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そんないちにち。

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そんないちにち。
そんないちにち。 そんないちにち。

リアクション


第5章 廊下を走りますか。


 購買室の表には黒板が設置してあった。

『新発売! 超絶品たい焼きパン!! 売り切れ必至!!!』
『本日の焼きそばパン……1個。予約した上で、早い者勝ち!!』

 その下には細かくルールが書いてあった。
 午前中の最後の授業をきっちり受けた者にしか購入資格がないこと、魔法などを使ってはいけないこと、他校生は校門からのスタートとなること、そして、これを賭けの対象にしてはいけないこと、などがびっしりと書いてあった。
 さらに予約リストが貼られて、ずらーっとたくさんの名前が記載されていた。
 と、そこにどっかと机を置いて、パラ実のカツアゲブラザーズ田中の4男、田中四郎が声をあげた。
「さあさあ、買った買った。今日はひさしぶりの障害レース。春のY1“桜花賞”だよー!」
 恒例の焼きそばパンレース、G1ならぬY1の「馬券売り場」を設置し、壁には出走予定の「馬」とオッズ、一言コメントが登録順に掲示された。なお、馬券は全て単勝のみ。障害とは全生徒と教師だが、メインの障害は廊下を走るとぶちギレる生活指導の天光寺先生だ。

1番◎ ニタマゴアイシテル(騎手、渋井 誠治(しぶい・せいじ))……1.4倍(本命。気合い十分。敵は食堂から香るラーメンのニオイのみ)
2番△ サイシュウヘイキオー(騎手、ルカルカ・ルー(るかるか・るー))……10.5倍(他校生のため最も不利な校門出発。が、潜在能力は抜群)
3番○ クールヒートクイーン(騎手、アルフレート・シャリオヴァルト(あるふれーと・しゃりおう゛ぁると))……2.2倍(対抗。クールな計算と情熱の粘り。バランスあり)
4番  タタカイイヤーン(騎手、テオディス・ハルムート(ておでぃす・はるむーと))……85.9倍(能力は高いが、戦意がない)
5番△ チンチンモミモミ(騎手、エルシュ・ラグランツ)……5.1倍(パットミニンゲンとの連携プレイ次第か)
6番  パットミニンゲン(騎手、ディオロス・アルカウス)……22.7倍(チンチンモミモミのサポートだけで終わるのか?)
7番▲ デンコウセツカ(騎手、桜井雪華)……4.2倍(単穴。唯一の関西馬。先行逃げ切りでどこまでいけるか)
8番× ダンシングアホー(騎手、東條カガチ)……200.1倍(うまくリズムに乗れれば奇跡が起こるか。いや、絶対ない)
9番  カガチズブライド(騎手、柳尾 なぎこ(やなお・なぎこ))……25.0倍(唯一の初等部馬。小さい体を生かせれば勝機も?)
10番 ソノタオオゼイ(騎手、上記以外全員)……10.0倍(予想屋田中の見落としは一度もなし。本当にここに賭けるのか?)

 出走が迫り、馬券売り場は大変な賑わいだ。どんどん馬券が売れていった。
 と、そこにノイン・クロスフォード(のいん・くろすふぉーど)がやってきた。
「やってますねえ」
「ちっ。ノインか。お前が来ると売上が減るんだよ」
「私には的中率脅威の96%を誇る最強の予想屋がついてますからね」
「しっしっ。消えちまいな」
「そうはいきません。今日も稼がせてもらいますよ」
 ドンッ! と大金を机に置いて言った。
「こ、こんな大金を?」
「負けるわけがありませんからね……ダンシングアホーに全部」
「な、なんだってーーー???」
 百戦錬磨の蒼学ギャンブラーたちが、一斉にノインに注目した。
「あいつ、気は確かか?」
「いくらノインでも、それは無茶だ」
「田中がまた潤っちまうだけだぜー」
 ノインは馬券を受け取ると、意味深に笑って去っていった。

