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第4章 誓い合い

 奏景(そうけい)大学の化学工学科のキャンパスで起きた事件に関わった者たちが、代わる代わる神楽崎優子の見舞いに訪れていた。
「優子、少しの間これなくて、ごめんね!」
 その日、ロイヤルガードの小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はブーケを持って優子の病室を訪れた。
 パートナーで伴侶のコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)と、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)も一緒だ。
「隊長、体調どうですか!」
 元気に美羽が尋ねると、優子は淡い笑みを浮かべて「少しずつよくなってきている」と答えた。
「小鳥遊はもう大丈夫か?」
「全然なんともないよ。私は撃たれたりもしなかったしね。入院も短期ですんだから、予定通り式も挙げられたし……でも」
 優子の姿を見て、美羽は残念そうにため息をついた。
「優子にも結婚式に来てほしかったなぁ……」
「ふふ……改めて言わせてもらうよ、結婚おめでとう」
「うん、ありがとう」
「ありがとうございます」
 美羽とコハクは微笑んで、礼を言った。
「写真、持ってきてくれたか?」
「うん! 見てみて〜」
 美羽は分厚いアルバムを取り出して、ページをめくる。
 アルバムには、コハクと美羽が挙げた挙式と披露宴の様子が、余すことなく飾られていた。
「おっ……」
 優子が美羽のウェディングドレス姿に目を留めた。
「あっ、優子今、馬子にも衣装とか思ったでしょ?」
「いや、似合ってるよ。キミのかわいらしさをより引き出す衣装だね。
 あと、コハクのタキシード姿も決まってる。とってもお似合いなカップルだ」
 ただ、年齢相応には見えない可愛らしさだけれけど。という言葉を優子は飲み込んだ。
「そう? よかった、嬉しいー」
 美羽は感情を素直に口に出して笑顔を浮かべる。
 コハクは少し照れながら、見舞いの品を取り出した。
「食事は普通にできますよね? パラミタのドーナツです」
「ありがとう。何故かドーナツというと、若葉分校を思い出すな……」
「治りましたら、若葉分校にも顔を出してあげてくださいね」
 ベアトリーチェは、持ってきた花束を花瓶に挿して、サイドテーブルに飾った。
「でも、無茶はしないでくださいね。美羽とベアトリーチェから話は聞いています……」
 コハクは事件に巻き込まれなかったが、いかに大変な事件だったかは、美羽とベアトリーチェから聞かされていた。
「優子さんが戻ってくるまでは、僕たちがロイヤルガードの仕事を頑張っていますから」
「ありがとう、本当に助かるよ。幸い頭はまともに働くようだから、出来るだけ早く宮殿に戻って、デスクワークだけでも出来ればと思ってる」
「はい。お戻りになったら、行方不明のラズィーヤさんを、一緒に見つけましょう」
 ベアトリーチェは少し悲しげで、だけれど強い意志を籠めた瞳で優子に言った。
「ああ」
 優子も同じような目でベアトリーチェに答えて。
 美羽、コハク、それぞれと目を合せ、4人は頷き合った。

 その翌日にも、ロイヤルガードのルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)と共に訪れた。
 いや、ダリルがルカルカを連れて訪れたと言った方が良いかもしれない。
 今回、先に花を用意し、見舞いに行こうとしたのはダリルだったのだから。
(本当にダリルは変わった)
 ……と、ルカルカは思う。
 共感性に乏しくて感情の振れが少なく、効率と必要でしか動かなかった彼が、他人を心配する言葉を紡ぎながら、花を用意し菓子を箱詰めして、率先して地球まで訪れるなんて。
(人っぽくなったというか、希薄だった感情が強くなったというか……)
 理由を悪戯っぽく聞いたら、普段どおりのクールさんでツンデレ気味な答えが返ってくるのだろう。
 そんなダリルの姿を思い浮かべ、ルカルカは一人笑みを浮かべていた。
「ルカ……何ににやけている。変な物でも食べたのか」
「え? 違うわよ。ダリルのせい」
 ルカルカがそう答えると、ダリルは怪訝そうな顔をした。
「ふふふ、あっ、お花活けるわね」
 ダリルが用意した花束を、ルカルカが花瓶に活けていく。
「優子さん、無理はしないでね。横になってていいのよ」
 優子は看護師にベッドの上半身を起こしてもらって、座っている。
「大丈夫。横になってる方が苦痛なんだ」
「……本当?」
 ルカルカは優子ではなく、誘って共に訪れたアレナに尋ねた。
「本当だと思います」
「そっか。それでも一応ね」
 ルカルカは神宝『布留御魂』の力を解放し、優子を癒す。
「無理はするなよ」
 言いながら、ダリルも完全回復を優子にかけた。
 医者である彼は、自ら診察したりカルテを見ればより正確な診断が出せるのに、それはしないそうだ。 何故だろう。危険な状態ではないからだろうか。
「……ダリルに言いたいことってホント分かりにくいよね」
 ルカルカは軽くため息をついた。
「あ、でもでも金団長よりは表情に出るから楽よ。
 団長の気持ちが読めるようになるまでは無茶苦茶時間かかったもん」
「金団長はいつも同じ顔、です」
 アレナがそう言うと、ルカルカは「そんなことないよ」と笑う。
「金団長も思ってることちゃぁんと顔に出るのよ。
 ミリ単位で?」
「はは……」
 優子が軽く笑みをもらし、アレナも笑みを見せた。
「ふふ、お茶入れてきますね」
「手伝おう」
 アレナとダリルは茶葉と菓子を持って、給湯室に向かった。

