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若葉のころ~First of May

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若葉のころ~First of May
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リアクション


●バザー、それは

 青空の下、多数の敷物が広げられ、その上にはそれぞれ、本や音楽ソフト、手芸品に衣装、オモチャやカードゲームなど、さまざまな商品がうんと安い値札つきで並べられている。
 そう、これがポートシャングリラのバザーだ。出展者は百を上回るだろうか。
 不要品を持ってきている人の場合、タダ同然の商品だって珍しくない。
 業者にしたって、不良在庫をいっきにさばきに来ていたりするのでお財布にとっては良心的といえよう。
 しかし希に、「なぜこんなものが!?」という珍品稀少品が出品されたりするので油断はできない。
「うわー、これ、安いですねぇ〜」
 エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)が目を輝かせて売り物を手に取るが、
「それ、マフラーじゃろうが。この季節にそんなもの買ってどうする?」
 アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)がたしなめている。
「だってカシミアですよぅ」
「カシミアでも、当分使うことはないと思うぞ」
「うーん……でもぉ〜」
 かなり悩んだ様子だが、やはりエリザベートは青いマフラーを買ったのだった。たしかに破格の安さではある。さっそくこれをするすると巻いて、
「ほらほらー、似合いますかぁ〜?」
 とエリザベートはザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)の意見を求めた。
「よくお似合いですよ。本格的に使うのは半年後になりそうですが、きっちりと保管しておきましょうね」
 ザカコはバザーが好きだ。ただの買い物よりも楽しめるという。
「自分はあまり物を捨てられない性分なので、バザーの精神には共感できます。他に必要としている人の手に渡っていくのは無駄もないですし……ただ捨ててしまうよりずっと良いと思います」
 言いながらザカコは、気になるものがあったのか別の店の前で屈んだ。
「なにか気になるものがありましたか?」
 ミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)が問うと彼は頷いた。
「ええ……古本ですが、こちらのかたのものは歴史関係に強い。少し見せていただいてよろしいですか?」
 店番をしている老人に断りを入れると、老人は二つ返事で在庫を広げてくれた。たくさん持ってきたのだという。
「ああ、ありがとうございます。バザーっていうのは人との繋がりが感じられて良いですよね」
「ほほう、面白そうな本があるのう」
 アーデルハイトがやってきて、ザカコの手にした本の背表紙を読んだ。
「『闇の生物の戦争史』か……ふむ、昔読んだことがあるな。これは」
「どんな内容です?」
「興味深いものだったが、半分以上忘れてしまったわい。買って読み直そうかのう」
「アーデルさん」ザカコが言った。「よろしければプレゼントさせて下さい」
「いや、本くらい自分で買うぞ」
「いえいえ、理由があるんです」
 と言ってザカコは、他にみつくろっておいた本二冊をつかんだ。
「店主さん、三冊まとめて買うので、少し勉強してもらえませんか?」
「『勉強』?」
 エリザベートが子ウサギのようにキョトンとして問う。
「ええと、それって『安くして下さい』ってことですよ」
 ミーミルが注釈してくれた。
 これくらいで……? じゃあこれくらいでは? もう一声! よし買った! ……という短いやりとりを経て、見事ザカコは三冊の本を二冊分の値段で購入したのである。
「ただ買うだけじゃなくて値段交渉もできる。バザーっていうのは人とのつながりが感じられて良いですよね」
 はいどうぞ、と『闇の生物の戦争史』を彼はアーデルハイトに手渡した。
「ふぅむ……やるではないか」
「プレゼントと言いながら、値切った本で悪いんですけど……」
「なに、そのくらいしたたかな男のほうが私は好みじゃ」
 ふっとアーデルハイトは笑った。それを見て、
「いいなぁ、私もあんな風にして値切りにチャレンジするですぅ〜」
 なにか刺激されたのか、エリザベートは駆け出すのであった。走るのと値切りは関係ないような気がするが……。
「あー、お母さん待って下さーい」
 ミーミルがそれを追いかけていく。

