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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第3回/全4回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第3回/全4回

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ミツエのハートを取り戻せ


 使者が出発した後も進軍について押し問答をしていたミツエとその仲間達だったが、ついに桐生 ひな(きりゅう・ひな)が折れた。
 共にミツエに待つように訴えていた姫宮 和希(ひめみや・かずき)は大いに驚き、ひなに食って掛かろうとしたが意味ありげな視線を受けて言葉を飲み込む。
 その頃、事の成り行きを心配そうに見守っていた劉備のもとに李厳 正方(りげん・せいほう)がひなからの伝言をつたえに来ていた。
曹操殿と孫権殿がいなくなったのは、これが赤壁の戦いだからこそでしょう。ひな殿はそれを汲み取った上で、ミツエ殿に進軍を止めるよう申し上げております」
「赤壁の戦い……ですか」
「ええ。そろそろ使者の方達もヨシオタウンに着いて良雄殿と対面できたはず。表向きは争うと見せて協調路線を図るおつもりですな」
「ヨシオタウンに着くまでにミツエ殿を元に戻さないと、全てが無駄になってしまいますね……」
「そうです。そこで劉備殿にはミツエ殿の護衛に協力していただきたいのです。前回、思わぬ襲撃を受けましたからね」
 その通りだ、と劉備は承知した。
 そこに、大野木 市井(おおのぎ・いちい)水洛 邪堂(すいらく・じゃどう)が劉備の名を呼びながら小走りにやって来た。
「ミツエの現状について聞きたいことがある」
 そう切り出した市井に、劉備は心得たように頷いた。
 邪堂もそのことを聞きに来たのだ。
「ミツエ殿が失恋のショックの隙を突かれて、伝国璽に宿っていた歴代皇帝の邪念に乗っ取られたという話はご存知の通りです。イナゴや兵馬俑を召喚したりと大掛かりなことをやってみせていますが、巨大な力は必ず何かを代償にするものです──董卓の誅殺槍のように」
 誅殺槍を壊された董卓は、その反動でナラカに落ちた。
「ミツエ殿も、このままではナラカに落ちると?」
「それはわかりません。何が起こるかなど……」
 邪堂の問いに、劉備は自分が何も知らないことを責めるように悔やむように目を伏せた。
「いきなりヨシオタウンを制圧なんてさ、ミツエのテンションが邪氣に引っ張られているせいかと思ったけど、それほど呑気な話でもないってことか」
「それもあながち間違いではないと思いますが、牙攻裏塞島の時とは事情が違いますから」
 市井の考えに劉備は苦笑気味に答えた。
 邪堂は腕組みして考え込んでいる。
「今のところ、ミツエ殿を戻すのに効果的な手はわからない、ということじゃな?」
 劉備は力なく頷く。
 そんな彼を邪堂は強い声で励ました。
「なぁに、これだけ人数がおるのじゃ。それに邪皇帝と言えども元は皇帝。どうするのが効率が良いかくらいの計算はできるじゃろう」
「ということは、邪堂さんもここは無駄に兵力を削がずにヨシオさんと組んで生徒会と相対したほうがいいと考えているんですね?」
「その通りじゃ」
 マリオン・クーラーズ(まりおん・くーらーず)の言に同意する邪堂。
 マリオンはヨシオタウンへ出撃するつもりらしい市井へも、伺うような視線を送った。
「ミツエ軍とヨシオタウンが争って、得をするのは生徒会です」
 駄目押しとばかりに言ったマリオンに、市井もついに考えを改めた。
「確かに、マリオンの言う通りだ。よし、ミツエの説得に行くぞ」
「劉備殿も」
 邪堂に促され、劉備も先に行った市井とマリオンの後を追う。数歩進んで振り向くと、李厳が「頼みますよ」と口だけを動かして言った。
 劉備は頷きだけを返した。


