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神々の黄昏

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神々の黄昏
神々の黄昏 神々の黄昏

リアクション

 □闘うもの


 その影――【龍退治】の弁天屋 菊(べんてんや・きく)ガガ・ギギ(がが・ぎぎ)親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)は、物陰を利用しつつ移動していた。
 戦場を迂回し、龍騎士団・陣営の後方に回り込む。
 大岩を見つけて、背後に隠れた。
「間違ってねぇか? 卑弥呼」
「亀甲占いでは、この方角だったよ?」
 ひょいっと大岩から頭を出し、陣営をのぞく卑弥呼。
 その言葉は、どことなくぼうっとしている。
 菊は卑弥呼の背を軽く叩いた。
「董卓、ね。ここが崩落すりゃぁ、嫌でも会えるさ!」
「ホント? 菊」
「ああ。だがあたし達はその前に、兵站を探さねぇとな」
 菊は【テロルチョコ】を取り出して、ニィッと笑う。
 それをワイバーンの食料に入れて、敵の足を断つことが、彼等の目的だった。
「菊、あれ!」
 ガガが、陣営からやや離れた巨大なテントを指さした。
 夜は明りとなるのだろう焚火の前に、屈強な兵士が立っている。
 だが「従龍騎士」レベルと思しき彼等は、菊だけでも何とかなりそうだ。
「よし! 急襲だ! お前らは戻ってろよ!!」
「1人で行くのかよ!」
 ガガは慌てて、菊の裾を掴む。
「逃走用の小型飛行機は一機しかねぇじゃん?」
「……じゃ、援護だけするよ!」
 1、2の3!
 菊が飛び出し、ガガも結局後をついて行く。
「ガガ、戻れっ!」
「菊1人でなんか、行かせられないね!」
 ガガはファイアストームを放つ。
 炎に気づいた番兵が慌てて声を上げた。
「て、敵! ワイバーンの食糧庫に、敵襲だぁ!」
「何だと!」
 食糧庫からわらわらと番兵達が現れる。
 菊は舌打ちして、サッと片手を上げた。撤退の合図だ。
「数が多すぎる!」
 回れ、右。
 小型飛行機を目指しつつ、【龍退治】のメンバーにメールで失敗を報告する。
 
 ■
 
「うーん、菊達はどうやら失敗したようだ」

 夢野 久(ゆめの・ひさし)は携帯メールを確認して、仲間に告げた。
 彼等、【龍退治】の8名は戦場を前に、菊達からの吉報を待っていたのだが……。
 一行の間からは深い溜め息が漏れる。
「敵は4万9千人。俺達は8人。上等じゃねえか!」
「ああ、ドージェの支援をするには、な!」
 彼等はドージェに気持ちよく戦ってもらいたい、と考えていた。
 それには当然、戦いやすくするしかない。
 ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は戦場の中心をみる。
 一般龍騎士と思しき面々が、次々とドージェに挑みかかっていた。
 ドージェは対して面白くもなさそうに、一撃で粉砕する。
 彼の不満に共鳴して、大地は盛り上がって山となり、火を吐く。
 火の粉は、遠目から戦場全体を泰然と見渡す、龍騎士団・団長ケクロプスの頭上へと、容赦なく降り注いだ。
「ドージェはツワモノをお呼びだぜ!」
「雑魚にかまっている暇はねぇンだよ!」
 方針は決まった。
 ドージェに一対一の勝負をさせてやる!
 
 彼等の活躍が始まった。
 
 ■
 
「行くぜ!」
「おう!」
 久の号令に、空組が応える。
 【龍退治】のルルール・ルルルルル(るるーる・るるるるる)佐野 豊実(さの・とよみ)サレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)は小型飛空艇に乗り込み、吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は小型飛空艇ヘリファルテで出撃する。久の小型飛空艇には、ウェルロッドが同乗した。
 
