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リアクション
第7章 救助船
ブルー・エンジェル号の甲板は、大騒ぎになっている。接舷したブルー・エンジェル2号に移りたいとカナヅチ同盟を中心に押し合いへし合いだ。
「慌てないでくれ! 俺たちの船は小さい。全員は乗れっこないんだ!」
こちらに乗ってきた比賀一が、必死に説明する。
「まずはこっちの船を動かすことを考えてくれ」
しかし、渡し板を歩いて向かった者をブルー・エンジェル2号の甲板で待っていたのは、仁王立ちするジュリエットだった。
「こちらの船に乗りたいのですか? でしたら……わたくしの奴隷となって終生わたくしに忠誠を誓いなさい!」
「奴隷……ですか」
躊躇っているのは、お茶の間のヒーロー、クロセルだ。彼はどっちの船とかそんなことより、ただキレーなオネーサンを求めているだけだった。が、奴隷扱いは好みではない。
「ちょっとお尋ねしますが、そちらには今、ジュリエットさんの他にもキレーなオネーサンは乗っていますか?」
「わたくしの他にも? おーっほっほ。面倒な質問ですわね」
「そこをひとつ、お願いしますよ」
「いませんわ。愛煙家の中年オヤジと刀工師の男が残ってるだけで、全員そちらの船に様子を見に行ってしまいましたの。好奇心なのか、偽善なのか、思惑はわかりませんけどね」
「あ。そうですか。では、失礼しました!」
クロセルはあっさりと退散した。
ブルー・エンジェル号の甲板では、まだ一が声を荒げていた。
「おい、そこ! 警備員! 警備員なら乗客をなんとかしろよっ! あーもう、めんどくせえなっ」
近くにいた警備員は敬虔なアリア教徒で、アリア様しか目に入ってなかった。
有沢祐也はこの状況を見て、疲れて休んでいたアリアにお願いする。
「神様を演じるのはイヤかもしれねえけど、ここはセレスティさんがやるしかないだろう」
「うん、そうだよね。……わかった。やってみる」
アリアが信者の警備員に、ぺこり。発症中ではないので、神様なのについこうして頭を下げたりしてしまうのだ。
「人員整理をしてくれないかな?」
次の瞬間、警備員はピーピー笛を吹きながら、整理に向かった。
しかし、一を押し退けてでも2号に乗ろうとする輩はいっぱいいる。
「お願いっ! 大和さんだけでも! 大和さん、泳げないんです! 泳げないんですー!!」
歌菜がもみくちゃになりながらも凄い力で人をかきわけ、一のそばに行って必死に懇願する。
「とにかく待ってくれ! 今、俺たちの船を操縦してたローザマリアとウィルフレッドがこっちの操舵室に向かってるから!」
一はなんとか混乱を鎮めようとしていたが、宇都宮祥子は気まぐれに知り合いだけを2号に乗せようとしていた。
「歌菜。こっち乗りたかったら、いいよ。こっそりね」
「本当っ? やった! 大和さーん!」
大和は、人をかきわけてズンズン遠くまで行ってしまった歌菜を見て、自分の中に芽生える新たな気持ちに戸惑っていた。
「今、俺、歌菜さんのこと……愛おしい歌菜さんのことを、怖いって思ったのだろうか。まさか、そんな……ね」
と歌菜に向かって人をかきわけようとしたそのとき、歌菜がトツゼン、
「こんなもん食えるか!」
ちゃぶ台返しの要領で、2つの船をつないでいた渡し板を……
どっからかーーーーん!