 駆けつけると、ミツエの前に恭しく頭を下げて銀盆に乗せたできたての料理を差し出す楽園探索機 フロンティーガー(らくえんたんさくき・ふろんてぃーがー)の姿があった。
 その料理は張角が退散した料理だが、漂ってくる匂いはおいしそうなカレーライスのものだ。
 ミツエは差し出されたカレーライスとフロンティーガーを睨みつけている。
「出陣前の貢物にございます。これを召し上がりヨシオタウンを制圧してみせてください」
 しかし、ミツエはスプーンに手を伸ばそうとしない。
 フロンティーガーは思い出したように折っていた背を正した。
「お毒見を忘れていましたな。では、失礼して……」
 自分用のスプーンで一口分すくい、口に運ぶ。
「ほら……この通り、毒などはありませン。もっとも、この僕が食べ物に毒を仕込むナんて、しませンがネ」
 最後のほうは何故かダークヴァルキリーのような発音になっていたが、ミツエはそのことは気にしていないようだった。
 それはフロンティーガーには幸いだった。
 が、別のことを指摘されてしまう。
「何で震えておるのだ? やはり、そのカレー……」
 小刻みに肩を震わせているフロンティーガーを怪しむミツエに、彼は慌てて首を横に振る。
「誤解なさいますな。これは、ミツエ様にこのように見つめられ、そのあまりの高貴さに震えが止まらなくなってしまったのです」
「ふん、口のうまい奴め。まあよい。本当に毒はなさそうだ。いただこう」
 フロンティーガーは先ほどと同じようにカレーライスを差し出した。
 ミツエがカレーを食べ、数回咀嚼した時。
 息を詰まらせたように目を見開き、激しく咳き込み始めた。
「ちょ、何これ……っ」
 一瞬、元のミツエが見えたような気がした。
 フロンティーガーはそれを見逃さなかった。
「ミツエ様、僕がわかりますか!?」
「ミツエ! 伝国璽の邪霊になんて操られるな!」
 和希も必死に呼びかけてミツエの正気を取り戻させようした。
 市井とマリオンもそれに加わる。
「ミツエ、お前の夢は大昔の悪霊なんかに好き勝手されていいものじゃねぇだろ? 違うかよ」
「貴方は何故パラミタへ来たのですか? 少なくとも、過去の遺物にいいようにされるためではないはずですよ。今、少しでもそれを思い出しているなら、シャンとしなさい、横山ミツエ」
 パラミタへ来た理由……と、ミツエが咳のしすぎでややかすれた声で呟いた。
 和希は以前ミツエが言っていたことを思い出し、顔を覗きこむようにして言った。
「おまえ、中原の民を救いたいって言ってただろ? 邪霊の好きにさせて災厄を撒き散らしてる場合じゃない。目を覚ませ!」
「中原……」
 ポツリ、とこぼしたミツエがスッと背を伸ばす。
「そうだ、中原だ。中原を目指したら生徒会なんぞが横からいらぬ口を出してきたのだ。すでに死にぞこないのくせに……。ひっ捕らえて打ち首にしてくれるわ! そのためにはヨシオタウンだ。かの地と戦力を吸収して」
「何でそうなるんだ!」
 中原、という地域名が良くなかったのか、邪皇帝に戻ってしまったミツエに和希は頭を抱えた。
 しかし、軍の先頭に出ようとするのだけは止めた。
 和希が羽交い絞めにしたミツエの前に、邪堂が立ちふさがる。
 邪堂はいつものように腹から声を発するのではなく、その力を内に押し込むように静かな声で言った。
「確かに、ミツエ殿の今の力を持ってすれば、巨大な『ぴらみっど』と言えども占領は可能じゃろう。じゃが、忘れてならぬは強豪揃いの生徒会。良雄殿を攻めた結果、生徒会と結ばれ挟撃されてはさすがに不味いじゃろう」
「お前もヨシオと手を組めと言うか」
「それが今の最善と考える」
 邪堂とミツエは睨み合うように視線をぶつけ合っていた。

「ミツエさん、心を静めて」
 フロンティーガーの超激辛乙カレーで咳き込んでいたミツエのために、水を持ってきた朝野 未沙(あさの・みさ)
 まだ舌がヒリヒリして勝手に目が潤んでしまうミツエには、ありがたい一杯だった。
 口の中が落ち着けば気持ちも静まり、冷静な判断も下せるだろう。
 ミツエを説得しようと頑張っていた面々はそう思った。
「いい加減離さんか」
 羽交い絞めにされていては、コップを受け取ることもできない。
 身じろぎしたミツエに、ハッとなって和希は離れた。
 女子に乱暴なことなどできない和希は、自分の思わぬ行動にうろたえてしまっていた。
 未沙はそんな和希を微笑ましそうに見てから、ミツエに同情するような視線を送る。
「失恋の痛み、わかるよ。あたしも経験あるから」
 静かな未沙の告白に、コップを口元に運ぶミツエの手が小さく震えた。
「けど、一つの失恋にこだわって正気を失っちゃダメだよ! 新しい恋を見つけるために立ち上がらないと! もし、もう男の人と恋愛するのが怖いって言うなら、女の子同士で恋に落ちればいいのよ!」
 待て! と、周りの者達が異口同音に叫ぶが、さらにナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)が加わってきて混乱が加速する。
 ミツエの背後から沸くように現れたナリュキの両手は、当たり前のように彼女の胸へ。
 今度はカレーの辛さではなく、飲みかけた水が変なところに入り咽るミツエ。
「ちょっとナリュキさん、いきなりやるからミツエさんが咳き込んじゃったよ。ちゃんと断ってからじゃないと」
「おお、これは失礼。ではミツエ……未沙もどうじゃ? 三人で気持ちよくならなくてはのぅ」
「ナリュキさん、ここ外……ぁん」
 イイところに触れられたのか未沙が艶っぽい声をあげる。
 しかし未沙の手はミツエのスカートに伸びていた。
「ぶ、ぶ、無礼なっ。お前ら離れんか……!」
 ミツエの頬が赤いのは、スカートを捲り上げながらやさしく腿を撫でる未沙の手が案外気持ちよかったからか、それとも皇帝はたいてい男性であるから女性二人に密着されて嬉しかったからか、あるいは本気で怒っていたからか。
 未沙はミツエの耳元で囁いた。
「女の子同士って、気持ちいいでしょう?」
「いい加減離れんかーッ!」
 とうとう大声を張り上げたミツエの皇氣ならぬ邪氣に、未沙とナリュキはぶっ飛ばされた。
 ついでに説得に当たっていた者達もとばっちりでひっくり返る。
 静かになったその場に、ミツエの荒い呼吸音だけがあった。


