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世界を滅ぼす方法(第5回/全6回)

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世界を滅ぼす方法(第5回/全6回)

リアクション

 
 
「さあ艦長! 出発の号令だ!」
 ヨハンセンに言われ、ハルカが
「出発進行なのです!」
と叫ぶ。

 翌日。飛空艇ハーレック号はセレスタインに向けて出発した。

 怒涛の如き出発までの準備を無事に終えた静麻は、これで自分の仕事はとりあえず終わったとばかりに、見張りを名目にのんびりと船旅を楽しむことにした。
(さて、あとは聖地……いや、魔境セレスタインに到着してからか。
 どんな場所か、しっかり拝ませてもらうぜ)
 パートナーのレイナの方は、出発後も気を抜かず、真面目に見張りを務めている。
 空賊が出ないとも限らないし、ドラゴンフィッシュなるモンスターの話もある。
 ヨハンセンとアウインが入念にチェックしたとはいえ、下に地面の無いこの空峡で、エンジントラブルの可能性だって完全に捨て切れたわけではない。
 常に油断はできなかった。
 そして特に、コハクが気にしていた、”光珠”の周囲の警戒を強めた。
 コハクは盗まれる心配をしているわけではないようだが、ずっとお守りのように持ち続けてきた”光珠”を手から離すのが不安なのだろう。
 安心させてあげたいと思った。


 ヨハンセンが言うには、この区域には空賊は出ないらしい。
「こんなところを飛んでても、何の収穫にもなりゃあしないしな!」
 そして、長い歴史の間に何度も無謀な者が挑戦したことには、南の果てと呼ばれる乱気流の壁には、連続飛行で2日掛からず到着するが、それを抜けたとして、そこから先、セレスタインまではどれくらいかかるかは解らない、という話だった。
 コハクも、セレスタインから空京に来た時はとにかく必死で、距離や時間などは全く憶えていなかった。
 小さすぎて認識されなかったのか、ドラゴンフィッシュには遭遇しなかったという。

「コハク、セレスタインには、他の聖地にあった”柱”みたいなものは何処に存在するんだ?」
 葉月ショウに訊ねられ、ええと、とコハクは説明に迷った。
「セレスタインは、ごつごつとした岩場の多い場所で……その岩場のひとつが、”柱”だった。
 でも、外に出てるんじゃなくて、こう……上手く言えないんだけど、地中に埋まっている感じ? 外からは触れない場所にあった。
 地面とか壁が淡く光ってる場所があって……この中にあるんだなっていう……」
 今はどうなっているのか、解らないけれど。と、コハクは付け加えた。

 この鄙びた空域にはモンスターの類も少ない、とヨハンセンが請け負ったので、乱気流の壁に突入するまでの航海は、緊張感も薄れて比較的穏やかに進んだ。
 途中には、幾つか小さな浮き島も点在していたが、ヨハンセンは一度アウインに舵を任せて数時間の仮眠を取ったのみで、飛空艇を一度も停泊させることなく飛行を続け、やがて前方を確認して、「来たか」とにやりと笑った。
「見えてきた! あれが、乱気流の壁……!?」
 神代正義が前方を指差して叫んだ。
 天空から遥か下方まで、前方を阻むようにそそり立つ、雲の壁。
 あの向こう、雲の中を、今までの空とは別世界のような、乱気流が渦巻いているという。
「突入するぜ! 全員、ちゃんとどこかに掴まってろよ!」
 伝声管に向かってヨハンセンが叫んだ。


 食料や水、小型飛空艇などが収容されている倉庫の片隅から、密かに潜入していたマシュ・ペトリファイア(ましゅ・ぺとりふぁいあ)がひっそりを身を起こした。
「それじゃあ、そろそろ行きますかねえ」
 がくんと足元が大きく揺れた。
「おっと!」
 揺れは左右に大きく振れ、何かが叩き付けるような轟音や、耳を貫くような衝撃音も響く。
「これは……随分と凄いようだねえ」
 壁に手をついて身体を支えながら、薄暗い倉庫の中を出る。
 彼の目的は、石化の剣、ソードオブバジリスクだった。

 この飛空艇内には現在、幾つかの特殊なアイテムが存在する。
 1つはコハクの持つ”光珠”で今は飛空艇の動力源となり、人の手を離れている為、レイナ・ライトフィードを始めとする何人もが常に警戒を怠らないようにしている。
 1つはハルカの持つ”アケイシアの種”で常にハルカが身につけて離さないようにしている為、常にハルカの周囲を固める仲間達によって護られている。
 1つは、リシアより譲り受けた石化の剣、”ソードオブバジリスク”で、それはモーリオンでの『ミズ』との戦闘の後、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の手によって保持されていた。