外してひっくり返した。
祥子は慌てて歌菜を止めようとするが、
「こんなもん食えるか!」
祥子はひっくり返されて、頭を床に痛打。ピクピク痙攣している。
アリア教徒の警備員がやってくるが、歌菜は彼らのことも投げ飛ばしてしまった。
「こんなもん食えるか!」
一部始終を見ていた大和は、震えて足が動かなくなっていた。
ブルー・エンジェル2号に乗っていた面々は、この混乱と奇行っぷりに、ただただ唖然としていた。
「大変なところに来てしまいました……」
ロザリンドは、武器のかわりに冷凍サンマを持ってきていた。
サンマということは、当然あのコンビがやってくる。
「そ、それは、もしかして……?」
「サンマですけど」
「うおおおお! サンマ! サンマーーーーッ!!!」
ファタはトツゼン、サンマに甘えてキッス。
んちゅんちゅ。んちゅんちゅんちゅんちゅんちゅ……
英希はそれを必死に阻止しようとするが、トツゼン、サンマを磨く。
きゅきゅきゅ。きゅきゅきゅきゅきゅきゅ……
頭がおかしくなった2人のためにロザリンドができることは、ただひとつ。
サンマでぶん殴ってあげることだけだ。
「目を覚ましてくださいっ」
ポカン。ポカン。
もちろん、この程度で奇行が止まるわけはない。ロザリンドはヒールやらナーシングやらを試してみるが、それも無駄で、腕を組んで考えこむ。
「治療法を考えるのは……面倒ですね」
物事を簡単に投げてしまうようないい加減な性格ではなかったが、考えるのをやめた。
そして、ファタにキスされたり英希に磨かれたりしながら、それもそのままだった。
「逃げるのも……面倒ですね」
ブルー・エンジェル2号に飛散されたウイルスが潜伏期間を経て徐々に発症しているのだった。
めんどくさい病……恐ろしい病気だ!
一もみんなに指示を出すのが面倒になり、甲板を散策することにした。
「待てこらああああああ!」
リュースが走ってきて、追いつめられた巽は一を楯にしながら必死に訴える。
「ほら、もう救助の船が来てますよ!」
「救助なんて、どうせ来るわけ……来てるうううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!」
リュースは怒りのあまりブルー・エンジェル2号が見えてなかったのだ。ホッとして疲れがドッと出たのだろう、その場にへたり込んだ。
「やれやれ。しっかりしろよ。……ていうか、あんたはいつまで背中に隠れてるんだ?」
一が振り向いても、巽は必死で背中にくっついていた。
「もう少し、お願いします」
「どういうことだ?」
すると、甲板に巽を捜してる面々がぞろぞろとやってきた。
「巽! どこだ! この辺りに隠れてるのはわかってんだぞ!」
巽を捜してるのはリュースだけでなかったのだ。
「あんた、モテモテだな」
「正義の味方って結構忙しいんですよ? 敵は毎週来ますからね」
「ふっ。よく言うぜ。面白いから、このまま匿ってやるぜ」
一は上着を脱いで巽を隠し、常時さしているイヤホンから音楽を聴いているふりをして見学することにした。
「巽くーん! 出てきてください!」
「マニュアルを渡せー! それはみんなのものだ!」
「おねがいっ。ちょっとでいいから、マニュアル貸して! すぐ返すから〜」
彼らはマニュアル追跡のための秘密結社で、メンバーはシャンバラン、ケンリュウガー、セシリア、ルカルカ、そしていんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)の5名だ。結社の名は、『略奪愛・ぽにおの瞳に映る宇宙の海に人類の未来を見た、脱出はウエディングベルにのって!?』。略して、『略奪愛・ぽにおの瞳に(略)』だ。
一は、『略奪愛(略)』のメンバーが口々に言うマニュアルの存在について、巽にごにょごにょと尋ねる。
「マニュアルって、なんのことだ?」
巽はチラッと冊子を見せて、説明する。
「これです。実は、この船は変形巨大ロボットなんですけど、その操縦マニュアルなんですよ」
「なるほどー」
なかなか巽を見つけられない『略(略)』は、あきらめて別の場所を探しに行こうとしていた。巽も安心して一の背中から出たそのとき、ブルー・エンジェル2号から様子を見に来ていた風天が声をかけた。
「あ! ケンリュウガー!」
ケンリュウガーは振り向いて、黙っている。
「ケンリュウガー、この船に乗ってたんですね」
巽は、咄嗟に一の背中に隠れたが、見つかったのだろうか。緊張が走る。が……
「……俺に惚れるなよ」
ケンリュウガーは奇行を発症していた。
風天はワケがわからず、戸惑うばかり。
「何言ってるんですか。ケンリュウガーはもうおかしなことばかり言うんですから」
「俺に、惚れるなよ」
キザに言い残して、去っていった。
「……」
風天は、不覚にもちょっとかっこいいかも! と思ってしまった。
と、今度はもう1人の正義の味方、シャンバランがトツゼン、風天に向かって無心に愛を告白する。
「なでしこちゃん! 好きだァー! 愛してるんだ! 前から好きだったんだ! 好きなんてもんじゃない! なでしこちゃんの事を知りたいんだ! なでしこちゃんの事をみんな、ぜーんぶ知っておきたいんだ! なでしこちゃんを抱き締めたいんだァ! 潰しちゃうくらい抱き締めたーーーーーいッ!!」
風天は、不覚にもちょっと嬉しいかも! と思ってしまった。
が、その気持ちはすぐに踏みにじられた。
シャンバランは、向きを変えると、ぽに夫に向かって愛の告白をする。
「きいてくれー! ぽにぽに! ぽにぽにのことを知ってから、僕は君の虜になってしまったんだ! 好きってことだ! 愛してるってことだ! ぽにぽに! 僕に振り向いて! ぽにぽにが僕に振り向いてくれれば、僕はこんなに苦しまなくってすむんだ! 僕は君を! 僕のものにしたいんだ! その美しい心と美しいすべてを! 誰が邪魔をしようとも奪ってみせる! 君の心の奥底にまでキスをします! 力一杯のキスをしてみせます! いいですか! キスしても、いいですか!!!」
ここで、ついにぽに夫に奇行症が発症した。トツゼン……
「あいあいあ まむ」
シャンバランに向かって頷くと、キスを受け入れる姿勢を取った。なんでも受け入れてしまう奇行だ!
