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第7章 クリスマスを越えて

 12月25日に、白百合団の団長である風見 瑠奈(かざみ・るな)は退院をした。
 シャンバラに帰還して病院に運ばれてからその日まで、交際相手である樹月 刀真(きづき・とうま)は毎日のように瑠奈に付き添っていた。
 退院の日も勿論瑠奈を迎えに行き、レストランで食事をした後、彼女を百合園の寮へと送っていく……。
「クリスマス、終わってしまうのね」
 イルミネーションを見ながら、瑠奈は寂しげにつぶやいた。
「本当にあっという間だった。夏が終わったと思ったら、12月になってたし」
 瑠奈は異空間に行っていた為、刀真と恋人として過ごす予定だった半年弱のうち、3カ月ほどシャンバラにいることができなかった。
 元気に活動できたのも、最初の2か月弱と、これからの1週間。
 およそ2カ月間だけだった。
「でも、ここで過ごしてきた人達は、普通に何か月もの時が流れていて……」
 だから。
 刀真のパートナー達との約束は、守らなければいけないと。
 瑠奈は思っていたが、今日は口には出さなかった。
 幸せでいられる時間、1日1日を大切にしたいと思うから――。
 刀真と瑠奈は指を絡めるように手を繋いで、歩いている。
「春もあっという間に、来るんだろうね」
 刀真がそう言うと、瑠奈はこくんと首を縦に振った。
 瑠奈は春に百合園を卒業し、地球の大学に編入すると言っていた。
 自立して、頑張りたいと言う彼女を、刀真は応援したいと思っていた。
「大空を自由に飛んでいる鳥だってずっと飛び続けられる訳じゃない、必ずどこかで羽を休めている。
 だから瑠奈が疲れたと思ったらいつだって休めばいい、俺はそんな瑠奈が安心して休めるようにいつも傍に居られたらって思うよ」
 刀真の言葉に、瑠奈は不思議そうな目を向けてきた。
「今回みたいに瑠奈が自分で帰るのが難しかったら迎えに行くよ」
 そう微笑みかけると、瑠奈は。
「巻き込んで、危険な目に遭わせてごめんなさい」
 と、何度も口にした謝罪の言葉をまた口に出した。
 刀真は瑠奈と繋いでいる手に、力を込める。
「大切な恋人を迎えに行くんだ、危険な場所とか関係ない何処にだって行くよ」
「刀真さん……」
 瑠奈は目を細めて。
「なんだか胸が、痛い」
 切なげな笑みを見せた。
 大丈夫大丈夫、というように、刀真は瑠奈の頭を優しく撫でる。
「異空間に行く前。瑠奈『ゼスタの剣になる』って言っていたよね? もしかして、あれって月夜の、真似?」
「あの時は、私を守ってくれたレイラン先生の力にならなきゃって、彼と皆を助けなきゃって必死で……正しい状況判断が出来ず、恥ずかしい事を言ってしまったの。月夜さんもこんな気持ちなのかなって、少し、思ったけれど……違うかな。やっぱり、剣の花嫁の剣としての気持ちは、理解できないかも」
「そっか……。俺達の事をわかろうとしてくれているのは嬉しいよ」
 頷いて、瑠奈は微笑む。
 だけれど彼女の表情には、影があった。
「瑠奈」
 刀真は瑠奈の名前を優しく呼んで立ち止まり、一旦手を離した。
「これ、退院祝いとクリスマスプレゼントを兼ねているんだけど……」
 そして、ポケットから取り出した贈り物――花の髪飾りを瑠奈に渡した。
「あ、ありがとう」
 礼を言い、瑠奈はプレゼントを大切そうに握りしめる。
「でも……ごめんなさい。私、何も用意できなくて。大切な、日なのに」
 瑠奈の声は辛そうだった。
「今、こうして瑠奈が隣にいてくれる事がプレゼントだよ」
 再び、刀真は瑠奈の手をとって、指を絡めて握りしめた。
「行方不明になったって聞いた時は心配したし、ダークレッドホールに突入してからは不安で胸が押しつぶされそうだったし、体が冷たくなっていた瑠奈を見つけた時は一瞬目の前が暗くなった」
 だから。
 再び歩き出しながら、刀真は瑠奈に微笑みを向けた。
「こうやって瑠奈と手を繋いで歩けるのが凄く嬉しいよ、ちゃんと迎えに行く事ができて良かった」
「ありがとう……本当に、ありがとうございます、刀真さん」
 瑠奈の目にじわりと涙が浮かぶ。隠すように彼女は足下に目を向けた。
「私、刀真さんに聞きたかったことがあるの。答えを聞くのはとっても怖かったのだけれど……もう少ししたら、聞けるかな」
「今は聞かない方がいい?」
 刀真が尋ねると、こくんと瑠奈は首を縦に振った。
「あの、やっぱりプレゼントは私からも何か贈りたいわ」
 あなたに堂々と贈り物が出来る機会は、今日で最後になるかもしれないから。
 瑠奈はその言葉を飲み込んで、辺りを見回して店を探す。
「ものはいらないよ」
「でも……」
 と、顔を上げた瑠奈の頬に、刀真は空いている方の手を当てた。
「瑠奈のキスが俺にとっては嬉しいプレゼントなんだけどな」
 ピクリと瑠奈の身体が反応し、彼女の頬が赤く染まる。
 瞳を揺らした後、瑠奈は目を閉じた。
 刀真は彼女に顔を近づいて、そっとキスをした。

(あなたは、私が強化人間になりたいって言ったら。
 そして、あなたと契約をして、秘書としてあなたのモノとしてあなたの傍らで生きて。
 他のパートナー達と一緒にあなたを愛し続けたいといったら。
 喜んで私を受け入れて、パートナーの一人として、ずっと大切にしてくれる――んじゃないかって思ったの。
 そんな未来が、あなたとパートナー達にとっての一番の幸せ、ですか?)

 優しいキスを終えて、刀真が顔を離した途端、瑠奈の目から涙が、落ちた。
「自立、応援してくれるって言ってくれてありがとう。失敗して、皆に迷惑かけて、ホント、私ダメでダメで仕方ないけど……。一人の、成人した大人として、自分の足でしっかり歩いていけるように、頑張るから。
 あなたの……ガールフレンドとして、恥ずかしくない、いい女になるわ」
 あふれ出る涙を、瑠奈は片手で拭った。
「今日まではごめんなさい。弱くて馬鹿でごめんなさい。明日からは気持ちを切り替えて、頑張るから……」
 ヴァイシャリーの道路脇で。
 刀真は泣いている瑠奈をそっと抱き寄せた。
 彼女が落ち着くまで、優しく抱きしめて、身体を撫でてあげていた。