 その頃、ようやくベッドから飛び降りた「馬」がいた。
 サイシュウヘイキオー(ルカルカ)だ。
「二度寝したーーーっ! わあああ。ルカのバカバカーっ!!!」
 そのままだと蒼学に入れないと思っているのか、蒼学の制服っぽいのを着て、丸い伊達眼鏡に髪を2つ括りにして変装していた。ルカルカ曰く「完璧な変装」に満足して、ついぽわーんと眠ってしまったのだ。
「ルカ。朝食はどうするんだ? いや、もう昼食だな」
 剣の花婿ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が呆れながら声をかけてきた。
「た、確かに。って、そんなこと言ってる場合じゃないんだ。ダリルごめーん! せっかく用意してくれたのに。ルカは焼きそばパンを食べるんだー!」
 とバイクのキーを手にして、一瞬立ち止まる。
「でも……おなかへった。あぐっ」
 食パン1枚くわえて、駆け出した。
 バイクのエンジンをかけて……ぶおん。ぶおおん。ぶおおおおおーーーーーーーーーん。
 カッ飛んでいった。
「やれやれ。他校で迷惑かけなきゃいいが……」
 ダリルはしばし考え、バイクのキーを取った。
「仕方ない。ついていくか」
 サイドカー付きの軍用バイクで蒼空学園に向かった。
 ルカルカは猛スピードで飛ばして……
「え? あ? わ? なななななななな!」
 急に飛び出した教導団のエルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)をかわそうとして、
 キキイイイイイイイイイ!
 制御不能でバイクは壁に激突!
 ルカルカは空中に放り投げられて、ひゅーーーーー。
 どちゃっ。
 エルザルドの上に落ちた。
「ちょっと! どこ見て歩いてんの〜?」
「む、むごっ。き、君こそ……」
 エルザルドの顔はルカルカの大きな胸に埋まっていた。
「ちょっと。やらしいわね! もう!」
「な、なに言ってんだ!」
「女の子転ばしておいて、どういう態度なのっ!」
「女の子ってガラか?」
「ああ! いけない! もう12時になる。バイク……お。まだ動く。覚えてなさいよ!」
 ぶおーん。
「うげっ。くさっ。なんなんだ、ちくしょう」
 戸惑うエルザルドを置いて、ルカルカは壊れかけのバイクを走らせた。
 ガッコンガッコン音がして、排気ガスが真っ黒で、しまいにゃエアクリーナーがボンッ! とぶっとんでいた……。
 エルザルドは埃まみれになった服をパンパンしながら、道の端にいる土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)に声をかけた。
「さあ、どうする?」
「だから行くって言ってんだろ……!」
「その割には、さっきから寄り道ばかりしてると思うけどね……。蒼学はあっち。あの黒い排気ガスの先だよ……」
「わかってるよ……」
 雲雀は、蒼空学園に行って、やらなければならないことがあった。
 それは、クイーン・ヴァンガードのアイン・ブラウに謝罪することだ。
 雲雀は過去に教導団団長のためを思ってアインの行動を妨害してしまい、結果的に蒼空学園の生徒から多数の死傷者を出すという事態を招いていたのだ。
 だが……
 足が震えて立ち止まってばかり。
 エルザルドは、雲雀の目を見て言った。
「無理することはないよ。焦ることはない……」
「ああ……」
 雲雀は自分が情けなくて、悔しくて、もどかしくて、ただ拳を握りしめていた。

 そして、時刻は12時近く。
 平和そのものの蒼空学園では、桜花賞の出走が刻一刻と迫っていた。
 博季先生の教室でも、「出走馬」が緊張の面持ちだ。
 クールヒートクイーン(アルフレート)は緻密な計算が信条。校内の見取り図を机に広げて、教室や階段の位置を把握して最短ルートを割り出し、さらに非常事態のために迂回用ルートも頭に叩き込んでいる。基本的なルートは、3階の奥にあるこの教室から、長い廊下を行った反対側まで行き、階段を下りる。そして、半屋外の渡り廊下を行き、別棟に入って2階にあがったところでゴールだ。
 クールヒートクイーンは正確に合わせた腕時計をチラリと見て、秒読みを始めた。
(ここで注意が必要だ。私は正攻法でいく。フライングは絶対しないぞ)
 その隣で、ドラゴニュートのタタカイイヤーン(テオディス)は、頭が混乱していた。
(なぜ、なぜ俺までレースに参加することになってしまったんだ。ついアルフレートにうんと頷いたばっかりに。しかし……わ。こっちの奴もずいぶん気合い入ってるなー。なぜだ……いったい焼きそばパンの何がそこまで……???)
 その気合い十分の出走馬は、本命のニタマゴアイシテル(誠治)だ。
(今日こそ食べてやるぜー。待ってろよ、購買のおばちゃん!)
 小銭しか入ってない財布を握りしめて目をつむり、道順をイメージトレーニングしている。
(あっちの階段を使って、いや待てよ。たしかあの教室には天光寺。避けた方がいいぜ!)
 そして、ここからがいつものニタマゴアイシテルと一味違うところだ。
(焼きそばパン……ああ、焼きそばパン! 口の中に広がる鰹節と青海苔。ソースの味わい……)
 焼きそばパンの味をイメージして、モチベーションを高める作戦だ。
 そして、出走15秒前。
 そのとき、ついに1頭動き出した。
 先行逃げ切りのデンコウセツカ(雪華)だ。
 こっそりと席を離れて、扉に手をかけている。一歩でも出ればルール違反だが、ここまでは問題ないのだ。
 ただし、教師にバレなければの話である。
「桜井さん。桜井雪華さん。まだ授業中ですよ。何やってるんですか!」
 博季先生が気がついた。
「ん〜? 授業なら聞いとる聞いとる。今日は勘弁してえや」
 こういうとき、関西弁は損をする。
 なんとも生意気で態度が悪く感じてしまうのだ。
(舐められてる。これを許していては、教師失格だっ!)
 博季は凄まじいスピードでデンコウセツカに駆け寄った。
 そこで、出走のラッパが響く。

