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思い出のサマー

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思い出のサマー
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●スプラッシュヘブン物語(2)

「夏休みに遊べるのは大学生までって聞くし、今のうちに遊んでおかなきゃね」
 というわけでスプラッシュヘブンに遊びに来たのは久世 沙幸(くぜ・さゆき)だ。
 もちろん、
「その通りです沙幸さん、今を大切にするのは大切なことですわよ」
 藍玉 美海(あいだま・みうみ)も一緒である。
「ふええ、いっぱい回ったつもりだけど、まだ四分の一くらいしかいってないんだ」
 今日は朝から入りびたり、全施設制覇するつもりで意気軒昂と挑んだ沙幸だったが、まだまだ道のりは遠いようだ。
 なお本日、沙幸はエメラルドグリーンのビキニを身につけているが、これが沙幸のチョイスであることは言うまでもない。
 小柄ながらちゃんと出るところは出ている沙幸なのだ、比較的布の面積を削ったこの水着だと、強調されるところがしっかり強調される。はちきれんばかりに。
 布の面積が小さいということから容易に想像がつくだろう。
 爆速ウォータースライダーやプールの高波ではポロリしかけるハメになり、極小プールでは美海に「あら、こんなところがめくれるんですわね」などと白々しく言われてもみくちゃにされたりと、これはなかなか災難な水着であった。
 でも沙幸はめげない。というより、もうこの程度の災難には慣れきってしまっている。
 美海との生活で沙幸は、こういうアクシデントには耐性がついた。もう本当に、つきまくるくらいタフになってしまった。
 だからといって恥ずかしくないわけではない……いや、やっぱり恥ずかしい!
 切り替えが早くなって、恥ずかしさの頂点からすぐに、元に戻ることができるようになったというだけのことである。
 成長、したというべきなのだろうか。
 さて次の施設に行く前の小休止として、沙幸はアイスクリームスタンドに立ち寄った。
「うん、わたしはバニラアイスをたべようっと」
「わたくしは結構ですわ。今そういう気分ではありませんので」
 スタンドの店員は、なんとも目つきの悪い少女であった。
 沙幸は彼女を見たことがあるような気がした。気のせいかもしれないが。
「……ありがとうございました」
 少女は、笑みの片鱗すら見せずに沙幸にアイスを手渡した。
「無愛想な店員でしたわねえ」
 という美海とその場を離れる。
「いいんじゃない、別に」
「そうですか? わたくしが店長でしたら、ああいう店員はおしおき部屋に引っ張り込んで、スマイルのなんたるかを一から、体に教えて差し上げますのに。もうね……声の出し方から初めてあれやこれや……わたくしなしではもう生きていけないくらいに……」
「ねーさま、なんかえっちなこと考えてないっ?」
「どうかしらねぇ」
 ふふ、と美海は意味ありげな笑みを返した。
 ふたりはやがて、人だかりができているところにさしかかった。
「そういえば、グラビア撮影してるところがあるんだよね、今日」
 あれかぁ、と沙幸は、遠目にローラの撮影光景を見た。
 アイスを手に持ったまましばし、呆然と立ち尽くす。
 ――私、ずっとグラビアアイドルやってるのにまだ『駆け出し』なんだよね……。
 自分の現状を考えると、少し寂しくなって、物思いにふけってしまったりするのである。
「沙幸さん、アイスが溶けていますわよ」
「えっ……」
「考えごとでもしていらしたのですかしら? ほら、溶けたアイスが胸にこぼれそうですわ」
「って、いけない!?」
 と慌てたときにはもう遅しで、沙幸の胸元にはぽたぽたと、白いアイスが溶け落ちていた。
「はわわ、冷たっ、それに、なんだかべたべたする……」
