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Buch der Lieder: 夢見る人

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Buch der Lieder: 夢見る人

リアクション

 雑貨屋で一度遣り過ごしたジゼルらだったが、ローゼマリーは直ぐに後ろから現れた。
 単純なスピードは此方の方が上回っているため、そう簡単に追いつかれはしないものの、ビルから脱出しようとする客の波に飲まれてしまうと、その度に危ない瞬間が訪れた。
「皆で力を合わせよう!」
 ハーティオンがそう改めて言うのに、皆は言葉そのままの意味で受け取ったが、彼のパートナーのラブだけは、真意を理解して足を止めた。皆が振り返るのに、ラブは声を張り上げる。
「いいから、先に行きなさいよ!」
 
 皆が先に走り去って行くのを見て、ラブはハーティオンを見上げ、背中をばんと叩いた。
「ちょっとはやるじゃない」
 ハーティオンがトカゲの尻尾切りのような時間稼ぎ考え出したのは、その場限りの事では無かった。
 彼の身体は2メートルを越える巨体だ。細身のジゼルやツライッツの後ろにそんな人物が居るのだ。更に後ろから追い掛けてくるローゼマリーには、ハーティオンしか見えていない事だろう。そこを前提にすると、ローゼマリーを騙す事も可能な筈だ、とハーティオンは考えたのである。
 逆走するハーティオンとラブを見つけ、ローゼマリーはその影にジゼルとツライッツが居ると思い込んで追い掛けていたのだ。遂に彼女がぴたりと背中までついた時、振り返ったラブは今度こそとローゼマリーへびしりと指を突きつけた。
「あなたが目標にしていたのは、ハーティオンの背中。
 まんまと騙されたわね!」
(アクアマリンそのものを感知して、追ってきているのなら上手くいかなかっただろう。バレずにすんで良かった)
 内心安堵しつつ、ハーティオンはローゼマリーの顔を此処で初めて間近に見る事が出来た。ジゼルの肉体の材料に使われたと聞いた通り、ローゼマリー・ディーツゲンは、ジゼルと殆ど似た容姿を持っていた。
 決定的に違う部分は、二人の兄と同じ色味の髪や虹彩。それに病に侵されていたほっそりとした身体だったが、それ以上に二人の違いをハーティオンに感じさせたのは、ある部分だ。
「……悲しい目をしている。
 私は、絶望と苦悩に苦しむ人を助けるために戦う事が使命だが……。
 今は追う側も、終われる側もその目をしているのだ。
 ローゼマリー、君が追うジゼルもまた君と同じ様に苦悩している。
 どうか、それだけは感じてやって欲しい」
 ハーティオンの言葉に、瞳に、ローゼマリーは答えない。ただ深い悲しみを宿した瞳で、じっと見つめるばかりだ。
「え、え〜と……」
 と、沈黙に堪え兼ねたラブが口を開く。
「も……もっと元気だすのはどうかな〜、みたいな?
 と、とりあえずあたしと一曲幸せの歌でも歌おっか……?」
 ローゼマリーが無言のまま背中を向けてしまったのは、ラブの言葉がズレていたからではないだろう。
 彼女にはそれが必要だとラブが思ったように、ローゼマリーは心の空洞を埋めようとアクアマリン――彼女が望む幸せを求めているのだから。
「っはぁ……。
 なんか良く分かんないけど、これで良かったの?」
 どっと押し寄せる疲れにげんなりした顔のラブに、ハーティオンは静かに答える。
「分からない。だがこれで多少時間は稼げたか……」



