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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第1回/全3回)

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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第1回/全3回)

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●転送ホールc付近

「じゃ、俺はこっちに行く。後で合流できるよう、そっちも頑張れよな」
 一人Ir4へと向かっていくマーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)を見送って、沢渡 真言(さわたり・まこと)ユーリエンテ・レヴィ(ゆーりえんて・れう゛ぃ)グラン・グリモア・アンブロジウス(ぐらんぐりもあ・あんぶろじうす)ルイ・フリード(るい・ふりーど)リア・リム(りあ・りむ)シュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)がIr5へと目を向ける。
 蠢く壁や天井とは別の動きで、黒の塊が魔法陣Cを目指して進むのが見えた。
「ルイ、この道を交差点まで真っ直ぐ進めばいい。途中にある障害物は全て排除だ!」
「援護はセラにお任せだよ!」
 ミサイルポッドを両肩に背負ったリアが、ミサイルポッドが装備された飛空艇からルイに進む道を提示し、箒の上でセラが意気込みを見せる。
「グラン、一緒に頑張ろうね!」
「ええ。主は、私が守ります」
 ユーリエンテの提供するギャザリングヘクスで魔力を高めたグランの瞳が、前方に佇む真言を真っ直ぐに捉える。
「ルイさん、準備はよろしいですか?」
「いつでもどうぞ! 迷う心配さえなければ、私に恐れるものはありません!」
 両の拳を打ち付けるルイの言葉を頼もしく思いながら、真言も袖に忍ばせた蜘蛛糸の具合を確かめ、戦う準備を終える。
「では……行きましょう!」
 真言の合図で、まずルイが飛び出し、蛇の一群へその鍛え抜かれた筋肉を躍動させ拳を叩き込む。返り討ちにせんと口を大きく開けて噛み付こうとしていた蛇は、突き出される拳を受け切れず頭部もろとも引き千切られ、半身を失った胴体がしばらく跳ねた後ぴくりとも動かなくなる。
(イルミンスールに住まう皆の為にも、ここは一歩も退きません!)
 その思いの通り、ルイの両足は決して後ろに下がることなく、向かってきた敵を迎撃し続ける。頭部を砕かれて瀕死の蛇の胴体を掴み、別の一群へ投げつければ、まるで爆発が生じたように、群れが散り散りになった。
「ここから先は、通しませんよ」
 毅然とした振る舞いを崩さず、真言のかざした掌から光が生じる。殆どを陽の届かない地中で暮らしてきたニーズヘッグ、それが生み出した蛇が光に対して抵抗を持っているはずもなく、天井を這っていた蛇が狼狽え、次々と地面へ落ちていく。
「……覚悟!」
 空間を糸が走り、のたうつ蛇に絡み付いたかと思うと、その身体を深々と切り裂いていく。闇に対しては抵抗があるらしく、一撃で仕留めるには至らなかったものの、蛇の動きを止めるには十分の攻撃だった。
「準備かんりょー! グラン、あの辺に撃つよ!」
 詠唱を完了したユーリエンテの、生み出した氷塊が蛇の一群へ飛ぶ。
「外しは……しない!」
 同様に詠唱を完了したグランの、生み出した炎弾が氷塊を撃ち、蛇の一群に水を浴びせる結果となる。
「後は冷やすだけっ!」
 そこへ再び氷塊が飛び、単発で氷塊を撃つよりも広範囲に蛇を凍り付かせ、無防備な状態に持ち込むことに成功する。
「おまえたちには、徹底的に凍ってもらうよ!」
 セラが言い放ち、禁じられた言葉で威力を引き上げられた氷の嵐を生じさせる。先程の攻撃で凍り付いた蛇も、攻撃を免れた蛇も、前衛で力を振るっていたルイや真言さえも巻き込みかけるほどに嵐の勢いは凄まじく、そこかしこに氷の彫刻が出来上がっていた。
