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精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~

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精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~
精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~ 精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~

リアクション

 
「今日はティティナ君は来ていないのか。彼女にも是非この街を案内してあげたかったのだが」
「あの後体調を崩してしまって……精霊祭に参加できなくてとっても残念がってましたね」
 闇黒の都市を訪れた沢渡 真言(さわたり・まこと)の答えに、ケイオースが申し訳なさそうな表情で口を開く。
「ロックフェスの後片付けを手伝わせてしまった影響だろうか。そうだとしたら、申し訳ないことをしてしまったな」
「そんな、ティーが言い出してしたことですから。ケイオースさんのその言葉を聞かせてあげれば、すぐに良くなりますよ。今日は私が、ティーの分までお手伝いさせてもらいますから!」
 真言が任せておいてといった表情で微笑むと、行動を共にしていたケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)マラッタ・ナイフィード(まらった・ないふぃーど)も相次いで言葉を発する。
「自分達も、協力出来る事があったら力になるよ」
「俺もだ。俺に出来る事があったら、何でも言ってほしい」
「……ありがとう。君たちの言葉は力強い。必要な時には頼りにさせてもらうよ。今の所は……君たちも見てきた通り、一通りの物は揃っているからね。イナテミスの職人は皆腕が良いし、俺たちの意見をしっかり受け止めて返してくれる。おそらく、事前に君たち生徒が俺たち精霊との橋渡しをしてくれたんじゃないだろうか」
 ケイオースが言い、そして一行は都市を歩いていく。比較的低い屋根の住居が立ち並び、陽の光を弱める魔法の霧の発生装置――これが最も製作に苦労したとケイオースは言っていた――のおかげか、夏という季節にも関わらず都市の中は涼しい空気に満ちていた。もしここに人間を受け入れるとしたら、等間隔に街灯を用意する必要があるかなとケイオースが呟く。薄暗い都市は、しかし不気味な雰囲気ではなく、ちゃんと生命の瞬きに溢れていた。
「ケイオースさん、聞いていいかな。その……東西シャンバラのこと、それとエリュシオンのこととか、ケイオースさんはどう思ってるの?」
 道中、ケイラの問いかけにケイオースがフッ、と微笑を浮かべる。
「いや、失礼。……そうだな、やはり皆、気にしていることなのだろうな」
 そう呟き、そしてケイオースはケイラとマラッタ、真言に『精霊指定都市』成立の裏にある思惑、エリュシオンの精霊のことなどを順序立てて話していく。
「……俺たちは、助けてくれた人間に対して酷いことを突きつけているのかもしれない。だが、そういった消極的な捉え方は双方に良くないだろう。だから俺たちは、イナテミスの者たちと共に在り、共に生き、共に助け合うことを誓おうと思う」
「……そっか。ありがとう、ケイオースさん。自分はそういうのってまだ実感湧かないんだけど、これからどうなるか分からないし、これからの指標を決めるためにも、色んな人に話を聞こうと思ってる。今日はケイオースさんに話が聞けてよかった」
 ケイラとマラッタ、真言がケイオースに頷く。その目から、彼らは信頼出来る友であることを再確認したケイオースも微笑を浮かべて答え、雰囲気を変えるように口を開く。
「さ、俺たちも精霊祭を楽しもう。ここまで付き合ってくれたお礼に、君たちの好きな物を奢ろう」
「ふふ、ありがとうございます。では私の分と、ティーへのお土産の分をお願いしちゃいますね」
「良かったなケイラ、これで思う存分出店観光が出来るぞ」
「そ、そんなことするつもり……ゴメン、嘘は良くないよね。じゃ、じゃあお礼のお礼じゃないけど、曲作って聴かせるよ!」
「それはいい、是非聞かせてくれ」
 そんなことを話しながら、一行はイナテミス中心部へと足を向ける。