と、そのとき、ルカルカがトツゼン、にゃんこるかるかになって間に割って入る。
「にゃあ。にゃにゃにゃにゃあ〜」
ぽに夫はにゃんこるかるかに話しかけられ……
「にゃいにゃいにゃ にゃう」
にゃんこるかるかの申し出を受け入れて、シャンバランを捨てた。にゃんこるかるかとじゃれ始める。
「にゃあにゃあ〜」
「にゃいにゃいにゃ〜」
風天はこのめくるめく奇行世界に唖然とし、知り合いを助けようとか、そういうマジメなことを考えるのをやめた。
「もう、めんどくさいです……」
そして、同じくブルー・エンジェル2号から移って様子を見ていたザカコが、ショックを受けていた。ザカコはシャンバランのファンだったのだ。
「正義のヒーローが舌の根も乾かぬうちに別の人に愛を告白するなんて……しかも、あっさりフラレるなんて……!!!」
項垂れるザカコの背後では、セシリアがトツゼン、両手を広げる。
「We can fly !!!」
柵を越えて、海にダイヴ!
ぴゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
セシリアは海に……沈まなかった。
自分の奇行を研究し、対策を練っていたのだ。ケンリュウガーと自分をゴムで結んでおいたので、バラのつるで吊られてる陽の目の前まで来ると、落下がピタッと止まった。
「これはこれは。また会ったのう。珍しいところでばかり会うもんじゃ」
びよおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。
セシリアは、ゴムの力で甲板に戻っていき、陽の悲痛の叫びは波に消えた。
「た、たすけて! 置いてかないでーーーー!」
陽の下からは、やはりかすかに別の声が聞こえていた。
「ぼっとんちんちん。ぼっとんちんちん……」
「これって、幻聴かと思ってたけど……」
恐る恐る下を見てみると、絡まったバラのつるに引っかかったガートルードが、波の上を行進していた。
「うわあ! だから重たかったんだっ!」
しかし、ガートルードの行進のおかげで、陽に絡まるバラのつるは一部が解けて、両手が自由になった。陽は、ガートルードの命を助けるためにも、バラのつるを上りはじめた。
メイベルはさっそくロープで下りてきて、一切手助けすることなく、その勇姿をカメラにおさめていた。
「手伝ってよ!!」
「手を貸したら、ドキュメントじゃなくなっちゃうんですぅー」
陽は手のひらをトゲで血だらけにしながら、ガーロルードの重みに耐えながら、少しずつ、少しずつ、上っていった。
メイベルはしばらく撮影していたが、陽が少しずつしか上らないため、カメラを止めた。
「絵変わりしないですねぇ」
陽を置いて、さっさと上ってしまった。
「ばかーーーっ! 一緒に川を渡ろうとした仲だろーーーーっ!」
メイベルは、既に甲板で別の被写体を追っていた。
レンズの向こうで、ナガンが自分の怪我に気がついて、苦悩している。
「畜生がっ! ンカポカだかンカパカだか知らねえが、ナガンの手足をこんなにしやがって!」
ナガンが顔を上げると、『りゃくりゃく』団の奇行を見学してニヤニヤしていた闇商人が立っている。
「佐野亮司! 手伝ってくれ。こんな体じゃンカパカを倒せねえ」
「手伝うのは構わねえけど、どうするつもりだよ?」
「ナガンはナガンを改造するッ!」
「ふっ。そりゃおもしれえや。よし、さっそくその足を改造だ。ちょうどよく最強の鋼鉄レッグが手に入ったところだ」
手には、厨房で拾った大根を持っている。
「おお! さすがは闇商人。頼りになるぜ! しっかしそんなもん、どこから調達したんだッ?」
「おいおい。わかるだろ……」
「ああ、そうだな。企業秘密ってやつだよな」
