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世界を再起する方法(第2回/全3回)

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世界を再起する方法(第2回/全3回)

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 「お久しぶりです、ハルカさん!」
 待ち合わせ場所の時計塔。ソア・ウェンボリスがハルカの姿を見付けて声を上げた。
「そあさん! くまさん!」
 ハルカも気付き、手を振って走ってくる。
「だーっ!! 違うっ!」
 くまさんと呼ばれたパートナーの雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が、くわっと叫んだ。
「ご主人、声かけんのが早ぇ!」
 怒鳴られて、ソアも走り寄っていたハルカもぽかんとしてしまう。
 しかしベアだって悔しいのだった。
 本当は自分が先に声をかけ、ハルカにくまさんと呼ばれる前に
「久しぶりだなハルカ! ベアおにいちゃんだぞっ!」
と、有無を言わせずおにいちゃん作戦、を、展開しようと目論んでいたのだ。
 完璧な作戦は、それをうっかりソアに伝えていなかったが為に、純粋なソアの喜びの声によって打ち砕かれてしまった。
 けれどソアも、どうしてベアががっくりしているかの理由は、流石に解った。
「ど、どうしたのです?」
 きょとんとするハルカにソアはそっと、
「くまさんと呼ばれるのが嫌みたいです」
と囁く。私は可愛くていいと思うのですけど、と、ベアに言ったら怒られるので、これは口にはしないが。
 ハルカはぶすくれているベアを見上げて、ちょこんと小首を傾げた。
 えーと、と言い淀む。

「し、しろくまさん……」

「そこじゃねえ――!」
 改めるポイントが違う! と、ベアは叫んだ。

「君がソア君? お噂はかねがね」
 くすくす笑いながら、後ろからオリヴィエ博士が歩いてくる。
「お久しぶりです」
 ソアはぺこりと頭を下げてから「噂?」と訊き返した。
「ハルカ君からね。
 今回の旅行も、イルミンスールには行かないって言うから、理由を聞いたら、イルミンスールは君に案内して貰う約束をしているからって」
 ソアはあっと目を見開く。
 ハルカが契約者を得たら、と、それは以前交わした約束だ。
「はかせ、そういうことをわざわざ言ったら駄目なのです」
 むー、とハルカにむくれられ、ごめんごめんと博士は笑った。


 とりあえず座ろうか、と、博士が広場の方を指差した。
 テーブル付きのベンチがあって、そこに、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)とパートナーのファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が座っていた。
 呼雪は、ソア達に気付いて軽く手を上げてくる。
「他の皆さんはご一緒じゃないんですか?」
「さっきまで一緒だったけど。
 君達、何か話があるって言っていたからね」
「俺もつい今さっき来たところ」
と、呼雪が言う。
 ほら、と後ろを指差されて見れば、塔の影から、恨みがましく神代 正義(かみしろ・まさよし)高務 野々(たかつかさ・のの)が顔を出して見つめている。
「……あの、別に隔離されなくても……。
 秘密のお話ではないですし」
 ぴくん、と2人がその言葉に反応した。
「うんでも」
「ハルカさんっ」
 しゅばっ、と野々がベンチ横にやってきた。
「お話だけではさみしいですから、お茶菓子をどうぞ。
 皆さんもよかったら。お茶もありますよ」
「わーいありがとー!」
 と素早く用意されたお菓子に飛び付いたのは、ハルカではなくファルである。
「折角ヴァイシャリーまで来たんだ、話とやらをさっさと終わらせて、観光としゃれこもうぜ!」
 柔らかい陽射しの下、正義もそう言ってさわやかに笑う。
「うん! 皆で美味しいもの食べに行こう!
 ボク前にも来たことあるけど、お菓子も美味しいけど、ご飯が美味しいお店もいっぱいあるよ!」
 ファルが目を輝かせてそれに賛同する。
「……皆がいたら多分話が進まないよ」
「すみません」
「失礼な!」
 そんな博士達の会話に、呼雪は軽く肩を竦めた。

