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思い出のサマー

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思い出のサマー
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●?

 いずことも知れぬ、廃屋。
 彼女は迷わずここにたどり着くと、空気の匂いを嗅ぐように鼻を鳴らした。
 彼女を盲目だと判断する者もあるかもしれない。なぜなら彼女は、両目を長い鉢巻きのような白い布で覆い隠しているのだから。
 ところが彼女は、まったく危なげのない足取りで数歩進み、しゃがんで足元の金属板の表面を手で払った。隠されていたパネルを開けると、迷うこなく暗証番号を入力する。
 ややあって床の蓋が開き、光があふれた。光は彼女……クランジΜ(ミュー)の姿を照らし出す。
 異形の姿では、ある。
 ミューが着ているのは和服、白一色の着物だ。はっとなるほど透明度の高い水色の髪を丁寧にハーフアップにセットし、目立たぬ色の紐で縛っている。
 すっきりとした和風の顔だちで、目を隠した布を取らねばわからないところはあるものの、美しい容貌であるのは確かなようだ。
 音もなく地下に降りるとミューは、落ち着かない様子であちこちを見回していた。
 見回しながら、地上に出ている廃屋からは想像もつかないほど広い地下道を進んで行った。
「よーうこそ」
 うふふ、と、どこかねっとりとした、妖艶な響きを宿す声がした。女の声だ。声質は、かなり若い。
「隠遁生活は楽しかったかい? でもそろそろ前線復帰の時間さね」
 くるっと椅子を回転させて、ミューの前に小柄な少女が姿をあらわした。
 モノクル(片眼鏡)をかけ、変に大きいシルクハットをかぶったアンバランスな姿だ。幼い顔立ちである。大人びた容貌のミューと比べると、ずっと年下に見える。子役モデルのような愛らしい顔立ちではあるが、彼女の目には狂気の色が見え隠れしていた。
 ミューは懸命に苛立ちを抑えながら言う。
「デルタ(Δ)……!」
「おや? 『様』はどうしたのかい? 『デルタ様』、だろう?」
「敬称はお断りしますわ。わたくし、あなたが嫌いですので」
 ところがクランジΔ(デルタ)はそれを聞いても、
「言っておくれだねえ」
 と含み笑いするだけだった。
「放っておいてくれれば良かったものを……わたくしは静かに暮らしておりましたのに。すでに塵殺寺院はなく、再起をかけたゼータ(Ζ)も敗れ行方不明……。世界征服だのなんだのと馬鹿馬鹿しいものを目指そうにも、もうわたくしたちクランジには、戦力が残っておりませんでしょう?」
「いいや、そうじゃないよ」
 シルクハットの少女デルタは、宝石の握りがついたステッキを取って立ち上がった。服装は燕尾服だが、その長い裾は、二股に分かれた悪魔の尻尾のようである。
「探し続けてやっとこいつを捕まえたからね、可能になったのさ」
 じゃら、と金属の擦れる音がした。
 デルタが、手元にあった鎖を引っ張ったのだ。
「うう……」
 鎖の先には、鉄の首輪を填められた少女の姿があった。首輪につけられた太い鎖が引かれて苦しいのか、よろよろと爪先立ちをしている。口にはボールギャグ(さるぐつわ)を咥えさせられていた。
「……酷い」
 ミューの口元に嫌悪感がひろがる。
 少女はボロボロの姿だ。酷く汚れ、傷つき、焦点の合わぬ虚ろな目を正面に向けていた。
 クランジΖ(ゼータ)の変わり果てた姿であった。
「……わたくしはゼータのことも好きではありません。でも、だからといって、同じ『姉妹(シスター)』に、このような仕打ちをする権利が、デルタ、あなたにあるとも思いませんわ」
 ミューは昂然とした口調でそう言って、ゼータに近づこうとした。
 しかしデルタは、
「止まりな!」
 と強く鎖を引っ張る。天井に吊り下げられた滑車が回り、激しく鎖が引き上げられた。
 デルタの首輪がぐんと上昇した。彼女の足が、床から浮いていた。
「うっ……うう……」
 息ができなくなったのだ。ゼータは激しくもがいた。涙が目からあふれている。
「やめなさい! デルタ!」
「デルタ『様』!」
「デルタ……様、いくらなんでも、もう、やめてください」
「いいや、やめないね。そしてあたしは、ミュー、お前さんに命令する権利がある」
 デルタは言った。
「手勢は揃った。戦力は十分! 連中に最後の決戦を仕掛けるよ!」
 なにを馬鹿なことを、と言いかけてミューは口をつぐんだ。
 ――!
 異様な気配を感じたのだ。ミューは周囲に顔を向けた。
「複数のクランジ……銘入りの……!? 包囲されている……!?」
 暗がりから近づいてくる。一体、二体……多数のクランジだ。包囲の輪が狭まってくる。

 間もなくしてミューは、デルタの言葉が嘘ではないことを知ったのである。