 茶を入れることくらい、部屋で出来たのだけれど……。
 アレナはなんとなく、部屋から出て、深呼吸したくなっていた。
 ダリルは手作りの米で作った焼き菓子を広げながら、アレナの様子を観察していた。
「ダリルさん、ありがとうございました」
 アレナはダリルに目を向けて、淡い笑みを浮かべた。
 ただ、その笑みはダリルには少し悲しげにも見えた。
「なんだ、突然」
「あの時、優子さんの側に居てくれて……助けてくれて、ありがとうございました。
 私が剣の花嫁として、優子さんの側にいられたら……よかったんですけれど」
 アレナは光条兵器を出せない。
 アレナが優子の傍いにいて。アレナの体内にある、女王器である星剣が使えたのなら――ラズィーヤももっと別の方法を考えたのではないか、いや、考えただろうとアレナは思っていた。
「アレナのせいじゃない。無事を喜ぼう」
 ダリルはそう言って、お茶とお菓子を載せたトレーを持った。
「……はい」
 と、アレナはやっぱり少しだけ寂しげな笑みを見せた。

「ふむ、甘くないからゼスタさんには分けなくていいかな?」
 届いたお菓子をルカルカは真っ先に口に運んだ。
「ピーナツたっぷりで栄養満点。
 あんまり食べると肉付いちゃうけど止まらないのよね」
 そう言いながら、もう1つ、もう1つとルカルカはお菓子を口に運んでいく。
「見舞い品を食うな」
 ルカルカがゼスタの分を平らげたところで、ダリルが止めに入った。
「えーっ」
「えーじゃないだろ。これは神楽崎と家族に持ってきたものだ」
「うーっ」
「……こんなこともあろうかと余分も持ってきたが」
「えっ」
 ルカルカの顔が笑顔に変わる。
「とはいえ、もうおまえの分はないぞ。神楽崎、これはゼスタの分だ」
「ありがとう。奴が見舞いにくることがあったら、渡しておくよ」
 それから少しの間、4人はお菓子を食べ、お茶を飲んで談笑をしていた。

 だけれどやはり、会話はそこまで弾まず。
 事件の話になってしまう。
 それぞれ、複雑な思いを抱いていた……。
「彼女を救命した時、俺もヘリに乗ればよかった……」
 ダリルがふと、そんな言葉をもらした。
「ダリルのせいじゃないわ。大丈夫、あの人はきっと大丈夫よ」
 ルカルカが優しく、彼に語りかけた。
 そして、空気を変えようと。
「もうっ、景気づけにダリル何か歌ってよ」
 ぽすぽすとルカルカはダリルを叩く。
「病室で歌なんて歌えるか」
「ダリルさんが歌、ですか……。個室だから、穏やかな歌なら大丈夫ですよ」
 アレナは少し興味があるようだった。
「しかし何故歌なんだ?」
 優子が尋ねた。
「それは……ひょんな縁で歌を出したので……な」
 少し照れてそういた後、ダリルは”machinery”をローテンポにして静かに歌い始めた。
「……こんな才能もあるのか」
「カッコイイ歌声、です」
 優子は感心しながら。
 アレナは微笑みながら聞いていた。
「だからこれお見舞い♪ はいっ」
 そしてルカルカが自分からのお見舞いの品を取り出した。
 ……ダリルが出したCDだ。
「私が、預かっておきます」
「やめろ!」
 歌を中断してダリルは止めようとするが、CDは既にアレナの手に渡ってしまっていた。
 彼女が嬉しそうに胸に抱いていたので、取り戻せなかった……。