「カガチ知ってる? ジゼルの演目を演じる際に貴族のアルブレヒトがロイスと名乗ってジゼルへ近付いたのが遊びかそうでなかったかは演出家やダンサーによって異なっているんだ。二幕でジゼルがアルブレヒトを赦しミルタがローズマリーの小枝で呼び出した仲間のウィリから彼を守るっていう感動的な演出が入る場合もあってね、ジゼルの無知な純粋さと健気さが強調されて切ない場面になるんだけど無垢が故に作品が切ないといえば水妖記――ウンディーネもそうだ。フルトブラントと愛を誓い合ったのに彼等はすれ違いウンディーネは水の世界に帰らなくてはならなくなって、途中作者の故意で詳しくは描かれていないっていうのに胸がしめつけられるようで、ねえカガチ、カガチ! もう駄目だ一秒だって無駄に出来ない彼女はただの地球人なんだぞ!!」
 一息にそう言いながら肩をガクガクと揺さぶられ、カガチはパートナーの顔をじっと見つめた。何時もは微笑みの仮面を被り、トリッキーな言動で他人を煙に巻いている葵なのに、今やその化けの皮はすっかり剥がれ、ミステリアスのミの字も失くなってしまっている。意味の無い言葉を無駄に吐き出しているのも、余裕がないのを自らバラしているようなものだ。
「僕はフランツィスカを助けにいくよッ!」
 鬼の力を覚醒させた葵はステージをキッと振り返る。フラワシを喚び出し最早なりふりか回っていられない、今直ぐにでも――! と走り出そうとする葵の動きを察知して、京子の祝福が彼を高めるとアレクが叫んだ。
「構うな行け!!」
 声に押し出され、カガチはパートナーがせめて一撃でやられないようにとサポートに回る。
(幸いアレクも椎名くん達も縁ちゃん達も他にもたっぷりいる)
 彼等の進む道を京子と左之助、ミリアが切り開きいてくれる。
 反対側をちらと見れば、歌菜が「ハインツさんの事は任せて下さい!」と言ってくれる。
(大丈夫だ瀬島やフレンディスちゃん達もジゼルちゃん達連れてこっちに向ってる、こんな頼もしい事ァ無いねぇ。
 葵ちゃんだってもう全部覚悟したんだろ、だったら後は信じていくしかねえよなあ!)
 安心して仲間に背中を任せ、カガチは柄に手を掛けた。アレクの術によって氷化していく沼が、サリアとペルーンのサポートで砕けていく。破片が飛び散り降り注ぐ中を、葵は突っ込んでいた。
 周り等見ていないのだ。無謀な特攻に人形が彼の足を捕らえ、身体を貫くが、カガチがそれを斬り上げるや否や葵の足は出血したまま構わずに動いていた。 
「僕の体が僕の魂がどうなったって、彼女の歌声は途絶えさせちゃいけないんだ
 一人の、フランツィスカ・アイヒラーのファンとしてね!」
 葵の手が遂にフランツィスカの腕を掴んだ時、二人に迫る人形に左之助と陣の叫びがハインリヒへ飛んだ。
「水なんぞに負けてんじゃねぇよ、いつまで寝てんだ!」
[ハインツ! フランツィスカさんに近づけるのはお前しかいねぇ!!]
 彼の声にハインリヒのぼんやりと焦点の合わなかった瞳に瞬間光りが宿ると、葵とフランツィスカの周囲の人形を氷結させる。
「ハインツさん――!」
 歌菜が息をのむ。
「あいつ……」
 死にかけた人間がスキルを使うなんて幾らなんでも向こう見ずだ、と羽純は呆れのような息を吐くが、フランツィスカを助けるように呼び掛け続けていた陣は高揚した様子で額に汗を滲ませる。
「でも答えたぜ! ハインツは死んでない!」
 そうしている間にパートナーに背中を護られながら葵がフランツィスカ抱き進む。スノゥはそれをミリアと連携し、ブリザードで包むようにしながら援護した。

「――フランツィスカさん、聞こえますか!?」
 京子が回復をしながら呼び掛ける声に、意識を失っていたフランツィスカの瞼がゆっくりと開く。
 彼女を抱いたままだった葵は、鬼神力で醜く肥大化した自分の体躯を思い出しびくんと揺れた。フランツィスカは純粋な地球人だ、きっと恐怖するだろう、そう思ったのだが――
「あなたが助けてくれたのね…………ありがとう、妖精さん……」
 フランツィスカは葵の傷ついた頬を撫で、柔らかな笑みを浮かべるのだった。



