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「留学から帰ってきたばかりで、飛び入り状態で悪いんだが、団長候補の演説の前に、風見団長支持者として、意見を言わせてもらうぜ」
 続いて、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が立ち上がり、壇上に立った。
「生徒会執行部としての白百合団を残したいって思う人もいるだろう。オレも団がなくなったら寂しいという気持ちはある……」
 だけどな、と。
 シリウスは在校生達に話していく。
「オレが言いたいのは今の白百合団の持つ力の大きさと、それが百合園警備団に移った後で白百合団としてできることが何かあるのかって話だ。
 先日の事件でもわかるように、オレたちの力はイコン一個小隊を運用して拠点制圧を行えるほどだ……これってちょっとした軍隊か傭兵団だぜ?」
 生徒達は静かに年長者である、シリウスの話を聞いていた。
「もちろん、持たざるを得なかった理由はある……国内の動乱とか頼れる人がいなかったとか……。
 けど、それが解消されつつある今、あえて白百合団を白百合会と区別して残す必要があるのかってオレは思うんだ。
 皆には今一度考えてほしいんだ。百合園警備団と別枠にした白百合団じゃなきゃできないことが、まだ残っているのかをさ」
「待って!」
 声を上げて立ち上がったのは、白百合団特殊班員……保護観察中の崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)だった。
 亜璃珠、そして崩城 理紗(くずしろ・りさ)が付き添って演壇に登り、理紗がマイクの高さを調整して、後ろに下がり、亜璃珠がマイクの前に立つ。
 亜璃珠は、旧百合園の制服を着ていた。
 普段は似合わないからと着ることのない制服だ。
 彼女を知るものも、知らない者……はあまりいないが、よくは知らない者も、その姿に違和感を感じた。
(この頃から団の一員として、今まで全部見てきたという表明みたいなもの……だそうですけれど、伝わりますでしょうか)
 理紗が見守る中、亜璃珠は演説を始める。
「まず、私は風見団長の意思や警備団の発足には賛成しているわ。その上で生徒会執行部、実行委員としての白百合団は残して欲しいと私は思っている」
 亜璃珠は堂々と、語っていく。
「名前の上での白百合団は生徒会執行部、本来治安維持組織でも戦闘集団でもないわ。学院創設初期の、まだ治安維持機構が整っていない時代に、生徒達が自らの手で、隣人や大切なものを守る為に、「やむをえず」武器を取ったものが今日の「戦う白百合団」のおこりだと私は認識している。
 特殊班の設置もその一面であり、私自身その一員、百合園を守る剣の一振りとしての自負があったわ。
 でも、時代は変わり、ヴァイシャリーにも警察組織が発足する。
 その土地はその民が守るものであり、一契約者が協力をするならともかく、白百合団という学生組織が公務に関わるのは、本来摩擦を伴うもの。
 そして少なからず、私達は他の、戦う力のない生徒を巻き込んだ事もあるでしょう。
 そういった乙女達も、進んで武器を取り傷付けあう事がなくなるのだから、「戦う白百合団」が必要なくなるという事は喜ばしいことだと思っているわ」
 一旦、そこで言葉を切って、亜璃珠は自分を見上げている生徒達を見る。
 百合園には、一般のシャンバラ人も沢山通っている。
 生徒として対等であるはずの彼女達は、基本的には今の白百合団には所属できない。白百合団にとって守るべき対象だった。
「しかしこうも思うの。「何も道連れにすることはないじゃないか」って。先に述べた通り白百合団は本来学院の為の組織。それが私達のかつての「選択」、生きた証ごと消えてしまう……。
 私達のような当事者が、在校生のこれからと心中するのは心苦しいの。
 私達が自らの意思で取った剣は次代の乙女に返すべきであり、それを振るうかどうかを選択できる心こそ百合園で育むべきものではないかと、私は思うわ」
 白百合団は自分達が百合園の人間として戦ってきた証。綺麗ごとや現実論で、そう簡単に納得はできなかた。
「とはいえ実際に団を運営するのは在校生。私達が残した剣を捨てることもまた自由よ。私はあくまで、淑やかながらも力強く高潔な、百合園女学院のあり方への期待と、卒業生としての感傷を伝えているに過ぎないわ」
 まっすぐに生徒達を見ながら、亜璃珠は言う。
「この言葉を聞いた皆さんが、少しでも悔いのない選択が出来ることを祈っています」
 そして、悠然と演壇から去っていった。

 亜璃珠の演説が終わった後。
 白百合団に所属する、2人の団長立候補者が、演壇へと登った。
 まずは、班長を務める桜月 舞香(さくらづき・まいか)が強く真剣な眼差しでマイクの前に立った。
「白百合団班長、桜月舞香です。あたしは百合園を守る『学生達の団としての白百合団』存続を望み、団長に立候補します」
 礼をしてから、舞香は思いを語りだす。
「あたしの意見は、瑠奈団長の最終提案で当初案から変更になった点についてです。
 当初の白百合団員への説明では、『警察的な権限を有した者が教官や顧問としてつくだけで、学生の白百合団の役割は今と変わらない。
 学生達が力を用いるのは友達を守るため。自分の大切なものを守るため、だけ。
 警察からの『任務』にも応じない。学園内部の事件以外の協力の依頼は生徒会を通す』
 とされていましたが、結局、学生の白百合団は廃止方針に転換されました。
 ここに重大な問題が内包されていると思います。

