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リアクション
第3章 ぬぉわはははは
時は遡り、数時間前――
ケイが症状から覚め、辺りを見回した。
「げっ! なにここ? どこ? え? 飛んでる? バリバリうるせえ! ヘリ? ヘリコプター? うわ! てことは、ンカポカの? なんで? 俺もやっぱり奇行症かかっちまったのか? つーか、ヤバいぞこれ。俺、ヤバすぎるぜ」
ケイが今いるのは、ンカポカのヘリの中。小型飛空艇や武器が積まれたシートの裏だった。
「ぬぉわははははははは!」
青 野武(せい・やぶ)の笑い声が聞こえてくる。
「相変わらず、おかしな笑い方をしやがるぜ……」
ケイは身を隠して、聞き耳を立てる。野武の声が、よく聞こえた……
「つまりそのロドペンサ島がおぬしらのアジトであり、研究施設というわけだな。さぞかし設備も整っているのであろう。見に行くのが楽しみだわ。ぬぉわははは!」
越乃が相変わらず酒をがぶがぶ呑みながら、野武に「しっしっ」とやる。
「ぬぉわははは! わかっておる。慌てるな。おぬしらのアジトも楽しみだが、まずはこれだな」
野武の手には、謎の液体が入っている。
「しかし、たったこれしかないのか?」
「だから、うまいことやれよ。空気と触れると人間の脳を侵すウイルスに変化する。つまり、船の風上に――」
「ぬぉわははは! わかっておる。我輩を誰だと思っておるのじゃ。ではの、そこの飛空艇を借りていくぞ。これは、よく見るタイプより性能が良さそうだな」
「馬力が違うよ。ちょっとした船だったら簡単に牽引できるさ」
「しかし、問題は自爆装置の有無だ――」
ドガッ!
ついに黙っていたンカポカが、野武を蹴っ飛ばした。
「我輩を蹴るとは愉快な! ぬぉわははは――」
ドガガッ!
ンカポカがようやく口を開く。
「……笑うな」
くっちゃくっちゃ……ンカポカはガムを噛んでいる。葉巻をやめてすっかりガムが気に入ったようだ。
「むむう。まあいい。これをまく程度なら自爆装置を使うようなことにもなるまい。効果が楽しみだわ!」
ケイは、野武が乗り込む飛空艇の影から、そっとンカポカの姿をのぞく。
さらさらの黒髪が風になびいているのを見ているると、なんだか腹が立ってきた。
「なんでこんなクソガキのために、俺たちが苦労しないといけないんだよ……ちっくしょー! いっそやったるぜ!」
ガバッと立ち上がると、いきなり火術をぶっ放す!
「ンカポカ! 死ねコラッ!」
ボッフオオオオオオオオオ!!!!
と、同時に……パチーーーーン!
「あたあっ!」
ケイはマレーネの平手を食らって、ぶっ飛んだ。
ケイの火術は、ンカポカの頭部をかすめただけだった。
チリチリチリ……
ンカポカのサラサラヘアーはチリチリの天然パーマ風になっていたが、ンカポカ自身は微動だにしなかった。
「……」
「ぬぉわははははははは! 髪型が変わったわ」
野武だけが大笑いしていた。
「くっそう!」
立ち上がってますます攻撃を仕掛けるケイの前に、今までシートの影になっていたユウがサッと立ち塞がった。
「はあうっ! ……ユウ様!」
ケイはユウに惚れていて、ある意味こちらの方が奇行症だが“恋する乙女”状態になってしまう。
ユウが、か細い声で呟く。
「ンカポカ様に従ってください……」
「……はいっ」
ケイは攻撃をやめ、野武が運転する飛空艇に乗る。
「あんた! 早く行こうぜ! それか? なんか別のウイルスってのはよ、さっさとばらまいてアジトに行こうぜッ!」
「ぬぉわははははははは! まったく面白い奴だわ!」
こうして、野武とケイは飛空艇に2人乗りしてヘリから飛び立った。
「ひゃっほーーー! 気持ちいいな、野武!」
「ウイルスをまくときはもっと気持ちいいだろうよ。ぬぉわはははははははーーーー!」
野武のおかしな笑い声が、パラミタ内海の上空に響き渡っていた。
――そして、現在。
霧深い海の中、一隻の船が航行している。
船の塗装は青。レトロな雰囲気でブルー・エンジェル号そっくりだが、サイズが一回り小さい。名船と言われたブルー・エンジェル号のデザインを模して現代の最高技術で作られたブルー・エンジェル2号である。
この船を預かり舵を取っていたのは、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)だった。彼女はパーカーにデニムというラフな格好をしていたが、実は船舶の運用技術を身につけるためにウィルフレッド・マスターズ(うぃるふれっど・ますたーず)とともに休暇を利用して技術を学んでいた。釣りや遊覧目的の学生たちを乗せているのは船を預かるための口実に過ぎず、実際は訓練が主な目的だった。
そんな彼女たちが、たった今救難信号を受信した。訓練にもますます身が入るというものだ。
しかし、ブルーエンジェル2号に乗り合わせた者全員が、救助に向かう「美徳」を良しとはしなかった。ローザマリアが船を預かったとはいえ、正式な船長ではなく、まして同じ学生の立場である。立場は限りなく対等に近い。
「わたくし、あの船に近づくのは反対ですわ」
「あんたは確か……」
「覚えておいてくださる? わたくしは、百合園に咲く一輪の可憐なラフレシア。ジュ――」
「ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)だったね。失礼、まだ全員の名前を覚えてなくて」
気持ちよく自己紹介していたところを切られたジュリエットは、ますますご機嫌斜めである。
「あれは無料でパーティークルーズなどという胡散臭い船ですわ。下手に近づいたら何があるか。二重遭難の恐れだってありますわ」
「救難信号を受信しながら無視するのは海洋法に反するからね、議論の余地はないよ」
「法律? そんなものに縛られるなんて、バカバカしいことですわ」
そこに割って入ったのは愛と正義のヒロイン“ラヴピース”ことサレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)だ。
「その通り! 法律だから助けるなんて、間違ってるッス。愛と正義のために助ける。ただそれだけのことッス!」
自信満々穢れのないサレンの顔を見て、ジュリエットは苦笑して去っていく。
「まったく、正義の味方とやらは仕方ありませんわね。その調子で世界中の人々を救ってまわるつもりかしら……」
「もちろん、世界中を救うッス!」
こうして、ブルーエンジェル2号は救助に向かった。
ここで、この船に乗り合わせた者を簡単に紹介しておこう。
ブルー・エンジェル号に友達が乗っていることを知っていて心配しているのは、九条 風天(くじょう・ふうてん)。
刀工師の長曽禰 虎徹(ながそね・こてつ)は、パラミタ純鉄で作った新作を釣った魚で試すために乗っていた。
百合園のロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、ブルー・エンジェル号を救助して校長に褒められるのを期待していた。
鬼崎 洋兵(きざき・ようへい)は、置いてきた相棒のために晩飯を釣ろうとしていたが、まだろくに釣れてなかった。
比賀 一(ひが・はじめ)は、釣りをして食費を浮かそうとブルーエンジェル2号にまぎれこんでいた。
未開拓地の情報を集めているザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は、近くにロドペンサ島という無人島があることを知っていた。
そして、黒髪たなびく宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は……最近失恋したらしい。
ブルーエンジェル2号は救助に向かいながら、実は自分たちこそ大ピンチだった。
野武とケイの飛空艇がすぐそばまで迫っていたのだ。
「ぬぉわははは。さっそく見つけたな」
「この船、なんか小さくねえか?」
「上空から見ればこんなものよ。ぬぉわはは。ちっぽけなものよ……では、このウイルスを風に乗せるとするか」
船に迫る飛空艇の存在に、唯一洋兵だけは気がついていた。
「おーい! 空は気持ちよさそうだな!」
マルボロをくゆらせながら、手を振った。まさか、この海の真ん中で飛空艇が迫ってきてウイルスをばらまこうなどとフツウは考えぬものだ。
野武は一切反応を示さないまま、風向きを見て位置取りをしている。
マイペースの洋兵は、そのまま話しかけている。
「こっちはさんざんでよ〜。たったの一匹しか釣れないし、このままじゃおじさん帰って怒られちまうよ!」
おかしなおっさんの戯言だろうと、船の他のメンバーは気にもかけない。
そして……野武の放ったウイルスは、まっさきに洋兵に感染した。
「むむ? この辺りの海はなんか臭いな……まさか、唯一の魚がもう腐ってるなんてこたあないだろうな!」
ウイルスはどんどん広がり、みんなに感染していく。
「臭いわ。なんのニオイ?」
「うわあ! 本当だ。臭いですね」
「ああ、ちょっと異常だぜこれは……」
しかし、気がついたときには既に遅いのがンカポカが得意とする気体状のウイルスだ。
「ぬぉわはははー」
野武とケイは発見される前に、既に船を離れていた。
ケイは、特に変化のない船の人達を見て疑問だ。
「なあ、『臭い臭い』って聞こえたけど、誰も苦しそうじゃなかったぜ。このウイルスって感染するとどうなるんだ?」
「感染するとだな……」
「ああ、感染すると?」
「……我輩も聞いてくるのを忘れた」
科学者としてサイテーのミスを犯した野武は、がっくりと肩を落とした。
ケイは一緒に飛空艇に乗ってるうちに単純な性格の野武を結構気に入っていた。
「おい。気にすんなって。そんなときこそ、笑っちまえよ」
「うむ。そ、そうだな。ぬぉわ……」
「ん? どうした?」
思えば、野武もブルー・エンジェル号の操舵室にいたのだった。トツゼン、瞳孔が開いて……
「空を見ろ!」
と上を向いてしまった。
ケイもなんだろうと思って上空を見る。
2人は、どんどん上昇していった。
今、上空は濃い霧に包まれている。
彼らがどこに行ったのか、彼ら自身も見失うことになった。
そしてブルーエンジェル2号では、船首にサレンが仁王立ちしていた。
「待っててよ、ブルー・エンジェル号のみんな! ぜったい助けるッスよ! ……ちょっとめんどくさいけどね」
ウイルスの餌食になって「めんどくさい病」になっていようとは、このとき思いもよらなかった……。
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