校長室
地球に帰らせていただきますっ!
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恩 師 夏休みの学校。 普段なら部活をする生徒たちの姿も見られるのだろうけれど、こんなお盆時期にはそれも無い。 人気のない校庭を横目に、日比谷 皐月(ひびや・さつき)は重い足を引きずるように歩いていた。 行きたくない行きたくない行きたくない。 心から思う。 皐月を呼び出したのは、かつての恩師、パラミタに行くときにも便宜を図ってくれた恩人の結城 真尋だ。 一度顔を見せに来い。 そんな簡単な言葉で呼び出されたのだ。 用件は分かっている。 ……皐月はやってはならない事をした。指名手配を喰らわされ、学校も追い出された。 絶対に説教されるに違いないと思うと、このまま回れ右をして帰りたい。 けどあの先生のことだ。呼び出しを無視したりしたら、パラミタに乗り込んでくるぐらいはしかねない。その時の怒りを想像すれば、今のうちに出頭しておいた方がまだましだろう。けれど。 「……ぐぅ、胃が……」 皐月はしくしくと痛みを訴えてくる胃を押さえた。 指定された空き教室まで来ると、皐月は深呼吸して気持ちを落ち着けた。 そして思いきってガラリとドアを開けた……途端。 「テメェ、これは一体どういう事だ? あ?」 いきなり怒声が飛んでくる。 「さっさと入ってそこに正座しろ」 そう言って真尋が指したのは、教室の床だった。 皐月は言われた通りに正座した。そうさせられるのも仕方がない。けど。 自分の前でふんぞり返って足を組み、イスに座っている真尋を見て、ちらりと思う。 (なんでこの人はこう、足を舐めろと言わんばかりにオレを見下……) そこまで考えて真尋がじろりとこちらに向けた視線に気づく。 (イエ、ナンデモアリマセン、ハイ……) やばい。こういうのって案外伝わるものだ。ましてやこの先生相手だし、と皐月は気を引き締めた。 「ガキが」 そう言って、真尋は煙草に火をつけた。一服深く吸い込むと、煙とともに言葉を吐き出す。 「自分の掌の大きさを知らないからそうなるんだ」 真尋の言葉が胸に刺さった。 「何ひとつ得られずに失うばかり」 そう……実際、皐月は1人で何もかも抱え込んで、色んなものを失った。 あの時の皐月はひどく思い詰めていたし、その所為でパートナーの雨宮 七日(あめみや・なのか)にも心配をかけただろうと思う。 それは事実だけれど……皐月も護りたかったからそうしたのだ。取った行動は間違いだったかも知れないけれど、それだけは絶対に間違いじゃない。 ……けれど、そんなこと真尋も承知の上だろう。 とくとくと厳しい口調の説教を続けはしたけれど、その中で真尋は一度も、皐月がやったことを責めなかった。 「なぁ、日比谷。テメェ1人で一体何が出来たってんだ? 何も出来なかっただろうが。ちったぁ他人を頼ることを覚えやがれ」 真尋の言うことはいちいち痛かったけれど、それだけ真実をついているということだろう。 厳しい言葉は心配の裏返し。 全力で叱ってくれるのは、真尋なりの優しさなんだろう。 だから、長い説教が終わって立ち上がると、皐月は真尋に礼を言った。 「今まで有難う御座いました。願わくば、次に会う時には、オレが貴女の『生徒』ではないことを祈ります」 その挨拶に真尋はけっと喉を鳴らすと、蒼色の小缶を皐月に放った。 「テメェがそう思うんなら、女と寝た後でも良い。兎に角、テメェが大人になったと思った時に吸え。で、ソイツが吸えるようになるまで帰ってくんな」 真尋に渡されたのは、快晴を指すピーカンの語源とも言われている煙草の缶だった。真蒼の色が目に染みる。 「必ずまた帰ってきます」 皐月はしっかりとその缶を握り締め、教室を出て行った。 「……クソガキが。何時までも手間ぁかかせるんじゃねぇ」 1人教室に残った真尋は遠ざかってゆく足音にそう呟くと、また煙草に火をつけた。 いつか出来の悪い生徒と共に、煙草を吸う日が来る日を楽しみに待つかのように――。