 闘気による乱気流を乗りこなしつつ、戦場の中心へ。
 
「まずは俺が、鉄砲玉だ!」
 竜司はヘリファルテを駆って、敵のただ中へ躍り出る。
「こいつで、龍騎士達を攪乱してやるぜ!
 腰抜けの『おっぱい好きの騎士団』だろ? 楽勝さ!」
 揺れる機体を制御しつつ、ワイバーンの群れをかき回す。
 【その身を蝕む妄執】――。
 ワイバーン達は幻想に振り回され、回避行動をとり……やがて竜司のもくろみ通り、一所に集められてしまった。
「ドージェ、集めてやったぞ! やっちまえ!」
 闘気の中心で、ドージェがゆっくりと振り返る。
 その時、竜司の頭上を大きな影が覆った。
 竜司は小型飛空艇ごと弾き飛ばされる。
 一瞬、何が起こっのか? 彼は訳が分からず、額に手を当てて頭を振る。
「あんだぁ? 何がどうしたってぇんだ?」
 地に落ちた彼が即座に見上げると……そこには、泣く子も黙る龍騎士の群れが見下ろしていた。
 先刻のワイバーンに乗った騎士達とは格が違う――ドラゴンに乗っている。一般龍騎士だ。
(こ、この気は……そうだ! 関羽に匹敵すんじゃねぇのか?)
 関羽の一群を敵に回した様なものである。
 しかも、彼等は「七龍騎士」ではない。格下の者どもだ。
(【龍騎士団】ってのは、こんな奴らがウヨウヨいるのかよ!)
 竜司は失敗した。
 冷や汗を流して、敵を見上げるよりほかはない。
 その間を、チャンス! とばかりに光る箒に跨ったミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)と、竜造のヘリファルテがすり抜けていく。
(後は頼んだぜ! 竜造……)
 
「ごめんよ! 誰だか分からなねぇけど。
 後で必ず、助けに行くからな!」
 ミューレリアは通り過ぎざま、竜司に心の中で詫びた。
 でもその前に、と前を見据える。
「私の野球仲間を助けなくっちゃいけないから。
 それまで、待ってろ、て!」
 彼女は龍騎士達の行く手を見た。
 彼等が果敢に攻め込む闘神は、億劫そうに拳を振り上げている。
「物足りねぇのか? それとも……」
 疲れてしまったのか? と考えて、試合を思い出した。
 ううん、と頭を振って。
「ドージェに限って、それはないぜ!」
 ドージェから見れば、ケクロプス以外は雑魚に違いない。
 彼女……いや、シャンバラの人々はそう信じ切っているのだ。
「だからこいつは、必要ねぇのかもしれねぇけどよ!」
「闘気」は次第に強くなっていく。
「神」ではない彼女は、ドージェの傍まで辿りつけそうにない。
「でも、これなら届くだろ?」
 ドージェ! と彼女はあらん限りの声を上げて叫んだ。
 声に応えて、ドージェは拳を振りかざす。
「【命のうねり】だぜ! 受け取れっ!」
 気づいたドラゴン軍団が、ミューレリアの前に立ちはだかろうとする。
 だが彼等が妨害に入る寸前に、彼女はスキルを放った。
 強烈なエナジーが、ドージェ一帯へ降り注ぐ。
 おおおおおおおおおおおっ!
 ドージェは上空に向けて、雄叫びを上げる。
 龍騎士達に押さえられるまで、ミューレリアは彼の全身に力がみなぎる瞬間を確認した。
「生きて帰ってこいよ。
 それで、また私と野球しよう。
 約束だぜ!」

「悪ぃな、女。先急がせてもらうぜ!」
 竜造はミューレリアの件で出来た龍騎士達の隙間をつき、低空飛行で一気にドージェの近くまでヘリファルテを移動させた。
「俺ぁ、どーしてもドージェに言ってやりてぇことがあるんだよ!」
 だが見えないバリアがあって、至近距離まではたどり着けなかった。
「こいつが、『神の闘気』って奴かよ!」
 竜造はチッと舌打ちする。
 ヘリファルテから降りると、ドオォォォジェー! と声を張り上げた。
「ドージェ。てめえとは初見だが、そんなの関係なく言っておく事が2つ!
 1つは、勝手にエリュなんたらと戦争おっぱじめやがったことだ。
 あそこはな、俺だって殺りあいてえと思ってたんだ。
 そいつを抜け駆けしやがってよ!
 もう1つは、おかげで楽しいケンカができるようになったことだ。
 まあその辺りは感謝してやらんでもねえ
 ……ところでてめえ、何のためにエリュなんたらにケンカ売りやがったんだ?」
 声を出し過ぎた。
 ぜえぜえと肩で大きく呼吸を繰り返す。
 