ナガンは血が足りないせいか、冷静な判断力を失っていた。
ちょうどそこに、わんこしいなを連れたヴィナがやってきて、大根レッグへの改造手術がはじまる。
「ヴィナ・アーダベルト。いつもすまねえな」
「うふふ。いいのよ、いつだって縫ってあげるわ」
ヴィナは頻繁な発症のせいだろうか、正常時の脳みそもトコロテンになってきていた。エプロンをして、自分を若奥様だと思い込んでいるようだ。そして、改造手術は無事に終わった。
「あなた、できたわよ!」
「助かったぜぇ」
亮司は満足すると、ナガンにヒントを言い残して去っていった。
「ナガン。飢え死にしそうになったら、……煮て食うといいぜ」
「ったく、わけわかんねえこと言いやがって! おもしれえ奴だぜ!」
改造が成功して浮かれてるナガンは、全然気づかなかった。まさにピエロだった。
その頃――
操舵室は、再び警備員に占領されていた。周が救助船にキレーなオネーサンがいないかなーと鍵を閉め忘れてナンパに出て行ったしまったからだ。
「あの馬鹿。切り替えが早いというか、なんというか……」
さすがの真一郎も、背後から突然現われた警備員2人を1人で倒すことはできず、部屋の隅に縛られていた。
陽太は、壁と棚の隙間に入っていたため、見つからずに済んでいた。奇行から覚めた今、真一郎を助けることもできず、じっとチャンスを窺っていた。
こうしてブルー・エンジェル号は、窮地に陥っていた。
が、しかし、ブルー・エンジェル2号はただの救助船ではない。正義の味方を乗せてきていた。
ようやく変身して準備が整ったサレンが、メイベルのカメラの前でポーズを取る。
「愛と正義のヒロイン、ラヴピース!!!」
「はい、オッケーですぅー」
メイベルがこっそり出したオーケーサインを確認し、ラヴピースは操舵室に急いだ。
「よーし! 正義の炎が燃え上がってきたッスよー!!」
操舵室の前で、ラヴピースが警備員に向かって突き進む。
「うおっ」
「ぶぎゃっ」
「ひぎぶぺっ」
警備員は次々と倒れていく。
が、警備員を倒したのはラヴピースではない。ローザマリアとウィルフレッドだった。
外の警備員を全員制圧したローザマリアは、指をピッと指してウィルフレッドを反対側に回り込ませる。と同時に、ウォーキートーキーを窓の隙間から操舵室に投げ入れた。
その手際の良さに、ラヴピースは指をくわえて見ているしかなかった。
「ん?」
ポツンと佇むラヴピースを、物陰から手招きする者がいた――
「正義のヒロイン、力を貸してぇ」
「まっかせといて!」
ラヴピースは仕事にありつける嬉しさで飛びつき、ついていった。
この2人が活躍するのは、まだまだ先になりそうだ……。
さて、操舵室の中には、警備員が2人。ローザマリアは、ウォーキートーキーで通信を試みる。
「聞こえていたら応答して」
「お前は誰だ」
「此方は高速船に居合わせた不幸な釣り客その1よ。そんなことより、あんたたちに一つ忠告。この船は現在、危機的状況に在るわ」
「なんだと〜? ンカポカ様がいる限り危機などないわボケ〜」
「そういった人間は既に船外へ退去したと聞いているわ。だから危機を乗り切るには、私たちで対処するしかないの。いい? 可及的速やかに進路を変更する必要があるの。あんたたちに望むのは二つに一つ、私たちを操舵室に入れるか、直ちにその場から退去するか。従わない場合は……」
「従わない場合は、どうするというんだ!」
「面倒だから、最も不本意な手段をとらざるを得なくなる」
「不本意な手段だあ〜? どんな手段だか見せてもら――」
ガッシャーン!
反対側に回っていたウィルフレッドが、強化ガラスをぶち破っての強行突破だ。
「うへ?」
警備員が振り向いたときには、既にウィルフレッドはデリンジャーを振り下ろしていた。
ガツッ!