 レストラン階で避難誘導を行う契約者を横目に、そこへ辿り着いたリカインは一度立ち止まり、気持ちを整える。
 人の多いレストラン階などどんなパニックになっているのやらと思い、だったら咆哮でも喰らわせて一喝、もし我先になどという輩がいたら一発殴……いやアブソービンググラブで大人しくなって貰ったり……などと不穏な事を考えてはいたが、どうやらすでに避難は上手く行っているようだ。
(それなりに人手もあるようだけど……)
 リカインは逡巡する。本当は一刻も早く、劇場へ戻りたい。階上に昇っていく際に、見知った顔の兵士を呼び止めて、リカインは状況を確認していた。
「――劇場にも何かが出現しているようです。
 俺は詳細は分かりませんが、少佐が危険な状態にあるとの報告を受けています」
 ハインリヒの身に何かが起こった事は確かだが、劇場には何度か共に戦った契約者達も、アレクも居た。
 そして今、彼女の目の前で、ハインリヒのパートナーの二体のギフト――短機関銃のダジボーグと散弾銃のヴォロスが主人のもとへ行かずに戦っているのだ。
(一般人を守るのが、彼等の誇りなのよね。だったら私もそれにかけて――!)
 リカインは目の前の敵の排除をしようと動き出した。彼女の気持ちに高揚に、波動が潜在能力を引き上げていく。
 それに反応し、少女が此方へ向かってくるのが見えた。
「一気に勝負よ!」 
 リカインの呼びかけに、シーサイドムーンは彼女の頭から伸びる髪のように触手を伸ばし、突進して来た獣人の少女を捕獲しようとする。
 その瞬間、少女は数体に分身することでシーサイドムーンに捕らえられぬよう動いたが、ダジボーグとヴォロスが上空から囲むように銃弾を浴びせた。
 悶える少女の視界は、そのうち真っ赤に染まる。リカインの作り出した太陽の神スヴァローグ――いつかのハインリヒのやり方に倣った幻の炎が、少女を包み、現実の世界から消し去った。
「行くわよ……あくまでも目標地点はハインリヒ君のところなのだから」
 走るスピードでシーサイドムーンを揺らしながら、リカインはギフト達と躊躇う暇等無いと、上を目指した。

 一方――。
 エレナとさゆみ。客を守るソフィアと佐那。そしてアデリーヌのスキルによる足止め有り、敵は思うように動けていない。そこへ攻撃をしかけているのは武尊だった。
 ワイヤーを射出しブランコのように反動で揺れながらの移動は、ライフルで狙いをつけるのに高い技術を必要としたが、武尊の狙撃は正確だ。また武器は強化型光条兵器なので、万が一狙いが外れたとしても、予想外の動きをする客に危険が及ばないように保険もかかっている。
 ただ一度ダメージを与えた際に特殊な呪法で魔力を奪い取ろうと試みたのだが、瞬間的に悪寒が走りそちらの作戦は取りやめにした。
(力を取り込んだら寒くなるとか、胡散臭い連中だな……)
 そもそも少女達は、魂を沼に――肉体は消滅した存在、一種の亡霊だ。
 気味の悪いものを感じつつも、キアラに格好良いところを見せたいという煩悩が打ち勝ち、武尊は戦いを続けていた。
 そして時間が経てばそうなるだろうと彼のふんでいた通り、残りの少女達は行動を制限してくる狙撃手の武尊へ集中し始めていた。
 五・六階を繋いでいるエスカレーターを駆け上ってくる機晶姫の姿を見つけると、六階の吹き抜けの縁に居た武尊は素早くワイヤーで五階の柱を射って、ぐんと反動をつけながらそちらへ飛んだ。
 少女がこちらを振り返った時には、武尊の弾丸は彼女を捉えている。
 と、そんな瞬間――
「武尊君!」
 声に反応し集中した武尊は、自身が弓に狙われている事に気付いた。彼がそれに反応する時には、矢は武尊を目掛けて宙空を一直線に進んでいる。しかし銃口をそれへ向けたり、飛んだりする必要は一切無かった。
 星のように降り注ぐ光りが矢を消し去ると、武尊は“分かっていた”方向へ銃弾を撃ち込む。
 キアラが縛り上げた精霊の少女は、その一撃で光りへ還っていった。
「遅くなったっス!」
 光りの紐を武尊と似たような使い方をしながら、キアラがひらりと隣に着地する。
「エレベーター沢山あるから、割とすぐ済みそうっスね。
 一階からも今んとこ問題無いってウチの(兵士から)連絡もきてるし」
「下の階で動いている契約者もいたしな。
 そっちの掃討もそれほど難しくないだろ多分」
「あんまナメてたらマズイとは思うっスけどね。
 こっちは『シニフィアン・メイデン』と佐那ちゃんとソフィアちゃんとエレナちゃんも居るから安心っス」
「俺もな」
 武尊が言うのに、キアラは報告をする表情のまま淡々と
「私も居るっスよ」
 と言って肘で彼の脇腹を突つき、お互いぷっと吹き出した。
「協力プレイってロマンだよなぁ」
「ロマンって何それ、おっかし……!」