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Buch der Lieder: 桜んぼの実る頃

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Buch der Lieder: 桜んぼの実る頃

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【空京: ホテル】


御神楽 舞花(みかぐら・まいか)御神楽 陽太(みかぐら・ようた)氏のパートナーで、蒼空学園に通っているわ」
 ミリツァの紹介に、コンラートが頷いて挨拶する。
「――君のパートナーと奥様の事業は地球でもよく話題になっているよ。お子様が産まれたそうだね。おめでとう」
 微笑みに他愛無い返しをしながら、舞花は余計な事を言わない様に気を引き締めた。これはそういう相手だ、と今の言葉で悟ったのだ。
 此処へ来る前に『外郎売り』で繰り返し発声練習をしてきた成果は、無駄にならなさそうだ。その分頭の中でおちゃたちょちゃたちょとかきくくりきくくりとかグルグル回っている気もするが――。
[改めますが、私は少佐の友人……サークル仲間という設定です。よろしくお願いします]
 テレパシーにミリツァが了解の合図をくれたのに、舞花の『演技』がスタートした。
「私とハインリヒさんとはサークル仲間なんです。
 探偵研究会という主にミステリィ小説を読んだり、探偵っぽいイベントを企画して参加者を募ったり、
 あるいは逆にその手の催しに皆で参加したりしています」
「催し?」
 早速突っ込まれたのに、ミリツァがぽんと手を打った。
「知っているわ! コンラート、それは同人誌即売会というものなのだわ!」
 彼女の斜め上な――そして自信満々の笑顔に――皆が揃ってあちゃーと額を抑えた。が、コンラートは真面目な顔を崩さない。ミリツァもミリツァで勘違いしていたが、コンラートもコンラートと違う方向へ考えを飛ばしたようだ。
「同人誌……。ああ、あの市場は確かに無視出来ないな。
 最近はあの手のイベントにクリエイターやアクター達がこぞって参加しているようで莫大な――」
「もっとも、単に部室で珈琲を飲んで雑談しているだけの時もままありますが」
 舞花が笑顔で話題を反らし、続ける。
「地味なサークルなのでハインリヒさんのことは、貴重なメンバーの1人として頼りにさせていただいています」
「されてますね」
 ハインリヒの合わせ方はバカっぽかったが、会話を主導しているのは舞花だから、この程度で充分だ。
「そういえば、ハインリヒさんは地球ではどんなご様子だったのでしょうか?
 いつもはとてもクールな印象があるのですが、お兄様方の前では何となく普段と違って……良い意味でテンパっていらっしゃる感じがして、とても新鮮です」
「クール!? こいつが?
 ルカスはオレ達兄弟の中で一番バカやるしすぐ頭に血が昇ってケンカになるし、クールなんか程遠いよ! 一体どうやったらそんな印象受けたんだい?」
 どっと吹き出して転げ回りだしたカイに、コンラートがその態度を嗜め、ハインリヒがカッと頬を染める。
「こいつ小さい頃、クリスマスのミサの最中に抜け出してさ。
 終わって気付いて大慌てで皆で方々探しまわって、よーやく見つけたのがあのアレクの泊ってたホテルの部屋で、ゲンキンに二人とも遊び疲れてぐーぐー寝てたんだよ。ミリツァの前で言うのは悪いけど本ッ当あのガキ腹立つな!
 でもホテルのスタッフも、その部屋に行く迄に絶対通らなきゃならないラウンジに居たアレクのお爺様も気付かなかったの。どうしてこいつが誰にもバレないでアレクに部屋に入れて貰ったと思う?」
 カイの突然の質問に皆が首を傾げると、ミリツァが口を開いた。
「壁を登って窓から入ったのでしょう。お兄ちゃんもよくそういう突拍子もない事するもの。あの辺全部、“ハインツに教えて貰った”って言っていたわ」
 アレクのあのとんでもない部分を形成した一端は、ハインリヒにあるのだとミリツァがバラしたところで、ハインリヒが慌てて口を挟んだ。
「もういいだろ二人とも。僕だってもうとっくに二十過ぎたんだよ。それなりに落ち着いたんだから、妙な誤解を受ける様な子供の頃の話を蒸し返すのは……」
「だが人の本質というのは中々変わらないものだと、私は思うが」
「そうですね。時々――お友達の前に居ると、お茶目な時もあるなって思います」
 ――ミリツァによると兄弟が苦手としているらしい――アレクの名前に触れるのは避け、舞花は話を上手に運んで行く。兄達が彼女の話に聞き入っているのは、舞花の礼儀正しさや、話題の選び方だ。微笑ましい雰囲気になるよう話題を選んで話す事で、彼女は場を和ませる事に務めた。
 最後に改めてサークルのメンバーとして頼りにしているので、彼が必要なのだという事を二人の兄に念押しし、此処からは次の仲間に任せる。
 遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)が入室したのに、コンラートとカイに挨拶をして話を終え後ろに退くと、舞花はミリツァにそっと視線を送った。
[正直ヒヤヒヤしましたが、何とかなりましたね]
 ふうと息を吐き出すと、ミリツァが「かんぺき」と口を開くだけで答える。やれるだけの事はやった。あとは次に託し手助けしながら見守るしか無い。