「うげぼっ!」
銃床で側頭部を殴りつけ1人を片付けると、もう1人の懐に飛び込んでデリンジャーを、
ガーンッ!
「ぼごべっ!」
大腿部に命中。苦しんでる隙に、鍵をあけてローザマリアを呼び込む。
撃たれた警備員が顔を上げたときには、ウィルフレッドは再びデリンジャーを構えて立っていた。
「手当てが必要だな。抵抗しなければ施すと約束しよう」
そしてローザマリアは、真一郎の縄を解く。
「あんた、何やられてんのよ」
「ふっ。すまない……」
そこに、ナンパに失敗しまくった周が戻ってきて、
「真一郎、留守にして悪かったな。女の子がいっぱい乗ってたからさあ、つい。……おっと、そこの強そうなお姉さん。俺と船内デートでも、どうっ?」
ローザマリアは溜め息をひとつついて、寄ってくる周を無視。計器類をチェックして、頷いた。
「OK.…… I have control」
それを聞いて「ひゅう〜」と口笛を吹くのは周……ではなく、クロセルだ。
黒マントをたなびかせながら、操舵室の表のガラスにしがみついている。ガラス越しに、ローザマリアに声をかけるつもりだ。
「何してるの」
「はっはっは。よく聞いてくれました。俺は……大事な物を盗みに来たんですよ」
「そう」
「大事な物とは……わかりますね」
「わからないわ」
「ではお教えしましょう」
「結構! そんなことより、そこは操縦の邪魔!」
「はっはっは。ブルー・エンジェルもいいけど、この俺の……何かを操縦してはみませんか?」
ローザマリアは、鼻で笑い、
「No.You have control!」
クロセルは風に煽られ……落ちた。
ぴゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。ぼっちゃーーーん。
プールでは、珠輝のスイミングスクールが待っていることだろう。
陽太は、いつの間にか治療中のウィルフレッドと警備員の隙間に入って、にたにたしていた。
「げっ! なんだ君は……!」
「うふふふふ……」
「ああ、もう面倒だ。約束は反故!」
めんどくさい病のせいで、治療を中断してしまった……。
ブルー・エンジェル2号から、こっそり外れた渡し板をもう一度かけて甲板の様子をのぞいている者がいた。
虎徹だ。腰には刀を差していたが、戦うためではない。刀工師の彼は、パラミタ純鉄の鋼で作った新作を釣った魚で試すために船に乗っていたのだ。
虎鉄は用心深く甲板の状況を見て、話を聞いて、突発性奇行症のことが概ねわかった。
「よし。そういうことなら、あれを試すべきだろ」
甲板にあがって、手頃な発症中の患者を探した。
虎鉄の目には、色んな人の耳たぶを甘噛みしまくってるソアが飛び込んできた。まだお腹が痛いらしく、腹をさすりながら甘噛みしている。
はふはふはふはふはふはふはふはふはふはふはふ……。
「ソアさん。いきますよ。おりゃあー」
虎鉄がキュアポイゾンをかけると、ソアの動きが止まった。
ソアは、急に爽やかな笑顔になった。
「わあ! なおった! なおりましたあ!」
ソアはルンルン気分で、甘噛みをやめた。朝からずっと悩んでいた腹痛がおさまって、晴れやかな気持ちだ。
虎徹は自分のことながら感心した。
「やっぱりだ。絶対これが効くと思ったんだよ……」
そして、みんなに声をかける。
「みなさん! 聞いてください。みなさんの奇行症は、キュアポイゾンで治ります! 今、ソアさんにかけたら、治りました! もう恐れることはありません。並んでくれたら僕が順番に施しますよー」
みんな、すっかり明るくなってどんどん虎徹の前に集まってきた。
「なんだ、それでよかったのか」
「おーい。こてっちゃん! キュアポイゾンいっちょ頼む!」
「ははは。こてっちゃんはいいなー」
ソアは1人、困っていた。
実は、甘噛みしまくってたのは奇行症の症状ではなく、先にやっておけば治るのではないかと試しているだけだったのだ。
「ど、どうしよう。わざとやってたなんて、恥ずかしくて言えませんし。ああ、でもみんなすごく期待してる……」
虎徹の前に最初に並んだのは、樹だ。
「刀鍛冶。キュアポイゾンをひとつ頼もう。私の奇行は人に迷惑をかける危なっかしいもんだし、さっきから置いてきたはずのペットのコタローがちらちら見えるのも奇行のような気がする」
「では……」
虎鉄は樹にキュアポイゾンをかける。
「ふう〜。こりゃいいや。なんだか急に疲れが取れて、さっぱりした気分だな。治った感じするよ。なあ!」
ソアは同意を求められて、首を縦に振るような横に振るような。困っている。
樹は拳銃を取り出して、弾をこめはじめる。
「これ以上迷惑をかけないように弾を外しといたんだけど、もう大丈夫だな。弾のない銃ほど意味のないもんはないし」
「そ、そうですね……あ!」
ソアは、樹が奇行発症中に「酔いを抜く」と言うことを思い出した。
「樹さん。あれから全然お酒呑んでないみたいですし、酔いは抜けましたよねっ!」
「ああ。もうだいたい抜けたかな」
にゃん丸もチャックがなければ発症しないし、樹も酔ってなければ発症しないだろう。そう考えたソアは、少し安心した。が……樹の次の言葉に、固まった。
「ただ、ずっと船に揺られてたから、今度はちょっと船に酔ってるけどな」
そして樹はトツゼン、
「酔い抜くぞー! 酔い抜くぞー! 酔い抜くぞー!」
ガーン! ガーン! ガーン!
