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 第2章 喫茶店の噂話

「待たせたわね」
「真司達は? またいないのか」
「またいないわ。そして、また迷子よ」
 海京にある、とある喫茶店の前で。
 ヨハン・ブラウナーフレリア・アルカトル(ふれりあ・あるかとる)は出会うとまずこう言い合った。ヨハンは真っ先に頭に浮かんだこととして、当然訊かれると予測していたフレリアは事前に考えていた切り返しとして。
 結果として挨拶代わりとなった問答の後、ヨハンは尚も疑問を呈す。
「ここに住んでるんだよな?」
「住んでても迷うのよ。海京も広いしね」
 これも想定済と、実感も交えてフレリアは答える。実際、リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)と一緒でなければ自分も迷わずにいた自信はない。まあ“彼女”は、リーラと柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が一緒でも迷ってしまったわけだが。
 ちなみに、迷子になったのは真司ではなくフレリアと同じ遺伝子構造を持つヴェルリアだ。以前、空京でヨハンと待ち合わせた時も同じように迷子になり、真司が彼女を迎えに行った。フレリアがヨハンと初めて会ったのはその時で、所変われど状況は今日と似通っている。誰と言わなくとも共通認識の下で会話が出来るのは、そんな背景があったからだ。
「そうかー。で、こっちの子は?」
「私はリーラ。リーラ・タイルヒュンよ。よろしくね」
 真司の元同僚で兄貴分でもあるヨハンに、リーラは軽く自己紹介する。真司達を実の弟妹のように可愛がっていると聞いて、前々から興味があったのだ。
「ヨハンだ。よろしくなー」
 ヨハンは陽気にそう言うと、親指で背後の喫茶店を指し示した。
「また遅れるなら、先に皆でお茶でも飲んでようぜ。ちょうど、聞きたい事もあったしな!」

(もう……早く来てよね)
 喫茶店の窓越しに外を眺め、まだ何処にも2人の姿が見えないのを確認してフレリアは内心で溜息を吐いた。お茶とケーキの注文も済み、氷水だけが載るテーブルに頬杖をついて向かいのヨハンに目を戻す。
「それで? 聞きたい事って何?」
「ああそうそう! 今のうちに聞いておくか」
 フレリアと同じく窓の外を見て、これも彼女と同じことを確認したらしい彼は気分だろう、やや身を乗り出した。
「2人から見て真司とヴェルリアちゃんってどんな感じ?」
「……あー、あの2人ね〜」
 少し声を潜めて言うその姿勢に素早く意図を察したのか、リーラがゆるりとした笑みを浮かべる。一方、フレリアは一拍分気付くのに時間が掛かった。
「仲は良いわよ……って、そう言う事聞きたい訳じゃなさそうね」
「2人とも、傍から見てお互いの事意識してるのバレバレなのにどっちも動かないのよねぇ……まぁそこが見ていて面白いんだけど」
 聞かれたから、というよりは雑談の延長という感じでリーラは言う。気を抜いた口調だがにやにやしているところを見るに、楽しんでいる――というより以前から誰かとこの話をしたかったという様子である。
「お待たせしました」
 頼んでいたコーヒーとケーキが届いたのはその時で、3人は一度話を中断した。コーヒーに砂糖を入れたりミルクを入れたり早速ケーキを食べたりする中、フレリアがおもむろに口を開く。
「……まぁ確かに『いい加減くっつけ』って言いたくなる時もあるわね。あと2人とも奥手というか……見ててイライラする事もあるし」
「いい加減どっちかががつんといっちゃえばいいのに、押し倒すとか」
 甘い物を前にして拍車がついたのか、リーラはけろりとそんなことを言う。件の2人が今どこをさまよっているのかは不明だが――偶然にも、揃いでくしゃみを出しているかもしれなかった。