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魂の研究者と幻惑の死神2~DRUG WARS~

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魂の研究者と幻惑の死神2~DRUG WARS~

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 第12章

「色々あったみてえだけど、丸く収まって良かったな。まあ、皆で食ってくれ」
 体育倉庫から出ると、の料理が完成していた。白布を敷いた長机の上には、素朴な家庭料理や宴会料理、郷土料理などが並んでいる。ファーシーは早速、一口料理を口に入れた。
「ありがとう! あ、何かこれ懐かしい味……」
「古王国時代のレシピを再現した料理だからな。久しぶりか?」
「そうねー、今はこういうの食べられないから……これ、家でも作ってみるわね。イディアも食べる?」
「食べる! ちょーだい、ママ!」
 新しい皿に料理を取って娘に渡すファーシーを見て、朔は変態筋肉男の事を忘れて(近くで筋肉×2が料理を食べているが)微笑ましい気分になる。
「イディアちゃんも大きくなったな……うちの子達も元気に成長しているし、これからが楽しみだな」
 温かいお茶を飲みながら言う朔に、ファーシーは明るい表情で振り返る。
「うん、でも、なぜかイディアの方が未月ちゃんより年下に見えるのよね。イディアが結構泣き虫だからかな」
「はは、そうだな……」
 朔は、別のテーブルで仲良く食事をしているフィアレフトと満月を見て目を細める。今の2人は年齢相応に姉妹的関係のようだが、いつ頃そうなるのだろうか。それはきっと、これからの成長の中で自然と形作られていくのだろう。それを自分は、すぐ近くで見守っていくのだ。パラミタでは日々、大小様々なトラブルが起きたりもしている。だが、それに自分が積極的に関わることは多分、もう無い。
(私も引退だな……)
「? どうしたの?」
「いや、これからはお母さんとして頑張ろうと思ってな」
「お母さんとして……そうね、わたしも頑張らなきゃ」
 ファーシーは娘と、成長した娘達に嬉しそうな目を向ける。朔と彼女の視線に気付き、満月は食事の手を止めた。
「満月ちゃん、どうかした?」
「いえ……お母さん達、楽しそうだなって思って」
 何を話しているかまでは聞こえないけれど、何だかとても楽しそうだ。未来に関わる事件もほぼ解決し、母もあの調子なら心配いらなそうだ。満月は、肩の荷が下りた気分がしていた。……けど。
 フィアレフトとブリュケの方を、彼女は見る。
「あの、お2人はこれからどうするのですか?」
「これから?」
「そうだな……まあ、暫くはこっちにいるけど」
 きょとんとする少女の隣で、ブリュケは言う。身柄を預かってもらっている現状、好き勝手に動くわけにもいかない。彼の答えを聞くと、満月はここ最近考えていた事を遠慮がちに切り出した。
「……もしよろしければ、私達で一緒にこの世界で何かしませんか? ほら、師匠達の様に工房を開くのもいいですし」
「一緒に……」
「3人で、か?」
「はい、3人です」
 満月の過ごした時間軸では、ブリュケも早くに亡くなっていた。時空転移に失敗したイディアを追って時空間に入り、そのまま戻って来なかったのだ。
「私、こうして幼馴染同士でもう一度出会えて嬉しいんです。お母さんと同じくらい、もっと一緒に人生を歩みたかった人達だから。……2人に比べてまだ未熟者ですが……私も、お2人と共に歩んでいきたいです」
「「…………」」
 微笑む満月を前に、2人は顔を見合わせる。そこで「それに……」と付け加えて満月は子供の自分達を見る。
「過去の自分達がどのように成長していくか、一緒に見ませんか?」
「でも、俺は……」
「いいんじゃないか、ブリュケ」
 断ろうとしたブリュケに、レンがルークと共に来て話しかける。
「居場所が分かっていれば、別にずっと俺といることもない」
「処分が決まったらそれには従ってもらいますけどね」
 ルークの言葉を聞き、ブリュケは考える。その時は、フィアレフト達から離れなければいけないだろう。だが、ある程度の自由が許されるというのなら――
「……やってみるか。イディア、未月」
「……うん、ブリュケ君」
「はい、よろしくお願いします!」
 少女2人の笑顔を見て、彼は思う。
(盗難か……罰金で許してもらえればいいんだけどな……)
 少し、甘い希望かもしれないけれど。

「おにいちゃん、このお料理美味しいよ! 今度お家で作ってみてよ!」
「無理だ。フィーがレシピ聞いてたみたいだからあいつに作ってもらえよ」
「えー……だってあたし、寝込んでてゴーヤチャンプル食べられなかったし……おにいちゃん、普段おつまみしか作らないじゃん……」
「お疲れ様だな、2人共」
 一方、ピノとラスがそんな雑談をしていると、夏侯 淵(かこう・えん)が料理皿を手に近付いてきた。ルカルカ達は成分を守る為に教導団へ戻ったが、淵は経緯を確認する為に蒼空学園に残っていたのだ。
「ラス殿やピノ殿はこれでもう泣かずにすむのだろうか。そうであれば俺も嬉しい」
「泣いた記憶なんてねーんだけど……」
「うん、泣かないように頑張るよ!」
 2人の答えにうむ、と頷いてから、淵はピノに「良かったな」と祝いの言葉を送った。治療薬が未来に運ばれれば未来人達は救われる。それが、どれだけ彼女の心の救いになるか――そう思っての発言だった。
「そうだね。ここまでこれたのも、みんなが協力してくれたおかげだよ!」
 ピノは本当に、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「ピノ殿は、ドルイドとしてこれから沢山やりたいことがありそうだな」
「うん、いっぱいあるよ! やりたいことも、やらなくちゃいけないことも……だから、あたし、頑張るよ!」
 希望と決意が込められた瞳で見上げ、ピノは言う。
「頑張りすぎないようにな。助けが欲しい時は、いつでも言ってくれ」
「……うん!」


