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リアクション
永遠の……
世界の危機が過ぎて、十数年の時が流れた。
当時、コスプレアイドルデュオ「シニフィアン・メイデン」として活動していた綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は34歳になっていた。
アイドルからアーティストへ、その傍らで女優や声優としてパートナーのアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)と共に、活躍していき、今ではパラミタを代表するほどのアーティストになっていた。
そんな、多忙な毎日だった。
多忙だったが故に、さゆみは多少体調が思わしくなくても、それほど気には留めなかった。疲れだと思っていたから。
でも……。
ただの疲れではなかった。
ある日、さゆみはドラマ収録中に倒れてしまった。
担ぎ込まれた病院で精密検査を受けた結果。
彼女は、パラミタ特有の不治の病に侵されていることを知った。
その時にはもう手遅れで、余命数ヶ月との宣告を受けたのだった。
別離の時はいつか必ず来る。
でも、こんなに早く訪れるなんて思わなかった……。
「もっと、先のことだと……思って……」
アデリーヌの目から、涙が流れ落ちる。
吸血鬼の彼女は長い時を生きてきた。
沢山の別れを経験し、大切な恋人も亡くした。
ほんの20年くらい前だ、さゆみと会ったのは。
亡き恋人の面影を見て、アデリーヌはさゆみと契約をした。
それから彼女と付き合って、寿命の差を気にする彼女を励ましてきた。
いつか別れの日がくるもとも、解っていたし、覚悟していた……つもりだった。
「34、歳……平均寿命の半分にも満たない。お願い……お願い、嘘だって言って、34歳なんて、わたくしに言わせれば子供も同然よ?」
泣きながら、アデリーヌは主治医に縋ってしまっていた。
「おねがい、そんな子供を死なさないで……」
主治医に、看護師に、そして天にお願いしても……さゆみの寿命は延びはしなかった。
「こんなに早く……アディとお別れなんて思わなかったな……」
余命宣告を受けてから数か月。
さゆみはベッドから自力で起き上がることも出来なくなっていた。
そして、その時の訪れを、感じ取っていた。
「でも、悲しくなんてないわ。……だって、私はアディに出会えてから今日までずっと、こうしてあなたと一緒にいられたのよ。もしかすると今、目を閉じたら二度と目を覚まさないかもしれないけど、私はあなたと過ごした日々のことをずっとずっと思い出していくわ。だから……全然悲しくない」
さゆみは、学生の頃、寿命の違いを憂いて悲しんだり、泣いたりすることがあった。
でも、今の彼女は、悲しみで震えているアデリーヌの前で、微笑んでいた。
「思い出をありがとう、アディ。……アディ、泣いちゃいやよ?」
「……っ」
アデリーヌは拳を握りしめ、唇を噛んで、涙を止める。
「私は……最後に見るのはあなたの泣き顔なんかじゃなくて、あなたの笑顔を見たいの」
「さゆみ……。わたくしは……もう、泣きません。でも……」
「無茶を言ってるのは承知よ。私のわがままよ。でも……あなたの笑顔を最後に見られたら、もう、なにもいらないわ」
どうやって笑顔を浮かべればいいのだろう。
さゆみと一緒に過ごした時間は、夢のようだった。
一瞬の出来事のようだった。
辛い事も、悲しい事も、苦しい事もあったけれど、さゆみがいたから。
(わたくしは、幸せでした……。でも、終わってしまう。
あなたをもっと、幸せにしてあげたかった。わたくしに幸せな時をくれた、あなたを……)
涙をこらえることに精一杯で、アデリーヌはさゆみに笑顔を見せることができずにいた。
「アディ……」
さゆみの掠れた声が響いた。
「キスして」
「……」
アデリーヌはさゆみに覆いかぶさるように、顔を近づけて。
見つめ合い、互いの顔を目に焼き付けて。
それから、長いキスをした。
長く長い、恐らく最後になる、キスを――。
「アディ……これからもずっと、アディのことが大好きよ」
「ええ」
アデリーヌの顔に、ようやく淡い笑みが浮かんだ。
さゆみはほっとした顔になって、微笑みながら目を閉じた。
「おやすみなさい。また明日ね」
さゆみはそう言って眠った。
それは――永遠に目覚めることのない、眠りだった。
「さようなら、なんて言いませんわ。さゆみ。あなたは生きていますもの、わたくしの思い出の中にずっと、ずっと……」
目を閉じれば、笑顔がある。
さゆみの元気で綺麗な笑顔。
ファンを幸せにしてくれる明るい笑顔。
なによりも、自分を幸せにしてくれる、心地良い、笑顔――。
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