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【裂空の弾丸】Dawn of Departure

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【裂空の弾丸】Dawn of Departure

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序章 乗船開始

「だああぁぁ、教導団校舎って広すぎ! いったいどこに向かえば良いのよ!」
 シャンバラ教導団校舎の廊下で、ベルネッサ・ローザフレック(べるねっさ・ろーざふれっく)はさけんだ。
 勢いで校長室を飛び出してきたはいいものの、いったいどこから出ていけばいいのか。そもそも教導団に預けられた飛空艇がどこにあるかも、よく分かっていないのだ。
「ちょっと、落ち着きなさいってば、ベル」
 慌ててベルについてきたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、彼女をなだめた。
「闇雲に探したってしょうがないわよ。それより、飛空艇はたぶん、とっくに飛び立ってるんでしょ。早いところ、校舎から出ていって、飛空艇を追いましょう。案内はあたしたちがするから」
 そう言って、セレンフィリティはパートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)を見た。セレアナは肩をすくめて、セレンフィリティの言うことに従った。
 廊下を走っている最中に、セレンフィリティが言う。
「それにしてもベルってば……スタイルいいのね。そのカッコ、見せつけちゃってるわ」
 ベルは、大したこともなさそうに肩をすくめた。
「傭兵育ちだと、こんなの珍しくないわよ。動きやすいようにってことで、こういう風にしてるだけ。その分だけ軽装になっちゃうけど……それが自分のスタイルに合ってるのよ」
 ベルは背中の、背丈ほどもある愛用の銃を横目にする。
「それよりもあたしとしては、規律の厳しそうな教導団でその格好っていうほうが驚くけど」
「もう、半ば黙認されてるわね」
 セレアナが呆れるように答えた。
「契約者ってのがどうも個性的な人が多いっていうのもあるけど、様々な文明があるこんな世界だわ。今さら、姿形でどうこう言ったってはじまらないでしょ。だから、容認されることが多いの。それは蒼学だって同じでしょ?」
 セレアナに同意を求められて、湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)は苦笑した。
「まあ、ね。ただ、蒼空学園広報担当の僕としては、出来れば世間様への目もあることだし、恥ずかしくない格好をしてほしいところですけど」
「あらぁ、凶司ちゃぁん。それってあたしに対する嫌みかしら?」
 と、凶司に妖艶な笑みを見せたのは、セラフ・ネフィリム(せらふ・ねふぃりむ)だった。
 セラフの格好はまさに世間様の目には毒といって間違いなかった。特に、子どもと男性に対しては。大切な場所をわずかな布でしか隠していない、ほぼ裸に近い格好。豊満な身体付きのせいだろうが、一歩間違えれば夜の店の女性のような、妖しい雰囲気があった。それに比べれば、セレンフィリティとベルネッサの姿は、その筋肉質の身体と顔つきで、まだ健康的に見えた。
 凶司は肩をすくめる。
「ま、そういう風に受け取ってもらってもかまわないですけど。セラフはそれを覚悟なんでしょう?」
「よくわかってるじゃなぁい。ベルだっておんなじよ。ねぇ?」
 セラフが言うと、その妹に当たるディミーア・ネフィリム(でぃみーあ・ねふぃりむ)がにわかに驚いた。
「ベルも同じって……じゃあ、ベルのその服装……もしかして姉さんになにか吹き込まれたんじゃないわよね?」
「まさか」
 ベルネッサは呆れたように首を振った。
「セラフと出会う前からずっとこの格好で戦ってきたわ。父さんが武器だけを手に自分の身一つで戦う人だったから、それに習ったのよ」
「へぇ……じゃあ、お父さんの教えなんだ。ベルのお父さんってどういう人だったの?」
 ディミーアが聞くと、横でセラフが苦虫をかみつぶしたような顔をした。
 かつて地球で傭兵を経験しているセラフには、よく分かっているのだ。過去の話をたずねるものではない、と。傭兵仲間に過去の話はタブーだ。いろんなやつがいる。幼少期から身を売られて戦いに投げ込まれた者。故郷のために戦う者。スリルを味わいたいだけの者。どちらにせよ、過ぎ去った昔の話を掘り返すのは、あまり歓迎されたことではなかった。
 ただ、ここは傭兵たちの集まる陰気な戦争の場所ではない。ベルは気にとめずに笑った。
「素敵な人だったよ。あたしに戦い方や、銃の使い方を教えてくれたのも、父さんだった。父さんはあまりおしゃべりをする人じゃなかったけど、大切なことは全部父さんから学んだ。父さんと一緒に生きられたことを、あたしは誇りに思うわ」
「そう……。良いお父さんだったのね」
 ディミーアはそうつぶやく。気持ちはよく分かるのに、大したことが言えない自分が、なんとなく情けなかった。
「セラフやディミーアたちのお父さんは? セラフからも、聞いたことがないけれど」
 代わりにベルが聞くと、ディミーアたちは素直に答えた。
「グリゴリー……父は、正直よくわかんないのよね。奔放な人だったのは確かみたいだけど……姉さんのほうが、私よりかは似てるかな?」
 ディミーアたちから見られて、セラフはすこし遅れて言った。
「さあ、どうかしら。あたしも正直、はっきりと覚えてるわけじゃないからね。ただ、きっと良い人だったと思うわ。きっとね」
 それが本当なのかどうかは、ベルたちにはわからなかった。
 ただなんとなく、セラフはどこか遠くを見ているような気がして、まるで思い出を語るようでもあった。
 ちょうどその頃、ベルたちは教導団校舎を出て、たくさんの飛空艇の停まっている場所についた。そのとき、凶司がその向こう側を見て「あっ」と声をあげた。
「見ろ! 飛空艇だ!」
 飛空艇はすでに浮上をはじめていて、複数の教導団軍人たちがそれをどうにか食い止めようと、ロープ付きフックを投げ込んだりしていた。が、そんなものは無駄な努力に終わる。船の浮上パワーはすさまじく、徐々にフックのロープが千切れて、空へ飛び立とうとしていた。
「まずい、急げ!」
 凶司が、近くにあった手頃な小型飛空艇に乗り込んだ。
 おそらく教導団が保有する軍船だった。操縦室までやってきた凶司たちは、小型飛空艇を起動させた。
「おい、見ろ! 飛空艇が!」
 外からそれに気づいた教導団軍人たちの声が聞こえてきた。
「こらー! そこの飛空艇に乗っているのは誰だ! 許可なく出航するのは禁止されている!」
「いますぐ降りてきなさーい!」
 メガホンを片手に怒鳴り散らす教導団軍人たちを見下ろして、凶司たちは顔を見合わせた。
「どうします?」
 凶司が聞くと、セレンフィリティがビシッと前方を指さして言った。
「どうするもこうするもないでしょ! さっさと行くわよ!」
「…………ですよね」
 教導団軍人たちの警告を無視して、セレンフィリティたちは飛び立った。間もなく、軍人たちの声は聞こえなくなり、姿は豆粒みたいになっていく。操縦席の一つに座りながら、ふとセレアナが言った。
「今さらだけど、これって教導団として正しいことしてるのかしらね?」
 セレンフィリティが自信満々に答えた。
「いいのよ! 教導団である前に、あたしたちは一人の人間なんだから! 友達は放っておけないの!」
「セレン! あなた、あたしのためにそこまで……!」
 ベルの目が感動の涙でうるうるとなる。
「気にしないで、ベル! 必ず、必ずあなたを飛空艇まで連れていってあげるからね!」
「セレン!」「ベル!」
 年ごろの女の子二人は、互いの名前を呼びながら抱き合った。
「やれやれ……」
 操縦桿を握りながら、凶司は呆れるように肩をすくめた。


