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嘆きの邂逅~離宮編~(第4回/全6回)

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嘆きの邂逅~離宮編~(第4回/全6回)

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第1章 企て

 走り去る御堂晴海(みどう・はるみ)の背を見ながら、志位 大地(しい・だいち)は眉を顰める。
 先を急ぎたいのだが、どうしても気になる。
「隊長が隊を捨てて1人で戻る理由がどこにある」
 振り向けば、諸葛涼 天華(しょかつりょう・てんか)が晴海の背に向けて疑問の声を上げている。
 しかし、晴海は振り向きもせず、遠くへ走っていってしまう。
「お聞きしたいことがあります」
 大地は天華の前に躍り出た。
 そして互いが見聞きした晴海の言動について情報を交換していく。
 その最中――。
『御堂から神楽崎指揮官へ。地下道を通り本陣へ向っています。副団長、本陣の北西にある出口まで来てはいただけないでしょうか? 多分発見された小屋と繋がっている場所です。直接お耳に入れたいことがあります』
 通信機から晴海の声が流れてきた。
「協力が必要かもしれない」
 天華は使い魔の傀儡を、北へと向かわせる。地下道の調査を行っている者を呼び寄せるために。
「先に向います」
 大地はなるべく晴海が通った位置を選んで、彼女の後を追いかける。晴海の背はもう見えなかった。
 本陣北西の出口までは走っても数分の距離があると思われる。
(副団長――まさか神楽崎優子を狙っている?)
 直後、通信機から優子の声が流れてきた。
『機器類が…誤作動を……している。妨害電波かなにかが、の影響と思…れる』
 携帯電話を取り出してみると、画面がエラー表示となっており正常に使うことが出来なかった。
(御堂晴海。地上でも、ソフィアの護衛なんかを努めていたよな……)
 ソフィアのことは、怪しすぎるとまで大地は感じていた。
 彼女が離宮を訪れた直後から起きた事、ひとつひとつに疑念が湧き上がっていく。
(ソフィアの命令で動いている可能性も? こうなってくると武術が苦手というのも怪しい。優子を油断させるための嘘か?)
 考えを巡らせながら大地は先を急ぐ。

 別邸の別室で作戦を立てながら神楽崎優子の通信を聞いた攻略隊隊長の樹月 刀真(きづき・とうま)は、即座に通信機の子機で通信を送る。対象は全体だ。
「攻略隊樹月です。魔法隊隊長の御堂晴海さんに連絡です。攻略隊の人数に不安があります。宝物庫方面には実力者が揃っていますので、厩舎側から離宮に向っている応援を回していただけないでしょうか」
 しばらくして、晴海からの連絡が届く。
『御堂です。樹月隊長、緊急的なこと…今ちょっと手が離せないの。後ほ…連絡するわ』
「こちらも緊急です。時間が経てば要でもある救護所を発見される可能性が増します。手配をお願いします」
 言いながら、刀真はメンバーに目配せをして玄関の方へと向う。とにかく急がねばならない。
『神楽崎だ。本陣に残っている者…、連絡のつくものを急ぎ向わせよう。持ちこたえられそうなら先…向っていてくれ』
「お願いします」
 言って通信を終え、刀真は攻略隊のメンバー達と頷き合って再び宮殿へと向う。

 刀真の通信を聞いた優子は、各拠点の状況を確認し、人員を宮殿へ回せるよう手配をしていく。
 そんな優子に、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が近づいて、耳打ちした。
「円とソフィアさんが居なくなりましたー」
「他の者にも聞いていたが、まだ戻ってないのか。行き先を聞いてはいないのか?」
 頷いて、小さな声でオリヴィアは説明をする。
「調べてみましたが、トイレは勿論、この辺りにはいませんー。恐らく情報を公開すると混乱が予測されますー、とりあえず地上との通信のために東の塔に行く許可をください」
 いなくなってまだ数十分。無許可で周辺の視察に向かったと考えるのが妥当ではあるが……。
「東の塔……発信機か。向ってもらって構わないが、携帯が回復したら桐生円と連絡をとってもらいたい。片方は残ってくれ。それからキミの言う通り、広まってしまうと混乱の原因になる。2人の姿が見えないことは個人の判断で話したりはしないくれ」
「わかりましたー。ミネルバに留守番させますー」
「ミネルバちゃん、お留守番♪」
 オリヴィアは、それだけ報告をするとミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)を置いて東の塔に向っていった。
『御堂です。神楽崎指揮官、到着…ました』
「すまない、すぐに行く」
 通信機から流れてきた晴海の言葉にそう返事をした後、優子は白百合団員を2名引き連れて、報告を受けていた作業小屋へと向った。

(うぅーん。知っちゃった以上行動を起こさない訳にはいかないよね。でも通信機だけで何が出来るだろう……)
 宝物庫の中で、琳 鳳明(りん・ほうめい)は通信機を握り締めて困っていた。
 地上からの連絡で、御堂晴海のパートナーが怪しい行動をとっていたという話を聞いてはいたのだが、それを伝えようにも伝令を出せる状況でもなく、通信機を使ったのなら晴海の耳にも入ってしまうのだ。
 晴海が優子を呼び出した連絡も鳳明の耳に入り、焦りを感じてはいたが本人に知られるような不自然な通信は状況を悪化させる恐れがあることからも、迂闊に行うことはやっぱりできない。
「他の場所の状況は悪いようですが、ここは幸い契約者の人数も多いので動きやすいかと思います。調査がつつがなく終わるよう、篭城をしましょう」
 ステラ・宗像(すてら・むなかた)が班長である鳳明にそう提案をする。
「あ、うん。そうだね。皆集まって」
 敵が押し寄せている状況だ。こちらの方針も決めねばならないと鳳明は皆を自分の下に集める。
「宝物庫内の隠し部屋を探す組と篭城戦をするための準備を行う組にわかれよう」
「頑丈な造りになっているようだし、それがいいかもしれないね」
 考古学者のグレイス・マラリィンがそう言い、鳳明とステラが頷く。
「出来れば戦って退路を確保したい所だけど、数が多いと消耗戦になってこっちが不利になるからね。まずは女王器の確保を優先するよっ」
 そして、鳳明は皆の希望を聞いていく。

