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葦原の神子 第2回/全3回

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葦原の神子 第2回/全3回

リアクション

1・進軍

 祠近くで留まっていたハイナ軍は身支度を整え進軍の準備をしている。
 ハイナの頭上、空飛ぶ箒が旋回している。
「八鬼衆が使う道具ではないです」
 ハイナを護るユーナ・キャンベル(ゆーな・きゃんべる)が空を見上げて言う。
「面倒にならないといいですわ」
 ユーナは威嚇するように綾刀を構え箒に向けた。
 箒はゆっくりとハイナ正面に下りてくる。
 乗っているのは、鏖殺寺院の紋章が額に浮き上がるメニエス・レイン(めにえす・れいん)だ。
「ごきげんよう、お初にお目にかかるわ、メニエス・レインよ」
 降り立つメニエスを多くの刃が囲むが、気にせずハイナに歩み寄る。
 兵の刃は、メニエスの喉元を狙っている。
 メニエスは刃の威嚇など目に入らぬ様子で、貴族らしく、礼儀正しく腰を折り挨拶をする。
「ハイナ様」
 ハイナに耳打ちするユーナが耳打ちする。
 頷くハイナ。しかし、警戒する気配を見せずに安穏な笑みを浮かべる。
「メニエスという名か。そちも、わっちに加勢するんでありんすか」
「まさか!」
 傲慢な笑みを浮かべると、刹那、身体を反転させ、左手に持った杖に魔力を集中させてブリザードをハイナに向けて放つ。
「随分大変なことになってるみたいだから、邪魔しに来てあげたわ」
 多くの剣や手裏剣がメニエスを狙う。
 メニエスは、ブリザードを放つと同時に右手でファイアストームの為に魔力を集中させ、ブリザードと少し遅れるか終わった直後くらいにファイアストームを放っていた。
 メニエスの攻撃は、ハイナ側も予測している。
 多くの武士が剣を盾に、ハイナを取り囲み攻撃を防いでいる。
 ハイナは微動だもしない。
「貴族のわりには、無粋な挨拶でありんすなぁ」
 メニエス、手裏剣を避けて空に飛ぶ。多くの兵が追う。
「構わぬ」
 ハイナはメニエスを追撃しようと構える兵を制する。
「目下の敵は彼女ではない、力を無駄にしないよう」
 ハイナの合図で、攻撃が止まる。
 メニエスの首には、いつ付いたのか、薄らと刃の後が残っている。
「今日は挨拶にきたのよ、この瑕は友好の印に頂くわ。また会いましょう」
 笑い声を残してスッと、箒と共にメニエスが消えた。
「味方になれば、力となりそうでありんすが」
「ハイナ様、援軍を申し出たものが大勢おりますわ。腹心なきものだけを身近におきませんと。それに、明倫館に詳しいのはわたくしたちです。他校の生徒には、彼らの助けをするためにも案内として明倫館生徒をつけたほうが良いと思いますの」
 側で、再びの攻撃に備え、空に目を光らせていたシンシア・ハーレック(しんしあ・はーれっく)も頷く。
「ここで葦原明倫館の生徒の力を示しておかないと。今後他校との協力にも…」
 柔らかな言葉を選ぶユーナとシンシア。助言の真意は、ハイナも感じとっている。


 小型飛行艇で空から参戦した黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)は、今、ハイナ率いる援軍に合流している。
 既に崩壊した祠近くまで陣営は進んでいた。
 にゃん丸の足が止まる。
「ここは・・・」
 無灯と共にぼろぼろに砕け消え去った剣が柄だけを残している。
 見えない剣を使う侍、無灯は愛する剣の花嫁を失い心が壊れた男だった。
「果たしてあの無灯最後の表情は苦しみから開放された安堵の表情だったのだろうか?」
 ニャン丸の心はざわつく。
「何を考えている?」
 物思いに沈むにゃん丸に月見里 さくら(やまなし・さくら)が問う。
「ナラカ道人…悪魔でも怪物でもなく道人…なぜだ!…もしや、八鬼衆の死によってナラカ道人の苦行が完成、又は取り込み力を付けていくのでは?」
 にゃん丸は、これまで耳にした八鬼衆の最後を思う。
「皆苦しみを持っていた。敵が仏の教え八苦に共通するのは偶然か?」
「難しいことを考えるな、にゃん丸。姫さんが捕らえられた今、俺らはヤツらを倒す以外に道はないんだ」
「しかし、八鬼衆の殲滅がナラカ道人の復活の手段になるのなら」
「だめだ、にゃん丸、まずは姫さんの救出だ。姫さんを助けねーとうちのがっこは大変なことになっちまう…姫さん、無事でいてくれ」
 さくらは、捕らえられた房姫の安否が気になる。
「しかし、復活の方法は…やはり…」
 にゃん丸は、自らを犠牲にしても、八鬼衆を生け捕ろうと決意した。