 パッパッパッパッパパパッパッパパパッパパパパアーーー♪

 実際はキンコンカンコンだが、「馬」とY1ファンの耳にはラッパに聞こえるのだ。
 そして、デンコウセツカ!
 一歩リードするべく、扉に手をかけた!
 が、同時に博季がその腕をぐいっと掴んだ。
「桜井さん。授業は最後まで自分の席で聞いてもらわないと出席したことになりませんよ。一度戻ってください」
「そ、そんな……!」
 いきなり出鼻をくじかれたデンコウセツカの横を、クールヒートクイーンが口元をゆるませながら早歩きで抜いていく。
(ふっ。甘い甘い。この余計なタイムロスを回避するためにも、私はフライングを避けたんだ)
「ぐっ。冷徹娘が……」
「お先に失礼っ!」
 クールヒートクイーンは扉をガラッとあけて猛ダッシュ!
 しかし、そのときクールヒートクイーンの背中を見つめるデンコウセツカは、くろーい笑みをこぼした。
 ガラガランガラーン!
「きゃあああ!」
 音が止むと、クールヒートクイーンが水をかぶって転んでいた。
「わ、私になにが……?」
 自分でも何が起こったのかわかってなかった。
「よう見とかんとあぶないでえ〜」
 実はデンコウセツカが罠をしかけていたのだ。
 クールヒートクイーンは扉をあけたところにあった水の入ったバケツに気づかず、つまづいて転んだのだった。
 しかし、デンコウセツカは博季先生の指示で一度席について説教されてからの再スタートだ。
「桜井さん。授業というものはですね……」
(ぐう。早よしてや〜)
 クールヒートクイーンは派手に転んでいたが、致命傷は避けられた。
 それは、タタカイイヤーンが守っていたからだった。
「おお、いたたた。アルフレート、尻が大きすぎるぜー。大丈夫か?」
「テオ! 言ったはずだ。このレースに参戦する以上、パートナーと言えどもライバル。手助け無用、手加減も……しないっ! いたたたー」
 腰を押さえながら、ゆっくり立ち上がっていく。
 2人が出遅れてる間に、扉から一番離れた席にいたニタマゴアイシテルは生徒をかきわけてダッシュしていた。
 課題を教壇に提出しに行く真人を巧みなフットワークでかわし、いまだに寝ているセルファをジャンプして飛び越え、廊下に出ていた。
「あわわわー。滑るですー!」
 とバケツの水で転ぶファイリアをかわし、
「私の分も焼きそばパン買ってー!」
 と抱きついてくる透乃の腕をすり抜け、一気に走っていく。
 さすがは本命のニタマゴアイシテル。軽快だ。
 立ち上がったクールヒートクイーンと2人のデッドヒートが始まった。
 その頃、別の教室からスタートしたチンチンモミモミ(エルシュ)とパットミニンゲン(ディオロス)は廊下を競歩していた。
「ふんふんふんふんふんふんっ」
 尻をふりふりしながら、がんばっていた。
「ロス、走るなよ。『廊下は走ってはいけません』だからな」
「しかしですね、魔法禁止というルールはわかりますが、走るのがダメとは書いてありませんでしたよ?」
「書いてなくても学校の基本ルール。守らなくちゃダメだ」
 と、競歩の2人を嘲笑うかのように、ニタマゴアイシテルとクールヒートクイーンが走り抜ける。
「ほらほら、エルシュ。見てください。走ってますよ」
「ふん。この先に誰がいるかわかってないようだな」
 廊下をこのまま突き進めば最短距離だが……
「あっ! 天光寺だ!」
 ニタマゴアイシテルが人混みの中を指差して、急に走るのをやめた。
 と同時に、クールヒートクイーンがUターン。
 すぐ近くの階段を下りる。迂回路はいろんなパターンを把握しているから問題ないのだ。
 それよりも天光寺に見つかるのが一番のタイムロス。
 だが、ニタマゴアイシテルはクールヒートクイーンが消えたのを確認して再び走り出した。
「よしっ! ひっかかったな!」
 さすがは本命。天光寺がいた、と言ったのは嘘だった。
 そして、最短距離を最高速度で駆けてゆく。
