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リアクション
報告
百合園女学院生だった橘 美咲(たちばな・みさき)と、シャンバラ古王国の騎士で、現在はヴァイシャリー警察に所属しているファビオ・ヴィベルディ(ふぁびお・う゛ぃべるでぃ)が付き合い初めて、数年が過ぎた。
この日、美咲の誘いで、ファビオは美咲の実家に訪れた。
彼女の実家は――ヤクザだった。
だけれど、数年前に美咲の父が家を空けてから商売を縮小し、父が出てきたころには組を解散しており、今では完全に裏稼業から手を引いている。
美咲の家は日本の田舎町にある。
電車から降りた後、タクシーに2人は乗り込んだ。
季節は10月。
少しずつ冬の到来を受けて、少し寂しい風景が続いていた。
「凄く緊張するな……」
と、ファビオは弱く微笑んだ。
彼には話していないが、美咲は父親にファビオと結婚する旨を、手紙で伝えてある。
彼からはプロポーズの言葉はもらっていないけれど……美咲の方はもう、そのつもりだった。
彼を支えて行こうと決めていた。
ファビオも美咲のことを大切に想ってくれていることはわかっている。
「逃げるとは想定外でした……」
久しぶりに戻った実家には、父の姿はなかった。
日時も間違いなくしっかり伝えてあったのに。
交通費も時間もとてつもなく要するため、滅多に来れはしないというのに……。
「そういえば、数日前から源三郎の姿も見ませんでした。計画的な犯行なのでしょう」
美咲は大きくため息をついた。
(娘の彼氏に逢わなければ嫁に行く心配もないという発想なのでしょうね)
父にファビオを紹介することを諦めて、美咲は彼を連れて、母親の墓に向かうことにした。
美咲の母は病弱な人で、美咲が子供の頃に亡くなってしまった。
「父との馴れ初めを聞くと、少女のようにはにかむ可愛らしい女性でした」
母は良家の出で、父とは駆け落ちをして結ばれた。
「母の墓がここに在るのは母の意思なんです」
美咲の母の墓は、家を見下ろせる高台にあった。
「いつでも私たち家族を見守りたいと言っていました。……私は、そんな母が大好きでした」
母の墓は綺麗だった。
美咲は稀にしかくることは出来なかったけれど……母が大切に想っている人が――母を大切に想っている人が、頻繁に訪れているのだろう。
「将来は母のように好きな人と結婚したいと思っていました。『幸せはいつも自分の心が決める』それが母の口癖でした」
母の墓の前で、美咲は母に報告をする。
「私は、彼――ファビオ・ヴィベルディさんと結婚します」
優しい風が、さっと吹いた。
「ファビオさん、あなたは幸せでしたか?」
美咲が、ファビオを見上げる。
彼の顔には戸惑いの気持ちが、表れていた。
「私はとっても幸せでした。だから何度も口にします」
美咲はファビオを見つめた後、彼の身体に腕を回して、抱きしめた。
“あなたが欲しい”
“あなたと一緒に生きて、一緒に死にたい”
美咲はこれまでも、何度も彼に想いを伝えて来た。
「美咲ちゃん……好きだよ」
ファビオもまた、美咲のことを大切に想っていて、想いに答える言葉をくれる。
だけれど、その先の行動はなかった。
抱きしめれば抱きしめ返してくれる。
好きだと言えば、自分もだと言ってくれる。
その理由はわかっているけれど、美咲には愛を伝える以外に、出来ることはない。
ファビオが自分で乗り越えなければいけない。
ファビオは大切な彼女を幸せにする自信がなかった。
いつまで、彼女の側にいられるか分からないと思っていたから――。
ファビオが新たな生を受けてから、随分と時が流れた。
不安定と感じていた自分の存在――身体も、心も少しずつ安定してきていた。
危険な仕事に赴くことも減った。
そろそろ、夢を見てもいいはずだ。勇気を出してもいいはずだ。
この世界で、大切な人と共に生きる夢を。
「美咲ちゃん、俺は幸せだよ。キミの笑顔がここに在る限り、ずっと」
ファビオは美咲を仰向かせて、キスをした。
そして再び抱きしめて、耳元で囁きかける。
「ずっと、一緒に行きていこう。……結婚、しよう」
「はい」
笑みを浮かべると同時に、美咲の目から熱いものが落ちた。
「娘さんを幸せにすると、言いきれない男で申し訳ありません。
彼女の幸せが続くように、美咲さんと一緒に精一杯生きていきます」
ファビオは美咲の母にそう誓って頭を深く下げた。
南の方から、温かな風が吹いてきた。
「もうすぐ冬なのに、珍しいですね」
美咲の言葉に微笑んで頷き、ファビオは彼女を抱き寄せた。
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