「きゃああああああ!」
大パニック!
虎徹はなんとか新作の刀を傷つけないようにかわすのが精一杯で……
「うがあっ!」
足を撃たれてしまった。
幸い、銃弾は貫通したため、ヴィナの「ほいほい」で応急処置は済んだが、デタラメを吹聴したとして……
カンカンカンカンカン!
「ギルティー!」
発症したラーフィン裁判長に、有罪判決を受けた。
「ギルティー? もう、どうでもいいよ。めんどくさい……」
ザカコ・グーメルは、ローザマリアに持たされていたウォーキートーキーで操舵室と連絡を取っていた。
「はい……はい……なるほど。じゃあロドペンサ島に向かうんですね!」
無人島に行きたかったザカコは大喜びだ。
「なんでも言ってください。手伝いますよ……はい……はい……そうですか。……船の操縦? 見てたから、大丈夫でしょう。……そうですね。2号は新型だから、機械がやってくれますし」
ザカコはいつか自力で無人島に行くため、船の操縦を後ろから見て勉強していた。そこで、ザカコが2号の操縦を任された。
「はい……では、ロドペンサ島で!」
ブルー・エンジェル号は自力航行が可能だとわかったらしく、いったんブルー・エンジェル2号をこの1号から離して、2号は念のために並行して航行するのがベストだという。
ザカコはブルー・エンジェル号(1号)の状況をもっとよく聞きたいし、早く港に帰りたがってるジュリエットと洋兵を説得するためにも誰か1人を連れていきたいと考えた。
「えーっと……こういうのの適任は……できたらおかしな奇行を持ってない人で……」
しかし、人が多すぎて……
「ああもうめんどくさいですね。目の前の……カレンさん! お願いします。詳しく状況を聞きたいので、ついてきてください」
「オッケー!」
――ブルー・エンジェル2号
ザカコはカレンを連れて2号に戻ると、まっさきに操舵室に入った。
そして、なにやら計器類をガチャガチャといじっている。
カレンはその間、ジュリエットに無茶を言われていた。
「奴隷になりなさい」
「えっ……」
「それがお嫌でしたら、この船に乗せることはできませんわ。おーっほっほ」
「うう……」
カレンが困っていると、操舵室からザカコが出てきた。
「みなさん。この船は今からロドペンサ島に向かいます!」
しかし、洋兵もジュリエットも反対だ。
「おいおい、勘弁してくれよ。早く帰らんないとおじさん怒られちまうぜ」
「どこまでお人好しなのかしら。信じられませんわ」
が、ザカコはそう言われることを既に予想して動いていた。
「これを見てください。燃料がもうあと僅かしかありません。この船もどっちみちロドペンサ島に向かうしかなかったんです」
2人は計器をのぞきこんでみる。
「ううーむ。たしかに……」
「そのようですわね……」
なんか怪しいとは思ったが、これ以上探るのも面倒なので納得した。
ザカコは念のため、予備のエンジンキーをこっそりカレンに預けた。ジュリエットや洋兵がまた気が変わって目的地の変更を主張してきたら厄介だからだ。
「オッケー。ボク、ちゃんと持っとくよ!」
ただひとつ誤算なのは、ザカコはカレンの奇行を知らなかった。
こうしてブルー・エンジェル号は、1号2号ともにロドペンサ島に向かった。
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