 そのとき、ボコッ!
「あいた!」
 後頭部に何かがぶつかってきた。
「なななんだあ?」
 振り向くと、今度はそのあいた口にガボッ!
「うががが……」
 『桜井』と書かれた上履きが突っ込まれた。
 説教を終えたデンコウセツカが猛スピードで追いかけてきて投げたのだ。
「その焼きそばパン食べといたれや」
「うがあああ!」
 さらに階段を下りるクールヒートクイーンに向かって何かを投げた。
「おーらよっ!」
 が、クールヒートクイーンは冷静だ。
 ピタッと立ち止まると、その飛んできた何かを手でしっかりと受け止めた。
 瞬間――
 コショウが舞った。
「へくしゅっ。へくしゅっ。へーーーくしゅっ」
「ナイスキャッチやで、ほんま」
 デンコウセツカが階段を3段とばしで下りてクールヒートクイーンを抜いた。
 そして廊下を走る!
 が、
 どーん!
「バカかお前は?」
 天光寺にぶつかったああああ!
 これを見て、チンチンモミモミはすかさず窓をあけた。
「行くぞ、ロス!」
 窓から飛び降りようというのだ。
「い、いいんですか? そんなことして」
「『廊下を走っちゃダメ』は学校ルールだが、『窓から飛び降りちゃダメ』なんて聞いたことない。それに、魔法も使ってないぜ。さあロス、行くぞ!」
 と威勢はいいが、パッと見人間の機晶姫パットミニンゲンに抱えて下りてもらう寸法だ。
「さあ早く。抱っこだー!」
 なんとも格好悪い。
 しかし時間はないので、パットミニンゲンは諦めて言われたとおりに抱っこして飛び降りた。
 ひゅーーーー。
 と、そこに上から何かが降ってきた。
 天光寺にぶっ飛ばされたデンコウセツカだ!
 どん。どどん。
 3馬は絡まるように落ちて地面に叩きつけられた。
 ニタマゴアイシテルは上履きパンを喉につまらせてもがきながら校舎の端の階段を下りていた。
 クールヒートクイーンはコショウをかぶって苦しみながら階段を駆け下り、1階の廊下を歩き出した。タタカイイヤーンは助けたいけど助けられず、そばを歩いていた。
 そんな中、購買室につながる渡り廊下をへろへろと歩いている「馬」がいた。
 ノインが賭けたオッズ200.1倍のダンシングアホー(カガチ)だ。
(なぎさん購買の場所わかるかなあ。まあなんとかなるかな。それにしてもこの学校はおかしな奴が多いよなあ。こんなところでコショウかぶったり上履き食ったり、楽しいのかあ?)
 着実に歩を進めるダンシングアホーだった。
 そして、その頃ようやく校門に壊れかけのバイクが、というよりもう壊れて空中分解しながらぶっとんできた。
「焼きそばパーーーン。待っててよー!」
 サイシュウヘイキオーがバイクを捨てて走り出した。
 かなり出遅れているが、そのスピードは並みじゃない。
「うおおおおおおお!」
 果たして、誰が焼きそばパンをゲットするのか。
 また、ノインの大金は200.1倍になって戻ってくるのだろうか……。

 授業の終わった教室では、生徒たちが弁当を広げていた。
 博季先生はしばらく生徒の様子を見ていたが、初めての授業でそれなりの手応えを掴んだことに満足し、教室を後にした。
 グランとアーガスとオウガ、年長トリオはここで弁当を食べようとしていた。
 が……
「しまった……弁当を忘れたようじゃ」
 グランは鞄の中を何度も見たが、何度見てもにんにくと卵黄の錠剤しか入ってなかった。
 アーガスとオウガは、それぞれの弁当を広げて食べ始めている。
 グランはもう一度鞄を見てつぶやいた。
「弁当を忘れたようじゃのう……困った困った……」
「……やらんぞ」
 グランはアーガスキッと睨みつけた。
「ふんっ。食堂で食べてくるわい」
「グラン殿。拙者も行くでござる」
 オウガもついていくことになり、寂しくなったのかアーガスも弁当を食堂で食べることにした。
「それにしても、食堂とはなあ……」
 年長トリオには、食堂は遠かった。