういうことなのか。
 ちなみに彼は度々このような行為に及んでおり、これが初犯ではない。
 あわや危険物が飛び出してしまうかに思われたその瞬間、この場――いや、この話自体を救う声が聞こえた。
「あ、危ないだろっ!!」
 咄嗟に青白磁の背中を押してバランスを崩し、前のめりに倒したのは大岡 永谷(おおおか・とと)だった。彼女は、この荒れかけた空気を正常に戻そうと声を張った。
「謙二さんだって、この住職だって、まともな話し合いをしようとここに来たはずだろ。それに俺たちだって、真剣にこの一連の出来事に関わってるからこうして同席してるんだ。頼むから変なことはしないでくれ!」
 いたって正常かつ、まともな意見だった。永谷のその言葉に、その場にいた誰もが納得し、崩壊しかけた空気は一気に持ち直した。
 永谷は、目の前に置かれた謎の漫画本とヤクザ御用達のアレを片付けながら、謙二と間座安に言った。
「なんだか、悪かった。さあ、話し合いを続けてくれ」
「ふふふ、面白い方たちですね。笑わせていただいたお礼に、少し質問に答えてあげましょう」
 言うと、間座安は詩穂の方を見た。
「昔から仲が悪かったかどうか、でしたね? 私と謙二は、とても仲の良い間柄でしたよ。ねえ?」
 今度は謙二に向き直り、間座安が笑って言った。
「……拙者は、苦い思い出しかないがな。そもそも、それほど長い間共に暮らしてはいなかったであろう」
 ふたりの口ぶりからすると、ふたりは早くに別々の暮らしを始めていたようだ。
「俺からも、聞いていいか?」
 今度は、永谷が口を開いた。
「兄弟ってことは、お前も男なんだろ? なんで男が、こんな尼寺で住職をやってるんだ?」
「なるほど、面白い質問ですね。ですが……少し間違いがありますね」
「間違い?」
 聞き返す永谷を、間座安が見つめる。おそろしく、冷たい視線だった。
「確かに私と謙二は兄弟でした。いえ、今も謙二が弟であることは変わりありませんが。ただ……私を『兄』と思ったのは早計でしたね」
「なんだって……?」
 真意を測りかねる永谷。
 彼女は、てっきり総司と同じで、ハーレム状態をつくりだそうとしているのではと思っていた。しかし、どうもそれは違うらしい。
 未だ住職の思惑が見えてこないまま、永谷はこの状況が良い方向に向かっているのか、悪い方向に向かっているのか判断がつかないでいた。
 ただひとつ、前者であってほしいと強く願いながら、引き続き会談を見守るのみだ。

 そして、永谷がそれ以上質問せず引き下がると同時に、大部屋に新たな入室者が現れた。