 イナテミス南部、炎熱の精霊の都市。闇黒と光輝の精霊の都市の中間に位置する高さの建物が並び、中央部には先日の『龍』を巡る騒動の際に人間と協力して建設した灯台が象徴として据えられていた。
「精霊長様自ら案内なされなくとも、私が――」
「いや、あなた方は言わば、これら都市の成立の功労者なのだ。むしろ私がもてなすのは当然と言えるだろう。……こう言うと堅苦しくなってしまうな。私がただ、友を出迎えたかったというだけのことだ」
 ヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)の申し出をやんわりと制して、サラがメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)一行を先導していく。まだそれほど多くない精霊たちが、しかしサラの姿を認めると立ち止まり挨拶をしてくる。
「なんかお得意様の気分かも! ……それにしても、こうして見ても違いってよく分からないね」
 都市の精霊を見てのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)の言葉に、そうだな、とサラが答えて続ける。
「だが、性格や思想の違いは少なからずある。そこから生じる混乱を防ぐための、各属性に分かれての都市の建設なのだが……いずれ互いに違いを認め合い、一つの同じ中に住まうことが出来ると私は信じている」
 サラを始め五精霊の最終的な目標は、今の所は5つ+イナテミスに分かれている都市を、一つの『精霊指定都市イナテミス』としてまとめることであった――ウィール遺跡と氷雪の洞穴は、前線拠点として守る必要がある観点から、それぞれ雷電の精霊と氷結の精霊の住処となり続けるであろうが、少なくとも他3つの都市とイナテミスについては、一つにまとめられればと思っていた――。
「そうですわね。いつの日か必ず、成し遂げられると思いますわ」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が微笑んで頷く横で、メイベルが「炎熱の精霊さんたちが知っている歌を教えてほしい」と口にする。人種を超えて心を動かす歌、それを通じて精霊のことを知りたい、とも。
「歌、か……。人間の生み出す歌は実に奥が深く、様々な感動をもたらしてくれた。だからこそ私たちはイルミンスールと契りを交わした時、知識や自然現象の発現と共に、歌で彼らの力になれればと願った。……おそらく、精霊という種族に伝わる歌というものはないだろう。もしあるとすれば……それは、これから私たちが生み出していく歌なのだと思う」
 言い終えたサラの視界に、都市の入り口が映る。
「……ここではどうしても堅苦しい話になってしまうな。あなた方がよろしければ、これからイナテミスの中央へ向かおうと思うが、どうだろうか」
「いいね! 僕屋台巡りしたいな! どんな料理があるか楽しみだよ」
「そうですわね。色々難しいこともあるかと思いますが、今は祭の時。しばしの間、祭のみに思考を変えて楽しむことにいたしましょう」
 サラの誘いに、セシリアとフィリッパが頷く。
「祭の中で、精霊の歌が生まれればいいですね」
「そうですね。もしいい歌が生まれたら、その時はぜひサラ様もご一緒に」
「わ、私は歌を歌うような柄ではないと思うが……まあ、誘いがあれば考えておこう」
 そのようなことを話しながら、一行はイナテミス中央部へと足を向けていく。

 イルミンスールの森の一部、『颯爽の森』の奥に佇む、ウィール遺跡。
 ここには、生徒たちの手で運命を変えられた『雷龍ヴァズデル』、そして多数の雷電の精霊が住処を作り、新たな生活を始めようとしていた。