 ザシュッ
 
 ドージェはブライド・オブ・シックルで数千の兵を葬る。
 無表情な面のまま、竜造に振り向いた。
「ユグドラシル……」
「何? 『ゆぐどらしる』? ……って言ったか?」
 だが言葉の真意を問い詰めることは出来なかった。
 周囲には推定4万名もの戦争のプロがいるのだ!
「はっ! 面白ぇ! 面白ぇぞ、お前!」
 気に入ったぁ!
 従龍騎士達を前に、赤黒い刃のルミナスシミターを振りかざす。
「なぁ、これが終わったら殺しあおうぜ?」
 ドージェにハイに語りかけつつ、従龍騎士達と剣を交える。
 竜造は自分が主役のジェノサイドを思い描いて、悦に入った。
 だが彼の【殺気看破】は、これ以上は彼が血の海の中へ横たわることを警鐘した。
 竜造は知らなかったのだが、その時。
「神」たる一般龍騎士達を乗せたドラゴン達の群れが、今まさに彼を屠らんと近づいていたのだ……。
 
「竜造さぁん! ヘリファルテで逃げて! 早く」
 竜造に危機を知らせて、サレンは小型飛空艇から戦場を見渡した。
 ドージェから発せられる「闘気」の乱気流は、制御が難しい。
「私もいつまでもつか……でも、その前に……」
 彼女には使命があった。
「4万人の龍騎士達、ね……」
 上空から見る、神々の戦いは圧巻だ。
 それにワイバーンやドラゴンの大群など、そうそう見られるものではない。
「ドージェも高く買われたもんだよね!
 ……なんて、感心している場合じゃないか」
 龍騎士達の数は圧巻だ。が、それでもドージェの方が有利に見えるのは「神の闘気」の庇護のためだった。
「神」たる資格を持つ一般龍騎士達をもってしても、その中に入ることは、尋常ならざる精神力が要求されるようである。
「でも1対40000ってのは、どう考えたって卑怯ッスよ!」
 何とかしなくっちゃ!
 彼女は指揮官らしいオッサンに目をつけた。つまりケクロプスだ。
「多勢に無勢って、ひどいじゃないの?」
 彼女はオッサンに近づこうとする。
 だが、オッサンの前にはやはり目に見えないバリア(これも「闘気」なのだが)があるようで、近づけない。
 龍騎士のオッサン! ジイサン! と叫んで、サレンはケクロプスが自分に注目するのを待った。
「エリュシオンの『龍騎士団』なんだよね?
 騎士道せーしん、大事にすんだよね?
 だったら、1対1でドージェと勝負しろッスよ!」
 ケクロプスが答える前に、若い龍騎士の1人がサレンにキッと向いた。
「無論、我ら元より、その覚悟!」
 言った傍からドージェ目掛けて突進して行く。
「1対1で、4万人が一騎打ちしろって?
 だからぁ、そういう意味じゃなくってぇ!」
 【説得】は効果あったが、別の方向に動いてしまったようだ。
「サレン、もういいぜぇ。下がってろ」
 小型飛空艇から低い声が降ってくる。
「総長……久……」
「よくやった! 上等だぜぇ!」
 久は労をねぎらうと、ケクロプス目掛けて小型飛空艇を駆った。
 