 飛空艇内に、複数人数が固まって暴れられるような広さを持った場所などどこにも存在しない。
 だがそれ故に死角も多く、マシュは隠れ身の能力を使って、ルカルカ達の至近距離にまで近づいた。
 嵐の中の小船のように揺れる艇内が、ミシ!と悪寒の走るような音を上げる。
「大丈夫なんだろうなあ……」
 ルカルカの持つ剣を護って周囲を固めるエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が、恐ろしげに周囲を見渡した。
 直後、バリバリバリ!という、雷が落ちたような音が鳴り響き、
「ひえ!」
と驚いて肩を竦める。
 その瞬間、目くらましの光術を放ちながら、マシュが身を低くしてルカルカの懐に飛び込んで行った。
「!!」
 揺れる艇内でバランスを崩していたエースの横をすり抜けたマシュの前に、エースのパートナー、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が飛び込んみ、マシュを阻もうとする。
「止まれッ!」
 しかし小柄で軽いクマラの身体は、マシュが突き出した手の平にあっさりと押し払われた。
「んぎゃっ!」
 大きく揺れる飛空艇のせいで、クマラはまともに倒れ、そのまま突き当たりの壁まで転がる。
 それでも、それでマシュの俊敏性は失われた。
「させないわ!」
 布に包まれてルカルカの左手に抱えられた剣の柄に手を伸ばすマシュを、ルカルカが自らの身体を張って防御しつつ、マシュの手を、右手に持ったライトブレードで切り払おうとかる。
 しかし、その動きを読んで、すかさずそのルカルカの手元に狙いを変えたマシュの手には、鎖十字が握られていた。
「つっ!」
 弾かれた右手に身体が開いた一瞬を狙い、マシュがルカルカから剣を奪い取って彼等から飛び退いて距離を置く。
「てめえ!」
 エースが体勢を戻してマシュに向かおうとするが、マシュは奪った剣を一瞥するなり、それを投げ捨てた。
「にせものとはねえ」
「切り札を、そう簡単に奪われてやるもんですか!」
 睨み付けるルカルカにふんと笑って、マシュは身を翻した。
 多勢に無勢の場合、勝負は一瞬だ。
 失敗した以上、これ以上執着して留まるのは無意味だった。
「待て!」
 エースが後を追おうとしたところで、爆音が響き、周囲に煙が立ち込める。
「あの野郎、爆弾仕掛けて行きやがった!?」
 こんな場所で何てことしやがる! と慌てて火元に走り寄り、それが音を発するだけの発煙筒だと解った時には、マシュの姿を見失っていた。
「くそっ!」
 エースは、逃がしたことに憤る。
「……だが、護り切ったな」
 出る幕が無かった、と肩を竦めて、ルカルカの後ろで背中を壁に貼り付かせていたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、コートの中に隠れていたソードオブバジリスクを、縛り付けていた鎖を外して鞘ごと引き抜いた。
「ダリルの出番があるようじゃまずかったんだってば」
 にせものとすり替えていたその剣を受け取りながら、ルカルカは苦笑する。
「はあ〜……」
 緊張が解けたからか、ズルズルとクマラが壁を背に座り込んだ。
「大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」
 戻ってきたエースがその様子に気付いて声をかける。
 そこへ、フラフラと壁に手をついて身体を支えて歩きながら、強盗 ヘル(ごうとう・へる)が歩み寄ってきた。
「うう……狙撃手とかそういうのはいないみたい……。
 あの野郎、単独で狙ってた……みたいだ、な……うげっ」
「どうした?」
 ダリルが、クマラと似た様子の、しかしクマラよりより酷く、顔が真っ青になって膝を付くヘルに駆け寄ると、ヘルはへなへなと座り込み、そこへ横揺れが来て、
「うっ」
と蹲った。
「酔った……」

 飛空艇最下層の倉庫には、荷の積み下ろし用の扉が存在する。
 マシュはそこまで逃げて来たが、隠していた小型飛空艇に手をやったところで、扉を見て舌打ちした。
 今、ここを開けて小型飛空艇で外に飛び出すことは自殺行為だった。
 あっという間に嵐に呑まれてしまうだろう。
 そこを突然、見えない何かに掴まえられ、床に押さえつけられた。
「……光学迷彩!」
 しまった、という顔で呟いたマシュに、姿を現したザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が、
「逃げられると思っていたのですか?」
と言い放ちながら、マシュを後ろ手で縛り上げる。
 ザカコは最初から、姿を隠して、ルカルカ達と一緒にいたのだ。
「……最初から読まれていたわけですねえ。やられたよ」
 マシュは苦笑して肩を竦める。
「目先の欲であの剣を奪おうとするあなたに、大切な剣は渡せませんよ」
 ザカコは、縛り上げて座り込んでいるマシュを見下ろす。
 マシュはその言葉に、くつくつと肩を揺らして笑った。
「人間は、どんなにおきれいなことを言っていたって裏側は欲にまみれているものさ。
 欲に忠実に生きて何が悪いと言うのかねえ」
「――取りあえず、状況が落ち着くまで、暫くこうしていて貰います。
 あとで皆に相談して処遇を決めます」
 倉庫の片隅に、拘束したまま留置されることとなった。

 ――しかしセレスタインに到着した後、マシュの姿はいつの間にかなくなっていた。