「ミサイル全弾発射!」
 リアの肩からそれぞれ6発、飛空艇からも6発のミサイル、計18発のミサイルが放たれ、帯状に爆風を起こしていく。熱量で氷が溶ける前に爆発で彫刻が粉々に吹き飛び、そこかしこにあった芸術品は跡形もなく消え去っていた。
 だが、後続には次の蛇の集団が迫っていた。今度はバラバラにではなく一塊になり、まるで岩石のように地面を転がりながら、生徒たちをまとめて轢き殺さんとする。
「さ、流石にこれは……ルイさん?」
「私にお任せを。……今こそ鍛錬の成果、見せる時です!」
 たじろぐ真言を横目に、ルイの身体が巨大化していく。側頭部からは牛のものに似た角が生え、まさに『鬼』と呼ぶに相応しい姿へと変貌する。
「わー、ルイすごーい!」
「……これまでもそうだが、人間離れが加速しているような気がするのは私だけだろうか?」
 無邪気に喜ぶセラ、一人不安気な面持ちのリアが見守る中、構えを取ったルイに蛇の塊が迫る。
「ぬうぅぅぅん!!」
 人の背丈以上にまで膨らんだ蛇が作る塊が、ルイの全身で受け止められる。ルイも動かず、塊も動かず、しばらくその状態が続く。
「一歩も……退く……わけには……いきません!!」
 やがて、塊の前進力を受け切り、ルイが塊を全身で押し返す。魔法陣Cから遠ざかるように転がされた蛇の塊は、Ir5とl2の交差点付近で壁に激突し、まるではじけ飛ぶボウリングのピンのように霧散して散り散りになった。
「今よ! あの地点に防衛線を張るわ、急いで!」
 Ir5に巣食っていた蛇の数が減った所で、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)セリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)イオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)が果敢に前進し、l2との交差点を確保することに成功する。
 これにより、l2を回り込んで防御の手薄な地点を狙われる危機が解消されたことになる。
「うっ……これは、維持するだけでも一苦労ですね」
 しかし当面の問題は、先程の倍以上はいると見られる蛇の大群から、確保した防衛線を維持し続けることであった。
「可能なら、Ir4との交差点まで戦線を押し上げたいけど……簡単には行かなそうね。敵の大本に近付いてる分当然といえばそうなんだけど」
「……確認した所、わたくし達のチームの進軍が最も早いようですわ。足並みは揃えた方がいいですわね」
 イオテスが、校長室に待機する【アルマゲスト】のメンバーとHCで情報のやりとりをしながら、祥子に報告する。
 現時点ではIr5組が最も深くまで戦線を築き、反対にIr3組は味方、敵共に他より多いこともあって、足並みが最も遅れていた。
「そうね、戦力の逐次投入は愚策。Ir1及びIr3に向かった仲間が、このl2との交差点に防衛線を築いてからね」
「心得ましたわ。より長い戦線の維持……効率的な魔法の使用が求められますわね」
 祥子の方針に静香が頷き、氷術で生み出した矢を番え、蛇を狙い撃たんとする。
「少しでも多く敵をこちらに引き付けられれば、Ir3組を援護出来るのだけれど……引き付け過ぎれば今度はこちらが窮地に陥る。引き際が肝心ね」
「全体の指揮はお姉さまに一任します! ワタシはお姉さまに追随します!」
 セリエの、病魔を払い聖なる力を宿した槍の穂先が、真っ直ぐに蛇の一群を射抜くように煌く。後方では静香とイオテスが、援護はお任せと言わんばかりの表情で、振り返った祥子に頷いて応える。
「……行くわよ!」
 号令をかけた祥子自らも両手剣を携え、まず襲いかかって来た蛇を一振りで切り飛ばし、返す刃で払い退ける。
 背後に回られぬよう、蛇が瞬時に間合いを詰めて不意を打たれぬよう、距離に十分留意しながら、一行の戦いが開始された――。

