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【四州島記 外伝 ニ】 ~四州島の未来~

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【四州島記 外伝 ニ】 ~四州島の未来~
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【西暦2024年 10月某日】 〜項坂岬の兄妹〜


 東野東端、北嶺藩との国境にある項坂(こうさか)岬
 この岬に広がる雄大な草原を、項坂馬(こうはんば)の群れが走り抜けていく。
 2年前に見たのと寸分違わぬ光景が、セルマ・アリス(せるま・ありす)リンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)の前に広がっている。

「やっぱり、美しいですね。項坂馬は」

 眩そうに馬を見つめながら、セルマが呟いた。

「はい。セルマさんと、リンゼイさんが守り抜いてくれた馬達です」

 二人の後ろに立つ有野 誠一郎(ありの・せいいちろう)が、言った。
 彼と、セルマとリンゼイは、『景継の災い』の際、項坂馬を守るために共に戦った仲であり、2年ぶりに島を観光で訪れた二人との再会を、心の底から喜んだ。
 かつてお狩場の一巡察士であった有野も、今では御狩場国立公園の管理責任者である、公園総監という要職に就いていた。

「いいですね、馬は。自由で――」

 再び、呟くセルマ。
 リンゼイは、先程から一言も発する事無く、無表情に馬を見つめている。
 以前セルマから、「リンゼイは、感情を顔に表す事が出来ない性質(たち)なんです」と聞かされているため、それを奇異とは思わないが、それに加えて、リンゼイが口数が少ない事もあって、未だに彼女が何を考えているか、分からない時が多い。 

「ここに来る前に、ご実家に寄られたという話でしたが――」

 有野は、リンゼイの心の内を読み取るのは諦めて、セルマに話しかけた。

「はい。父に、会って来たんです」
「お父上に――?」

 セルマは有野に、実家であったことをかいつまんで話して聞かせた。

「そうですか……。お父上は、セルマさんたちがこのパラミタにいる事に反対なのですね……」
「父は、アリスの家名にこだわっているのです」

 不意に、リンゼイが口を開いた。

「アリス家は、私の国イギリスでも有数の、古い歴史を持つ商家なのです」

 有野にも分かるようにと、セルマが説明を加える。

「地球にも、九能 茂実(くのう・しげざね)のような人間がいるのですね」

 有野は、少し悲しそうに言った。


「では、私は少し公園内を巡回してきます」

 もう少し、馬をみたいというセルマとリンゼイを置いて、有野は仕事に戻っていった。
 二人は有野がいなくなった後も、飽きることなく馬を眺めていた。

「リン――?」
「なんです?」
「ありがとうね。一緒に、父さんのとこに行ってくれて。情けない兄で申し訳ないけど、やっぱ事情が事情だし、リンにも、一緒に来てもらえてよかったよ」

 リンゼイは、一言も発する事なく、馬を見つめている。

「もう、あれから2年か……。もしシャンバラに来なかったら、俺、世界にこんな目まぐるしく『変化』する場所があるなんて、一生知らなかったかもしれない。だから……。だから俺、ここで生きたいって思ったのかもしれないな。父さんには、結局伝わらなかったけど」
「変化――」

 リンゼイが、呟くように言った。

「もし――もしここに来なかったらきっと、私は生涯、貴方に恨み辛みを重ねていくだけの人生を送ったと思います。――発端が、発端ですので」

 リンゼイは、自分の右腕をそっと撫でた。
 その右腕の怪我が元で、フェンシングを諦めざるを得なかった事が、そして、その事でセルマを恨んだ事が、リンゼイをシャンバラへと導いた。

「ここに来た事が良かったのかどうか――。それは、もっと時間が経ってみないと分かりませんが、でも少なくとも、憑き物は落ちた気がします」
「憑き物か……。そうだね。それは、俺もそう思う」

 リンゼイにとっての憑き物が、セルマへの恨みだったとするなら、セルマのそれはリンゼイへの罪悪感であった。
 リンゼイが目の前に現れた時、セルマは、逃げる事も出来たのだ。
 しかし例えリンゼイからにげる事は出来ても、罪の意識から逃げる事は出来ない。
 もし逃げていたら、セルマはその罪の意識に押し潰されていただろう。
 そしてリンゼイも、一生セルマを恨み続け、その恨みのために人生を棒に振っていたに違いない。

 人は、変わることが出来る。
 自分もリンゼイも、それを、このシャンバラで学んだ。
 シャンバラに来たから、変わることが出来た。
「憑き物が落ちた」とは、そうした事だ。

「これから……」
「これから?」
「これから、私は葦原、セルは空京で生きていきますが……。例え、この先私達の歩む道が分かれようとも、このシャンバラの空の下には、貴方の妹が居る事を、忘れないでください」
「忘れないよ――。リンも、空京に、バカな兄ちゃんが居るの、忘れないでね」
「忘れません。必ず――」

 二人はそれきり、黙ったままだった。
 二人の視線の先では項坂馬が、ゆったりと草をはんでいた。