 以前本件でヴァイシャリー家の、ミケーレ・ヴァイシャリーさんにご相談に伺った際、ミケーレさんは『百合園とヴァイシャリーは違う。今の白百合団は実質、留学生の地球人による外国人部隊だ』とおっしゃいました。
 あたし達契約者の戦闘力を脅威と感じている、とも受け取れました。
 これは街の方々の偽らざる本音だと思います。
 ヴァイシャリーの方々には大変親しく接して頂いていますが、全幅の信頼を得ているわけではありません。

 ――でもそれは、お互い様です」

 少しの間を開けて、続けられた言葉に、息を飲む生徒がいた。 

「はっきり言います。

 地球人の百合園生であるあたし自身も、ヴァイシャリーの貴族や議員の方々を完全に信頼しきれているわけではありません。

 それぞれが一番に守りたいものは、いつも必ずしも同じではないんです。
 地球人がシャンバラで我が物顔に振舞うことに対する不満は、今回の事件に限らず、根強く残っています。
 その矛先が、地元議会の意を汲んだ警察を巻き込んでまた百合園に向かないという保証は無いんです。
 あたしは、どちらか選べと言われれば、ヴァイシャリーより百合園を守りたい。

 だからこそ、ヴァイシャリー警察と百合園女学院生徒会執行部の間には、明確な線引きが必要です。
 同床異夢ではどちらのためにもなりません。
 双方が独立性を保ち過度の介入を控えつつ、緊密な協力関係を保って信頼醸成に努めていく。
 あたしは、学生の白百合団をそういう方針で運営したいと思っています」

 舞香の演説に、会場内がざわついていく。
 百合園女学院は、地球人よりパラミタ人の方が多い。
 それは複数のパラミタ人と契約をして共に百合園に通っている地球人が多いからでもあり、契約者以外のパラミタ人も入学できるからでもある。
 舞香とヴァイシャリー家の話は、生徒達には少し刺激の強い話だった。

「それともう一つ。
『契約者も大人になったのだから、大人が子供を守るべきだ。子供達に戦いを押し付けて自分で戦わない大人達は卑怯だ』というような意見も聞きました。

 でもあたしは、武器を持って戦わない大人が卑怯だなんて思いません。
 大人達は日々、仕事という戦場で必死に戦いながらこの社会を守ってくれているんですから。

 学生の目には映りにくい政治や経済の場で、大人達が陰日向に支えてくれているから子供達も戦えるんです。
 戦場で戦う人間が日常に生きる人間より立派だなんて考えは間違ってます。

『百合園生に戦術やイコンを学ばせるのをやめて『お嬢様学校』に戻すべき』という意見もあります。
 百合園で何を学ぶべきかは異論もあるでしょうが、あたしは白百合団を非契約者の普通の女の子達も学校や友達の為に頑張れる団にしたいと思っています。
 みんな百合園が好きだから、みんなのために、自分にできることをしたい。
 その想いを共有して、契約者も非契約者も協力し合って活動する生徒達の白百合団での経験が地球人とシャンバラ人の相互理解を深める一助になると信じます。
 教育的見地から見ても、白百合団は重要な意義のある活動だと思います」
 舞香は礼をして、後ろへと下がった。
「んー……」
 シリウスは舞香の演説を険しい顔で聞いていた。
「とはいえ、戦術の授業をやるか、武具を学院で販売するか、イコンを生徒達に任せるかっていうのは、百合園の運営側の方針だぜ?」
 自分達は、ヴァイシャリー家の保護下で学院生活を送っている。
「契約者も非契約者も協力し合っての活動は、生徒会行事で行われてるしそれで十分だと思うんだが」
 しかし、これ以上口を挟むこともできず、シリウスは総会の行方を見守ることにする。

 既に会場は静まり返っていた。
 続いて、藤崎 凛(ふじさき・りん)がマイクの前に立った。
 自分でマイクの高さを調整して、一礼し、まっすぐ前を見つめた。
「この度、白百合団団長に立候補致しました白百合団所属の高校三年生、藤崎凛です」
 一呼吸置いて、凛は語り始める。
「白百合団は、元々警察や軍とは関係なく、百合園女学院の生徒により構成される組織でした。
 本来は救護活動などに活動の重きをおいており、剣を取ることがあっても、それは仲間や友人たちを助けるため。
 なにより、百合園に通う乙女たちの、たおやかで健やかな学びを守るために、学内組織として白百合団としての活動は今後も必要だと思いますわ。
 百合園の未来に白百合団が存続し続けることを願って、私は団長に立候補いたしました」
 身長も低く、頼りなく見える凛だけれど、しっかりとした口調で、思いを語っていく。
「私自身はあまり戦う力はありませんし、契約者といっても普通の生徒に変わりありませんわ。
 ですが…だからこそ、皆さんの日常を守る為に、こういった組織の必要性を感じ、先輩方から伝統や想いを受け継ぎ、それを担っていく意志を持っております」
 今まで様々な事件に巻き込まれたり、臨んできた。
 悲しいことも辛いことも沢山あった。
 だけれど、悲しいことを悲しいままにしたくない。
 だから、藤崎凛は立った。
「私は百合園に入学した頃、何もできませんでしたわ。身の回りのことも、パートナーに助けて貰ってばかりでした。
 けれど、ひとつひとつ、努力して自分でできることを増やしていきました。
 何もできない訳ではないけれど、何でもできる訳でもない。それはみんな同じことだと思いますわ。
 ですから、足りない部分を補い合い、みんなが手を携え、支え合うことができるようなそんな白百合団にしていきたいと思っております」
 凛が深く礼をすると、応援するかのように会場に拍手が沸き起こった。