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若葉のころ~First of May

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若葉のころ~First of May
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●シャングリラの夢の終わりに(2)

 日が傾き、鈴鹿たちもそろそろ帰路につくことになった。
 しかしその帰り際、そっとたまきが、耀助を呼び止めていた。
「少し、話さないか。二人で」彼にだけ聞こえる声で言う。
「まさか愛の告白!? 困るなあ、俺には鈴鹿ちゃんというものが……」
「そう茶化すな」
 苦笑交じりだが、たまきははっきりと言ったのである。
「真面目な話だ」
 と。
 夕陽の見える場所で、八岐大蛇事件について話した。
 最初、「色っぽくない話だなあ」などとふざけていた耀助だったが、やがてふざけず受け答えするようになった。
「グランツ教は未来から来たとか……あのカスパールというマグスも、そうだったのだろうか」
「可能性はあるね。いや、実際そうだと思う。だが……どこからやってきたとしても、連中を許せないのは同じだね」
「出自にはこだわらない、か……耀助らしいな」
 そっと彼女は、懐から煤けた懐中時計を取り出していた。
「私の本当の名は、珠寿姫……マホロバ将軍家の娘だ」
 黙って耀助はひざまづき、頭を垂れた。
「そうとは知らず。これまでの無礼の数々、お許し下さい」
「楽にせよ。……いや、そうじゃなくて立てばいい。出自は気にしないのだろう?」
「反射的にやっちゃうんだよなあ」
 にやりと笑う耀助は、もう普段の彼だった。
「なら友人として訊くけど、どうして俺にこんな話を?」
「さあ……耀助殿には知っていて欲しかったのやも知れぬな」
 それ以上、珠寿姫は胸の内を明かさなかった。
 しかし、彼の頬に軽く接吻したのだった。
「ありがとう」
 照れくさげに微笑した耀助だが、つい一言足してしまうのが彼らしい。
「でも、まさかこれが将軍家の挨拶じゃないよね」
「た、たわけものっ」
 頬を染めながら、「戻るぞ」と珠寿姫は歩み出す。
 ――初めて好いたおのこがそなたで良かった。
 彼女は思った。
 ――那由他殿と末永く、睦まじくな。
 少し、胸が痛んだ。
「明日から私はまた、ただのたまき。貴殿のともがらだ。改めてよしなに、な」

「参ったよね」
 セレアナは息切らせ、店の壁にもたれて息をついていた。
「ま、そういうこともあるよ」
 ところがセレンフィリティは落ち着いている。むしろ、動悸が速まっているであろうセレアナを見て抱きしめたい衝動にすら駆られていた。
 この場所からでも、見える。
 それは、春物一掃バーゲンの次に開催される水着フェアの大きな広告看板だ。そこの写った二人のモデル、非常に大人びた表情でセクシーな水着姿を披露しているグラビアの主……それがセレンとセレアナだったりする。
「……そう言えばモデルのバイトしてたの忘れてた」
 ちょうどその看板の前まで来たとき、周囲の視線が集まっていることに二人は気づいたのである。目も止めていなかった看板が自分たちであると知るまでは、注目されている理由がさっぱりわからなかった。
 セレンフィリティはむしろ注目を楽しんでいたが、セレアナにそういう余裕はない。顔を真っ赤にしながら、ここまで逃れてきたというわけだ。
「ふふ……でも楽しいよね、たまには」
 やがて二人は笑いあった。夕陽が眩しい。
 また来たいね、そんな約束を交わした。
 職業柄、「また来たい」という言葉は二人にとって重い。戦場で生きる二人に、また来ることのできる保証はどこにもないからだ。
 どうしてもそれを意識するのは仕方がないけれど……今はただ、二人でいられる幸せに浸っていたかった。

 観覧車の窓から、暮れなずむポートシャングリラを眺める。
「おっと、あれ、美羽とコハクじゃないか?」
 数時間前に話した二人を見つけて切は手を振ったが、さすがに気づいてはもらえなかった。
 ゴンドラはゆっくりと上昇していく。
「見えるか、あそこ……あそこから俺たち、花火見たんだぜ?」
「覚えてるわ。もうずっと、昔のことみたい:
 切の正面には彼の最愛の人が座っている。
 パティが。
 パティが座っていて、切を見つめ返している。
 夢じゃないか――切はふと思うのである。彼はまだ雪原か、イルミンスールの大図書室か、それとも魍魎島の土砂降りの中を這っていて、死にかけていて、それでこんな夢を見ているのではないかと。
 でも夢じゃない、パティの手は確かに、切の手を握っている。その熱を感じる。
「楽しかったか? 俺は最高に楽しかったぜ」
「うん……」
「こんな一日もいいもんだろ? 乗れなかった乗り物とかもあるし、また来ような」
 言いながらそっと彼女の細い肩に手を伸ばす。
 ……いつもならここではね除けられて終わり。
 でも今日は……肩を抱くことに成功した。
 甘い口づけも、もらうことができた。

 あっという間の一日だった。
 この数時間、ずっとサイアスとルナは腕を組んで歩いた。それがお互いの本来の姿とでもいうかのように。
 やがて外が暗くなり始めたので、出口へ向かった。
 なにか言いかけて、サイアスは息が止まった。
 心臓も止まったかもしれない。一秒だけ。
 ルナが彼の唇にキスしたから。ほんの軽いキスだったけど。
「今日は楽しかったわ。良かったら、また誘ってね?」
 やはり彼女は紅潮している。
「ええ……絶対……!」
 彼だってもちろん紅潮している。
 そして二人……恋人同士は帰路につく。