 ところで歌菜と羽純は今回、変装をして此処迄着ていた。
 パラミタで活動するアイドルとして面が割れているといけない。スーツを着込んで眼鏡をすれば、普段の可愛い魔法少女アイドルの印象からかけ離れた固い印象になるが、歌菜はそこに更にヘアーエクステンションをつけ、何時もと違うメイクを施した。女性の見た目はこれでガラリと変わるものだから、これで相手が正体を知っていたとしてもバレないだろう。
 実際コンラートもカイも疑う様子はない。
「初めまして。
 ………恋人です」
「ハインツ、貴方、私との勝負を投げて地球へ帰るなんて、絶対に許さなくてよ!
 ハインツのお兄様方? 初めまして、私は彼の親友……そして、恋のライバルです」
 衣装の割に派手な登場だった歌菜の台詞に、ハインリヒはああそういう設定なのかと得心する。そしてはたと気付いた。
[っていうかなんで羽純さんが恋人役!?]
[えっ? 違うんですか? だってツライッツさんが]
[彼は……別だよ、あの見た目で、中身も男性型っていうには大分怪しいし……僕他に男と付き合った事なんで無いよ? 大体同じでいいの? でもあんまり可愛いからドレスをプレゼントしたとかそういうの言ったらアウトだよね?]
[ツライッツさんにはしたんですか?]
[………………してないよ]
[その間はなんですか!?]
[なんでもないからマジで!]
 あわあわとする二人にカイとコンラートの疑いの眼差しが飛ぶ。と、空かさずユピリアのフォローが入った。
「ハスミ……ッツさんはお兄ちゃんの事が大好きなのよね☆」
「はい。ハインツを愛しています」
 ね☆に対して営業スマイルで返す羽純のそれは、恐らくハインリヒの恋人ツライッツ・ディクス(つらいっつ・でぃくす)をトレースした演技なのだろう。歌菜もそれを見て演技をする事を思い出したらしい。
「そして私はハインツと、彼を取り合ってる仲なの。そうよね? ハインツ」
「ああ、まさに恋のライバルってやつだね☆」
 もうこうなったら星を飛ばしておけば良い、そんな感覚なのだろう。
「わからないわ。どうして貴方は、ハインツなんかがいいの?」
「俺は…………俺がハインツの好きな所は…………」
 羽純は言いかけて、気付いた。そういえばツライッツは、ハインリヒの何処が好きなのだろう。ハインリヒの良い所を適当にあげつらおうとして、逆によく分からなくなる。逡巡した挙げ句出てきたのはこれだ。
「顔?」
 皆が一斉にこけそうになったのに、羽純は慌ててハインリヒにテレパシーする。
[だ、駄目なのか? ツライッツはお前の顔が好きなんじゃないのか?]
[さあ、彼は人の美醜が判断出来ても容姿の好みに関してプログラムされてないみたいで、理解出来ないそうだからなんとも……]
[じゃあ他に付き合った人は?]
[うーん……顔とか身体とか声とか言ってたかな。あと言わないけど金? 地位?……中身評価された事ないねははははは]
[それは……使えないな…………ツライッツは他に何て言ってた?]
[僕の作るお菓子が好きだって]
[そうか分かった、任せろ!]
「あと彼の作るお菓子が――、美味しい所が好きです!」
「それ思いっきり餌に釣られてるわよね」
 ユピリアが思わず突っ込むのに、(先に台本を用意しておく必要がありましたね)と、舞花は嘆息した。男性が女性に“美人で飯がうまい”と言えばいっそ褒め言葉になるが、その逆は無いだろう。余りに情緒が無さ過ぎる。まあこの場合二人とも男な為、いよいよ訳が分からなくなってしまっているが――。
「ハスミ……ッツさんたら照れちゃってそんな事を言っちゃったんですね。
 いつも彼からは沢山ノロケ話を聞かされてこっちが恥ずかしいくらいなんですよ」
 そうやって見事なフォローで切り抜けたのに、歌菜が続いた。 
「ハインツが居なくなれば、確かに彼のハートを射抜けるかもしれない。けれど、それだと意味はないの!
 ハインツ、貴方が居ないと……駄目なのよ!」
「彼には、ずっと俺の傍に居て欲しい」
「カナ……コさん、ハスミッツぶふぉっさん…………俺、二人と一緒居たいよ! 
 パラミタで、この恋に決着をつけたい!!」
「そうよ、私達は三人で一つなんだわ!」
 ――じゃーん、と効果音でもつけて置けば良いのかしら、とミリツァは抱き合う三人を冷めた目で見つめながら思った。というかハインリヒは一回確実に吹いた気がする。
「お兄様方、お願いいたします! 私も彼も、ハインツが居ないと駄目なんです!
 ハインツは私達にとって、大切な存在なんです。勿論、それはご家族にもそうだと思います。けれど……我儘と分かっていても、私達には彼が必要なんです
 お願いします。彼を私達に委ねて下さいませんか?」
「それは…………」
「悪いようには決してしません! 彼を下さい!」
 歌菜の熱意の篭った訴えに、コンラートは呑まれているようだ。
「コンラートお兄ちゃん、三人は深い愛の絆で結ばれてるんだよ! 引き裂いたら可愛そう!」
 演技だとか騙すだとかそういう辺りを分かっているのか怪しいくらいに真剣な顔のティエンが、両手をぎゅっと握ってくるので、コンラートは本当に困っているようだ。根が真面目だからこそ、こんな訳の分からない昼ドラ的シナリオまでも信じてしまったらしい。
「少し、時間をくれないか……?
 その、大事な事だとは、私も理解出来る。だがそういった事には疎くてどうしても…………頭が回らない」
 コンラートの言葉に、皆が密かに拳を握る。しかしそんな中でカイは一人、密かに笑いを堪えているのだった。