              ◇◇◇◇◇◇

 ――その数日後、未来に持って行く為の治療薬が完成した。薬を受け取りに来たフィアレフトに、ダリルが1冊のファイルを差し出す。
「これを持って行け。未来で必要になるだろう」
「ありがとうございます。これは……」
 ファイルを開くと、建物の設計図が目に入った。更に捲っていくと、機械の設計図も綴じられていくのが分かる。こちらは、先の図よりも細かい書き込みが成されている。建物についてはよく分からなかったが、機械の方は、何の為のものなのかフィアレフトにも理解出来た。
「薬を量産する為の機械ですね。こんな物が作れるなんて……。この、建物の図面は何ですか?」
「工場用の図面だ。持って行く分だけでは足りないだろうしな。未来社会でなるべく多くの人に薬を配布する為には、薬の製造装置と工場が必要だろう」
「設計図があるのと無いのとでは、“多くの未来人が同意して製造が軌道に乗るまでの時間”がダンチでしょ? 全国民に近い数なんだし、町の食堂でカツ丼を出す規模じゃダメよね」
 ダリルに続き、苦笑混じりにルカルカが言う。彼女は、エリート研究員が治療薬の製造を手伝う中でダリルが専用籠手型HC光条零式とE.G.G.を使って設計図を考え、作っていくのを知っていた。なるべく早く完成させる為に、彼が殆ど寝ていないことも。
「工場が完成するまでには相応の時間が掛かるだろうが、一度設備が整えば、国民を早く救える筈だ」
「はい。学者の方に、この設計図をお渡しします。機械の製造なら、私も手伝えるかもしれませんね……」
 フィアレフトは、数日前に満月達と話した事を思い出す。ブリュケも同じ事を考えたのか、ファイルを覗いていた彼と目が合った。
(まずは、このお手伝いかな……。でも……)
 そう思っていたら、あれからイルミンスール側で薬の製造を手伝っていたノートも1冊のファイルを差し出してきた。
「薬のレシピや解析レポートをまとめたものですわ。これも必要でしょう?」
「あ、はい。そうですね」
「ルカルカさんの言う通り、現代で沢山作っても足りなくなるでしょうからね」
 ノートは、用意された治療薬の山を見て彼女に言う。人の手で持っていけるだけの限界量を用意したが、それでもまだまだ足りないだろう。
「貴方の事だから、ここに来るまでに訪れた数多の平行世界も救いたいのでしょうしね。薬はどれだけあっても足りないと思いますわ」
「…………」
「イディア」
 フィアレフトがファイルを見つめて考えていると、ブリュケが真剣な表情で何かを問い掛けてきていた。名を呼ばれただけだが、彼が何を考えているかはよく分かった。彼の気持ちは――きっと、自分よりも強いものだと思うから。
「……うん」
 それでこちらの気持ちも伝わったのか、ブリュケは話を切り替えた。
「でも、この薬……いくらタイムマシンに乗せられるからといっても、ちょっと多すぎないか? どうやって持っていくかなあ……」
「それなら、この鞄を使うといい」
 そこで、山海経が大商人の無限鞄を差し出した。確かにこの鞄になら、用意された薬の全てが入れられる。
「あっ、良かった……。助かります」
 フィアレフトが鞄を受け取ると、次に望が前に出てきた。彼女は、ブリュケに審判のアルカナを、フィアレフトに教皇のアルカナを渡す。『審判』は復活や発展の象徴であり、“これから未来を自分達の為にも発展させていきなさい”という激励を、『教皇』は慈愛や協調性の象徴であり、“隣で彼を支えてあげなさい”というメッセージを、望はこのカードに託していた。
 意味に気付いたら――フィアレフトは赤面するかもしれない。
「餞別というのでもありませんけれど。気をつけて行ってきてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「……ああ、ありがとう」
 カードを仕舞う2人に、ルカルカが近付いて声を掛ける。
「また、偶には会えるわよね。ブリュケとも、もっといっぱい話したかったな」
「ずっと未来にはいないし、ここに報告にも来るからまた会えるよ。その時に色々話そう」
「そうですよ。今度会う時は、ゆっくり出来ると思いますし。全てが終わったら、私達しばらくこの時代にいますから」
「そうなの? じゃあ待ってるわ」
 ルカルカが一歩下がると、フィアレフトとブリュケは鞄に薬を入れに掛かった。
「手伝いますわ」
 未来へ同行する予定のエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が、それを手伝う。3人が全ての薬を入れ終えて出発したのは、それから十分程が経った頃だった。