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まほろば大奥譚 第一回/全四回

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まほろば大奥譚 第一回/全四回
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第一章 御輿入れ4

 マホロバに  御練り様がやってきた
 御輿にのって やってきた
 鬼が選ぶは  どの姫か
 鬼が泣くのは どの姫か


 マホロバ城下ではお囃子が鳴り響き、子供たちが歌っている。
 巷では葦原の美姫を一目見ようと、大勢の人が御輿行列の見物にきていた。
 それはたいそうな賑わいである。
 葦原明倫館・マホロバ分校では、先にマホロバ入りしたティファニー・ジーン(てぃふぁにー・じーん)が房姫の一行到着を待ちわびていた。
「このだび、葦原藩葦原明倫館分校長となりました、ティファニーと申すマース」
 ティファニーの挨拶を皆、快く受け入れている。
 この陽気な少女は、自分の大奥入りするので同行するといい、その行列に加わった。
 樹月 刀真(きづき・とうま)は房姫が御簾を開け、外の様子を微笑ましく見ていることに気がつき、声をかけた。
「本物の房姫さまですか?」
「そう答えるほかありません」
 房姫が小声で答える。
 すでにマホロバ城は目前だ。
 刀真はやや早口に言う。
「托卵の話で見えにくくなっていますが今回の件、結局の所は扶桑の力を誰が手に入れるかという事なんですよね…ならばその扶桑の事を知らないままと言う訳にはいきません。扶桑や天子が潰された場合マホロバはどうなるんですか?」
 房姫はちょっと考えていった。
「世界樹が消えたら何が起こるのか、私にも分かりません。カナンには『セフィロト』、 マホロバには『扶桑』、コンロンには『西王母』。どれも樹齢数万年、樹高数千メートル級の世界樹です。もし、扶桑が枯れるようなことがあれば……パラミタが混乱することは確かです。それも大きく、そして……」
 房姫の目が曇る。
「何か心配があるのですか?」
「もし次の噴花がおこったら……」
 マホロバはどうなっていくのだろうか。
 将軍家は?
 托卵は……?
 房姫は言葉を飲み込んだ。
「房姫様、ご覧ください!大きいですねえ!」
 封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)は目前の城に感嘆している。
 聳え立つマホロバ城は、権力の象徴だ。
 はるか高みから下々を見下ろすようにそびえる。
 玉藻 前(たまもの・まえ)も続いて声を上げた。
「大奥には三千人もの美女がいると聞く。どれほどのご奉公か、この目で確かめねばならんのう」
 二人がマホロバ城と大奥に思いを馳せる中、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)はそっと、房姫に囁いた。
「房姫は、葦原藩の当主として将軍家を救う為に大奥に来たの?それとも幼馴染を助けたいから来たの?」
 ややあって、返事がある。
「私には神子か姫。どちらかしか生きる道がありませんでした。神子でなくなった今、葦原藩の姫として大奥に入るは当然の成り行き。それ以上の心はありません」
 月夜はいつもと同じで、凛とした房姫の落ち着きが頼もしくもあり、切なくもあった
「……房姫は貞継様の事が好き?」
「身体の弱いあの方はお優しく、動物を愛おしみ、物静かによく書物を読んでおられました。嫌う理由はありません」
「ゴメン、変な事聞いちゃったね」
 月夜にはまだこの恋ははかりかねていた。


「えーと、結構多いけど足りるかな」
 葦原明倫館生徒として、警護を続けていたミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)はお守りを渡しはじめた。
「葦原藩の安産のお守りだよ」
 大奥に入るという女生徒一人一人にお守りを手渡すミーナ。
「ミーナ!」
いつのまにかティファニーが来ていた。
 ミーナはティファニーにもお守りを渡す。
「ユーは分校に残るのですネ」
「うん。瑞穂藩なんかに負けちゃ駄目だよ」
「ミーは分校長だけど大奥に上がるヨ。ミーナ、大奥、みんな、気持ちが沈むこともあるかもしれない、でもこれ見るとハッピーになれる、ネ」
 ティファニーは手でギュッとお守りを握り締めた。
 人も気持ちが嬉しかった。


「今がチャーンス!」
と、ばかりに前にでたのは、タピ岡 奏八(たぴおか・そうはち)だ。
 イタリア系アメリカ人かと思われる謎の男は、実はこれまでの道中ずっと房姫の警護をしていた。(本人談)
 今この機会を逃せば、これまで苦労して(なぜか彼らは謎の組織に追われている)連れ添ったプリ村 ユリアーナ(ほふまん・ゆりあーな)に、一生渡すことができないかもしれないと、彼女にお守りを渡した。
「ありがとう……って、これ安産祈願なんだけど。どーゆうこと? あたしは用済みってこと?」
「おユリがショーグンの子を宿せば、貧乏脱出! 立身出世のチャンスだよ!」
 能天気にグットポーズを見せる奏八。
 ユリアーナが沸点を超えるのも時間の問題である。


 葦原明倫館イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)は、まだ迷っていた。
 房姫の乗る輿の横を歩く。
「暑くはありませんか」
「お気遣いありがとうございます」
 凛とした美しい声。
 イレブンはこの一行に加わる前に、初めて房姫の姿を見た。
 美しく長い黒髪の、静かながらも凛とした佇まいに、不覚にも一目惚れしたのだ。
 しかし、房姫は将軍家への輿入れが決まっている。もともと身分違いの恋だ。
「もう夢でしかお会いできないのですか」
 イレブンは心の中で呟き、決心した。
 持参したミニ雪だるまを差し出す。
「未だ残暑も厳しい折、これで涼を取って下さい。雪だるまであれば大奥にも持ち込めるでしょう。何か助けが必要でしたらこれに託してお送り下さい。必ずや房姫様の元に私は参ります」
 雪だるまには、和紙が添えられていている。


 ゆきごころ 長月の陽に 溶けぬまい


 九月の日差しにも溶けぬ雪のように、貴方が将軍家に行っても私の恋心は決して溶けないでしょう、という意味だ。
「なんと、女々しいことをしてしまったのだ」
 オーヴィルは恥ずかしさのあまり後悔したが、これで良かったのだろう。
 将軍家に嫁ぐ房姫は、きっと一生をここでお過ごしになる。
 それを思うと彼は心が痛んだ。