「ところで、博士は、ヴァイシャリーにも造詣が深いのだろうか?」
 呼雪の質問に博士は首を横に振った。
「いや、あまり来たことはないね。……何度か、くらい」
「では、水に関する遺跡を知っているとか、そういうことは無いのか?」
「水の遺跡? いや」
「ヴァイシャリーの水が、聖なる水かもしれない、というお話ですね」
 野々が口を開いた。
 その話を聞いた時、自分もそうではないかと思ったのだ。
 ヴァイシャリーの豊かな水。それこそがシャンバラの聖なる水ではないか、と。
「ヴァイシャリーの水は名水として有名なんですよ。
 是非一度はご賞味なさってくださいね。
 ええ、おなかなんて壊しませんよ。本当ですよ」
「おいしい水なのですね」
 宣伝する野々にハルカが目を輝かす。
「どこに行ったら飲めるのです?」
「駄目ですよ、ハルカさんは飲んでは。生水ですから危ないですよ」
 ぽろりと口から真実が零れ出て、周囲からの冷たい視線が集中し、野々は、はたっと口を押さえる。
「え、えーとですね? ほら、生水と書いてせいすい……」
「その親父ギャグは、日本人にしか通用しねえぞ」
 乾いた微笑みと共に弁解する野々に、雪国ベアがジト目で冷静に突っ込んだ。
「親父ギャグじゃありませんっ。ま、まあ、飲み水には適さないかもしれないですね」
「……とにかく、聖なる水を探しているわけなんだが、博士がヴァイシャリーに来たことと、この件は関係しているのだろうか?」
「いや?」
 博士はあっさりと、否と答える。
 しかし何かを考えこむふうのオリヴィエ博士に、呼雪は続けて訊ねた。
「女王器の元々の持ち主は博士だと聞いたが、使い方を師匠から聞いてはいないのか?」
 うーん、と唸ったまま、博士は苦笑する。
「そういうの、答えを知っている人から聞いてしまったら、つまらなくないかい?」
 知ってるんだ……。
 周囲の乾いた視線が今度は博士に集中した。
「つまるつまらないの問題じゃないよー! 皆大変なんだよ!」
 ファルが抗議する。
「ヨシュアさんだって大変だったんだから!」
「ヨシュア君がどうかしたのかい?」
 さっと博士の表情が変わる。野々が説明した。
「えーとですね。博士の家に、女王器を狙う人が襲撃してきまして……。
 捕らわれそうになって、大怪我してしまって。
 でも、すぐに治療しまして一命は取り止めましたので、今は心配いりませんよ」
 心配いらない、という言葉で、博士は安堵の息を吐いた。
「……もしかして、呑気に旅行とかしている場合ではないのかな?」
「ヨシュアさんが心配なのです」
 ハルカも表情を曇らせる。
「その判断はともかく。女王器のことだが」
 呼雪が話を戻すと、
「ああ、聖なる水だっけね」
 仕方がないね、と、博士は頷いた。
「聖水とは、聖地にある水のことだよ」
「……聖地の水?」
 そんな単純な話だったのか? と、呼雪は訊き返す。
 その脳裏に、別行動を取る前に話をしていたレキ・フォートアウフの
「ボクの推理が正しかったんじゃないかあ――!」
 と悔しがる声が聞こえて来るようだった。
「何処にあるのかというと、私も詳しくは知らないんだけど」
 それについては、聞かずとも心当たりがあった。
「聖水を箱に満たすと、それを持っている人物にとって、進むべき方向が示される、という物らしいよ。
 使ったことがないからはっきり言えないけれど」
 選択に迷いがある場合には、当人にとって正しい道を。
 未知の場所を探している場合には、その場所がある方角を。
「道に迷っている人を助けるだけの、何でもないアイテムなんだよ」
 奪ったり襲撃したり、傷ついたり。そういうことが起きるという認識は、全くなかったのだろう。
 オリヴィエ博士は、自嘲的な、少し寂しげな表情で肩を竦めた。

「……博士があの女王器と写本を持っていたのは、偶然なのですか?」
 ソアが口を開いた。
「何故だい?」
「博士がイルミンスール大図書館の事故の時、コピーするのに選んだ歴史書が、たまたまそれだった、というのは、偶然とも思えなかったので……」
 女王の時代に宮廷魔道師だった師匠から預かった女王器。
 そして女王の時代に騎士だった人物について書かれた”写本”。
 もしかしたら、博士も、当時について何かを調べていたのではないだろうかとソアは考えたのだ。
「うーん、いや、偶然と言えば偶然なんだけど。
 違うと言ったら違うのかな?」
 博士は首を傾げつつ答えた。
「あれを写してきたのは、たまたま、知った名前を見かけて読んでいたからだね」
「……ああ、師匠とやらに話を聞いていた、ということか?」
 ベアが納得して頷く。

 ふっと息をついて、呼雪は
「もうひとつ、訊ねたいんだが」
と質問を変えた。
「博士の知り合いに、フレッシュゴーレムやホムンクルスのような、人造人間を作れる人物はいないだろうか?」
「いないかな。
 昔は錬金術師の友人がいたが、彼は随分昔に死んでしまったし……。何故だい?」
「いや……。そういえば、人間そっくりのゴーレムと会ったことがあるんだが、そういったことには詳しいのかと」
 ふむ、とオリヴィエ博士は呟いた。
「……私の持論で構わないのなら」
 少し考え込むようにして、ちょっとうるさい話になるけど、と苦笑した。
「ゴーレムは、あくまで『便利な道具』だよ。
 心だの命だのを無闇に作り、与えていいものではないと考えている。
 だが、そういうものを作り出したいと思う心理は理解できるし、そうやって生み出された存在を否定しようとは思わない。
 機晶姫や剣の花嫁だって、そうやって生まれた人達だと思うしね」
 そう言って、博士は呼雪に深い眼差しを向けた。
「君が会った人は、見失わずに生きていけるといいね」
 何を、とは言わなかったが、呼雪も訊ねなかった。