「……と言っても、これ以上は近づけないぜ? 総長」
 久の肩口からひょこっと首を伸ばし、ウェルロッドは小型飛空艇から下界を見下ろす。
 眼下に龍騎士の一団。
 その向こうに、淡い光の闘気に包まれて、団長ケクロプスが悠然と構えている。
 老齢のはずだが並々ならぬ威圧感があり、見る者達の背筋をゾッとさせないでもない。
「だが、あれと一騎打ちさせるしかねえだろうさ、ドージェはよぉ」
 ちらっと後ろを見た。
 サレンの小型飛空艇は、すでに戦闘領域を脱出している。
 久は再び怪物じみた敵将に目を向けて、ウェルロッドらに聞かせた。
「ここは『総長』として、ひと肌脱いでやるしかねぇぜぇ!
 だが、相手が人間の言葉を解する『神様』であれば、の話だけどよぉ」
「聞く耳持たねぇ大将だったら?」
「そんときゃ、ケツまくって逃げるしかねぇだろ」
 気流の流れが変わる。
 久は飛空艇を制御しつつ、同乗者に言葉を続ける。
「ウェルロッド、お前はあのジジイが斬りかかってくるくらいに、メガホンで煽ってくれ! 頼む」
 ウェルロッドは両肩をすくめて、頷く。
 方針は決まった。
 それ! と2機の小型飛空艇は、ケクロプスの注意を引こうと上空を旋回する。
 
「テメーら!
 大勢でよってたかってリンチが、お前らの騎士道か、ゴラァ!」
 まずは眼下の龍騎士達に向かって、久はガンを飛ばす。
 龍騎士達は気にも留めない。
 見てくれと同じく、それは頑固な方々のようだ。
 久はちっと舌打ちして、ウェルロッドと豊実に合図を送る。
「お前らの大将が、ドージェに一騎打ち申し込めや!
 騎士だって胸張るなら、正々堂々一騎打ちを挑むのが筋だろうが!」
「こんな卑怯な連中の大将ってのは、相当なチキンみてーだな!
 いや鶏竜かぁ?
 チキンタツタってかァ、ハッ!」
 ウェルロッドはメガホンで、おどけたように彼等を煽る。
 龍騎士達は眉をしかめた。
 神たるケクロプスを侮辱したことが許せないらしい。
「正々堂々一対一で決闘してみろやァ! アア?」
 ウェルロッドは意識して畳み掛ける。
 龍騎士達の間で、僅かながら動揺は広がる。
「命が大切なのは分かる。
 だが、君達が受けた命は『手段』まで事細かく指定したモノなのかい?」
 豊実は哲学的に訴える。
「命には逆らう訳じゃない、己達の誇りと魂に叶う筋を通るだけだ。
 寧ろその上で役目を熟し切ってこその、騎士じゃあ無いのかな?」
 龍騎士達は顔を見合わせた。
 彼等の「誇り」はひょっとすると、豊実の言う「己」ではなく、「国」や「神」にあるのかもしれない。
 らちが明かない。
 久はケクロプスに出来るだけ近づき、勝負に出た。
「セリヌンティウスって龍騎士は挑みやがったぜ?
 結果は兎も角アレが正しい騎士の姿じゃねえのか!」
「何? セリヌンティウス?」
 ケクロプスは片眉を上げる。
「頭張ってる奴が示しつけろや!」
「そーだァー! 団長の言った事を破る気かァ?」

 ゴォッ。

 ケクロプスの「気」が、一瞬強くなる。
 久達3人はすっ飛ばされて、地に叩きつけられる。
 ルルールが光る箒に乗って、上空からヒールを放った。
「龍騎士達が近づいてくるよ!
 殺気立ってるわ!
 早く、逃げて!」
 
 だが龍騎士達が久達を捕えることはなかった。
 ケクロプスが片手を挙げて制したからだ。
「セリヌンティウスは立派とな。
 ……その言葉、ナラカまで覚えておこう」
 ズンッ。
 大地が揺れる。
 そろそろだな、と彼は呟いた。
「見ておれ、小僧ども!
 そして、語り継ぐがいい!
 神々の戦いを、な」
 重い腰を上げ、ケクロプスが満を持して立った。
 
 オオオオオオオオオオオオオオオッ!
 
 兵の気配を察して、ドージェはゆっくりと振り返る。
 その体は鮮血に塗れ、神と言うより、赤い獣のようだ。
 足下には、他の龍騎士達の骸が延々と転がっている。
 ニィイイイッと赤く染まる歯を見せ、ブライド・オブ・シックルを高々と掲げる。
 その手に携帯電話……ケータイ?
 
 チャラリラァ〜ッ♪ 
 
 戦場に場違いな着信音が響き渡って、ドージェにメールが届いた。
 液晶画面には『横山 ミツエ』と表示されている……。