「誰かおらぬか! こやつらは積荷と一緒に括りつけておけ! その時になったら兵として働かせてやるわ!」
 息巻くミツエの前にイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)が立った。
 イーオンは冷めた目でミツエを見据えている。
「お前の命は聞けない。風邪にでも取り付かれて正気を失ったか、ミツエ」
 含まれた嘲りにミツエの目つきが鋭くなる。
 しかしイーオンも負けてはいない。彼は今のミツエに強い憤りを覚えていた。
 失恋による心の隙を邪念に付け込まれるなど、惰弱にもほどがある、と。
「通信手段が断たれても、相手に定まった人間がいるのでも、諦められないくらい苦しいのだろう。なら、まだやることは残っているはずだ。甘えるな横山ミツエ。動かずに手に入れられるものなどない!」
「俺もだいたいこいつに賛成だ」
 ミツエの反論は弐識 太郎(にしき・たろう)に遮られた。
「信じていた仲間を失い、親しかった友人と連絡が取れなくなり、それがどれだけ辛いことか、他人である俺には想像もつかない。でも、それでもまだお前には、お前を慕う部下が、仲間が、友達がいる。だから辛いのなら、悩んでいることがあるのなら、そんな邪念などではなく、俺達に相談してくれ。俺達を頼ってくれ」
 いつも口数が少なくて、喧嘩になれば誰よりも暴れるくせにどこか大人びた雰囲気の太郎が、ここまで熱心に語りかけるのは珍しいことだった。
 それだけミツエを気にかけていたということだ。
 太郎もイーオンも邪皇帝と共に覇道を歩みたいわけでも、力を預けたわけでもない。
「楽になるな、あがけミツエ。それも諦めたのなら……お前に皇帝になる資格など初めからなかったということだ」
「……朕を侮辱するか」
「逆賊とみなすならそうすればいい。だが、俺達が言ったことも考えてくれ」
 イーオンの檄に殺気立ったミツエへ、太郎はもう一度訴えた。
 二人に加勢するように、光条兵器を手にした風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)がミツエには見せたことのない厳しい表情で言った。
「ミツエさんは力次第で無法がまかり通るパラ実で、口先ばかりで誰も本気で手をつけなかったことを……弱い人を守るための法を実際に作った人です。僕は、彼女と共に歩んだことを誇りに思っています。伝国璽の邪念がそれを阻み、あなた自身もそれに負けてしまうなら……」
 優斗の光条兵器は長さ1.5m程の十字架を模したロッドだが、それで殴られれば相応のダメージはあるだろう。
 攻撃の姿勢をとった優斗を、イーオンの傍で様子を見ていたアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)がそっと止めた。
「待ってください。もうしばらく、話を……させてください」
 優斗はミツエに向けていたロッドの先を下ろした。
 もともと彼にミツエを害する気はなかった。
 ただ、邪霊にいざとなれば力ずくでも排除を試みる者がいることを知ってもらい、焦ればいいと思っていた。
 アルゲオが止めに入ったことで、邪霊は優斗の行動を芝居だとは思わなかっただろう。
 再び説得を始めたイーオン達を、フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)は少し離れたところの積荷の陰から見守っていた。
 彼女がここにいることはアルゲオは知っているがイーオンは知らない。
 もし、邪霊がイーオンでも対処しきれない攻撃をしかけてきて、彼が死にそうだと判断したら、命令に反してでもここから離脱するつもりでいた。
 フィーネはそんな事態になった時に目晦ましなどをするために待機している。
 今のところその必要はなさそうだが、フィーネは視線をそらすことなく主や太郎の様子を見つめていた。