 水気の高いアイスだったためか、とろりと溶けたバニラ味が、つーっと胸の谷間を流れ落ち、ビキニの下の腹部あたりまでしたたり落ちている。
 急いで沙幸は残ったアイスを、ぱくりと口に入れたのだが、それも良くなかった。アイスはあふれて、彼女の唇からも垂れ下がっているではないか。
「ほら、いわんこっちゃないですわ」
 言いながら美海は沙幸の手を引いた。
「わっ、ねーさま、どこへ?」
 口を拭いながら沙幸は、よたよたと歩き出している。
「シャワールームですわ。洗わないといけませんでしょう?」
 パタンと狭いシャワー室に入ってドアを閉じると、美海はじっくり、目で味わうようにして沙幸の姿を眺めた。
「ねーさま、早くシャワーを出し……っていうか、どうして楽しそうな顔してるのっ!?」
「なんだかいい光景ですわ、と思って……おっと」
 よだれがこぼれそうな顔をしていた美海は一転、舌を出してこれを沙幸の肌に這わせた。
「んんっ、ねーさま、な、何を!」
「わたくしがきれいにして差し上げますわ、と思って……だってもとはアイスですもの、もったいないでしょう?」
「そんなことな……やっ、くすぐったい!」
「さっきはアイスいらないと申しましたが、沙幸さんを見ているとなんだか欲しくなってしまって」
 ふふふと妖艶な笑みを浮かべながら、美海は沙幸の肌を舐め取っていく。
「あら、おへそのほうにも」
「!」
 と下ったかと思えば、
「唇の端にも、付いてますわね」
「やあっ!!」
 と急上昇して、まんまと沙幸の唇の間に、舌を差し入れたりもした。
 キスは甘い……バニラアイスの味がした。
 沙幸は顔を上気させ、絶え絶えな息で、こう言うのが精一杯だった。
「ちょっと……そ、それ以上は……だ、ダメなんだからねっ! 
 直後、ひときわ長い声を上げて、沙幸は静かになった。
 
 ぷかぷかとプールに浮かびながら、南西風 こち(やまじ・こち)は満足げな顔をしている。
「海と違って、プールはお水でできています。……お風呂とは違うのはこち、しっています。お勉強しました」
 神妙な口調だが笑顔だ。なお彼女は、浮き輪を使っているので安心モードである。
「お利口ね〜、こちったらまた賢くなったんじゃないかしら」
 その浮き輪の縁をつかんで雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は、なんとも嬉しげなのだった。それはさながら、娘の成長を見守る親である。
「いいわねえ、プールっていうのも。海に行くと潮風で髪の毛とか痛んじゃうし、このスプラッシュヘブンはとんでもなく広いし」
 幼児用プールなので底が浅いが、プールには浮力があるので立っていても楽だ。こちの浮き輪を押したりつかまったりして、特に目的もなく進んだり止まったり、そんなことを繰り返しているうち、なんだかリナリエッタは眠くなり、半ば目を閉じてまどろんでいる。
 こつっ、と浮き輪が壁に当たった。
「マスター……端につきました」
「あっ……うん」
 リナリエッタは目をこすると、
「ふう、少し一休みしましょうか」
 欠伸して、水から上がった。
「浮き輪を使って遊ぶのは楽しかったです」
 その後をこちがぺたぺたと、浮き輪を抱いて付いていく。
「マスターのおっしゃるとおり、休憩を取ります」
「アイスでも食べる?」
 と立ち寄ったアイスクリームスタンドは、なんだか微妙な雰囲気である。
 店はきれいだ。それはいい。
 飾りつけだって華やかだ。
 店員の制服は、オレンジと白の。縦ストライプ、頭にはサンバイザーをしており可愛らしい。
 それなのに問題は、その店員間の雰囲気なのである。
 さりげなく、実にさりげなく、店員の一人小山内 南(おさない・みなみ)は、同僚に話しかけた。
「混んできましたね」
 できるだけにこやかに話しかけたつもりだ。なのに、
「…………」