 セリシアがヴァズデルへの道を開き、訪れた鷹野 栗(たかの・まろん)たちを中へ招き入れる。かつてと同じ、4本の柱に巻きついた格好の蔦が、栗の姿を認めるとするする、と伸び、まるで頭を垂れるように栗の前に佇む。
「まだこのような姿でしか会うことが出来ないことを申し訳なく思っているそうです。栗さんが来てくれて嬉しい、とも言っています」
 セリシアが通訳として意思の疎通を図る中、慈しむように蔦を撫でる栗がそっと言葉を紡ぐ。
「大丈夫、私はいつまでも待ってるから。……そう、新しい名前とか考えてみたんだけど……こうして姿も新しいものになって、辿る運命も変わって。他にも沢山のことが変わった。……だからね、名前だけは変わらないままでいいんじゃないかって、そう思ったの。ヴァズデルはヴァズデル。……どうかな?」
 栗が少し不安げな面持ちで見上げると、4本の柱のそれぞれから蔦が伸び、栗を中心に輪を作るように絡まる。姿も言葉も人の持つものと異なれど、それは今この瞬間『ヴァズデル』と再び名付けられたモノの全身で示す感謝の想いだった。
「……うん、ありがとう、ヴァズデル。……あなたも私を変えてくれた。これから私が歩いていく、歩いて行きたいって思える道が見えた。お話したいことはたくさんあるけど、まず一番にそのことを伝えたかった。……何度でも言うね。ありがとう、ヴァズデル」
 しばらくの間、栗とヴァズデルだけの時間が流れる。そして頃合いを見計らって、羽入 綾香(はにゅう・あやか)が自身が気になっていたことを問いかけとして言葉にする。
「ヴァズデル、そなたも精霊なのか?」
「……もしも、次にこの世界に大きく関わるようなことになれば、その時はイルミンスールと契りを交わした『精霊』としてより多くの方々へ現れることになるでしょう。今はまだ、何である、というのは定かではないようです」
「僕も、聞いてもいい? 此処で聞いた話のこと、気になってる」
 次にレテリア・エクスシアイ(れてりあ・えくすしあい)が進み出、呪文を唱えるように言葉を紡ぐ。
 
 『悪しき意思が龍となりて自然を脅かす。
 それに立ち向かったのは、五名の精霊たち。
 封印の神子と呼ばれた精霊たちは力を合わせ、龍を五色のリングに封印する』

 
 それはかつて、封印の神子を再び蘇らせたキィ・ウインドリィが呟いた言葉。
「5つのリングは明らかになってる。でも、5匹の龍は分からないまま。まだ目覚めていない龍が、いる?」
「……それも、この世界の存在を揺るがす大きな事態が起きた時に、必要な姿に変わって目覚めることになるでしょう。あなた方の敵か味方かは定かではありませんが、叶うならあなた方の味方であればいいですね、とのことです」
 綾香、レテリアの問いかけに対するヴァズデルの回答を、セリシアが通訳して答える。
「あたしは……うん、特になし! 今はここの流れ、とっても穏やかになったね、よかったよかった!」
 笑みを浮かべて告げたミンティ・ウインドリィ(みんてぃ・ういんどりぃ)が、セリシアの下へ歩み寄るとふっ、と表情を変える。
「セリシア様、精霊の都市が出来た本当の理由のこと……あれで合ってるんですよね?」
「……ええ、そう。人間の思惑、精霊の思惑。イルミンスールの思惑、イナテミスの思惑。それらが複雑に絡み合っている。……でも、皆さんに覚えておいていただきたいのは、私たち精霊は、あなた方のことを信じています。同じ道を共に歩けるかけがえのない存在として」
 セリシアが、精霊指定都市成立の裏側の話を交えながら、自身の思いを吐露する。
「あたしもそうだよ。栗と一緒なら、大丈夫だって思える。……きっとそれが、パートナーっていうものなのかな」
 ミンティが告げ終えると、二人の下へ綾香とレテリア、そして栗が歩み寄る。
「……羽入も、レテも、ミンティも、みんな私の大切な仲間、大切なパートナーだよ。今日はみんなにも、これまで私によくしてくれたことにお礼を言いたかった。……みんな、ありがとう。そしてこれからもよろしくね」
 言葉をかけられた綾香、レテリア、ミンティ、それぞれの表情に笑顔が浮かぶ。
 そんな彼らの縁がこれからも続くようにと、ヴァズデルが蔦を伸ばして彼らを一つの輪に包み込んだ。