天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

リアクション公開中!

終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

リアクション


●大尉の家

 数年経ってもクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)ユマ・ユウヅキ(ゆま・ゆうづき)の夫婦が結婚当時の家に住んでいるのは、結局のところ節約のためなのだった。もともとふたりとも派手を好まない性格ということもある。等身大の幸せでいい。
 つつましく小さな、愛の巣での月日が流れていった。
 お互い軍人だ。それゆえ似合わぬ印象があるかもしれないが、家庭はとても穏やかだった。
 世界が平和になったとはいえ、事件が一切なくなったわけではない。いやむしろ、これまで潜んでいたものが噴出していたりもする。それゆえに国軍の任務はしばしばハードなものになるが、それでもひとたび帰宅すれば、若いのに老成したといいたくなるほどに落ち着いたよき夫であり、よき妻となる。
 任務が常に同一になるとは限らない。ときには一週間以上会えなくなることもあるが、それでも彼らは、こまめに連絡を入れて心を伝え合っていた。
 これこそ、ふたりが望んでいた生活だ。
 ところがその平穏の日々に、この日、ある変化が訪れた。
 
 連休の初日、目覚めたクローラは、妻がベッドから起きあがれないことに気がついた。
 ユマは猫のように身を丸めて、じっと肩を震わせている。細い指先でシーツを握りしめていた。額にべっとりと汗をかいている。
「ユマ……どうかしたか……!」
「なんでも……ありません……」
「何でもないはずはない。正直に言ってくれ」
「気分が、少し……」
 すぐれないのだという。重いものにのしかかられたような疲労感があると彼女は言った。
 最初にクローラが疑ったのは、彼女に特殊なトラブルが発生したのではないかということだった。
 ユマは普通の機晶姫とは違う。半分人間で半分機晶姫という『クランジ』なのだ。予想もつかぬ異常が起こる可能性があった。
 クランジ技術に通底した知人を思い浮かべる。いやまずは教導団に連絡……いや、病院か……? 考えがまとまらなかったが、クローラは急いで電話を持ちあげた。
「クローラ、電話は必要ありません」
「救急車を呼ぶ」
「大丈夫、自分で行けます。教導団の本部のほうが、設備が揃っているのでいいでしょう。起こしてください」
「わかった。手を貸す」
「あと……服を……」
「あ、そうか。すまん……」
 こういうとき、当事者のユマのほうが落ち着いていることに申し訳なさを感じながら、クローラは彼女に従った。
 教導団の病院施設で判明したのは、彼女が妊娠しているということだった。
 ホルモンバランスが崩れたことによる体調不良だ。妊娠初期症状というものである。
「ありえることです。鳳明さんが言ってました」
 その報を聞いた喜びで、ユマの声は震えた。

「ユマさん知ってる? ヒトと機晶姫の間でも子供ができるんだって!?」
 いつかの琳 鳳明(りん・ほうめい)の言葉が、ユマの頭に蘇っていた。

 ユマはぐったりとした様子である。
 髪は乱れ顔色にも疲労が残っている。
 しかし、神々しいほどに美しい表情だった。クローラが思わず、両膝をつき拝みたくなるほどに。
 これが、母親になるということなのだろうか。
「ユマ……!」
 看護師の前であるにもかかわず、クローラは夢中で彼女を背中から抱きしめていた。ユマの香を胸に吸い込む。もうこの腕の中にいるのは、一人だけではないのだ。
 この喜びを、誇らしさを、誰かに伝えたい。
 やはり一番に知らせたいのは親友であり、ずっとクローラとユマを見つめ続けてきたパートナーセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)だ。

 ユマの具合も落ち着いたので自宅に戻ると、鍵が開いていた。
「セリオス、来てるのか?」
 彼にも合い鍵は渡しているのだ。案の定奥から、
「そうだよ」
 セリオスの声がした。
「おめでとう!」
 とクローラとユマを迎えたのはセリオスと……彼が食卓一杯にひろげた妊婦用グッズの数々だった。胎教用の音楽ディスクがある。ノンカフェインのコーヒーがある(※妊婦はカフェイン禁止なので)。その他、妊婦向きの健康食品や書籍まで揃っていた。
 驚きのあまり言葉もでないふたりに先回りして、
「あっそうそう今日の御飯は僕作ったからね」
 と、エプロン姿でセリオスは笑うのである。初孫にフィーバーする老母のようではないか。
「す、すまん。感謝する。だが驚いてもいるんだ。なんというか……この日を待っていたかのような……」
 クローラは目をしばたくばかりだ。自分はまだ、この目まぐるしい一日を現実のものとして受け止め切れていないというのに。
「いつかは、と思っていたのは事実だよ」
「ありがとうございます。わあ、これはカタログショッピングですね」
「さすがにユマの体型まではわからないからねえ」
 ところで、とクローラは言った。
「自分の家はいいのか? 奥さんは?」
「大丈夫、僕の奥さん今日公演会なんだけど、電話したら持ってけってさ。子ども用の衣服も残してあるって。子どもってすぐ大きくなるからねぇ。買うと結構高いし……出産育児用品は天下の回り物だよ」
 この数年のうちにセリオスは、見合い結婚してあっという間に一児の父親になっていたのだ(ちなみに女児である)。クローラがユマと出会い結婚するまで、そしてこの日を迎えるまでのスローペースと比べると、なんという速さだろうか。なおセリオスの妻スターシャはロシア人で、主婦兼料理評論家だという。
 クローラとユマを座らせると、セリオスは鼻歌でも唄うように言う。
「性別がわかるのはもうちょっと先だよね。男の子かな? 女の子かな? どっちにせよ楽しみだなあ。男の子だったら、うちの子と将来結婚させてもいいかもねぇ……」
 ユマは思わず吹きだしてしまった。
「セリオスさんったら! まだ生まれてもいないのに気が早いですよー」
 言いながら彼女は自分の腹部に手を当てる。そこにいる人の声を聞こうとしているかのように。
「実は……」
 ここでクローラは、ユマの肩を抱いて言った。
「……男の子だったら、つけたい名前があるんだ」
「私、わかるような気がします」
 ふたりは同時に、その名前を口にした。
 ユージーン。
 亡きリュシュトマ少佐のファーストネームである。

 その後ふたりは、三人の子どもに恵まれた。
 最初の男児は『ユージーン』と名づけられた。
 下はいずれも女児で、『ユウコ』『クローディア』と名づけられている。