 ベルたちが飛空艇に乗り込んだちょうどその頃――。
 同じく飛空艇の後部ハッチの中では、怪しげな複数の人影がざわついていた。
「ったく、いくら地下牢から逃げ出したって、目的のものをみすみす逃すようなことになったらわけないね! 絶対にお宝を逃がすんじゃないよ!」
 怒鳴るように言ったのは、ホーティ盗賊団のリーダー、ホーティだった。
 ベルネッサに負けず劣らずの露出度の高い服装。こちらはどちらかと言えばセラフっぽいと言える妖艶な女性の服だったが、どちらにせよ目のやり場に困るのは同じだった。
 盗賊団三人組の中で、最も図体のでかい巨漢のバルクが言う。
「そうは言っても……これだけ広いと、どこにお宝があるんだか分からないんだな。探すったって困っちゃうよ」
 バルクの言葉に、ルニがうなずいた。
「ああもうまったく! 使えないやつらだね! 刹那! あんた、なにか良い方法はないのかい!」
 ホーティは癇癪を起こして、近くにいたちびっ子に聞いた。
 辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)。ルニと同じか、それよりももっと幼いぐらいの歳に見えるのに、これで立派な暗殺者の娘だ。ホーティに雇われて、教導団地下牢からの脱出を手伝った幼き功労者は、しばらく考えてから答えた。
「――ないのぉ。闇雲に探すしかないのでは?」
「きいいぃぃ! どいつもこいつも! どうせ飛空艇の格納庫か倉庫に置かれてるに違いないのさ! おどき! さっさと探しに行くよ!」
「あイテ! あ、姉貴ぃ! 待ってくれよぉ!」
 ホーティはバルクの尻を蹴飛ばすと、飛空艇の奥へと進んでいった。バルクとルニが後を追う。その背中を見ていた刹那と、そのパートナーのアルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)は、お互いの顔を見合わせた。
「行く?」
「しょうがなかろう。奴らを無事に逃がすのがわらわたちの仕事じゃ。また誰かに見つかって、捕まりでもしたらやっかいじゃからの」
 二人はしょうがなさそうに立ち上がり、三人の後を追った。