 もう一人の店員カーネリアン・パークス(かーねりあん・ぱーくす)には、まったくもって応じる気配がなかった。
 ずっとこうなのである。カーネリアンという少女には、絶対的になにかが不足していると南は思う。なにか、というよりは具体的に、愛想が。さもなくばコミュニケーションを取ろうという意志が。
 カーネリアンは美人ではある。というかぶっちぎりの美少女だ。しかしそれが、口を真一文字につぐんで、常に無表情なのだから、宝の持ち腐れという気もしないではなかった。
「あの……」
「何か?」
「いえ、別に」
 息苦しい
 許されるのであれば、今すぐここから逃げだしたいくらいの気持ちになってきた南なのだった。
「……カーネちゃん?」
 そこに、リナリエッタがやってきた。
「……」
 カーネリアンは「はい」とも「ようこそ」とも言わず、ただ一言短く、
「いらっしゃいませ」
 と平板な声で応じるという鉄のマニュアル対応をするにとどまった。
 しかしリナリエッタはめげない。カーネがこういう人物であることはよく知っている。立て板に水のごとくすらすらと話した。
「あらやだ、男の受けより女の子に『かわいい』と言わせることに重点を置いたっぽい可愛い衣装にスマイルゼロの組み合わせ、カーネちゃんいいセンスしてるわね。その格好は制服? 自前? 誰からのプレゼント?」
「……制服だ」
 木で鼻をくくったようなカーネの回答だが、リナリエッタは一向に気にしていない。
「スマイルゼロでも私はいいと思うわよ〜。女の子の微笑を無料で受け取って当たり前って風潮に反旗を翻すみたいでカッコいいじゃない♪」
 このやりとりを聞いていて、南ははっとなった。
 ――まさか、カーネリアンさんはそんな崇高な使命感でこの行動を……!?
 けれど台無し。
「違う」
 カーネリアンが即答したからだ。
「自分はこういう性分だ」
「うーん、でも、結果的には私の言ってる通りになってるかもしれないわねぇ」
 だがリナリエッタは全然めげない。むしろカーネリアンを手玉にとっているようでもある。もしかしたらリナリエッタは、カーネリアンとは良いコンビになれるかもしれない。
「それにしてもバイト、ノルマとかきついんじゃない?」
「自分はしょせん、無責任のバイトだからきつくはない。だが、店主は『なぜか今年は売り上げが下がっている』と嘆いていた」
 ――それは、カーネリアンさんが空気を重くしているからでは!?
 南は激しくそう思ったのだが、今声を上げてどうなるものでもないので黙っていた。
 ちょうどそこに、
「……ごきげんよう。カーネリアンおねえ様」
 南西風こちが顔を出した。実際はもっと前からいたのだが、なんとなく声をかけるタイミングを見つけられなかったものと見える。
「ああ、久しいな」
 カーネリアンはまったくもってスマイルのスの字もないものの、どことなく優しい声になったように南には思えた。こちがカーネに代金を渡すと、カーネリアンは手を伸ばしカップ入りのオレンジシャーベットを彼女に握らせた。
「ありがとう」
「……どうしたしまして」
「ふふ、こちも久々にカーネちゃんと会えて喜んでるわ」
 そうだ、とリナリエッタは手を打った。
「手伝ってあげる。アイスを売るの」
 そう言ってだしぬけに、彼女は呼び込みを始めたのである。
「えーと、プールサイドのお供にアイスはいかが? 今ならサービスしちゃうわよう」
 などと、黒いセクシーな水着をくねらせながら言う。なかなか刺激的な呼び込みだ。
「なにがどうサービスなのか」
 カーネが突っ込むが聞こえていない模様だ。
「ふふ、卒業したとはいえ百合の子が困ってるのを助けないっていうのはOGとしては駄目よね」
 そんなリナリエッタと調子を合わせるように、こちは、
「……。それでは……デモンストレーションを」
 と言って、スタンドの周辺でアイスを口にする。
 こちも黒い水着姿、フリルがたくさんあしらわれた水着でありリナリエッタのセクシーさとは性質が異なるが、これはこれで目を引く姿だ。