 一方、魔法陣Cに既に取り付いていた、あるいはこれから向かおうとした蛇は、『イルミンスールの毒』と自らに冠する生徒たちの迎撃を受けることとなる。
 もし蛇にそう思うだけの知性があるとしたら、おそらく彼らはこう思ったであろう。
 噛り付く相手を間違えたと――。

 鬼崎 朔(きざき・さく)の、力強い踏み込みから振り抜かれた槍が、蛇の一群をまるで爆発が襲ったかのように散り散りにさせる。
「貴様等ごときが楽して通れるほど、雪だるま王国が『白魔将軍』鬼崎朔は優しくはない!」
 吹き飛ばされてなお這い進もうとする蛇へ、電撃を纏った槍が突き刺さり、身体がはじけ飛んで肉片が散乱し、やがてぴくりとも動かなくなる。
 これ以上の進軍叶わぬと悟ったか、近場にいた蛇の一群が朔に振り向き、瞬時に間合いを詰めて反撃を開始する。
「朔は俺が、絶対に傷つけさせねえ!」
 まさに今飛びかからんとした蛇の口へ、椎堂 紗月(しどう・さつき)の籠手に覆われた拳が突き入れられ、頭部ごと砕かれて苦しむ間もなく命の灯火を掻き消される。二匹目、三匹目と飛びかかってくるのを、左右の拳の連打で無効化した紗月が朔の下へ戻り、互いの背中を守るように立ち、徐々に向かってくる蛇と相対する。
「怪我はないか、朔!」
「……ええ。背中を任せ合えることが、これほど心強いとは思わなかった」
 口元に一瞬浮かんだ笑みを直ぐに引き締めて、朔が盾を前方に構え、槍を引いた姿勢を取り、片側に蔓延る蛇に対して迎撃態勢を整える。
「これ以上好き勝手させねーぜ!」
 残る片側の蛇へは紗月が態勢を整え、いつでも飛び出せる姿勢でその時を待つ。
「まったく、躾がなってませんわね……いいですわ、特別にわたくしが躾て差し上げますわ!」
 エリクシル原石、および禁じられた言葉の効果で魔力を極限まで高めた小冊子 十二星華プロファイル(しょうさっし・じゅうにせいかぷろふぁいる)のかざした掌から、放射状に電撃が撃ち出される。それを合図として紗月と朔が二手に分かれ、雷に撃たれて身体を震わせる蛇を拳で砕き、槍で貫いていく。
「スカサハも行くのであります! イルミンスールを食べちゃう蛇さんは、全部退治であります!」
 スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)の施した対電フィールドにより、雷に貫かれた敵に触れても感電することなく攻撃を行えるようになる。そして本人は加速ブースターを噴かして突っ込み、装備したドリルを動きの止まった蛇の一群へめり込ませる。
「フフフ、逃がさないわよ……あたしのこの鬱憤、全て受け入れなさい……!」
 朔と紗月が息の合った振る舞いを見せるのを、身が焦がれるような思いで見つめていたアテフェフ・アル・カイユーム(あてふぇふ・あるかいゆーむ)が、その鬱屈した思いをぶつけるが如く蛇の一群に奈落の鉄鎖を見舞う。重力に引かれて地面に落ち、身動きの取れなくなった蛇は、アテフェフの振るった熱を帯びた鉈に切断され、身を焦がしながら絶命する。
「あの子と一緒なのはついてないけど……護らなきゃね!」
 前線で力を振るう者たちへ、ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)のパワーブレスが施され、癒しのヒールで再び活力を得た彼らの動きは、さらに激しいものへとシフトしていく。たちまち一群が散り散りになり、辺りには蛇が撒き散らした体液と、原型を留めない蛇の亡骸が量産されていった。
「……ふぅ、これでひとまずカタついた、か? 魔法陣も無事みたいだな」
 ぼんやりと光を湛える魔法陣、その奥にうっすらと見える枝が寄り集まったようなイルミンスールの回路を目の当たりにして、紗月が言葉を発する。
「さぞ彼らも、噛り付く相手を間違えたと思っているだろう。……さあ、私の歌で疲れを癒すのだよ」
 ラスティ・フィリクス(らすてぃ・ふぃりくす)の紡ぐ歌が、一行に再び力を振るう活力を取り戻させる。
「ここからは二手に分かれて魔法陣の防衛だな。魔法陣に残るのはせーか、カリンちゃん、アテフェフ。こっから先の通路での防衛は俺、朔、スカサハちゃん、ラスティだな」
「敵の正体、わたくし達は完全には知り得ませんものね……くれぐれもお気をつけ下さいませ」
「根に向かった人が、無事に帰ってくるといいね!」(うう、またこの子と一緒なの?)
「ああ、朔……! 朔の背中は、あたしが守るわ……!」
 三人の見送りを受けて、紗月と朔、スカサハとラスティが転送ホールcの見える位置まで移動し、蛇の襲撃に備える。
 彼らが今いるIr5の前方には蛇の姿が見られず、生徒たちも大分先に進んだようであった。
「結和の方は大丈夫だろうか。確か魔法陣Bは、最も蛇の攻撃を受けていたように思うのだが」
「……ふむふむ、今の所は問題ないようであります!」
 ラスティの心配するような呟きに、HCを覗き込んだスカサハが各地の状況を報告する。
 魔法陣AとCは防衛戦力が整い、残るBは戦闘継続中ながら生徒たちが優位、とのことであった。
(イルミンスールを……自分の大切なものたちを、護り通してみせる……!)
 魔法陣に禁猟区を施し、悪意ある者を通さぬ覚悟を固める朔へ、近付いてきた紗月が笑みを浮かべて口を開く。
「俺達なら守り切れる、絶対な!」
「……ええ」
 再び、朔の口元に笑みが浮かんだ――。