〇     〇     〇


 桐生 円(きりゅう・まどか)が連れてこられた部屋には、見たこともない機械類が並んでいた。
 この部屋へ円を連れてテレポートしたソフィア・フリークスは、機械類のスイッチを入れていき、妨害電波により機器類を正常に作動しないようにしだした。
 円はそれらには口を出さなかった。
『私は私が信じる人、願う未来の為に動いている』
 と、ソフィアは円に言った。
 彼女の目的は『ヴァイシャリーの主力と、邪魔立てする契約者達を1人でも多くここに閉じ込めて殲滅すること。そして、離宮を浮上させ一帯を制圧すること』だとも。
 自分のことを信じてもいいと言った円が、自分の信じる人を一緒に信じてくれるのなら、円をパートナーとしてきちんと認めようと思う、とも。
 封印は、彼女の体内にあるという。ソフィアを殺して離宮の封印を全て解除する以外、全員が地上に戻る方法はないというけれど……。
 でもそれって、自分のことをなんだか記号としか見てもらえてない気がする。
 そんな風に、円は感じた。
「ソフィアくんが願う理想の未来って、どんな世界なの?」
 円は自分の思いは語らずに、まずそう問いかけてみた。
「優しく強い国家神に統治された安定した世界かしら。地球人に支配されるのは絶対嫌」
 ソフィアは作業を進めながら、円の問いに答えた。
 ふーんと言った後、円は身の上を語りだす。
「ちょっとした昔話なんだけどね、ボク体が弱かったんだよ」
「そうね、そんなに健康そうじゃないものね……。戦いが終わった後は良い医者に連れていってあげるわね」
 終わった後のことも考えているんだ……とちょっと意外に思いながらも円は言葉を続けていく。
「それでいろいろ病気とかかかっちゃってさ、背もちっちゃいままだし、胸も大きくないし、病気がちだし。この子には期待できないって親が言ってるの聞いちゃってさ、それで親に見限られちゃったんだよね」
「うーん……」
「でもさ、そのおかげでオリヴィアと出会えて、契約者になったと思う。んで素敵な力を手に入れちゃったもんだからさ。調子にのってなんでもできるーと思っちゃって、自分の好きなようにやってたらさ、百合園の厄介者扱いだよ?」
 作業をやめて、ソフィアは円に向き直った。
「全体のややこしい問題なんてボクはあんまり興味がないよ、そんなものは、考えたい人が考えておけばいいんだよ」
「私はややこしい問題を考えることが、結構好きだけど……。あなたを放っておいたら、あなたが生む問題事に頭を抱えることになるのかしら」
 軽く、ソフィアが苦笑する。
 円は笑みを見せた後、穏やかな顔でソフィアに言う。
「ボクとしてはさ、百合園は壊れてほしくないんだよ。自分の部屋もあるし、少ないけど友達もいるからさ。だからさ、できれば壊れてほしくないね」
「それは仕方がないわ。離宮の上にあるんだもの。大して害なさそうだし、別に残しておいても構わないと私は思うけれど、他の場所に浮上させるような方法は思いつかないしね。友達は百合園があるから友達ってわけじゃないんでしょ」
 円との会話に、ソフィアが戸惑いを見せる。
 円もソフィアの反応に少し意外な点もあった。
「ソフィアくんは死ぬ気? ボク個人としては、ソフィアくんに死んでほしくはないよ」
「死なないわよ。生き延びて、あの方と理想の未来を築いていくのよ。あなたは百合園側に私を殺させないための人質だけど、私達と一緒に来るのなら、歓迎するわ。来ないというなら、封印しちゃうかもね」
「その人のこと、好きなんだね?」
「ええ、大好き。彼の下で自分の力を試してみたいの。私は絶対揺るがない。頑固で融通がきかない性格だってことはあなたも十分理解してくれてるわよね」
 瞳を鋭く光らせて、くすりとソフィアは笑った。
「体内に封印があるってどういうこと?」
「離宮の封印は6騎士がそれぞれ小さな球を使って施しているの。その球を私は自分の体内に入れてある。他人に奪われないようにね。私の意思で転送させることが出来るから必要になったら取り出すわ」
 そして、また機械のスイッチを押し出す。
 モニターに地下道やどこかの部屋の様子が映し出されていく。しかし、妨害電波の影響か、映像はかなり乱れていて何が映っているのか全くわからない。
 しばらくして、ソフィアは手を止めて円に目を向けた。
「そうね……ちゃんと話しておくわ」
 ソフィアは円が刀剣類を持っていないことを確かめてから、こう続ける。
「封印解除は、本人と力を受け継いでいる血縁者、それからパートナー以外には行えないの。つまり、私が私の意思で解除する以外は、あなたが命を賭して、私をその手で殺すと同時に石を砕かないと離宮を浮上させることは出来ないわ」
 それから背を向けて、腕をまくった。
 化粧も控えめで飾り気のない女性だけれど、右腕にだけアクセサリー――金色の腕輪が嵌められている。
「死んでほしくはないって言葉、信じておくわね」
 作業をしながら、ソフィアはそう呟いた。