リアクション
* 事の発端と言うと何年も前に遡らねばならないだろうから、時計の針は数日前までに戻る。 何時もの如く待ち合わせした先のカフェで第一声、咲耶は笑顔だった。 「ミリツァさんっ! 春から一緒に蒼空学園生ですね! 仲良くしましょうねっ!」 「これからはあなたと会える日も増えるわね咲耶。楽しみだわ」 ミリツァも笑顔で答える。 と、そこで咲耶の纏う空気が一変する。本題はこれからだったのだ。 「……あの、ところで、今日はミリツァさんに相談があるんですけど……。 こんな相談、親友で、同志でもあるミリツァさんにしかできないんですっ!」 頬を紅潮させ、真剣に打ち明けようとする咲耶に、ミリツァは元々ぴんと張っている背筋を更に伸ばし、言葉を待った。背中を押してくれるような彼女の態度に、咲耶は意を決する。 「私、兄さんに、自分の気持ち…… 兄さんに恋してるってことを伝えようと思うんです!」 咲耶の言葉を聞いて、ミリツァは赤い唇をひき結ぶ。 互いに『同志』と認め合うように、ミリツァも兄アレクを愛している。ただ、今ミリツァがアレクに対して抱いている愛は、咲耶の持っている感情とは違うのだとミリツァは分かっていた。 何も知らない幼い日に持っていた恋は、ジゼルの存在を認める事で、今は尊敬に変わっているのだ。けれどそれを気付いた時に、当然ミリツァが傷ついたのだ。 兄妹の想いが通じ合うというのは、普通では無い事だ。咲耶も辛い想いをするかもしれないと思うと、ミリツァは答える事が出来なかった。 しかし咲耶は、こう続けた。 「ミリツァさんには、私が告白するところを見ていて欲しいんです。 私が臆病になって逃げ出さないように……。 そして、兄さんに断られた時に、ミリツァさんに慰めてもらえるように……」 全てを理解している彼女の言葉と表情に、ミリツァは強く頷く。 「…………分かったわ」 * さて、話は戻る。咲耶の質問を神妙な顔で聞いていたハデスは、暫くの間を置いて、顔を上げた。 「……そうか、咲耶よ。 今までお前の気持ちに気づいてやれなくて、すまなかったな……」 その顔は、優しく微笑んでいた。 その反応に咲耶が――そして少し離れた位置で見守っていたミリツァが息を吐き出した瞬間、ハデスが突然白衣を翻し、手を天高く上げた。陽光に反射してメガネをギラリと光る中、ハデスは勢い良く咲耶へ答えを告げた。 「だが、残念ながら、俺は悪の天才科学者だ! 今の研究が完成するまでは、恋や愛にうつつを抜かしている暇はない! お前の気持ちは嬉しいが、今はまだ、それに答えてやることはできんのだ!」 一瞬目を見開き、咲耶は分かっていたというように肩を落とした。が、ミリツァはまだハデスの顔を見続けている。彼の答えの中に気になる単語を見つけたのだ。 「……よいか、咲耶よ。 俺には、かつて事故から救うためとはいえ、お前を強化人間にしてしまった責任がある。 俺がパラミタに来て、科学者として研究をしてきたのは、すべてお前を元の地球人に戻してやるためだ」 ――まあ結果は見ての通り、失敗続きだったがな、とハデスは自嘲する。 「だが、咲耶よ。 俺はいつの日か、お前を地球人に戻す研究を必ず完成させてみせる! それまでは、ずっと変わることなく、 困難なときも、幸せなときも、お前を守り続け、 ずっと一緒に生きていくことを誓おう!」 それはまるで婚姻の誓いのようだった。 そして本当に、言葉と共にハデスから咲耶へ手渡されたのは指環だったのである。 咲耶は「あ」とか「え」とか言葉をまともに発する事も出来ず、ただ真っ赤になるばかりだ。興奮で震える左手の薬指にその指環が漸くはまると、ハデスはふっと息を吐き出し笑顔になる。 「兄さん――」 咲耶が顔を上げ、二人の笑顔が絡み合った。 「よし、では新発明の実験開始だ!」 此処で残念な説明をするのは忍びないのだが、咲耶の薬指にはまる指環はただの指環ではなかったのである。 ハデスはパラミタでこれまで、強化人間となってしまった咲耶を元の地球人に戻す為、日夜研究に没頭していた。その過程でうまれたのが、『ハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)』と呼ばれる妙なアレなのだが――何故妹を人間に元に戻す為の研究の技術転用の発明品に触手や自爆機能等がついているのかは、余り考えない方が良いだろう――、この指環は今迄の研究成果、技術の集大成であった。 さて、今回の発明に使われたのは、コントラクターブレイカーSという銃だ。 これはかつて契約解除に用いられた銃のコピー品なのだが、契約解除に必要な闇龍の力が無い為、そのように利用する事は出来ない。 だがハデスはこの銃に改造を施し無理矢理能力を増幅させたのである。 これを利用する事で、ハデスと咲耶の契約は解除され、咲耶は人間に戻れる。彼はそう信じていたのだ。 そうして発光しだした指環は、ユニオンリングの力を持っており、その発明品と合体を始め………… 爆発したのだった。 何時飛んでやって来たのか分からないアレクに頭をがっちり掴まれ、宙にぶらぶら浮きながら、ハデスは腕を組んでマイペースに 「むう、今回は成功すると思ったのだが……」と吐き出す。 発明品が起こした爆発は『ハルマゲドン』とほぼ同等の爆発力を持っていた為、正直成功だ失敗だと言っていられるような状況では無いのだが、ハデスは矢張りその辺りがズレているようだ。 「全く、お兄ちゃんがきてくれなかったら大変な事になるところだったわ……。 大丈夫? 咲耶」 アレクによって空の果てまでぶん投げられた誓いの指環は爆発してしまった。 咲耶の願いは当分叶いそうにないというのに、ミリツァが振り返ったその顔は何処か晴れやかだ。 仕方の無い兄だと苦笑して、咲耶は左手をぎゅっと握る。 『今はまだ』 その言葉に彼女が気付くのは、何時の日なのだろうか――。 ジャイアントスイングで空の彼方へ飛ばされて行くハデスを見つめ、ミリツァは友の幸せを願っていた。 |
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