「おっと、そこ行くお嬢さん……というかエリザベート校長、お待ちなさい」
 エリザベートを呼び止めたのは、黒い全身タイツを着込んだ謎の少女……レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)である。
「その格好、暑くないんですかぁ〜」
「暑い、暑いよ。でもね、それは私の心が内側から燃えているから! ファイアー!
 燃えている理由はこれ、とレオーナは言ってゴザの上に敷いた大量のゴボウを示した。こんもり山積み……なんというか、土臭い。
「これぞ正真正銘のゴボウ! 英語で言うとGOBOUよ!」
「それ英語じゃありませんから……」
 レオーナのそばに立つクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)が、額に手を当てつつ指摘している。
「いいえ、GOBOUは十年ちょっと前のMOTTAINAIに続く世界的フィーバーを巻き起こすことになるからこれでいいの! レッツ・ゴボウ! ワールドワイド・ボゴウ! ゴボウ・オン・ツアー!」
 言葉の意味はよく判らんがとにかくすごい自信だ。
「ゴボウ……?」
 エリザベートが近づいて来たので、レオーナはさらに張り切った。
「あたしのユニークアイテム、魔槍『ゴボウ』に代表されるように、ゴボウは古くから武器として扱われてきたわ。
 明治三十年には日本軍で『牛蒡剣』と呼ばれる銃剣が使われたし、『ゴボウ抜き』は居合斬りを余裕で凌ぐスピードと言われているわ。ゴボウの形状から、振り下ろしてしばいたら痛いし、先端で突き刺しても痛い!」
 黒タイツ姿でゴボウを握ったり回したり、大熱演のレオーナである。
「しかも、このゴボウを男性の尻に突き刺せば、BLの世界でしか生きられない体になる! 『アッー!』
 もちろん、食用にもなるのだ。(食用はメインじゃないのか!?)
「武器としての機能のおまけにハーブやキンピラゴボウなど様々な使用法も存在する……これぞまさに未来のアイデア! 恐るべき超兵器よ!」
 さあ、今ならそのゴボウが、二割引三割引は当たり前の大盤振る舞い! とレオーナは声を張り上げた。
「よってらしゃい見てらっしゃい、ゴボウづくしでございます!」
 この売り口上に魂を奪われたか、エリザベートは興味津々の様子だ。ミーミルがためらっているのをよそにレオーナに訊く。
「どんなゴボウがあるのですかぁ〜?」
「そうね……『牛蒡剣(銃剣)』『撲殺ゴボウソード』『ゴボウスピア』『ゴボウシールド』『ゴボウアーマー』……これらを一例とした、ありとあらゆるゴボウアイテムよ」
 剣やスピアはいいとして、シールドやアーマーが本当に役に立つかどうかは謎だ。
 しかし、ふうむ、とティナ・プルート(てぃな・ぷるーと)は感嘆の声を上げていた。
「最近レオーナと契約を結ぶまで、長いこと封印されていたせいか、すっかり世間の流れに置いていかれてしまったようだ。昔は食材やハーブとしてのみ扱われていたゴボウが、武具として扱われるようになるとは……科学の進歩とは凄まじいものだな!」
「いやあの、そういうわけじゃ……」
 良識者のクレアとしては、なんとしても場を収めたいところだ。懸命に言う。
「これは……根菜に新たな価値を見出す運動の一環なんです」
 しかしもうティナも完璧に乗り気で、
「ゴボウあるよー、いいゴボウあるよー。ここでしか買えないゴボウ売ってるよー」
 と、売り子を自主的に買って出ているのだった。
 ここまでされて、ゴボウが欲しくない者がいようか。いや、ない。(反語)
「ゴボウほしいですぅ〜」
「そうねえ……」
 エリザベートに目を留めたレオーナは、彼女を上から下までじっくりと眺めた後、熱い吐息とともに言った。
「一応商売だけどね、エリザベート校長もミーミルちゃんも可愛いから、タダで良いかな! はい、ゴボウソードとゴボウスピア!」
「ありがとうですぅ〜!」
「私も……あ、ありがとうございます」
 ところがこの暴挙にクレアはもう涙目である。
「レオーナ様、せめて商売くらいちゃんとしましょうよー。それじゃなんのための売り口上だったのかわかりませーん!」
 けれどレオーナはそんな言葉、まったく無視しているのである。
「オマケに、あたしの血と汗と涙と放送禁止的なものででき上がった血世孤霊斗がけゴボウ(チョコバナナ的な)も付けちゃうよん!」
「いえ、それは没収です! それだけは駄目です!」
 危機一髪! クリスマスパーティの争乱を覚えているクレアはこれを全力で阻止した。でも、 エリザベートとミーミルの手に、危険なゴボウアイテムが渡ってしまったのは、将来外交問題に発展するかもしれない。(しないかもしれないけど) クレアは心配だ。
「レオーナ様、なんというか色々だめすぎで、およそ正気の沙汰ではないですよぅ……」
「うふふ、まだ『ゴボウの素晴らしさを体験的に知ってもらうの』とか言って道行く人の臀部にゴボウを突然刺すというテロリズムに出てないだけいいじゃない?」
「そこまでやったら逮捕されちゃいます!」
「ゴボウで逮捕されたら護送車ならぬゴボウ車に乗せられるのだろうか……」
 ティナもだんだん、レオーナのペースに染まってきたのではないか。
 かくて、愛と狂気のゴボウ売りは、このバザーに謎の(けれど、どこか愉快な)混沌を巻き起こしながら続いたのだった。