 ハイナにもとに、もう一名の来訪者がいる。葦原明倫館の神尾 惣介(かみお・そうすけ)だ。惣介は軍と反対方向、祠から書院にいるジョシュア・グリーン(じょしゅあ・ぐりーん)を護るために城に戻る途中だ。
 これまでの戦況を報告する惣介。
「総奉行、一つ言いたいことがある」
 惣介は言葉を切る。
「何か、言いたいことは遠慮せず」
 総奉行ではあるが、アメリカ人らしく進言は積極的に受け入れるのがハイナの姿勢だ。
「今城では、俺の相棒が必死にナラカ道人について調べてる。あいつならきっと何かしら対抗策を見つけてくれるだろう。だから…総奉行もてめえの作った学校の生徒を信じてやってくれ。くれぐれもバカなこと考えんなよ?」
 無礼なことと知っての、惣介の進言だ。
「ナラカ道人、復活さえ阻止できれば!」
 ハイナの答えは、惣介を安心させるものではなかった。


 朝倉 千歳とイルマ・レストは、ハイナの警護に加わっている。
「城にいたんでありんすか」
「房姫様をお護りするといっておきながら、護ることができなかった」
「怪我は」
 ハイナは言葉を切る。
「一瞬でしたの、ですから無傷ですわ」
 イルマの言葉にハイナは安堵の表情を見せる。
「ハイナさん、無茶はおやめになって。行動に注意してもらいたいですわ。契約者は魂の片割れとも言える存在…房姫様が戻られた時に、あなたが出迎えないということはあってはならないことです。どうか、ご自重くだいませ」


 進軍の準備が整った。

 ハイナ総奉行の周辺を褌姿の一群が固める。
「褌5人衆」だ。それぞれに白の晒しと褌で志気を鼓舞している。
「すまん。ちょっちリーダーなんだが…褌で暴れたせいか、厠にいっちまったんだ…」
 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が褌を締めなおしながらいう。
「そちも半天でも着たらどうか、それでは風邪を引くでありんす」
 ハンナは少し慣れたのか、軽妙な口調で腹をさするラルクに目を向ける。
「大丈夫だ、男は褌だ!とりあえず俺らは引き続き護衛をさせてもらうから。よろしくな!」
「ハイナ、てめぇのパートナーはてめぇで助けろと言いたいところだが、どうせ暇だし、しかたねぇからオレも協力してやるぜ。雑兵だけじゃ心許ねぇだろ?このオレがいれば百人力だぜ、グヘヘ」
 握り飯でもたらふく食べたのか、先ほどよりも腹を膨らませて登場したのは、吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)だ。
 巨体を揺すっている。
 サレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)も褌姿だ。晒で豊かな胸を締め付けている。ここまでの道中では、侍たちから稀有な目で見られていたが、既に戦況は一刻の猶予もない、色香を気にする兵もいない。
 軍は男性が多い。八鬼衆は奇天烈な技を使うのだから、廁ですら護衛が必要となる。
「女性として、ハイナ総奉行の護りを!」
 との仰せでサレンはユーナ、シンシアと共に、ハイナの側に寄り添っている。
「無茶なことは駄目ッス、褌を引っ張ってでも止めないといけないッス」
 サレンは大将として先頭で馬に乗るハイナを戒めている。
 さて、5人衆を名乗るのだから、もう二名いるはずである。
 一名は腹を下し、陣幕で覆われた廁から出れずにいる。


 もう一名は。
「遅ればせの登場でちょっと無念。だがその分、きばらせてもらうよ」
 というわけで、進軍には参加せず、城内にはせ参じた。
「知らざぁ言って聞かせやしょう。芝居の暇に腹ふさぎ、音に残れる発明の、種は尽きねぇ幕の内、その詰め物の夜働き…」
 女や子どもは避難し戦える兵は全て参戦した城内で、握り飯を握っているのは弁天屋 菊(べんてんや・きく)だ。機嫌がよいのか志気を高めているのか、朗々と口上を述べている。
「…キマクに知れたる弁当屋、名せえ由縁の弁天屋菊たぁ、あたしの事だ!」
「お見事!」
 声がした。
 黒装束を纏ったニンジャ秦野 菫(はだの・すみれ)だ。ポニーテールの黒髪と豊かな胸で女性と分かる。
「このように人の気配がない城は初めてでござる」
 菫はじっと何かを感じとっている。
「どうした?」
「いや、怪しげな気配が。先ほどあったでござるよ」
「きっと、そりゃ、あたしだよ!」
 菊は大きな口で笑いながら、握り飯を作り続ける。